Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    1kaitensitaato

    @1kaitensitaato

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 21

    1kaitensitaato

    ☆quiet follow

    ・ルルーシュが復活しなかった世界線からの転生パロ、前世スザユフィ前提のスザルル(ユフィ出てこない)
    ・◆で視点が変わる
    ・メリバ、殺伐

    #スザルル
    szarul
    ##スザルル

    Atonement(スザルル)裁きを受けている。

    「ルルーシュ」

    ――これは罰だ。
    目の前の男が何を言うのか、実のところなんとなくは察しがついていた。鈍感だの人の心がないだの言われていても、最悪の状況について考えておかないということは俺にとってはあり得ない。だが、できることなら聞きたくはなかった。聞きたくはなかったんだ、スザク。

    「……君のことが好きだ」

    ――俺はまた、スザクの中からユフィを殺した。





    入学したての大学のキャンパス。サークルに勧誘する上級生たちの喧騒。オリエンテーションを終えて帰途に着く途中のこと。
    春の日差しの中に彼を見つけた。
    襟足の長い黒髪に線の細い肉体。以前なら想像もつかない、ブルゾンにTシャツというラフな格好で、まるでごく普通の新入生のように笑っていて。それがただ眩しかった。

    ――ルルーシュ。
    僕が殺した。
    あんなに憎らしかったはずなのに、今感じることはただ嬉しさだけで、それが悔しいし切なかった。もう彼を憎むだけでいることはできそうになかった。たとえ彼が嘘つきの卑怯者で、目的のためならどんな手段でも取れる悪魔で、僕の運命を弄ぶだけの男だとしても。

    「……あの。大丈夫ですか」

    立ち尽くす僕にハンカチが差し伸ばされる。ルルーシュだった。

    「何があったのか知らないが。流石に目の前で泣かれたら気にはなる」

    どおりで、彼の輪郭がぼやけている。
    ルルーシュは何も覚えてないみたいだった。不審と警戒を目に浮かべながらも、よそ行きの外面で微笑む。それでも、わざわざ声をかけてきたあたりがルルーシュだ、と思った。何も変わらない。自分がやったことの結果なら見捨てるくせに、誰も手を伸ばさないなら助けようとしてしまう。卑怯だ、そういうところが。

    「……ずっと、もう会えないと思ってた人に会えたんだ。元気でいてくれるだけで良くて。そう思えることが、すごく、僕には……」

    言葉に詰まる。僕は涙でぐちゃぐちゃの顔面を取り繕うことも出来ずに彼の紫電を見つめた。

    「……嬉しい。そう、嬉しいんだ。会えて良かった」

    彼は「そうか、良かったな」とだけ言ってハンカチを僕に押し付けた。のりの利いた、きちんとアイロンがけされたハンカチだ。

    「返さなくていいから」
    「そんなこと言わないで。返すよ、ありがとう」

    迷惑そうなルルーシュの腕を掴んで引き留めて、無理矢理に連絡先を聞き出す。このチャンスを逃したくなかった。彼の迂闊さと数少ない善良な側面に僕は感謝した。



    連絡先を交換してからというもの、僕たちは昔からの友人みたいに仲良くなっていった。最初の頃はルルーシュは警戒するみたいにいかにも外面といった白々しい対応でかわそうとしていたし、それでも僕が構わず絡んでくるのを理解すると露骨に邪険にし始めたが、それを超えると諦めたのか自然と以前のような気安い関係に落ち着いた。
    ルルーシュには打倒すべき父親や、帝国や世界なんかはなかったし、変わらず妹と弟を愛していた(なんとロロが弟をやっていた。養子だから血の繋がりはないらしいが)。
    ナナリーは目も見えたし足も不自由ではなかった。健康優良児そのもの、といった感じのとても活発な女性だ。対してロロは随分おとなしく、心臓が弱くてよく学校を休まざるを得ないのだという。ロロをいい医者に見せるために金を稼げる職につく、というのが当面のルルーシュの目標で、結局彼のシスコン(今はブラコンか?)気質は変わらないというか、自分の身内のために人生の指針を決めるあたりは何も変わっていない。
    どうも危うげなバイトに手を出したりもしていたけれど(賭けチェスとか、賭け将棋とかだ)、心配だからとついていった時は単純な運のギャンブルで彼より稼いで嫌味を言われた。

