春の神様(2)【黒限】 にこりともしないしシャオヘイを猫よばわりするし、良いヤツとはとても思えないけれど、美味しいご飯を食べさせてくれるから悪いヤツでもない。そう思っていたムゲンにはしばらく警戒を解かずにいましたので、別れがたいほどに仲良くなったのは、春の終わりが目の前まで来てからでした。ある日の「再見(さよなら)」でずいぶん長く頭を撫でてくれて、それが今年のお別れだったと知ったのは翌日になってから。昨年まで関心のなかったシャオヘイは、ムゲンがこの地に春を楽しみに来ているだけとは知らなかったのです。
「大丈夫、来年もまたいらっしゃるから」
ムゲンが天へ帰ってしまったと知って無言で大粒の涙を零していたシャオヘイを、スミレが一生懸命慰めてくれます。そしてムゲンが再びこの地へ戻ってくるまでの夏と秋と冬の間に、たくさん話を聞かせてくれました。
「今みたいに人の世が平らになる前は、幾つにも国が分かれていたの。私はずっと北の方にあった国の都で、貴族のお屋敷に住んでたんだ」
「国」も「貴族」も「都」も「お屋敷」も初めて聞く言葉で、スミレに意味を教えてもらいました。風雅を愛する一族に何代にも渡って大切にされて、彼らのために美しい花を育てていたそうです。
「でも戦が起きて、都もお屋敷も焼かれちゃったの。家族みたいに暮らしてた人たちも散り散りになっちゃった。どうすればいいかわからなくてお屋敷の跡でぼんやりしてたら、無限さまが通りかかってね」
元々居た花の妖精が伴侶を得て去ってしまった後のこの地に、スミレを連れてきてくれたそうです。
「飛べない私に合わせて、一緒に歩いてここまで来てくださったんだよ。その頃は街道(みち)も荒れてて盗賊がたくさん出たから若い女の旅人なんて滅多に居なかったし、無限さまも見た目はあんな風にお優しいでしょ?」
ネギを背負った鴨と見て襲ってくる盗賊たちを、ムゲンはごく小さな金属(かね)の球を使って、指一本動かさずに打ち倒してしまったそうです。
「ここまで二月(ふたつき)くらいかかったから盗賊が出たのだって一度や二度じゃなかったし、何十人なんて大勢が襲ってきたこともあったけど、無限さまには一緒。何人居ようが瞬きの間に倒しちゃうんだ。とってもお強いの」
それでいて無聊の慰めに奏でる笛の音は月の光に似て清か、絶景に詠む詩(うた)を記す手跡(て)は流れる水か闊達な風かあるいは地に根を張る巌、所作はしなやかにして、さながら名手の舞。類い稀なる容姿(すがたかたち)も相まって近寄りがたいようでありながら、気質は案外暢気で、高貴な身にしてどんな者にも分け隔てなく接します。
「私は無限さまに大恩があるけど、そればっかりじゃなくて。強くて優しくてお美しくて、とっても良い方」
陶然(うっとり)と夢見るようなスミレに、同じ話を何回もねだりました。時には、隣の森から仲間たちと遊びに来た大きな妖精のロジュが一緒に話を聞いて、「褒めすぎ」だとそっぽを向いて口の中で呟きます。シャオヘイの猫の耳には聞こえましたが、スミレには聞こえなかったでしょう。
時々、夢の中でムゲンに会います。初めて会った頃のむっつりとした表情と素っ気ない物言いにイヤなヤツだと憤慨し、美味しいご飯を食べさせてもらい、2人で一緒に花を見て、ムゲンが使う不思議な金属(かね)の術を眺め、世界について教えてくれて、優しく笑うことも知りました。朝が来て目を覚まし、楽しい時間が夢だと知ってがっかりします。
「春になったらまたいらっしゃるから、大丈夫」
そんな日は、スミレがそう言って慰めてくれます。
「無限さまの気を覚えてるでしょ? 南風が吹いて春の最初の花が咲いたら、天から降りていらっしゃるの。シャオヘイならきっとすぐにわかるよ」
