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    takami180

    @takami180
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    曦澄のみです。

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    takami180

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    たぶん長編になる曦澄その5
    兄上はおやすみです

    #曦澄

     昼時を迎えた酒楼は賑わいを見せていた。
     江澄は端の席から集まる人々をながめた。
     やはり商人、荷運び人の数が多い。
     川が使えないといっても、この町が交通の要衝であることに変わりはない。ここから馬に乗り換えて蓮花塢へ向かう者も多い。
     まだ、活気は衰えていないが、川の不通が長引けばどうなるかはわからない。すでに蓮花塢では物の値段が上がっている。これ以上、長引かせるわけにはいかない。
     そこに黒い影が駆け込んできた。
    「お、いたいた、江澄!」
    「魏無羨!」
     彼は江澄の向かいに座ると、勝手に酒壺をひとつ頼んだ。
    「何をしにきた。あいつはどうした」
    「んー、ほら、届ける約束だった写しを持ってきたんだよ。藍湛は宿で沢蕪君と話してる」
    「何故、お前たちが来るんだ」
    「写しだって、蔵書閣の貴重な資料だから、藍湛が届けるんだってさ。俺はそれにくっついてきただけ」
     魏無羨はやってきた酒壺を直接傾け、江澄の前の皿から胡瓜をさらっていく。
     江澄は茶碗をあおって、卓子にたたきつけるように置いた。
    「帰れ」
    「藍湛の用事が終わったら帰るさ」
     魏無羨がまたひとつ胡瓜をつまむ。
     江澄は苛立ちを隠すことなく、舌打ちをした。どうせ、魏無羨は自分が何か言ったところでここから動かないだろう。
    「沢蕪君、大変だったみたいだな」
    「まあな」
    「三毒から吊るして川に沈めたって聞いたけど」
    「緊急事態だったんだ」
     昨夕の自分の判断は間違ってはいなかった、と江澄は信じている。熱病とはいうが、対応を誤ると命を脅かす。
     魏無羨は腹を抱えて笑った。
    「さすが江澄、沢蕪君も形無しだな」
    「あの人はなんなんだ。突然、首を突っ込んできて」
     助けられている身としては大変にありがたく、文句を言えるような立場でないことは重々承知している。しかしながら、さすがに不可解だった。平時でさえ、こんなことがあったら驚くというのに、彼は閉関中だ。しかも、本当に外界と接触を絶っていたような人だ。
    「藍湛が驚いてるくらいだから、誰にもわかんないだろ」
    「何故だ」
    「お前に懐いたんじゃないか?」
    「閉関前から会ってないのにか?」
    「うーん、でもさあ」
     魏無羨は視線を天井へと投げる。
    「実際のところ、あの人が自分から外へ出たのはお前が来たからだろ?」
     それが最大の疑問であり、問題だった。
     この件で、どうやら藍啓仁から一目置かれてしまった。これからの付き合いに大きく影響するだろう。
     はっきりと言ってしまえば、藍家との関係は最小限に抑えておきたかった。それなのに、とんでもなく大きな貸しを作ってしまったのだ。
    「何故、俺なんだ……」
    「そんなの、沢蕪君に聞いてみなきゃわかんないだろ」
     魏無羨は酒を含んで、「あ、でもさ」と続ける。
    「お前、昔、沢蕪君にかくまってもらったことがあっただろ」
     江澄は顔をしかめた。思い出したくもない古い話だ。
    「もしかすると、守ってやんなきゃって思われてるんじゃないのか。弟みたいにさ」
     一瞬、喧騒が消えた。
     こめかみを殴られたような衝撃だった。
     江家宗主として立ち、十年以上が過ぎた。それでも自分はまだ庇護すべき者として見られているのだろうか。
     それとも、彼は弟がほしいのだろうか。失った義弟に代わる誰かが。
     しばらく、二人ともが沈黙した。
     ただ、菜をつまみ、茶と酒をあおる。それを数度繰り返した後に、魏無羨が耐えきれないと口を開いた。
    「ところでさ、水妖ってどんなのだった?」
    「姿はまだ現していない」
    「でも、問霊はしたんだろ」
    「沢蕪君が倒れたから仔細を聞けていない」
     魏無羨は再び口を閉じた。思案するように視線を泳がせ、片手で顎をさする。
     懐かしいと思った。義兄の、この表情はかつてよく見たものだ。
     江澄は口の端を上げて、茶をすすった。
     懐かしく思うときが来ようとは、一年前には想像もしていなかった。
    「なあ、江澄。異変はなかったって聞いたけどさ、それって何年前からだ?」
    「一艘目の事故は半月前だぞ」
    「そうじゃなくって、もっとずっと前に何かなかったかって聞いてるんだ。邪祟だって、すぐに力を発揮するやつと、そうでないやつがいるだろう?」
    「しかし、何年も前の事故で生まれた怨念が邪祟になるには、きっかけがなきゃいけない。そういうことも起きてないぞ」
    「江澄、おかしいと思わないか? 川も蛇行してない、岩場があるわけでもない。あんな場所で邪祟が生まれるとしたら、絶対に誰かの記憶に残っている」
    「だが、あそこは」
     年々、小さな事故の報告が増えている。ひとつひとつは些細なものだ。やれすれ違い様に接触しただの、やれ櫂のしぶきがかかっただの。
     しかし、言われてみれば、あんな場所でそう事故が起こるだろうか。川幅も十分にあり、距離を取って行き交うことができるのに。
     江澄の頭の隅に、十年前の事件が浮かんだ。「たしか、芸妓が嵐の夜に身を投げたな。だが、十年も前だぞ」
    「十年か。その間に事故がだんだん増えた?」
    「増えたな。邪祟になるための力を溜め込んでいたのか」
     些細な事故とはいえ、重なれば怨みもふくらむだろう。
     二人は顔を見合わせた。すべて憶測の上だ。確証がほしい。
     藍曦臣も交えて、問霊の結果も踏まえて話したい。
    「宿に戻るぞ」
     そのとき、にわかに酒楼の喧騒が静まった。今度は現実のことだ。皆の視線が入り口へと向かう。
     そこには姑蘇双璧が立っていた。
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     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
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    1437

