不定形の帰還 パプニカ西部の湿原に、正体不明の物体が発生した、という報告が上がってきたのは、先日のことだった。陛下より、うちの部隊に調査の命令が下りてきた。補助系の魔法使い中心のうちの部隊では、敵性生物だった時に危ないだろうから、助っ人として大魔導士たるポップ様をつける、と。
ポップ様がいらっしゃる日、部隊はそわそわとみんな浮足立っていた。当たり前だ、だって、あの英雄だぞ。若い部隊員同士でそわそわひそひそと囁き合っていると、ざわざわとしていた室内が、しん、と、静まり返った。きた、みんな頭を下げると、困ったような声が聞こえた。
「あ~、できれば、そんな畏まらないでほしいんだけどなあ……」
聞こえてきた声はとても若くて、ちらと見た姿も若かった。ハタチそこそこってところだろうか。同い年くらいかな……こんな若くて英雄なんて、すごい人だな、とぼーっと考えていたら、部隊長に周りともども呼ばれた。走っていくと、ポップ様の前に押し出された。え、何怖い。ポップ様いる、まぶしい。
「あの、」
「こいつらでしたら、すこしはお供できるだろうと思いますが……」
「お、よろしく」
「ふぁい!?」
バッとみんなで部隊長を振り返ると、ごんとこぶしを落とされた。
「情けない声を出すな! おまえら飛翔呪文使えたな。ポップ様にお供して、空中から接近しろ。いいな」
「は、はい!」
みんなで一気に頭を下げた。ふえーん、光栄すぎてヤバイ。親父の墓に報告しよ……
部隊長がいなくなった後、ポップ様から調査計画を聞く。おれたちが必死に頭に叩き込んでいると、ポップ様が笑った。
「飛翔呪文はマニアックだからさ。使える魔法使いこんなにいると思わなかったし、調査早く終わるんじゃねえかな。助かるよ」
頼りにしてるぜ、と、おれたちみたいな青二才にも優しく笑って励ましてくれる。
おれたちは飛んで調査地に近づいた。思わす声が出た。
「まじかよお」
眼下にあったのは、真っ黒で山みたいに大きい塊。ずるずる体を引きずって動いたのか、体の後ろにはヘドロみたいな跡がずっと残ってる。みちみちと震えて膨らみ、こぽこぽと泡立っていた。風が吹くと饐えたような匂いもする。醜い、この世の醜悪を寄せ集めたような姿だった。
うわぁ、と顔を引き攣らせたら、塊がぶるりと上体とみられる部分を起こした。目なんかないのに、なんだか目が合った気がして、身構える。真っ黒な塊はぶるぶると震え、ぱくんと割れて、白い歯を剥き出した。奈落のように黒く暗い口内を見せつけるように大口を開く。
「%×$☆♭#▲!!!!!!!」
意味のわからない言葉みたいな音がびりびりと辺りを震わした。あまりの音量に耳を塞ぐ。耳が痛くて顔をゆがめていたら、塊から二本の触手が伸びてきた。伸びていく先には、ポップ様。なにか驚いたような顔をして硬直してしまっている。俺は慌てて閃熱呪文を放って触手を焼いた。
「☆%▲……!」
塊が、何か音を発している。焼かれた触手が、ぶちぶちとねじれ、じゅわりと溶け落ちていった。
「ぽっぷさま!」
「だい」
「え?」
「ダイ!」
ポップ様は塊に飛び込みしがみついて、ぐちゃぐちゃの表面を引っ掻いている。まるで何かを掘り出そうとしているようだ。汚泥のような体液に塗れて、服も顔も汚れきっている。
「だいじょうぶ、大丈夫だから」
「%×$……」
「ポップ様! おやめください! 危険です!」
瞬間、あたまの横を熱い塊が通り過ぎて、背後で爆発音がした。焼けるような痛みが頬をはしる。ポップ様の手のひらから放たれた火球が、自分の頬を掠めたのだと理解するまで、少しかかった。
「さっきからガタガタガタガタ、うるっせぇんだよ! 何もわからないなら黙ってろ邪魔すんじゃねえ!」
いまにも飛びかかってきそうなほどの怒気を孕んでいた。周りの部隊員もそのまま後ずさる。本気で殺されるとわかったからだ。こちらに反意の様子がなくなったからか、ポップ様は塊に向きなおる。ぼそぼそと語りかけている言葉が聞こえてくる。
「ああ、大丈夫、だいじょうぶだから。大きい声出して、びっくりしたよな。ごめんごめん。ほら、泣くなよ、な?」
「ああ、ああ、良かった。おまえなんだよ、帰ってんなら、すぐ呼べよ、ばか」
「ああ、ほら、また泣く。お前泣き虫になったなあ」
「いいよいいよ、ほら、帰ろうな」
「おかえり、ダイ」
やさしい声だ。おれたちにかけてくれたよりもずっとやさしい声。水気を含んだ表面を、撫でている。ぐずぐずと不定形の塊を愛おしそうに。本当にやさしく、ちいさな勇者に向けるのときっと同じ視線で。あんなに醜いのに。ああ、探し続けて、きっと心が壊れてしまったんだ。
だってその時、おれたちは、大魔導士の目の中に、狂気のひかりを、見たんだから。
【ちょこっと設定】
ダイくん→魔界でいろいろあって、不定形な何かになってしまった。帰ってきてからそれに気づいてしまったので、とにかくパプニカから逃げようと移動中。見られるのが怖かったのに、ポップに見られて泣いて、でも一度だけ触れたくて触手を伸ばしたら焼かれてぴえんしてたらぽっぷに優しくされて混乱中。ええ……?なんでえ……?
ポップくん→ダイいるじゃんやったーーー!!の狂喜乱舞の心持ちがみんなから狂気的に感じられてしまった。なんでだよダイかわいいだろうがよぉ!汚れついてるだけだろ!ポップにはダイくんの泣き声がよく聞こえるんですよ。
このあとポップがいろいろ試行錯誤して淀みとか汚れとかをすすいで中からダイくん(本体)を取り出せるはずなんですよ!!!!!!