シャオヘイの湿った鼻に指先で触れて、微笑みました。スミレも、自分の幼い頃の衣服をくれた隣の森のフーシーも、フーシーの仲良しのロジュもテンフーもシューファイも、お供え物を分けてくれる月老も、お小言を言いながらも小さなシャオヘイを気に懸けてくれている桃の林の鶯老も、シャオヘイはみんなが好きです。それなのに、春の間を一緒に過ごしただけの会ったばかりのムゲンへの好きが、みんなへの好きとはどこか、なにかが違うような気がするのは何故でしょう。みんなのように気軽に会えないから、これが「淋しい」ということなのかもしれません。
春が過ぎ去って初夏となり、長い雨の季節の後に夏が来て秋が巡り、世界を包んだ冬がやがて幾重もの紗(うすぎぬ)を1枚ずつ落としていくように解けていって、また春が訪れました。シャオヘイは自分の廟(おうち)の屋根に登って南風が吹くのを待ち、春の花の蕾が膨らんでいくのを、日ごとに確かめます。そうしてついに今朝、五色の雲が地上へ梯子をかけたのです。
「あっちだよ」
「次はこっち」
ムゲンの肩から、廟(おうち)までの道を教えます。
『いいにおい』
夏の森に似て青く清々しく、スミレが丹精している花園の満開を思わせて馥郁と甘く、離れていた間もふと鼻先に感じた気がした懐かしくも芳しいムゲンの肌の馨りに、無意識でごろごろと咽喉が鳴ってしまいます。
村の真ん中から村の外れへ向かう道々に、夏から冬の間に起きた色んなあれやこれやを黑咻と一緒にムゲンに話して聞かせました。ムゲンはあまり喋りませんが、シャオヘイの話は楽しそうに聞いてくれています。そして村境の辻を越え、森へ入りました。鬱蒼とした木立の中に、一本だけの道が曲がりくねって続いています。この道を少し入った、村とは付かず離れずの場所に小黒の廟があるのです。
「ぼくのおうち、もうすぐ」
「森に住んでるのか。森猫だな」
「猫じゃない!」
ムゲンとのこんなやり取りも、はじめは本気で腹が立ったのに、今はなんだかくすぐったくて楽しい気分です。
「あっ、ここ!」
「うん?」
「ここだよ」
一塊りの草むらの前で、シャオヘイはムゲンの肩から飛び降りました。ヒトの子の姿になって、野の花が色とりどりに咲く草むらをかき分けます。
「ね、ほら」
「ああ」
シャオヘイが世界に出でるよりもずっと前から在る、古ぼけてくすんだ小さな廟がちんまりと姿を現しました。廟の前へ片膝を突いてしゃがんだムゲンが、口元を綻ばせます。
「花冠だな。綺麗だ」
村の子供たちは「草ボーボー!」なんて笑ったりしますが、やっぱりムゲンはちゃんとわかってくれました。冬の間は枯れていた草が春に萌えて可憐な花が咲き、夏にはなお青青と繁り、秋には色づいて、季節ごとにシャオヘイの廟を彩ってくれます。ヒトならば伸びて廟を覆う草を切ったり抜いたりして整えるのでしょうが、シャオヘイはこのままが大好きです。
「ぼくのおうち、好き?」
「うん」
微笑んだまま頷いてくれたので、ますます嬉しくなりました。
「森の中もきれいなとこ、いっぱいあるよ! おしえてあげる」
「そうか、よろしく頼む」
「うん! 行こ。来て、こっち」
ヒトの子の姿のまま、ムゲンの手を引きました。森にヒトの造った道は1本きりで、綺麗な場所はどこも道から外れた森の中。獣の通る道や乾いた地面もありますが、場所によっては長い年月に落ち葉が厚く降り積もり、あるいはごつごつと木の根が折り重なり、ぬかるみも至るところにあります。それでも、ムゲンの足取りは森を住まいとするシャオヘイを軽やかに追って、衣の長い裾に泥の一つもつきません。森をどこまで入るとも言わないまま進むシャオヘイに、なにも問わずについてきてくれます。
「今日はここ!」
シャオヘイがようやく足を止めたのは、ひとの道から東南に三里ほども入った場所でした。
「ああ。これは」
シャオヘイと共に足を止めたムゲンが、感嘆を漏らします。
樹幹を抜けた陽の光が密生する苔に降り注いで、敷き詰めた翡翠に金の雫を蒔いたように燦めく岩場。鳥や妖精や神仙でなくては入ってこられず、身の軽い小さな獣すら通りませんから、足跡ひとつありません。
