家出息子たちの帰還.13───巫者が祖霊に肉体を明け渡している際は暗闇の中にいるようで周囲で何が起きているのかよく分からないし覚えていられず意識も保てないのだという。辺りを見回す目、物音を聞く耳、思考する頭、言葉を発する口を貸し出していると考えれば納得できる。(中略)言葉と思考は切り離し難いものだ。思考だけがあっても言葉がなければその思考は他者から理解されない。思考と言葉は互いに根源にも結果にもなりうる。思考の限界と言葉の限界は一致しているのだ───
セイロス騎士団は出自を問わない。シャミアのような信徒ではないものも所属しているし、ハンネマンやマヌエラのような帝国出身者も、同盟出身者も王国出身者もいる。だからクロードとディミトリは同じ手法を取っていた。血筋を利用して騎士たちを油断させ、レアの出した箝口令を掻い潜っている。図々しい話だが、女神と教会は無謬だとしても騎士やその実家の面々は俗世間に属しているので責めないでやって欲しいと思う。
そんなわけで夜中に書庫へ行く目的が増えていた。ディミトリが書庫へ向かうと机上に禁帯出の地図が広がっている。その上には白くて丸い石が置かれていた。《リュファスを見ろ、賢しげなことをいうやつを信用するな》
ディミトリは懐から黒くて丸い石を取り出した。《本当なものか、あいつも嘘をついている》ファーガス出身の騎士から聞き出した地点にその石を置く。あと何日かすれば法則が掴めることだろう。《どこだ、殺してやる》二点の位置を覚えたので白い石を懐にしまった。
数日後の朝、ドゥドゥーが朝食を取れというのでディミトリは食堂に向かった。もう何年も食べ物の味がしない。きっと毒を盛られても気がつかないだろう。《あはは、間抜けは死ね》運んでもらった食事を無理やり咀嚼しているとクロードが挨拶をしながら隣に腰を下ろした。彼はドゥドゥーにもきちんと声をかける。
「駒の動きが読めたような気がしないか?」
「何というか……非常に大胆だな。おそ、ぬ成功するが」
「近々出撃することになる。そっちに移った連中を頼むぞ」
レアさんと連中はこのフォドラを盤上に見立てている───クロードはそういって話を持ちかけてきた。彼は移籍したものたちに愛着を、レアには微かな憤りを持っている。《相応しくない!塔から放り投げろ!》ジェラルドを殺害した一味の駒は目撃情報で、レアの駒はセイロス騎士団だ。空白地帯を作り、そこに嵌った方が負ける。
彼女はベレトに復讐を禁じることによって彼を守ろうとしているが《ふざけるな、人生を奪うな》同時に彼を何かに利用しようとしていた。
書庫番のトマシュにクロードは親近感を覚えていた。意外にも大司教座のあるガルグ=マクにはセイロス教に親しみを覚えていないものは割と多い。クロードがさっと思いつくだけでトマシュを騙っていたもの以外に自分を含めて四人はいた。問題は想像より多かったこと、親しみではなく憎しみを覚えていたこと、だ。あのままトマシュと親しくしていたら白きものの絵以外に何を見せられたのだろう。
ディミトリは狙い通りベレトと共に出撃していった。クロードは少し彼が羨ましい。クロードの求める真相はレアが握っている。ベレトを使って脅せば打ち明けてもらえるかもしれない。
「下策だな……」
気を失った状態でガルグ=マクに担ぎ込まれたベレトを見たクロードはぽつりと呟いた。聞き取れたものはいないだろうが、いたとしても意味が分からないだろう。ガルグ=マクに帰還したものたちは珍しく高揚していた。おそらくレアそっくりに変化したベレトの髪の色が関係している。
知っておくべきだ、と言ってこれまでローレンツが話してくれたことからも分かる通り、青獅子の学級に与えられた課題は気が滅入るものばかりだった。だが今回はレアが帰還したベレトを見てまさに狂喜したのだという。ローレンツは大きなため息をついた。礼儀作法にこだわりのある彼はクロードの部屋以外でこんな態度は取らない。
「先生が本懐を遂げたことも無事であることも喜ばしい。僕も聖典を読んで育った。当て嵌めたい気持ちもわかる。だが……」
後は寝るだけ、と言った格好をしているローレンツの眉間に皺が寄った。付け焼き刃かつ他人事で聖典を読んだクロードはこんな時にどんな顔をすればいいのか分からない。仕方ないので無表情を保った。
「先生が助かった理由にも髪の色が変化した理由にもならないな」
ローレンツは寒気を感じたのか両腕を擦り合わせている。隠喩を使って修身をといたもの、と思って読んでいた書物が客観的な事実を買いた歴史書だ、と言われたら困惑するし混乱して当たり前だ。
「僕が目撃したものは一体何だったのだろう」
クロードは黙って頷いた。こんな風に何かあった時にすぐ腹を割って話せる日々は残り少ない。