    ――ルルーシュを憎まずに済む。
    それは僕にとっては限りない僥倖だった。彼が追い詰められて悪辣な本性を表に出さざるを得なくなったとしたら、僕が止める。
    もうこの世界にゼロは要らないんだ。
    ルルーシュは悪にならなくていいし、僕も彼を討たなくていい。人を殺さなくて良いし、殺したらきちんと国家権力によって罰が与えられる。子供が互いに罰し合わなくっていい。
    僕も誰かのために死のうだなんて思っていない。生きたい。生きなければいけない。彼の願いを今更になって踏み躙りたくない。

    「誕生日おめでとう、ルルーシュ!」

    ルルーシュの19の誕生日のことだった。
    学食の一角を借りてサプライズパーティーをした。友人たちに囲まれて、嬉しさを隠そうと憎まれ口を叩く彼を見て僕はまた泣いていた。みんなには呆れられたし笑われたけど、抑えきれなかったんだから仕方がない。

    「19の君は初めて見るから」
    「当たり前だろ。恥ずかしい奴だな……」
    「全然当たり前じゃない。素直って言ってよ」

    こんなやりとりを前にもしたことがあった。ルルーシュも覚えていたら懐かしく思うのだろうか?という気持ちと比べると、あんな辛い日々の記憶を彼に背負わせたくない、という気持ちが勝つから覚えていなくて良いんだけれど。でも少しだけ寂しい。
    きっと来年の君の誕生日も僕は泣くだろう。再来年も、その次も。君がこの世界に生きていることが嬉しいから。
    誰かが持ち込んだワインやシャンパンが回って、潰れる人間が出始めたところでパーティーはお開きになった。
    ルルーシュは特に酔った素振りを見せなかったけれど、誕生日だし僕が送るよと申し出た。お前の理屈は無茶苦茶だと鼻で笑われても、満更でもないということを僕は知っている。
    「もっと長く君といたいんだ。だめ?」
    「泊めないからな。明日はロロとナナリーに祝ってもらうんだ。朝から実家に行く」
    ――前ならきっと、そこに僕も呼んでくれたのに。
    僕は君の騎士だったんだ、ルルーシュ。この世で最後の皇帝と、最後の騎士。
    君が死んで数十年の間、僕は君の思考をトレースし続け、偶像を演じ続けた。君の考えることなら何でも分かった。いや、分かるということにしなければいけなかった。枢木スザクは死んだから、僕はゼロとして君になった。幼馴染で、親友で、守るべき相手で、守ってくれる人で、心から憎い仇で、何をしても敵わない相手で、僕に願いを託した人で、僕が殺した。
    ――僕にとっては特別でも、彼にとってはそうじゃないんだ。
    今更になって気がついた。僕にとっての彼は長年影を追った半身のようなものでも、記憶のない彼にとって僕は……贔屓目に見ても、挙動不審の新しい友人に過ぎないということを。そんな、当たり前のことを。

    「ルルーシュ」

    学生アパートの、勝手知ったるルルーシュの部屋に入ってドアが閉まった瞬間、それまで感じていた感情が焦燥だと知った。


    「君のことが好きだ」


    それは告白だった、のだと思う。一体どういう意味なのかを考える前に「ルルーシュのことを好きでいられて、それを衒いなく伝えることができる自分」が誇らしかった。僕は彼のことを好きでいていい。彼のことを愛おしく思うことを罰に思わなくていい、ということに安堵した。
    ――彼の特別になりたい。前と同じじゃなくても、今のルルーシュにとって特別な人間でありたかった。その手っ取り早いものは恋愛だという直感のまま、それを口にしていた。
    靴を脱ぎかけたままで、ルルーシュは呆然と僕を見る。暗い玄関では彼の顔色までは分からなかった。彼が口を開く。