「……この地に通って長いが、こんな場所があったんだな」
「きれい?」
「とても」
目を細めたムゲンが、シャオヘイの大きな耳の間を撫でてくれます。
「へへ」
「ハインハイン、ヘイショ」
なぜか黑咻まで一緒になって、嬉しそうにシャオヘイの肩でぽよぽよと弾みます。
「連れてきてくれてありがとう」
「他にもいっぱいあるんだ、きれいなとこ。つれてってあげる!」
「うん、楽しみだ」
でも今日は、春を迎えた森の深くの景色を2人で楽しみます。
シャオヘイは猫の姿に戻って、空を飛べるムゲンの肩に乗せてもらいました。天には森の造る鬱蒼とした緑の天蓋、地にはさまざまな種類の苔による翠のつづれ織りが広がって、ひんやりとした空気に草木の匂いがいっぱいに満ちています。
「佳い土地(ところ)だ」
呟いたムゲンの頭の上から、すらりと宙に浮いて詩や絵を描く手元を覗きこみます。それから空に寝転がるムゲンのお腹に乗って、2人でのんびりと木洩れ日の中を漂いながらおしゃべり――ほとんどシャオヘイが話して、ムゲンは聞いているだけですが――します。きれいだとは思ってもシャオヘイひとりで長くこの場所に居たことはありませんが、ムゲンと一緒だと少しも飽きません。そうして過ごすうちに太陽が天の真ん中へ昇って、シャオヘイのお腹が盛大な音を立てました。
「昼か。村へ戻ろう」
「川! 川あるよ。魚とれるの。ムゲン、ごはん作れる?」
「川……そうだな」
村まで戻って美味い食事にありつくのも悪くありませんが、なんでもできるムゲンならきっと美味しいご飯を作れるでしょう。
「あっちだよ。行こ」
シャオヘイが先導になって、2人で木の枝を跳び移っていきます。ほどもなく、流れる水の甘くも清らかな香りが森の青さに混じり始めました。さらに進むとさらさらと優しい音が聞こえてきて、木々の間を縫って流れる小さな川が見えてきます。
「この森はきれいな場所がたくさんあるんだな」
「うん!」
川のほとりに立ったムゲンの言葉に、シャオヘイは大きく頷きました。
「魚とってあげる」
しーっと前足を上げてムゲンに伝え、そっと岸辺へ寄りました。少しだけ頭を出し、川の中を覗いて魚の影を探します。ふっと頭の上が暗くなり、水面にムゲンの顔が映りました。
「そんなにかお出しちゃダメだよ! 魚がにげちゃう」
「私も手伝おう」
注意したシャオヘイの橫から、ムゲンが腕に巻いている金属(かね)の板を飛ばしました。川の中へ沈んだと見るや、すぐに大きな魚を捕らえて戻り、2人の足下へ落とします。
「わっ なにそれ」
ぼかんと口を開けて、ムゲンを見つめます。ムゲンが腕に巻いている金属はスミレも着けているようなただの装飾品と思っていましたが、どうやら違ったようです。
「これは私の術だ。金属性の者が使える」
「ふぁ~。ぼくもできる?」
感心のあまり変な声が出てしまったのにも気づかず、ムゲンに問いました。この術が使えたら便利そうだし、楽しそうです。
「金属性ならな。後で調べよう」
「うん! でもぼくも魚とるよ」
細い川を反対の岸に一跳びし、頭を下げてお尻を上げて、魚の影を目だけで追います。手の届く範囲に来たら、逃がしません。目にも止まらぬ早さで冷たい水に手を入れて、丸く太った魚を岸に弾き飛ばしました。目一杯伸ばしたシャオヘイの前肢よりも大きい魚が、活きよく跳ね回ります。
「好(ハオ)」
川の向こうでムゲンが微笑みました。折り重なる葉に遮られている陽光が急に射した気がして、シャオヘイはぱたぱた瞬きます。
「あれ?」
「ん?」
「……ううん」
でもやっぱり、周囲は薄暗いまま。
大小とりまぜて4尾の魚を捕ると、落ちていた木の切れ端を細い枝で擦ってムゲンが火を起こします。
「ふーん。火ってそうやるんだね」
「色々だな。ここには木がたくさんあるから、木を使った。火属性ならもっと簡単だな」
「ふーん?」
削った木の枝に魚を刺して、ムゲンが火の上に立てました。
「こうすれば焼ける。しばらく待とう」
