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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    ワンライで書いた曦澄の続きの続き(完結)
    「嫉妬」

    #曦澄

     翌朝、藍曦臣は優しかった。
     江澄を気遣って、「もう少し眠ってください」と牀榻を明け渡し、彼自身は卯の刻だからと身支度を整えて、外へと出ていった。
     江澄はその隙に自分の客室へと戻り、供人をまとめ上げて金鱗台を去った。
     きっと藍曦臣は酔っていたに違いない。酒精を金丹で消すといっても、多少の影響はあったのだろう。牀榻で、なにもかもを間違えた江澄を見て、彼はきっと冷静になったのだ。だからこそ、何もないままに朝を迎えることになったのだ。
     沢蕪君とはじまるものがあるはずがなかった。

     ところが、それから三日も経たないうちに文があった。
     上等な紙には美しい手跡が映える。
     白檀が香った。
     ——体調はいかがでしょう。清談会も終わり、繁忙も落ち着きましたので、あなたに会いに行きたいと思っています。ご都合をお聞かせください。
     用件もなく、ただそれだけが認められている。
     江澄は首をひねった。姑蘇藍氏の宗主がやってくるだけの案件があっただろうか。
     ともかくも、と返事を出す。
     ——そちらのご都合で構いません。ところで、先にご用件をおうかがいしてもよろしいでしょうか。
     これへの返書は一文だけ。
     ——二日後の夕方、蓮花塢に到着いたします。

     その日、日が落ちる頃になって、藍曦臣は現れた。湖上の舟ではなく、朔月に乗って藍色の空を舞う。
     御剣の術でやってくるほどの急ぎであったか。これは一大事と江澄は気を引き締めた。
    「ようこそおいでくださいました、藍宗主」
     藍曦臣はいつもの微笑を浮かべていなかった。「お世話になります」と応える声もかたい。
    「食事を用意させています。ひとまず……」
    「いえ」
     有無を言わさぬ声だった。
     江澄が驚いて藍曦臣を見つめれば、彼は一歩近寄ってきてささやいた。
    「内密に、お話が」
     背中がぞくりと震えた。耳のすぐそばで響いた低い声に、あの夜を思い出した。
     ——江澄、と彼はたしかに呼んでいた。その唇が触れていた。
     よみがえってくる感触を意識の奥へと押しやって、江澄は踵を返した。「こちらへ」と私邸へ足を向ける。
     その背後では太陽がひと筋の光を放ち、湖の向こう側へと沈んでいった。

