5.5章の源氏会議で、金時との戦いで目が醒めたと語った綱。
併せて、綱がこの戦いに全力を投じたその動機も(一部ではあるが)明らかになる。
リンボを倒してゴールデンフィニッシュして立香らが帰還したしばらく後。金時は、かねてより思案していたことを実行に移すことにする。
まずは下準備。
源氏屋敷で時々供される菓子や果物の中から、日持ちするものをちょっと取っておいて、屋敷の敷地内の端にある蔵の二階に隠しておく金時。
あと魔性を退治したお礼にって菓子や果物もらえることもあるから、そういうのも自分でいくらか食べたあと、残りを蔵に貯めておく。菓子類を入れた箱には布かけて物陰に置き、頼光サンたちにバレないようにする。
(まあでも頼光サンは気付いてはいる。なにせ普段から身軽な薄着を好む金時が、食事の場に水干やら狩衣やら、袖のある服を着て来るようになったからね。ほんで袖のなかにちょいと菓子を入れては持ち帰ってる様子を見て、「まぁ叱るようなことでも無し……。きっと市中の子供たちに配るため、あるいは動物たちに食べさせるためなのでしょう……」って思ってる。)
そんなこんなで結構な量の菓子の確保に成功した金時。折しも秋にさしかかってたので、仕上げに山へ駆けて新鮮な果物も箱に入れる。
で、一時休戦中の鬼らが仮住まいをしてるところへ訪ねていき、茨木に声をかける。
「こないだリンボや景清を倒す時に手を貸してくれたろ。ちゃんと礼をしてなかったからよ。」みたいに言って、茨木を源氏屋敷へ案内する。「あんまりでけぇ荷物を京の外に持ち出して怪しまれたらいけねぇと思ってな……。しばらく我慢してくれ」って角隠しの被り物を渡して、蔵の中へ連れて行く。
茨木は箱いっぱいの菓子に目を輝かせ、夢中で食べる(なお胸中では「皆にもいくらか持って帰ってやらねば……いやしかし……」と葛藤しながら手を止められずにいる模様)。
その間に今度は綱を呼びに行く金時。今日は綱に外回りの予定はなく、屋敷内で雑務をこなしていることを事前に聞き取り済みの金時。
「兄貴ィ~、あのよお……」って、いかにもばつが悪そうな顔で綱を訪ねる。
「ちょっとその……オイラまたやらかしちまってよ……。このままだと頼光サンに怒られっから、ちょ~っと兄ィの力を借りたいっつうか……」
眉を下げて「頼む!」って顔の前でパンと手を合わせる金時。
綱は(やれやれ、今度は一体何をやらかしたんだ……。先の戦いで成長したかと思った矢先に……。やはり俺が付いていないと駄目だな……全くいつまでも世話の焼ける……)と完全にお兄ちゃんモードで、促されるまま金時について行く。
先に綱に蔵へ入ってもらい、次に蔵へ入った金時が後ろ手で扉を閉める。
「今度は何をやらかしたんだ。」
端的な問いに、金時はゴホンと咳払いして居住まいを正す。
「え~……。話すとちょっと長くなるんだけどよ。そのォ……。俺ぁ、「綱の兄貴は茨木の奴といっぺん腹割って話をした方がいんじゃねぇかな」って思っててよ。」
「……??」
急に茨木の話が出て来て面食らう綱。
「……。茨木のことと、今日のお前の「やらかし」とやらに、何の関係が……?」
金時はスゥ……といったん深呼吸を挟み、ひそひそ声で綱に耳打ちする。
「……呼んだ。茨木を。俺が。いま二階に居る。」
「!?!?」
一時休戦中とはいえ鬼を京へ招き入れてしかも源氏屋敷まで連れてきただと!?!?!?!?