「うん」
焼けるのを待つ間、火の橫に腰を下ろしてお喋りします。ムゲンの言っていた金属性や火属性がなにか、他にもたくさんの属性があることも教えてもらいます。
『キンゾクセイじゃないといいな』
ムゲンが術を使っているのを見れば便利そうですが、金属(かね)なんてヒトの村にだってにそう多くはありません。木や土や水だったら森にいくらでもありますから、きっと役に立つでしょう。
「焼けた」
ムゲンが魚の串を取って、渡してくれました。
「謝謝(ありがと)」
少し焦げ臭い気もしますが、香ばしく焼けた魚を受け取ります。生のままか村の飯屋の料理か、そんな風にしか食べたことがありませんので、ムゲンの焼いてくれた魚はどんなに味でしょう。ふっくらした腹を、大きく齧り取りました。
「!」
なんとも言えない、一体となった苦みと焦げ臭さと生臭さ。火が通りきっていない身は外側ばかりが熱く中は冷たく、気色の悪い歯触りに思わず吐き出してしまいました。
「粗末にするな」
そう言いながら、自分も一口齧った魚を
「……ヴェ」
ぼとりと地面に落とします。
「なんて魚だ」
「そういうもんだいじゃないと思う」
しげしげと魚を眺めるムゲンが、なんだか可笑しくなってきました。
「もー、魚ムダにしちゃダメだろ! 爺爺のお店に持ってこ。これも美味しくしてくれるかも」
焼く前の2匹の魚と、ムゲンが失敗した2匹の魚を、それぞれに大きな葉で包みました。
「おいで」
包みを携えたムゲンが差し出してくれた腕を伝って、肩に上ります。
「行こう」
飛ぶには枝や倒木の入り組んだ森の中へ、ムゲンが足を踏み出しました。
『うわ』
あっち、こっち、とシャオヘイが肩から道を指示はしますが、先に立って導いた時よりもムゲン1人で進む足は遥かに速く、森の動物たちには一陣の風が吹き抜けたようでしょう。
『変なの』
なんでも知っていて、笛が上手で、詩や絵も書けて、金属(かね)を操って、深い森をシャオヘイよりも速く歩けて。それなのに、村の飯屋の老夫婦が難なく作る美味しい料理どころか、小さな魚ひとつ焼けません。
「ふふ」
「どうした?」
思わず笑ってしまったシャオヘイに、ムゲンもどこか楽しげに訊ねます。
「ムゲン、魚美味しくできないんだ」
「……実は自分で料理したことがない」
「じゃあ村にかえったらよかったのに」
「できるかと思った」
「ムゲンにも下手なことあるんだね」
「当たり前だ。たくさんある」
「ふーん」
たくさんあるとは思えませんが、少なくとも料理はできないとわかりました。
『ぼくができるようになって、ムゲンにしてあげればいいのかな?』
料理も、もし他にもできない何かがあるのなら、その何かも。
「ねえムゲン」
「ん?」
「さっきのやつ。ぼくのゾクセイ? 調べてくれる? ごはん食べたら」
「もちろん」
それならやっぱり、ムゲンとは違う属性の方が良さそうです。その方が、ムゲンの助けになれるでしょう。
「道だな」
「うん!」
木立の間に明るい光が見えてきます。
ぐう、とシャオヘイのお腹がひとつ大きく鳴りました。
ムゲンが失敗した焼き魚も身をほぐして無事に調理してもらい、飯屋でお腹いっばい昼ご飯を食べました。その後は2人でスミレの家に行きます。門まで行くと、外歩きの身支度をしたスミレがロジュと連れ立っていました。
「あら、ごめんなさい。隣町のお寺に行くの。和尚さまから、お花が元気がないってご相談があって」
それならロジュは、護衛を兼ねてスミレを隣町まで送って行くのでしょう。以前に比べれば随分平和になりましたが、若い女性が一人で森を抜けるのは好ましくありません。
「留守に済まないが庭を借りてもいいか」
「はい、もちろん。どうぞごゆっくり」
ご飯を食べたら属性を調べてくれると言ったのに、ムゲンはなぜスミレの家に遊びに来たのでしょう。冬でさえ咲く花が途切れないスミレの庭は春を迎えて眩いばかりですが、花見に来たのでしょうか。
