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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴3-10
    兄上、事件です(兄上は出てきませんが……)

    #曦澄

     江澄は蓮花塢に戻るなり、ぽいぽいと衣を脱ぎ捨て、蓮花湖に入った。
    「宗主⁉︎」
     驚く師弟たちには、「雲深不知処で肩が凝った」と言えば何故だか納得してもらえた。
     秋の深まりつつある蓮花湖の水はそれなりに冷たい。
     江澄はあてもなく湖中を泳ぐ。蓮花塢に着くまで、ずっと体の奥が熱かった。自分が信じられないが、藍曦臣に触れられた熱が溜まったまま逃げていかないのだ。
     江澄は湖面に浮いて、空を見上げた。
     涼しい風の通る、薄青の澄んだ空だ。
     白雲が薄く、たなびいている。
    「はあ」
     安堵のため息がこぼれた。なんとか体は冷えてくれたが、胸中のうっとおしさはそのままだ。
     視線を落とせば袷の合間に傷痕が見える。指先でなぞればでこぼことおもしろくない感触がある。
     藍曦臣の、あのきれいな指先がここに触れるのか。
     江澄は頭を振って、岸辺へと泳ぎはじめた。
     馬鹿な考えだとは分かっている。触れられたところで、藍曦臣に汚れが移るわけではない。厭われるわけでもない。それなのに、体の中心に汚らしいものがあるというだけで、体のあたいが地に落ちる。
    「宗主、せめてご準備なさってからにしてくださいよ」
     気の利く家僕が拭うものと新しい衣を持って待っていた。
    「助かる」
     小言を聞き流し、体を拭う。こうして他人の目にさらすことに抵抗はないというのに。
     そうしているところに師弟の一人が駆け寄ってきた。
    「ところで、お帰り早々申し訳もないことですが、町より陳情が上がっております」
     濡れた衣服を家僕に渡して、「なんだ」と問えば、「邪祟かと」と簡潔な返事がある。
    「どこの町だ」
    「湖西です」
     江澄の眉間にしわが寄る。ここのところ、蓮花塢周辺では妖も怪も発生していなかった。江家の尽力により平穏が保たれていたというのにどうしたことか。
    「誰を遣りましょう」
    「俺が行く」
     江澄は即答し、すぐさま家僕に用意を言いつけた。
    「適当に三名ほど見つくろえ、今から出るぞ」
    「宗主がお出ましになるほどのことでは」
    「近いからこそ、俺が行かねばなるまい」
     江家の再興は成った、と人は言うが、信頼を失えばすぐに落ちぶれる。一度、壊滅したという事実は、長い時を経ないと癒えない傷である。
     江澄は渋い顔の家僕と師弟に見送られ、午後には蓮花塢を出た。
     移動の間に師弟から概要は聞き出したが、なんでも遊技を揚げる妓楼での怪事だという。
     客の男が最中に首を絞められた、というものからはじまって、突き飛ばされて壁に頭を打ち据えた、背中をかきむしられて血が流れた等、すべて被害は客に出ている。
     件の町には夕刻には到着した。江澄はすぐに町の顔役と対面した。
    「御宗主自らおいでくださるとは」
    「いやはや、ありがたい限りでございます」
     顔役に続いて頭を下げたのは妓楼の主人である。五十を超えた老婆ながら、やせぎすの体をしゃっきり伸ばし、よくよく気丈なことがうかがえる。
    「概要は聞いた。客を邪祟がたたるというが、死人は出てないんだな?」
    「幸いと申し上げてよいのか、そうなんでございますよ。でもねえ、昨晩とうとう首を絞められた客が出まして」
    「待て、首を絞められた男が初めではないのか」
    「違うございます。初めは肩をつかまれただの、背中を叩かれただの、しようもない訴えばかりで、女たちもあたしも相手にしておりませんでしてね。いつが初めかははっきりしないんでございます」
     江澄は主人の話を聞きながら、邪祟が育っていると確信した。このままでは今夜にも死人が出る。
    「主人、邪祟は次第に力をつけていくものだ。首を絞めるまでに至っているなら、もうじき殺せるほどの力になろう」
     主人と顔役は顔を見合わせて、がっくりと肩を落とした。
    「客を死なせちゃ、妓楼を続けるわけにもいきません。どうしたらよろしいので」
    「それを今から考えるんだ。主人、被害にあった客について、仔細を聞かせろ」
     江澄の質問に、主人はひとつずつ丁寧に答えた。
     まず、ひと月の間に異変がなかったか尋ねると、遊妓が一人死んだという。肺を患った女で、患う以前には馴染みの客が三人ほどおり、そのうちの一人とは身請けの約束までしていたそうだ。
     ところがこの男、件の遊妓が患ったと聞くや否や、別の妓楼に馴染みを作って縁遠くなった。女は今際になっても恨みを吐いた。
     邪祟の元は十中八九、この女である。江澄は見当をつけて、次にどんな客が狙われているかを絞った。
    「一晩に二人か三人でございます。まったくのご新規にはおりませんが……、二度目、三度目のお客が多いように存じますねえ。お馴染みの方でも、何人かは怪異にあわれてございます」
     相手の女が特別ではないか聞くが、これについてはむしろ居合わせたことのない遊妓のほうが少ない。
    「ふむ」
     考えこむ江澄に、師弟の一人が手を上げた。
    「あの、宗主。それ、もしかして、狙われてるのって浮気の男じゃないでしょうか」
     師弟いわく、二、三度目の客にはまだ馴染みがいないから、前回と異なる遊妓と遊ぶ。珍しいことではあるが、馴染みとなった後でも双方の合意があれば、別の遊妓と遊ぶこともなくはない。
    「お前、詳しいな」
    「面目ないことです。実はこちらに馴染みがおりまして」
     独り身の仙師である。特にとがめることはない。
     江澄は主人と話して、己がおとりになると決めた。当然師弟たちは反対したが、二人は道侶がいる。馴染みのいる一人については博識であるものの、仙術については少々心許ないところがあった。
    「俺しかいないだろう」
    「よろしくお頼み申します」
     主人は再び頭を下げた。かくして、この晩、妓楼での夜狩となったのである。
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     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
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     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    DONEプライベッターから移動。
    TLで見かけて可愛くて思わずつぶやいたカフェ曦澄の出会い編。
     その日、藍曦臣がその店に入ったのは偶然だった。
     一休みしようと、行きつけの喫茶店に足を向けたが、残念ながら臨時休業だった。そう言えば前回訪れた際に、店主が豆の買い付けのためにしばらく店を休むと言っていたことを思い出す。それがちょうど今月だった。休みならばまっすぐ家路につけばよかったのだが、喉が乾いていたのと、気分的にカフェインを摂取したくて仕方がなかった。ならば、と喫茶店を探しながら大通りを歩いたが、めぼしい店が見つからず、あったのはチェーン系のコーヒーショップだった。
     藍曦臣が外でコーヒーを飲むのは常に、注文を受けてから豆を挽き、サイフォンで淹れてくれる店で、チェーン系のコーヒーショップは今まで一度たりとも入ったことがなかった。存在そのものは知識として知ってはいるが、気にしたことがなかったため、今日初めてこの場所に、コーヒーショップが存在する事を認識した。
     戸惑いながらも店に足を踏み入れる。席はいくつか空いていたが、席へと誘導する店員はおらず、オーダーから受け取りまでをセルフで行い自分で空いている席へと座るのだと、店内を一瞥して理解した。
     あまり混んでいる時間帯ではないのか 3066