というツッコミを一字一句漏らさず大声で叩きつけたいのは山々だったが、それで騒ぎになったらいよいよ目も当てられない事態になるので必死にこらえて、代わりにすごい形相で金時を睨む綱。
金時は「(そりゃそうなるよなァ~)」と思いつつ早口でまくし立てる。
「オイラ外で誰も蔵に近付かねぇように見張ってっから!な!それなら大丈夫だろ!あと蔵ン中で喋ってる声とか外からだと全然聞こえねぇから!な!」
言いながら素早く扉を開けて滑るように外に出る金時。あまりの事態に呆然としてた綱がハッと我に返って扉に駆け寄るも一歩遅く、金時がバタンと扉を閉め、渾身の怪力で扉を押さえつける。かくしてめでたく「綱と茨木が仲直りしないと出られない部屋(物理)」の完成。
※なお、綱が本気になれば拳で蔵の壁をぶち壊して脱出することが可能だが、仮にも源氏の家財だし、そんな荒いやり方で脱出して騒ぎになって茨木がここに居ることがバレたら二重に大惨事になる。まことに遺憾だがここは金時が納得する形である程度茨木と話をして、こそこそ蔵を出て茨木を京の外まで送り届けるしかない。
(金時のやつ、そこまで考えてわざわざ茨木をここまで……?)って考えてぐぬぬってなる綱。
ッッッカーーーーー!!ひと芝居打てる金時推せるッ……!!!!!
綱は悪あがきで扉を開けようとするけど、まぁ予想通り腕力では金時にかなわない。「馬鹿力め……!!」と思わず悪態をつく綱。
さて、この辺りで茨木が(なにやら階下が騒がしいな。というか今、綱めの声がしなかったか?)と思って、今ほおばっている菓子を急いでもぐもぐごっくんしてから、階下の様子を伺う。
階下にやはり綱がいたので警戒モード全開で「綱!貴様なぜここに居る!」って声を荒げる茨木。
二階からぎろりとこちらを睨み下ろす茨木を見上げながら、綱はさすがに呆れの滲んだ声で返答する。
「……ここは源氏の敷地だ。俺が居ても何ら不思議は無いだろう。それを言うなら、茨木。お前こそなぜここに居る。」
正論で返されて「ぐぬっ……それは……」と背後にちらっと視線をやりながら言いよどむ茨木。
綱はかぶりを振り、「いい。金時に聞いた。」って言う。
金時の名が出たので、茨木は水を得た魚のように「そ、そうだ!あやつめが『先の戦いの礼だ』と言って、この菓子を貢いできたのだ!」と胸を張る。
綱は(なるほど……そう言って呼びつけたのか……)と胸中で考える。
綱が納得したらしいことを見て取った茨木は、次にどう動くか目まぐるしく脳を回転させる。
綱が来た今、ここで菓子を食べ続けるのはあまりにも気まずいので、あの箱を持ってさっさとここから出よう、そうしよう。
木箱の蓋を閉めて小脇に抱え、階段をいちいち降りるのもまどろっこしくてバッと跳躍して階下に降り立つ茨木。
「もうこの場所に用は無い!」と言い捨てて、颯爽と扉を開ける……つもりだったが、扉はびくともせず、どっと冷や汗をかく茨木。
「……無駄だ。金時が外から押さえている。」
「!?」
素早くこの場から退散するつもりだったのにそうできずに恥をかいた茨木。思わず「そうと知っていたなら先に言え!!」の台詞が喉元まで出かかるけど、ちょっとその台詞まで言ってしまったらさすがにかっこ悪すぎるので我慢して、代わりに「……何ゆえ、あやつが吾と貴様を閉じ込めるような真似をするのだ。」と冷静ぶって問いを投げる。
ここで言葉に詰まって片手で顔を覆う綱。
金時は「いっぺん腹を割って話をした方がいい」と言っていた。言っていたが、そうは言っても今のこの状況は綱にとっても晴天の霹靂なわけで、なんの心づもりもない中で茨木と対峙する羽目になり、綱だって大いに混乱していた。
でもさ、綱はことのほか茨木の前では「矜持を揺るがせたくない」っていう無意識の思いが強く働くんよな。「俺も金時に急に閉じ込められて混乱している」だなんて、そんなこと言うのは何だか間抜けだしさ。でもだからって、茨木と膝突き合わせて話すなんてのもそんな急には……って感じで、とにかく返す言葉が思い浮かばず長考に入って黙り込む綱。
そんな綱を見て、茨木はさ、すっごい苛立つわけよ。
ただでさえ綱と二人で蔵に閉じ込められるとかいうよくわかんない事態に巻き込まれてる上、多少は事情も知っているらしき綱が「またいつものようにだんまりを決め込んでいる」と来た。
茨木は、小脇に抱えていた箱をゴトリと床に落とし、体ごと綱の方を向き、両の拳をぐぐっと握り込む。
「……綱。 貴様、「また」それか。」
(……?)