    「――ユフィは?」


    瞬間、目の裏が真っ赤に染まった。

    「――君は、!」

    目の前の胸倉を掴む。壁に勢いよく押し付けると、頭を打ったのか呻き声が上がった。
    ――ユフィ。ユーフェミア。
    僕は今生で彼女に出会っていないし、ルルーシュの親族にもいなかった。共通の知り合いでさえない。今のルルーシュの口から出るはずのない名前。

    「どうして、!憶えてるなら!!」

    ルルーシュは縋るような目で僕を見た。嘘をついて、罰されたいという顔だ。――そうだ。覚えていたのだ、こいつは。ユフィ。神聖ブリタニア帝国。エリア11。フレイヤ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。――ゼロレクイエム。あの虐殺の日々を。そして素知らぬ顔をして、僕が再会できて嬉しいと言ったのを聞きながら関係を絶とうとした。俺と過ごした日々を"なかったこと"にした。

    「また俺に嘘をついたのか、お前は!!」

    ――"全ては過去だ。やり直すことはできない"。
    頭の中でガンガンとルルーシュの声が鳴り響く。違う、これは過去のルルーシュだ。もうルルーシュは俺を裏切らない。だって裏切る理由がないから。

    「……隠し事は、なしにするって約束したのに」
    「あんな約束、もう時効だろ」
    「……時効?あんな、約束!?」

    "それ"がよりにもよってルルーシュの口から発された言葉だということを理解するのに時間がかかった。

    「ああそうだ。俺もお前も違う人生を生きている。過去のしがらみも約束も、気にする必要なんかないんだ」

    ルルーシュは真摯な目をして"それ"を言い放った。嘘ではないことはすぐに分かった。彼は――彼は、本当に、真剣に、そう思っている。
    「お前は幸福になるべきだ。人並みの幸せを手に入れて、輝かしい人生を生きていく。――そのためには、俺は邪魔だ」
    皮肉げに唇が歪む。何をも恐れないと言わんばかりの、世界に挑む悪辣な笑み。あの頃と同じ、板についた悪虐皇帝の傲慢な振る舞いそのものだ。


    「俺に執着するな。俺もお前への執着を捨てた!」


    ――許しがたかった、全てが。

    「ルルーシュ」

    怒りで手がぶるぶると震えている。ああそうだ、この男はこういう奴だった。人を人とも思わず、隠し事ばかりで他人の意見を求めず、思い込みが激しくて、悪辣で、傲慢で。僕は苦心してルルーシュの胸倉から手を離し、ゆっくりと彼の細い肩に手を置く。息を整えて、……目の前の男を討つ覚悟を決めた。

    「それは君の弱さだ」

    ルルーシュは不可解だと言わんばかりに眉を顰めた。そうだ、18で死んだ君にはきっと分からない。分かるはずがない、残された人間の気持ちなんて。

    「僕に向き合うのが怖いんだ。人間は変わるよ。君は、君が死んだ後、僕が何を考えて、どう生きてきたのか知るのが怖かったんだ」

    ルルーシュが瞠目する。一瞬で隠された動揺を僕は見逃さなかった。反論しかけた目の前の身体を優しく抱きしめても、彼は身を固くして、決して僕に体重を預けなかった。

    「大丈夫。僕は君を許すよ」

    その時僕を支配していたのは怒りだけではない。僕は歓喜していた。彼が何一つ以前と変わらずここにいることを。僕の孤独を分かち合える唯一の存在であることを。
    ――大丈夫だ、ルルーシュ。君の敵も弱さも、僕が排除する。





