マキリオ新刊冒頭ちら見せ一年のほとんどを雪に覆われた北方の地、ガレマール帝国。ヴァリス帝を最後にかつての帝国は滅びたが、崩壊した国を新たな形で興そうと、今日もキャンプ・ブロークングラスでは朝早くから会議が開かれていた。
会議の出席者は未だこの地に残り、全体を指揮するルキアと、滞在中の派遣団の代表。それに加えて冒険者で成り立っている復興支援班の各班長が数名。更には諜報の腕を買われ、調査班の一員としてここ最近席を設けられるようになったリオルがいた。
「すみません、遅くなりました」
そしてもう一人。帝国時代からエオルゼアとの和平を目指し、今や両国の架け橋とも言える重要人物。栗色の髪を結い、息を切らしながら現れたマキシマ・プリスクスその人である。
「まだ始まってねぇし、大丈夫だぜ」
そんな彼を笑顔で出迎えたリオルだったが、珍しいこともあるものだと内心首を傾げていた。
マキシマは待ち合わせに遅れるような男ではない。それが仕事に関することであれば尚更。約束の十五分前には現地に到着しており、こういった会議の場であれば座席のセッティングから資料の準備までを済ませておくようなタイプだった。
余程の何かがあったのか、体調でも崩したか。昨日はそれぞれの自室で過ごしていたせいもあり、詳細は定かではない。後で本人に聞いてみるかと思案しつつ、リオルは隣の空席に座るよう椅子の背をポンポンと叩いて見せた。
「あ、りがとうございます」
が、どうにもマキシマの様子がおかしい。一言で言うなれば、妙に余所余所しい。外では自分達の関係は隠しているとはいえ、反応がどうにもぎこちなかった。素直に勧められた場所に着席したは良いものの、さっきからちらちらとリオルの顔を見ては怪訝そうな表情を浮かべている。
「なんだよ。俺の顔に何か付いてるか?」
他のメンバーには聞こえない程度の小声で。一瞬だけ距離を詰め、耳元に囁くようにリオルが問い掛ける。普段であればそんなリオルの行動に多少の表情の変化こそあるだろうが、周囲に気取られるような動揺は見せないはずだった。しかし、今日のマキシマは突然距離を詰めてきたリオルから体を離した挙げ句、至極困惑したような表情を浮かべて彼を訝しげに見つめていた。
「あの……以前にも何処かでお会いしていたとしたら、大変申し訳ないのですが……貴方は新しくここに加わった方でしょうか?」
低く耳心地の良い声が部屋に響いた瞬間。青燐ストーブで暖められたはずの場が一瞬にして凍り付いた。
「は……?」
予想外どころではない返答にリオルは冗談すら思い浮かばずに言葉を失う。それを見ていた周囲の面々は隣り合った者同士で顔を合わせ、口々に言葉を交し始めた。マキシマは笑えない冗談を言うような男ではないから余計だろう。
一体どうしたのだ、あのマキシマさんが……などという囁きと共に、訝しげな視線が言葉の主へと集中する。当の本人はといえば、何かおかしなことでも言っただろうかと言いたげな表情で言葉を詰まらせていた。
「マキシマ殿、何を言う。元暁のリオル殿だ。昨日も貴殿に帝都の現状を報告していたではないか」
周囲がざわつき始める中、真っ先に声を掛けたのはルキアだった。ルキアは昨日の夕方、帝都の情報共有の為にマキシマを訪れたリオルをその目で見ていた。報告を受けていたマキシマのすぐ横にいたのだから間違いようもない。
「……そう、でしたでしょうか……」
で、あるというのに。返ってきた言葉にはルキアも驚きを隠せずリオルと目を合わせた。
「いえ、その反応を見る限りそうなのでしょう、ルキア殿」
「私のことは、わかるのだな?」
「ええ。他にも、例えば貴方は……」
ルキアから順に時計回りに。マキシマはテーブルを囲んだメンバー一人一人に顔を向けながら名を呼んでいく。呼ばれた者達は何処か安堵したような状態で頷き、また一人、一人と読み上げられていく名前が重なっていった。
「……ス殿、そして……」
だが――
「貴方は……貴方、は……? 何故……貴方だけが、わからない」
マキシマの顔が隣に座るリオルに向けられるも、その名を彼が呼ぶことはなかった。
己に向けられたマキシマの視線と言葉。リオルはそれに対し一瞬だけ眉を寄せた後、俯いたかと思えば肩を震わせ、くっくと笑い出した。
「リオル殿、笑い事では……」
声を掛けるルキアは手で制して。リオルはひとしきり笑った後深く息を吐くと、顔を上げるなり双蛇党のエレゼン族の男を見て言った。
「医療班長さんよ。悪いがマキシマを医務室に連れて行ってくれ。俺以外のことも何か忘れてるといけないからな。詳しく診てやって欲しいんだ」
「あ、ああ、勿論だ。しかし、貴方が関わっているとなれば、診察に同席した方が良いんじゃないか?」
思い出すきっかけになるかもしれない。そう続けられるが、リオルは首を横に振る。
「まずは現状把握から。調査はその後、ってな」
情報収集の基本だぜ、と親指を立てて笑顔を見せると、男は一応の納得を見せたようで席を立った。
「さあマキシマさん。行きましょうか」
医療班長と呼ばれた男に促され、マキシマはゆっくりと立ち上がる。椅子を戻しがてら隣に座った金髪の男を見下ろしてみたものの、頭に浮かんだのは先程ルキアによって告げられた名だけだった。
「……あの、リオルさん、でしたか」
「ん?」
「ご迷惑をお掛けして……申し訳ない」
深々と頭を下げるマキシマに、リオルはけらりと笑い飛ばして見せる。
「気にすんなって。忘れたのが俺のことだけで良かったってもんだ」
言葉通り申し訳なさそうな顔。いいから行ってこい、とリオルが白い歯を見せて笑って見せると、マキシマはもう一度会釈して部屋を後にした。