茨木が何を指して「また」と言っているのか、綱は察することができない。綱は体を扉の方に向けたまま、視線だけを横に向けて茨木を見る。
茨木はぎりりと奥歯を噛む。
「また黙り込むか。また手の内を隠すのか。
そうか。そうだな……。ああ、そうだ。貴様はいつもそうだ!!」
激昂する茨木。
驚いた綱は顔を覆っていた片手を降ろし、右脚を軸に、左足を斜め右奥に引く形で茨木の方を向く。
「茨木、騒ぎになっては不味い。いったん落ち着け。」
「はッ! 何を言うかと思えば。吾は鬼。貴様に耳を貸す道理なぞ無い。」
一度は鬼の頭領の風格で綱を嗤う茨木。
けど、(ああ、これで今日も、なにもかも有耶無耶のまま終わるのか)って思うと、すごくやるせない気持ちが湧いてくる。
金時の奴に一体どんな思惑があったのか知らないが、こうして綱と二人きりで差し向かってさえ、吾らは何も話せないのか。綱は何も話してはくれないのか。って思うと、なんかもうすごく悔しくて、泣きたくなってくる。
茨木にだって矜持はある。この悔しさ、やるせなさを綱にぶつけるべきか葛藤し、うつむいて、ぎゅっと唇を噛む。
でもヒトと鬼の休戦の約定なんて、いつまで続くかわからない。今日のこの日を逃せば、綱とまともに話ができる機会は、もう二度と訪れないかもしれない。何も聞けずじまいで終わるかもしれない。
茨木は、それが嫌だった。
茨木は薄々、「綱は、吾の母上のことを知っているのやもしれない」と察していた。
茨木は母親のことが知りたかった。
綱が茨木を通して母親のことを見ようとしている、その意味を知りたかった。
胸中が嵐のように荒れていて、ぐちゃぐちゃの気持ちのまま、茨木は決然と顔を上げ、再び綱を睨み上げる。
大きな瞳いっぱいに溜まった涙を、せめて零れないようにこらえるが、とうとう零れ、そこからはもう堰を切ったように涙が溢れる。
「……ッ、
……汝は何も話さぬ!いつもそうだ!いつもいつも!!
それでいて「落ち着け」だのなんだの、吾を従わせようとするとは、虫が良いにも程があるというもの。
吾は、……吾は言ったはずだ、幾度も。「吾を見ろ」と。
吾を見ぬなら、……『吾を通して母上を見る』なら、その訳を話せ。……話せ!今!ここでだ!!」
綱は愕然とする。
腕を斬られてさえ泣かなかった茨木が、ぼろぼろと涙を零している。
……「あの御方の忘れ形見を、自分が泣かせてしまっている」。
──俺ぁ、「綱の兄貴は茨木の奴といっぺん腹割って話をした方がいんじゃねぇかな」って思っててよ。
金時の言葉が脳裏に響く。
金時の言う通りだと、綱は染み入るように思う。
綱は、床にスッと腰を降ろして胡坐をかく。
感情ぐちゃぐちゃで怒りながらしゃくり上げていた茨木は、綱が座ったのをみて、ひゅっと固まる。
綱が「話す気になった」と察した茨木はさ。泣きじゃくるほどに、この瞬間を焦がれてたわけだけどさ。
同時に、怖気づく気持ちもあるんよね。生真面目な綱が、わざわざ今まで黙っていた、隠していたことなんだから。茨木にとっても重要な……衝撃的な……ひょっとすると「おぞましい」真実を、綱は知っているのかもしれない。すごく知りたいけど、すごく怖くもあったんよ。
でも、さっき考えた通り、今を逃せば、知る機会を永遠に逸するかもしれない。
茨木は手の甲で涙をぐいっと拭い、覚悟を決めて、綱の真向かいに胡坐をかく。
──綱と茨木が、己の知る限りの情報を開示し、紐づけができそうな部分をすり合わせていくも、結局、「真実の全て」は解明できないままに終わる。
綱も「あの御方」が殺される瞬間を目撃したわけではないのだし。
茨木が「母上に送り出された」と記憶しているのが、真実なのか、適応規制によるものなのかもわからないし。