     陽の光を失った室内は暗く、江澄は手早く明かりをともした。
     手燭の炎は小刻みに揺れて、落ちた影が震えている。
    「それで、お話とは」
     江澄は机の向こうに座るようにうながしたが、藍曦臣は首を振った。いぶかしむ間もなく、手を取られた。
    「江澄、教えてください」
     藍曦臣は眉間にしわを寄せ、ぐいと江澄の手を引く。
    「なぜ、あの朝、いなくなってしまったのですか」
     江澄にとっては唐突な話題だった。藍宗主から急ぎで話があると思って疑っていなかった。江澄はしげしげと厳しい表情の藍曦臣を見つめ返し、それから慌てて手を払おうとしたが許してはもらえなかった。
    「逃げないで。答えてください」
     藍曦臣の声に余裕はなかった。彼は痛いほどの力で江澄の手を握りしめていて、いつの間にか指先が冷たくなっている。
     江澄はうろたえた。どうして、藍曦臣がわざわざ蓮花塢に来てまで問うてくるのかがわからない。答えた後にどうなるのかも予想がつかない。頭の中ではあの夜のできごとがくりかえしているのに、どのような言葉にしたら正解なのかが選び取れない。
    「お願いです、江澄。あなたの気持ちを聞かせてください」
     もはや懇願だった。
     しかし、それさえも江澄には理解できなかった。
     藍曦臣は沈痛な面持ちでうつむくと、そっと江澄の手を離した。
    「私とは、もう話したくないほどなのでしょうか」
     指先がじんと痛む。
     藍曦臣は床に膝をついた。
    「あなたには申し訳ないことをいたしました。私が悪いことは承知しています。ですが、あなたをあきらめることはできそうにない」
     江澄は呆然と藍曦臣の束髪冠を見つめた。ふしぎと思い出されたのは客室の天蓋だった。隣にずっとあこがれていた人のぬくもりを感じながら、ひたすらに天蓋の飾り彫りをたどって、深い闇の底へと落ちていきそうな自分を引き止めた夜だった。
    「どうか、私にもう一度機会をください。あなたを愛している」
    「うそだ」
     藍曦臣がぱっと顔を上げた。
     黒髪が幾筋か頬に張り付いている。
    「どうして」
    「あなたがやめたんだろう。俺が失敗したから」
    「失敗、というのはどういう」
    「言えるものか! 朝も、すぐにいなくなったじゃないか」
    「待ってください、江澄。話を……」
     藍曦臣は立ち上がって手を伸ばした。しかし、江澄はその手を勢いよく払い、乾いた音が響いた。
    「来るな! あなたは、俺のことなんか好きでもなんでもないんだ。そうに決まってる……、なにも、しないまま、なんて、ほかに考えられない……」
     江澄は顔を見られたくなくて藍曦臣に背を向けた。
     頬を伝い落ちていくものがある。
     机の上に置いた明かりが床の上のしずくを照らす。
    「江澄……」
     藍曦臣の腕が背後からやんわりと抱きしめた。
     江澄は体をかたくしたが、逃れようとはしなかった。
    「謝っても、謝り切れません。ごめんなさい」
    「……謝ってほしいわけじゃない」
    「でも、私が悪いことに変わりはありません。江澄、あなたはなにも失敗していません」
    「失敗だろう。あなたの相手をできなかった。だから、あなたもやめたんだろう」
     江澄は身をかがめた。胃がきりりと痛んだ。
    「失敗だというなら、私のほうです。あせるばかりにあなたを傷つけました」
     藍曦臣は少しだけ腕に力をこめた。
    「あの夜のあなたは健気でした。私のふるまいに耐えようとしてくれた。その気持ちがうれしくて、自分の行いが恥ずかしくなったのです」
    「あなたが?」
    「ええ、あなたの気持ちをたしかめることさえしていなかった。それに気が付いたので、がまんができたのですよ」
     江澄はそろそろと背後を振り返り、「本当か」と尋ねた。藍曦臣が言うことは簡単に信用できる内容ではなかった。まさか、失敗していないと言われるとは。
    「本当です。信じてください」
     どうすれば信じられるだろう。
     藍曦臣の腕の中で、江澄はゆっくりと体の向きを変えた。目の前にきた肩に頭をのせると、力いっぱい抱きしめられた。
     この人は姑蘇藍氏の宗主である。
     うそはつかない。
     だけど、このまま信じることはできない。
    「証しが、ほしい」
    「どのようなものでしょう」
    「あなたの言葉が本当なら」
     江澄は万が一にも顔を見られないようにと、顔を肩に押し付けた。
    「……あのときの、続きを」
    「江澄」
     藍曦臣の手が両肩をつかんで、体を引き離す。
    「それは、あなた……」
    「いいから。大丈夫だ。信じたいんだ」
     江澄は、今度は視線をそらさなかった。不安げに眉尻を下げているのはむしろ藍曦臣のほうだった。
    「俺も、あなたが好きだ」
     だから、と続けようとした言葉はみごとにさえぎられた。
     藍曦臣の口づけを受けながら、江澄はその背にしっかりとしがみついていた。

     影を映していた灯が消える。
     月はまだ天の下にある。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    兄上やらかしの全貌
    (重要なネタバレを含みます)
     蓮花塢の風は夏の名残をはらみ、まとわりつくようにして通りすぎる。
     江澄は自室の窓辺から暗い蓮花湖を見下ろした。片手には盃を、片手には酒壺を持っている。
     一口、二口、酒を含む。雲夢の酒である。
     天子笑はこれもまた美味であるが、雲夢の酒はもう少し辛い。
     もう、三日前になる。雲深不知処で天子笑を飲み、浮かれた自分はこともあろうに藍曦臣に酒をすすめた。
     まったく余計なことをしたものだ。
     江澄は舌を打った。
     
     酒を飲んだ藍曦臣は、しばらくはただにこにことしていただけだった。
    「味はどうだ?」
    「味、ですか」
    「うまいだろう?」
    「そうですね。おいしい……」
     突然、藍曦臣の目から涙が落ちた。ぽたぽたと流れ落ちていく涙に、江澄はぎょっとした。
    「ど、どうかしたか」
    「ここで、おいしいお茶をいただきました。二人で」
    「二人?」
    「阿瑶と二人です」
     胸を衝かれた。
    「阿瑶は本当に優しい」
     息がうまく吸えない。どうして奴の名前が出てくる。
    「私が蘭陵のお茶を好むことを覚えていてくれて、おみやげにといただいたことがありました」
     動転する江澄をよそに、藍曦臣は泣きながら、またにっこり 1527