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    MeltsXIV

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    MeltsXIV

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    書きたかっただけの
    Dragon's Song雰囲気小説

    君が笑う世界で理の奔流。
    世界の調和。
    滅びと再生の狭間に生きる宿命。
    創世の神イースが去りし今、
    この世に、神竜が再び顕現した。
    川の流れが渦を巻くとき、砂が集まり形を成すように、世界の理が収束し、一つの魂が再び結晶化したのだ。
    その存在が何をもたらすのか。
    いまだ誰も知らない。
    ただ、悠久の時を超え、同じく理を識るものたちが静かにその目覚めを見守っていた。
    それは運命なのか、あるいは抗うべき宿命なのか。
    神竜はただ、静かに息をした。
    世界は変わらぬまま、ゆっくりと、その身を迎え入れていた。 

    彼らが目指すのは、セヴィル夫妻の住まう地。禍々しい真竜が降り立った近隣民の報せを受けたストーリア王国の騎士団が、馬を駆る。月光の下、森の木々が流れるように後方へと消えていく。
    先頭を行く男が、眉をひそめた。彼の名は、ユーノス・ライトエース。
    彼の視線の先、夜空を裂くように、一体の真竜が飛び去っていく。漆黒に近いその体毛が、月光を受けて鈍く輝いた。

    「……禍々しい気配だ」

    その真竜が飛び去った跡を見据え、ユーノスは手綱を強く握る。
    そこにはセヴィル夫妻がいる。あの真竜が飛び去っただとすれば——考えるよりも先に、彼の手は馬の腹を蹴っていた。

    「急ぐぞ!」

    その言葉とともに、一行はさらに速度を上げた。
    しかし、目的地へと至る前に、森の奥から微かな声が響く。

    「……泣き声?」

    ユーノスが馬を止め、耳を澄ませる。
    確かに、それは幼子の泣き声だった。

    「この先だ」

    慎重に進むと、一本の枯れ木の根元に、小さな影が横たわっていた。

    「赤子……?」

    柔らかな布に包まれた小さな身体が、かすかに身を震わせている。まるで誰かが大切に抱きしめ、しかしやむを得ず手放したかのように、その温もりはまだ僅かに残っていた。それでも、それは今にも消えそうなほど儚かった。

    「こんな場所に、一体誰が……」

    ユーノスは膝をつき、そっとその小さな身体を抱き上げた。その瞬間、彼の脳裏に蘇る半年以上前の記憶があった。

    ――セヴィル夫妻に娘が生まれた、と。

    王家もまた、その報せを受け、秘かに祝っていたことを思い出す。
    言葉を詰まらせる。
    赤子の瞳が、ゆるりと開かれた。
    夜を映すような深い碧。その瞳に映るのは、ただ冷え切った夜の闇だけだった。
    ユーノスはしばしその瞳を見つめ、その深い碧の奥に宿る何かを感じ取った。
    息をつくと、しっかりと腕に抱えた。

    「……仕方ないな。とにかく、城へ連れて帰るか」

    ユーノスは赤子をしっかりと抱え、騎士団の方を振り返った。

    「お前たちはそのままセヴィル夫妻のもとへ向かえ。私はこの子を安全な場所へ運ぶ」
    「ですが、ユーノス隊長……!」
    「討ち遅れれば、事態はさらに悪化する。私が戻るまでに、何があったのかを確認しておいてくれ」

    騎士たちは一瞬ためらったが、ユーノスの静かながらも揺るぎない声に従い、頷いた。
    「了解しました。お気をつけて」

    その直後、騎士のひとりが息を呑み、夜空を指さした。

    「隊長……! あれを!」

    ユーノスが振り返ると、闇の中を切り裂くように、一体の真竜が飛び去っていくのが見えた。
    黒銀の体毛と羽翼を持つ大きな影――。

    「飛び去った真竜を追っているのか……?」

    誰かが呟く。
    それは、セヴィル夫妻の息子、セルシオの姿だった。
    ユーノスは、腕の中の赤子へと視線を落とす。
    この子をここに残したのは、彼なのか——。
    そう考えればすべてが腑に落ちた。セヴィル夫妻が守ろうとした存在を、息子である彼が最期の力を振り絞って託したのだろう。
    赤子の体温はまだわずかに温かい。ほんの少し前まで、誰かの腕に抱かれていたことを示していた。
    ユーノスは静かに息をつき、夜空に飛び去る影を見上げた。