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    なにもない日々
     江澄は寝返りを打った。
     月はすでに沈み、室内は闇に包まれている。
     暗い中、いくら目を凝らしても何も見えない。星明かりが椅子の影を映すくらいである。
     藍曦臣は江澄が立ち直るとすぐに客坊へと移った。このことで失望するほど不誠実な人ではないが、落胆はしただろうなと思う。
     目をつぶると、まぶたの裏に藍曦臣の顔が浮かぶ。じっとこちらを見る目が恐ろしい。
     秘密は黙っていれば暴かれることはないと思っていた。しかし、こんなことでは露見する日も遠くない。
     江澄は自分の首筋を手のひらでなでた。
     たしかに、藍曦臣はここに唇を当てていた。
     思い出した途端、顔が熱くなった。あのときはうろたえて考えることができなかったが、よくよく思い返すとものすごいことをされたのではないだろうか。
     今までの口付けとは意味が違う。
     もし、あのまま静止できなければ。
    (待て待て待て)
     江澄は頭を振った。恥知らずなことを考えている。何事も起きなかったのだからそれでいいだろう。
     でも、もしかしたら。
     江澄は腕を伸ばした。広い牀榻の内側には自分しかいない。
     隣にいてもらえるのだろうか。寝るときも。起きるときも 1867

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    別れの夜は
     翌日、江澄は当初からの予定通り、蔵書閣にこもった。随伴の師弟は先に帰した。調べものは一人で十分だ。
     蔵書閣の書物はすばらしく、江澄は水に関連する妖怪についてのあらゆる記述を写していった。その傍ら、ひそやかに古傷についても調べた。しかしながら、薬種に関する書物をいくらひもといても、古傷の痕を消すようなものは見つからない。
     江澄は次に呪術の書物に手をかけた。消えない痕を残す呪術があることは知識として持っている。その逆はないのだろうか。
     江澄は早々に三冊目で諦めた。そもそも、人に痕を残すような呪術は邪術である。蔵書閣にあるとしても禁書の扱いであろう。
    「江宗主、目的のものは見つかりましたか」
     夕刻、様子を見に来た藍曦臣に尋ねられ、江澄は礼を述べるとともに首肯するしかなかった。
    「おかげさまで、江家では知識のなかった妖怪について、いくつも見つかりました。今までは海の妖怪だからと詳細が記録されてこなかったものについても、写しをとることができました」
     たしかに江家宗主としての目的は果たせた。これ以上に藍家の協力を得るのは、理由を明かさないままでは無理なこと。
    「あなたのお役に立てたなら 2224