    ――スザクの中でユフィが過去になっていく。
    ユフィ。ユーフェミア。慈愛の姫君。俺の初恋。スザクの永遠の主君。
    俺が殺した。汚名を着せて、スザクの目の前で。

    前世の記憶を思い出してまず真っ先に調べたことは、虐殺皇女の悪名を悪虐皇帝ルルーシュが上回ったかどうか、ということだった。虐殺皇女の汚名はコーネリアとゼロによって雪がれたらしい。ルルーシュは巧妙な洗脳の能力があり、陰でユーフェミアを操っていたのだと言う。結構なことだ。実に。
    図らずも再会した(してしまった)スザクは、明らかに記憶を持っていた。まるで昔の……何のしがらみもなく遊びまわった夏の日をやり直すかのように、毎日俺を振り回した。相手が俺じゃなかったら不審に思われるような言動を繰り返すので、せめてもう少し隠せと何度嗜めたくなったことか。
    しかし、スザクには以前と明白に違うことがある。
    スザクが身内のように扱うのは俺だけだ。ナナリーやロロも紹介したが、以前のような家族同然の関係にはならなかった。もしやロロがいるからか?とは思ったが、取り立てて関係が悪いわけではないので何も言えなかった。
    それからもう一つ。――スザクが俺を見る目が、前と違う。ような気がする。
    以前……一番最初に再会した、アッシュフォードに通っていた頃、優しさに満ちた顔で俺やナナリーを見つめていたのと良く似ている。でも少し違う。親が子を見るような?いや、違う。憧れ。信頼。執着。郷愁。

    ――まるで恋でもしているような。

    馬鹿馬鹿しい、と一笑に付すには恐ろしい想像だった。
    スザクがゼロよりユフィを選ぶと言った時、俺はショックを受けた。ナナリーがスザクに助けを求めた時も。俺の大事な人が俺以外の人間を優先するのは辛かった。
    だが、俺と彼らは違う人間なのだから、思い通りにしようと思っても限度があるというのも分かっている。正体を隠しても弁舌と結果によって信頼を得ることができるなんていうのは青臭い幻想だ。ギアスの力に頼らずにそんなことができると思えるだなんて、なんて青かったんだろう、俺は。

    「君のことが好きだ」

    憎まれるのは辛い。だが好かれることの方がもっと辛いなんて、あの頃は思わなかった。だってスザク、ユフィはお前のことが好きだったんだ。お前もユフィのことが好きだった、そうだろう?俺が壊さなければ。後悔するのはやめた。もうやり直せない。前に進むしかないんだ。――それでも。

    ――ユフィを殺した俺を好きになるな。

    ――俺にこれ以上罪を背負わせないでくれ!!

    「足掻いてたよ、もちろん」
    「彼女を忘れたくなくて。僕のことを唯一分かってくれた人だったから」
    「ユフィの絵を部屋に掛けていた。いつでも会えるように」
    「彼女のために何ができるんだろう、何をしたら彼女のためになるんだろうって四六時中考えてた」

    俺の嘘が暴かれてから、スザクとは俺の部屋で過去の話をするようになった。それが良くないことなのは分かっていたが、スザクは「君は君の弱さと向き合うべきだ」と言って譲らなかった。全く意味不明だが。
    スザクがユフィを想って紡ぐ言葉に俺は安堵する。柔らかな慈愛を乗せて語られる甘い言葉。俺への殺意と憎しみ。ゼロレクイエムの前に確かめあった感情となんら変わりがない。そうだ、それが俺の知っているスザクだ。
    「そのためには君を殺すべきだと思った。ユフィの望む優しい世界にしないといけない、そのために生涯を捧げるのが唯一の方法だと思った。それは後悔してないよ。だけど」

    「もう贖罪は済んだ」

    スザクの瞳は曇りなく俺を映していた。償いに心を燃やすこともなく、死の欲望に取り憑かれてもいない、俺への憎しみを燃やしてもいないスザク。あの夏の日にも似ていたけれど、俺の知らない顔だった。