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    PROGRESS恋綴3-4(旧続々長編曦澄)
    あなたに会いたかった
     翌日、清談会は楽合わせからはじまった。
     姑蘇藍氏の古琴の音は、軽やかに秋の空を舞う。
     雲夢江氏の太鼓の音は、色づく葉を細かく揺らす。
     世家それぞれの楽は、それぞれの色合いで清談会のはじまりを祝う。
     江澄はふと、ここしばらく裂氷の音を聞いていないことに気がついた。藍曦臣と会っていないのだから当然である。
     藍家宗主の座を見ると、藍曦臣は澄ました顔で座っている。一緒にいるときとは違う。宗主の顔だ。
    (少しは、話す時間があるだろうか)
     あいさつだけでなく、近況を語り合うような時間がほしい。
     夜にはささやかな宴が催される。
     酒はなく、菜だけの食事だが、さすがに黙食ではない。
     そこでなら、と江澄は期待した。藍家宗主も、江家宗主にはある程度の時間を割くだろう。
     ところが、である。
     藍曦臣は初めに江澄の元へやってきたものの、あいさつもそこそこに金凌のほうへ行ってしまった。そうでもしないと、まだ若い金宗主の周囲に、あらゆる意図を持つ世家の宗主たちがたかってくるのは江澄も承知している。
     江澄とて、藍曦臣と少し話したら、金凌の傍らに張り付いていようと思っていたのだ。
    「おや、沢蕪君 1622

    takami180

    PROGRESS恋綴3-7(旧続々長編曦澄)
    別れの夜は
     翌日、江澄は当初からの予定通り、蔵書閣にこもった。随伴の師弟は先に帰した。調べものは一人で十分だ。
     蔵書閣の書物はすばらしく、江澄は水に関連する妖怪についてのあらゆる記述を写していった。その傍ら、ひそやかに古傷についても調べた。しかしながら、薬種に関する書物をいくらひもといても、古傷の痕を消すようなものは見つからない。
     江澄は次に呪術の書物に手をかけた。消えない痕を残す呪術があることは知識として持っている。その逆はないのだろうか。
     江澄は早々に三冊目で諦めた。そもそも、人に痕を残すような呪術は邪術である。蔵書閣にあるとしても禁書の扱いであろう。
    「江宗主、目的のものは見つかりましたか」
     夕刻、様子を見に来た藍曦臣に尋ねられ、江澄は礼を述べるとともに首肯するしかなかった。
    「おかげさまで、江家では知識のなかった妖怪について、いくつも見つかりました。今までは海の妖怪だからと詳細が記録されてこなかったものについても、写しをとることができました」
     たしかに江家宗主としての目的は果たせた。これ以上に藍家の協力を得るのは、理由を明かさないままでは無理なこと。
    「あなたのお役に立てたなら 2224