    「……あれがお前の兄か」

    囁くように呟き、視線を前へと戻した。
    ユーノスはしばしその姿を見つめ、やがて静かに息をつくと、視線を前へと戻した。

    小さな命を守るように、その腕に力を込める。
    ユーノスは小さな命を守るように腕に力を込めると、馬へと乗り込んだ。そして、月明かりの下、一人城へと引き返していった。
    夜風が吹き抜け、木々がざわめく。
    遠い昔から続く輪廻の中で、また新たな運命の歯車が動き出すのだろうか。
    やがて、騎士団がセヴィル夫妻のもとへと辿り着いた時、そこにはすでに命の灯が消えた光景が広がっていた。夫妻は無惨にも討たれ、もはや助ける術はなかった。
    しかし、その場にはまだ息のある者がいた。
    瓦礫の陰に倒れ込み、微かに呼吸を繋ぐ影――イスズ・エルガ。
    彼女の衣は血に染まり、傷を負っていたものの、まだ命の灯は消えていない。騎士たちは急ぎ彼女のもとへ駆け寄り、その場で応急処置を施した。
    ユーノスは腕の中の幼子をそっと見つめる。その小さな命に、これからの未来を託すように。

    「……ノア、と呼ぶか」

    静かに呟いた。その名が、この子にとって新たな始まりとなることを願いながら。
    その後、王都に報せが届くと、ストーリア王国国王夫妻は深い悲しみに沈みながらも、密かに墓を築かせた。王家もまた、人知れずその場を訪れ、深く頭を垂れた。だが、その事実が広く語られることはなかった。夫妻の魂が安らかに眠れるようにと、静かな祈りだけが捧げられた。
    一方で、騎士たちによって命を繋いだイスズ・エルガの処遇も決定された。彼女の力と知識を惜しんだ王家は、その身を保護し、ストーリア王国領エテルナ島の神殿で癒しの時を与え後に神官長としての立場を与えた。

    王城の中庭。その片隅に、王城警備の合間に佇むユーノス・ライトエースがいた。
    彼がこうして巡回の合間に足を止めると、幼い二人が無邪気に駆け回る姿が目に入る。
    まだまだ幼いレクサス殿下とノアが、無邪気に駆け回っていた。

    「ノア、待ってよ!」

    レクサス殿下が笑いながら手を伸ばすと、ノアはくるりと身を翻し、さらに先へと駆けていく。

    「レックスが遅いだけでしょ!」
    「二人ともあまりはしゃぎすぎませんよう」

    落ち着いた声が、二人のやり取りに割って入る。振り向けば、そこにはまだ若さの残る青年騎士の姿があった。
    イスト・スタウト。
    若干十九歳で近衛騎士に任じられにその生真面目さと冷静な判断力で一目置かれる存在となっていた。

    「転んで怪我でもしたら、ユーノス隊長に叱られますよ」

    そう言いながらも、口調に険はない。むしろ、幼い二人の無邪気さを微笑ましく思っているのが伝わってくる。

    「大丈夫だよ!」

    ノアはそう言いながら、また駆け出していく。その様子を見送りながら、イストは小さくため息をついた。

    「まったく……仕方ないですね」

    風がふたりの髪を揺らし、笑い声が澄んだ空へと広がる。
    風に乗って届く笑い声を聞きながら、ユーノスは静かにその光景を眺めていた。

    「……お前たちが、こうして笑っていられる世界が続けばいいんだがな」

    ふと、ユーノスの脳裏に過ぎったのは、――かつて、エリュシオン王国と呼ばれた国の言い伝え。
    そこでは、人と竜が共に生き、平穏のうちに繁栄を築いていた。
    しかし、真竜の力を求めた者たちの欲望が人と真竜の絆を踏みにじり生み出された悲しみと怒りがついには国そのものを焼き尽くしたとされている。

    今、目の前で無邪気に笑う二人には、そんな悲劇が訪れてほしくない――。

    ユーノスは静かに目を伏せ、悲しき王国の伝説を振り払いながら、小さく息をついた。
    彼にとって、ノアはもう家族そのものだった。ユーノスとローザは、赤子だったノアを引き取り、実の娘として育てることを決めた。それは王家――アルファード夫妻も正式に認めたことであり、彼女が真竜の子と知りながらも、その存在を受け入れる道を選んだ。
    だが、彼女自身にはそのことを知らせぬよう、ユーノスも王家も慎重を期した。

    彼女が成長し、いつか真実と向き合う日が来るまでは――

    ただ、何も知らぬまま、人として生きてほしいと願ったのだ。彼の妻ローザがレクサス殿下の乳母を務めていたため、共に育っているレクサス殿下もまた彼女を当然のように受け入れていた。
    二人は共に育ち、互いをかけがえのない存在として支え合っていた。
    彼の呟きは、風に乗り、誰の耳にも届くことなく消えていった。
    しかし、青空の下、ふたりの笑顔だけは、確かにそこにあった。

    ―君が笑う世界で―
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