生えたんだから仕方ないホーキンスに猫耳が生えた。生えたんだから仕方ない。ご丁寧にどこから生えているか知らないが尻尾まで生えている。おれたちの船に宣戦布告を持ちかけた無謀な海賊団には何やら怪しげな術を使う幻術師が乗っていたらしく、不幸にもホーキンスはその餌食になった。ダメージを伴わぬ幻術や能力の類は「ライフ」では肩代わり出来ない。そういう事情で我が協力者__バジル・ホーキンスに愛らしい猫耳が生えてしまった。
真白い毛並みの長い尻尾を不機嫌そうに黒いマントの下で揺らめかせている男の顔には、いつにも増して眉間の皺が深く刻まれている。
「……人間の耳はあるのか?」
「言っておくが貴様がおれの頭と下半身に触れようとした瞬間斬る。耳はどっちもまだ付いている。」
幸い、これ以上の変化はないらしい。いつまで続くかは不明だが、ホーキンスは一瞥もくれずにそう答えた。腕を組んだまま器用に藁でパラパラとタロットカードを並べていく。あの男の能力の継続日数か何かを占っているのだろう。荒れた波に揺れる船。甲板の上では、酒瓶か薬品か、はたまた火炎瓶か――その破片がゴロゴロと足元まで転がっている。
今日の戦闘も大きな被害無く終わった。ホーキンス自身の能力のお陰か、それとも「魔術師」の名が影響しているのか、この船にわざわざ喧嘩を売る者は少ない。その少ない戦闘でも死亡者が出るほどの被害が出ることは滅多に無いのだ。船員たちの統率が取れている為なのか。
「しかし、幻術とはいえ実体を伴っているのか。」
「悪魔の実の能力の可能性も考えられる、まあ当の本人はもう海の下だから聞き出しようも無いがな。」
本人が死亡しても継続する類の技なのか、中々に厄介な代物である。ふざけた効果だが使いようによっては空恐ろしい。このまま解除されなければ?その他複合的な変化があるとしたら?身体への影響は?瞬時に様々な可能性が浮かんでは消えていく。
「安心しろ、3日以内に解除される確率は90%だ。心配性のお前には朗報かもしれないが、ファウストは悲しむかもしれないな。」
新しく生えた耳の存在を確かめるように魔術師はさらりと髪をかきあげた。
あの国をホーキンスの船を間借りする形で出てからというものの、未だにここのクルーと船長の距離感には慣れずにいる。第一おれの海賊団はその実海賊団とは名ばかりの海軍の潜入部隊だったからなのかもしれない。カイドウの傘下に入った時に解散させたので、イマイチおれ自身にクルーから慕われる船長という経験が薄い。
だとしてもホーキンスのクルーからの慕われ方は中々凄まじい。慕うというよりかは信仰に近い。
「船長!!!本当にすぐ元のお姿に戻るんですね??」
「しかし船長に白猫とはなかなかアイツも見どころが……。」
夕食の後、中央広間には揃いの黒い外套を纏った船員達で賑わっていた。どよどよとテーブルの中央の席に腰掛ける船長を囲み押しかけている。
一際声高に慌てふためいている辮髪の男はホーキンスの熱狂的なシンパだ。そのせいか未だに「協力者」のおれを警戒している。珍しい猫のミンクの船員は敬愛する船長と自分に共通点が出来たことが余程嬉しいらしく、「このままでもおれは問題ないですよ船長!」と言った瞬間に辮髪の男に首を締め上げられていた。哀れだ。
円の中央にいる当の本人は既に占いを済ませているからか、それとも自分の周りで起きるこの騒ぎが日常と化しているのか涼しい顔をして今日の世経を読み込んでいた。
「早くても3日、一週間以内には元に戻るとカードが示している。今のところ身体に支障はないし能力の妨げにもならん。」
だからそう心配するなとでも言うような態度の船長に、船員たちもそれ以上は追求せず大人しくすることを決めたらしい。
「しかし船長、おれたちは心配なんですよ。いくらライフがあるとはいえ最近の船長は無茶をし過ぎです。ライフは代わりがあるかも知れませんが俺たちの船長はただ一人なんですから」
そもそもおれが、おれがあの時船長に庇ってもらったばかりに……。溢すように続けた船員の顔にはまだ鮮やかな赤色が滲む包帯が巻かれている。
そういえばホーキンスがあの攻撃を受けたと聞いた時、なぜ見聞色も使えるこの男が、敵からの攻撃を避けずにわざわざ自分の身で受け止めたのかと疑問に思った。あの時海際へと追い詰められた幻術師の狙いは、そもそもホーキンスでは無かったのだ。手負いの船員を道連れにしようとしたが、それを予見した魔術師は咄嗟にその身を呈して自らの船員を守った、というのが今回の事の顛末らしい。ある意味ホーキンスらしいが、同時に危うさもある。
「……お前たちに心配をかけたことは詫びよう。だがこれもおれの役目だ。おれにはお前たちの代わりに痛みを受け止められる能力がある。それを有効に使ったまでだ。」
読み終えたらしい新聞を畳み立ち上がったホーキンスは「ですが船長!」と身を乗り出してきた辮髪の男を片手で静止させた。
「これ以上の談義は明日の航海に支障が出る。何か不調があればすぐ船医にも相談をすると約束しよう。」
そう告げるとそれぞれの持ち場に戻れと船長命令を下したらしい。一人また一人と、黒衣の船員たちは広間を後にした。
「お前も何かおれに言いたいことでもあるのか?ドレーク」
さっきまで大勢の船員が集まっていた分、二人だけになった広間はやけに静かで広く感じる。部屋の中央から吊るされた凝った作りの燭台は緩やかに船の揺れに合わせて揺れ、美しい金髪と射抜くような紅い瞳、そして頭から生えた真白い猫の耳を照らし出していた。
「……いや、お前のやり方に口を挟む気など毛頭ない。」
「なら何故まだここに居る?もうそろそろ自室へ戻っている時間だろう」
怪訝そうな顔をしたホーキンスの感情に合わせマントの下の白い尻尾が揺らめく。普段感情表現の薄い男だからか、尻尾のある分随分感情豊かに思える。
「何だ、この尻尾が何処から生えているのか知りたいのか?お前も中々好きものじゃねェか」