仮に茨木が「あの御方」が殺される現場に何らかの形で居合わせていたとしても、その記憶が今後戻るかどうかなんてわからないし。
でも少なくとも、なぜ綱が自分のことをあんな思い詰めた目で見るのかを知ることができた茨木は、ずっと胸のうちにあった重い石がスッと軽くなったような心地がして、幾分すっきりした顔つきになる。
綱も、「あがいたところで過去は変わらないし、死者は蘇らない」っていうことが改めて(昏い絶望では無く、事実にきちんと向き合った上での、明るくあっけらかんとした諦念として)身に染みる。源氏会議の時といい、本当に金時には頭が上がらないな……って考える。
その上で茨木はジトッと半目で綱を見る。
「しかし綱、汝はまっこと情けない男よな。これしきのことを、弟分に背を押されるまで話せずにいたとは……」
「ッぐぅ……」
クリーン&クリティカルヒットなことを言われて流石に呻く綱。
そんな綱の哀れな様相を見て溜飲が下がった茨木。
ふんと鼻を鳴らしたあと、うつむいて肩を落とし、ぼそぼそと零す。
「……母上のことを、今少し教えよ。」
「!……」
「……遠巻きにでも、見ていたのだろ。
吾は、母上のことを、もっと知りたい。」
どこかいたいけで、あどけなくて、さみしげな茨木の声色に、綱の心臓がぎゅっと締め付けられる。
「……。
……わかった。」
綱は、綱が知る限りのことを茨木に伝える。
茨木も、おぼろげな記憶を辿って、母親のことを語る。
この一件以来、綱と茨木は、時と場所を選んで、ごくたまに会い、茶を飲み、茶菓子を食べながら、あの御方の思い出話をぽつぽつとするようになる。
で、遡って蔵の外の金時について。
綱が馬鹿力で開けようとするのを渾身の力で抑える金時。しばらくしてまた扉に力がかかるから(今度は茨木かもな)と思いながら再び万力で抑える金時。
それ以降は静かになるけど、油断なく扉を押さえとく金時。
一回二回源氏武者のひとらに金時殿どうされました?って訊かれて「いや~ちょっとな!綱の兄貴が蔵で調べものしててよ!集中したいから人を寄せるなって頼まれてよ!」とかってごまかしたりする。
それにしてもまぁ強引な手段とっちまったから兄ィにガン詰めされて茨木に引っかかれるくらいのことは覚悟しとかねーとなぁ……って考える金時。やむなし、背に腹は変えられねぇ、何にせよ兄ィと茨木の奴は話をした方がいいと思ったんだよオイラは。ウン。ってひとり頷く金時。
けっこう経ってから、落ち着いた調子でコンコンと内側から戸を叩く音。
何らかの形できりのいいとこまで話が済んだんだろうなー思って、さぁガン詰め&引っかきの時間かァって戦々恐々としながらそっと戸を開ける金時。
そしたら顔を覗かせた綱が照れくさそうなバツが悪そうな顔をしてる。
なんか、二人で話した結果があんまり悪い方には転がってないみたいでひとまずホッとしてちょっと笑う金時。
綱はちょっと視線をさまよわせてから、「……世話になったな」って金時の背中をバシッと叩く。
後ろからひょこっと出てきた茨木も綱そっくりの照れくさそうなバツが悪そうな顔をしてる。
来るとき貰った角隠しの布を目深にかぶり、菓子の箱を小脇に抱えて、「……コレは貰ってゆくぞ」ってぼそぼそ言う。
(なんかこーゆートコちょっと似てるよな)って思ってニコニコする金時。
綱は「京の外れまで行ってくる。すぐ戻る」と告げて、周りに怪しまれぬよう姿勢を伸ばして居住まいを正し、すたすたと歩く。茨木もその後ろからそそくさとついて行く。
どうやらまずい結果にはならなかったみたいだ。よかったよかった、って、二人の後ろ姿を見送り、腰に手をあててウンウンって頷く金時。