スミレを送り出して、庭へ回ったムゲンはシャオヘイと共に反り返った緑の屋根の亭(あずまや)へ入りました。
「いいか、先に言っておく。他人の霊域には絶対に入っちゃ駄目だ。霊域の中は持ち主の思いのまま、お前を操り人形にもできる」
「霊域って?」
「これから行くところだ」
「でも入っちゃダメなんだろ」
「そうだ。お前は賢いな」
微笑んだムゲンが、しゃりんと涼しい音を立てて足下に金属で輪を作ると、白い光が溢れ出てきました。中にはなにか空間があるようで、ムゲンは輪の真ん中に浮かんでいます。
「ふわ」
覗いても内側はただ真っ白で、深さも広さもわかりません。
「おいで」
言い残して、すっと輪の中の空間に入ってしまいました。
「ん~?」
もう一度縁から中を覗き、ムゲンを信じて思いきって輪の中へ飛び込みました。なにしろ底がわからないのでお尻から落ちてしまいましたが、痛いとも痛くないとも何も感じません。周囲を見回すと、外から覗いた通りのただ真っ白な空間にぽつりと一つだけヒトの家が建っています。部屋へ入る扉に続く屋根の付いた廊下と階段を備え、塗料が塗られた扉や柱に金属の飾り、屋根には瓦。こんなに立派な建物は、村には月下老人の廟くらいのものでしょう。
「ここはどこなの?」
「私の『霊域』だ」
「れいいき……」
「属性を調べるって言っただろ。シャオヘイ」
しゃがんだムゲンが差し出した手に引き寄せられるように、シャオヘイの身体が勝手に前に進んで手が重なります。
「えっ」
まるで縫い合わされたように、手を離そうとしてもぴくりともしません。
「なにこれ」
驚いて力一杯引っ張ってみますが、指先すら動かないのです。重なった手をムゲンが無言で見つめ、しばしの間の後で不意に手が自由になりました。貴石の碧の眼差しが、シャオヘイへ真っ直ぐ向けられてきます。
「どちらも私と一緒だな。金属性と空間属性だ」
「ムゲンといっしょ? ぼく」
「うん」
それではムゲンの不足を補えませんが、一方で『ムゲンといっしょ』が嬉しくもあります。
「空間属性は私とは術が違うが、金属性の術は教えてやれる。まずは金属に触れてみるといい」
ムゲンの腕の金属の1枚が、シャオヘイの前にふわりと飛んできました。拾い上げて、ぺろりと舐めます。
「しょっぱいな」
「私の汗だ」
「えっ! うえっ、ぺっぺっ」
「冗談だ」
「はぁっ」
「悪かった。外へ出よう」
襟の首根っこの部分を猫の時のように金属につままれて運ばれ、ムゲンと一緒に外へ出ました。今まで居た真っ白な空間とは違う、いつもの森の風景にほっとします。ムゲンがしゃがんで、霊域の中と同じように目を合わせましたあ。
「わかったろう。霊域では全て主の思うがままだ。気安く入ってはいけない」
「ムゲンならいいんだよね」
「私でも駄目だ」
「そうなの?」
「うん。今は属性を調べるためと、シャオヘイに霊域を教えたかった」
「ん~~~~~~~~……わかった」
重ねた手の指先ひとつすら動かせなかったことで、ムゲンがシャオヘイになにを教えてくれたのかは、わかったつもりです。目の前に居て手を重ねている相手がムゲンでも、自分の身体を自分の思うとおりに動かせないのは、少し怖く感じました。
「好(ハオ)。じゃあ始めるか。まずは金属に慣れるところからだ」
手にしたままだった、ムゲンの金属へ目を落とします。
「よろしく……お願いします……?」
そう言うとムゲンは少し驚いた顔をして、それから目を細めて笑いました。
「よろしく頼む。でもその前に昼寝しよう」
「昼寝?」
「昼寝日和だろ。腹ごなしもしないとな」
ぽかぽかと暖かい陽を浴びて、花と緑の香りに包まれてのお昼寝なんて、とびきり贅沢で最高の時間です。
「お昼寝好き」
「私もだ。川原に行こう」
「うん!」
頷いて猫の姿になり、ムゲンの肩へ飛び乗ります。
川原の柔らかな青草の褥で、ムゲンの腕を枕にたっぷりと午睡を楽しみました。
つづく