    「君が死んだ後、ずっと考えてたんだ」
    少し距離を置いて、ソファに並んで座っていたはずだった。いつの間にか距離を詰められて手を握られている。俺に向けられるものがやけに甘ったるい声に聞こえて眉を顰めた。

    「――君にも生きていて欲しかったんだ、僕は」
    泣く寸前のような顔で笑われると、どう返したらいいのか分からなくなる。スザクに課したものの重さに。ゼロとしての生涯は俺の死で贖えるものだったのだろうか。とか、いや俺の死でブリタニアをぶっ壊せたんだからお前はそのくらいやるべきだ。とか、言いたいことは沢山あったが何も口にはできなかった。
    「僕はとっくに許してた。ルルーシュ」
    スザクに愛おしそうに見つめられる度に心の柔らかいところが摩耗していく。
    吐き気がした。スザクが帰った後、独りになると手が震えて、眠れなかった。睡眠薬を常備するようになって、食事をしても吐き戻すことが増えた。あんなピザ女でもいるのといないのでは雲泥の差だ。少なくとも他人がいれば平静を保とうという気にはなる。



    「ルルーシュ」
    スザクにキスをされたのは、あの告白から一週間も経たないうちのことだった。
    「……嫌だった?」
    間近で大きな翠の瞳が懇願するように揺れている。
    俺の部屋で夕食を食べた後、シンクで皿洗いをこなしている時のことだった。スザクは隣で洗った皿を拭いて片付けていて、不意に。
    ――唇が合うことなんか大した接触じゃない。
    「――いや、」
    だからこれは大したことではないし、過剰反応をするべきではない。理性で俺は俺を慰めていた。
    生理的な嫌悪では、多分ない。スザクとは元々の距離が近かったからか、あまりに自然に行われ、それを受け入れられる自分に驚いていたし……スザクが俺のことだけを見ていて、こういうのも込みで好かれているという事実は奇妙に俺を高揚させていた。――悟られたくない、と思った。俺はスザクとキスをして喜べるということをだ。

    「お前、ほんとに、こういう意味なのか」
    「こういう意味って?」
    「だから好きとか」
    「分かってるからユフィのこと引き合いに出したんだろ。相変わらずひどいな、ルルーシュは」
    「お前、こんなスピードでユフィに手を出してたのか!?」
    「いや、君が相手だからだけど。……えーと、君の妹だと思うとすごく複雑なんだけど、僕とユフィは」
    「やめろ。聞きたくない」
    「何もなかったんだ。こういう接触はね」
    「だから聞きたくないと言ったろ!?」

    大体返事すらまともに返してないはずなのに、何故当たり前のようにこんなことをしてくるのか理解に苦しむ。

    「いや、何もなかったんだよ。聞いてた?」
    ――きっと、スザクとキスをしたらユフィは喜んだ。今の俺よりもずっと。
    その気づきはまた俺の胸をずんと重くさせた。

    「過去のしがらみも約束も気にする必要ない、んだろ。今の僕を見てよ。僕が何年君のことを想ってたと思うんだ」

    俺のことを傲慢だと言うが、こいつも大概だ。
    いくら取り繕っていようと、スザクは生意気で自己中心的な乱暴者だ。あの告白からこいつはタガが外れたように遠慮や容赦を無くした。何でも俺にぶつけていいと思っているに違いない……大体しがらみを気にしないなら過去を引き合いに出すな。一言で矛盾するのはやめろ。

    「……何年って」
    「君が死んでからずっと」
    腰を抱き寄せられ、今度は強引に唇を割られる。ぬるりとしたものが入ってきてえづきかけ、思わずスザクの胸元に縋り付く。

