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    wave_sumi

    いろいろなげすてる。最近の推しはなんかそういったかんじ
    性癖が特殊。性転換が性癖

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    wave_sumi

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    「どうしました、カナヲ」 まるく、水晶玉のように垂れた水滴を僕の目がとらえた。まあるい雨粒の中に、ふと、次兄の横顔がよぎる。長めの前髪をサイドに垂らし、毛先にはほのかな煙の香りをまとっている。さらりと揺れた髪が、陽に透けてゆかりの色となる。困ったような笑顔で、カナヲに話しかける次兄のまなじりは、おだやかで芯の強い長兄と違い、どこか、迷いのような、憂いのような。世を斜に見ているような。そんな危うい感じがした。
     世捨て人、とでもいうべきだろうか。聞くところによれば、次兄・胡蝶しのぶは、各種疾患により十八までしか生きられない身体らしい。今、僕……もといカナヲは14歳、しのぶ兄さんは16歳。あと二年しか、僕は兄さんと生きられない。本人は、呪いだと言って力なく笑っていた。
    「もう! しのぶはネガティブなんだから!」
     長兄が次兄の背を叩く。次兄は苦笑している。力なく揺れた毛先から雫がぽたりと垂れる。
    ――!!
     はたと気づけば、柏の若葉から滴る水滴が、一秒間に数えられる数を超えていた。嫌な予感がする。カナヲは歩を進める速度を倍にした。走らず、歩かず。限界の速さで急ぐ。きしきしと唸る廊下の音が、五月雨の中に混ざっている。
    「――! にいさん!!」
     大池の茶室には、不気味な噂がある。
     渡り廊下を越え、左手に和室を見て広縁を巡る。一番奥の茶室へはあと数歩。雨の音が激しくなる。大池が波打っている。
     このふすまを開けば、茶室に次兄が寝転がって、本を読んでいる。はずだ。そのはずだ。絶対に、そのはずだ。
     ふすまに指をかける。指先から、湿気が伝わってくる。じわり、じわり。
     緊張か。いや、違う。
    なにかに気圧されている。・・・・・・・・・・・
     指先がふやけている。このままではいけない。できるだけ息を吸って、吐いて。意を決して。ふすまを開けた。
     ピシャ
     ふすまを開けた音と、何かが入水した音とがほぼ同時であった。
     カナヲの視力は良い。特に、移動するもの、静止するものを正確にとらえるという、生まれ持った能力がある。
     ――それが、凶と出た。しかも大凶だ。
    (あ、)
     カナヲは、視た。
     縁側から落ちる人間。
     カナヲは、視た。
     見慣れた足先。
     カナヲは、視た。
     一瞬だけ浮かんだ、兄の指先。
    「にいさ、ッ」
     水面は雨に穿たれている。大きな空気が、水中からいくつか浮かんで消えた。ごぽ、ごぽ。
    「しのぶ兄さん!!!」
     カナヲは叫んで、もうそこには無い次兄の名を呼んだ。

     水面を視る。梅の枝のような、ヒトのような指先が、水面からひとつ。浮かんでいる。
    「あ、」
     漏れる声をそのままに垂れ流す。カナヲは息を呑んでいる。ぴしゃり、と。
     大きな魚の黒い尾ひれが、水面を打って沈んでいった。

    ◆◆◆

    「それから、です」
    「しのぶがおかしくなったんだね」
     穏やかに老爺が言葉を紡ぐ。何だろう。この人の前では、何もかもを見透かされている気がする。それこそ、遥か昔の事までも。

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