    「むっ……ぅ……!」
    乱暴に性欲をぶつけられた腹立たしさよりも恐怖が勝った。
    俺はきっとスザクを受け入れてしまう、という恐怖だ。

    罪悪感があるのはスザクに好かれていることが嬉しいからだ。
    俺はこれ以上なく尊厳を貶めた彼女からまた大事な人を奪っている。



    昔はユフィより優先されないことが辛かった。俺で救われて欲しかった。俺がお前を救いたくて、あんなに足掻いたのに、それを軽々とやってのけたユフィに憧れと、多分嫉妬をしていた。スザクが救われたのなら良かったんだ。俺では救えなかったから。本当はナナリーがあいつの生きる理由になれば良いと思っていたけど、ユフィ、君ならいい。君も俺の大事な人だから。――全て、俺が最悪の形でぶち壊したけれど。

    「――ユフィと俺を同じ場所に置くな」
    「え?」
    見上げたスザクは意味が分からないという呑気な顔をしていて、いや人をベッドに押し倒しといて何だその無害そうな顔は、と言おうとしたことも忘れて呆れかえる。だが、今ここで言わねばならなかった。

    「俺に、ユフィからお前を盗ませるな」
    ――ゼロレクイエム。ブリタニアを壊し、ユフィの汚名を雪ぎ、スザクに生きる理由を与え、俺の命で全てを贖う。
    だけどそれは、ユフィからスザクを奪うという意味じゃない。俺とスザクはあくまで対等で、目的のために手を組んだだけの見せかけの主従だ。スザクはずっとユフィの騎士だった。だから仇討ちのために俺を殺した。それがスザクにとって辛い選択だったことも分かっていたんだ、だって俺とスザクは友達だったんだから。スザクは優しい奴だから。

    「――お前はユフィが好きだったんだろう!?」
    「好きだよ」
    「じゃあ何故今俺を選ぶ!?ああそうか、罰を与えたいんだな。俺をそばに置いて苦しむのを見たいんだ、お前は!!」
    「罰」

    荒んだ笑顔だった。はっきりと俺への憎しみをそこに見つけて、俺は慄き、――安堵する。

    「僕は許したって言っただろ。君が罰を受ける必要はないんだ」
    嘘をつくな。お前は何も許していない。お前の執着は愛じゃない。
    「……好きだ。ルルーシュ」

    「――俺のことを好きだと言うな!!」

    おそらく、初めて人を殴った。
    人を殴るぐらいで気が晴れるような状況にも、どうにかできるような状況にも陥ったことがない。俺の腕力で与えられるダメージなどたかが知れているし、相手がスザクなら尚更だ。
    スザクの頬はうっすら赤くなっているだけで、体はびくともしなかった。別にそれでどうにかできると思ったわけではない。ただ俺は怒っていたし、それをスザクに分かって欲しかった。

    「……痛かったよね。殴らせてごめん」
    スザクは労わるように俺の手を握る。ふと、殴られるべきはスザクではなく俺だったはずだと思考が至る。俺がスザクにした所業を鑑みれば、何度殺されたって文句は言えない。
    ――何故こいつは俺を殴らない?
    俺の知っているスザクだったら後先考えず殴るはずだ。俺の嘘が暴かれた時に。気が済むまで殴って、そうしてやっとスザクは俺への態度を軟化させる。昔からそうだった。
    「ルルーシュ。君には受け入れなければならないことがある」
    ギシッ、とベッドのスプリングが鳴る。俺はスザクの腕に閉じ込められていた。俺の肩口に頭を懐かせ、全身に体重をかけて身動きを封じている。

    「君はゼロレクイエムで終わった。だけど僕はその後も生き続けたんだ」
    スザクがどんな表情でそれを言ったか、俺には分からない。見えなくて良かった、と思うと同時に、耳元で囁かれる悲痛な声に心が軋む。
    「枢木スザクもルルーシュ・ヴィ・ブリタニアもあの時死んだ。平等に。でも僕は、」
    「ゼロとして君のいない世界を生き続けなければいけなかった」
    「君のギアスが効かなくなるまでずっとだ、ルルーシュ。僕はジェレミアにギアスを解いてもらわなかった。君からもらったものは全部生きていくよすがにしたから。平和な日々を送っていると君のかけたギアスがもう無くなってるんじゃないかって不安になって、わざと命を危険に晒しに行った。まだ君の声が聞こえることに安堵して、やっと正義の味方を続けられた。それを繰り返す日々だ。結局死ぬまで君のギアスは僕にかかったままだったよ、ルルーシュ。それが僕にとってどれだけ救いになったか、君には分からないかもしれないけど」

    スザクが体を起こす。俺を見下ろすスザクの瞳は、熱病に浮かされたようで……正気には見えなかった。

    「僕は君をずっと追いかけてきたんだ。今、やっと追いついた」

    ――これは呪いだ。
    スザクへの願いは時を経て変質して、もう一度呪いに変わった。
    「ごめんね。あの日……君が死んだ時から僕が何も変わらずにいられれば良かったのに」
    違うんだ、スザク。
    「でも無理だった。長すぎたんだ、君のいない世界は!きっと僕は君の友情も、信頼も裏切っている。それでも、」
    俺はお前に生きて欲しかった。たとえそれが義務感で、名前を無くした生だとしても、生きてさえいれば何か寄る辺が見つかるはずだと信じていた。お前は本気で人並みの幸せも全部捧げろと、それがお前の罰だと俺が言うと思ったのか?ああそうだ、それが贖罪だ。あの時お前に幸福に生きろとは口が裂けても言えなかった。だけど。
    ――平和な世界にゼロはいつか必要なくなる。
    その時お前がどうするかは賭けだった。俺の残したもの。お前のそばに変わらずいてくれた人。そのいつかに俺はお前を託したんだ。

    「俺に人並みの幸せをくれると言うなら……ルルーシュがいる世界が欲しい。俺の前から消えないで」

    「ユフィへの罪悪感なんか捨ててくれ。俺は幸福になるべきなんだろう?そのためにそんな弱さは必要ない」

    ひゅっ、と喉が鳴る。冷や汗をかいていた。動悸が激しくなり、胃液が迫り上がってくる。無理矢理に飲み下したが、胸が焼けるように熱かった。

    ――俺はスザクにこんなことを言わせてはいけなかった。

    スザクだけはこんなことを言ってはいけない。ユフィへの罪悪感なんか、だと?それが俺の弱さだと?

    ――俺は賭けに負けたのだ。それも、盛大に。
    笑いが込み上げてくる。自嘲の笑い、負け犬の笑いだ。俺はスザクを救えなかった。

    「……分かった」
    俺は努めて優しい笑顔を浮かべた。これがスザクに通用するのかは謎だったが、優しくしたいという努力は汲んでくれたようだった。

    「俺はお前のそばにいる、スザク。お前が満足するまでお前の前から消えたりはしない。約束する」
    「ルルーシュ」

    スザクがほっとしたように微笑む。また泣き出しそうな顔だった。
    結局俺とスザクはこういう形でしか繋がれない、というわけだ。笑い話にもほどがある。

    「……もう一度、約束しよう。僕に二度と嘘はつかないって」
    「ああ。約束する」

    躊躇うように唇が重ねられる。俺が拒まないことを試すように、口づけは深くなった。
    誓いのキスは呪いに似ている。

    「ルルーシュ。君のことが好きだ。愛している」

    分かっているのは、もう引き返せないということだけだ。最後まで突き通した嘘は本当になる。前にもやったことだ。俺とお前でやり通せなかったことなんてないんだ、そうだろう?ならばやってやろうじゃないか。


    「ああ。俺もお前を愛している。――スザク」


    ――それがたとえ修羅の道であろうとも。





    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏😭😭😭😭👏👏👏👏💯💯😭😭👏😭😭😭🙏🙏👏👏💵💵💵💷💷💷🙏🙏🙏😭😭😭❤❤❤❤😭🙏🙏🙏💴
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works