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    wave_sumi

    いろいろなげすてる。最近の推しはなんかそういったかんじ
    性癖が特殊。性転換が性癖

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    wave_sumi

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    ▶目を合わせる 握られた指先から、温もりが流れてくる。ぱちりと合った瞳は、兄の目線とかちあった。
    「美味しい和菓子です。堂々としていなさい」
     か細く鳴くような返事をして、緊張の糸をすこし緩める。一人の人間と二つの怪異が茶菓子を咀嚼し、のみこんで。まず開かれた口は人間のものであった。
    「アオイは」
     ぐ。兄の指を握り返す。アオイの緊張は頂点に達していた。握り返された中指が痛い。しのぶは、黙っていることにした。
    「料理も上手なんだね。上品で、繊細な味だ」
     誉め言葉が出た。うれしくて、恥ずかしくて、ほっとして、感情の波が立つ。ざわざわと心の水面が波立って、不意にかくりと膝が折れた。腰が抜けた、のかもしれない。安堵と満足と羞恥と、ほわほわとした感情が折り重なって、年の瀬からほぼ徹夜で餡を炊いた疲労が出た。ふらりと揺れた身体を受け止めてくれたのは兄だった。
    「しのぶ様」「言ったじゃないですか、美味しい和菓子だって」
     ようやく他人と合った視線は、やわらかい兄の、薄い紫色だった。
    「ん。舌触りも、味も良い」「美味ェ。胡蝶の茶もなァ」
     怪異二つが、静かにぽそりとつぶやいている。良い一年になりそうだと安堵して、クッションのようなふかふかとした座布団に座り込んだ。
    「アオイは座っていなさい」
     はい。うまく返事ができただろうか。さかさかと働く兄をぼんやりと眺め、出された茶と菓子を頬張る。怪異二つとお館様は、なにごとか新年の話し合いをしている。やれ、今年の気象条件だとか、政財の流れだとか、道の作られ方だとか、山の様子と、海の様子と、なんだか、色々。
     自分で作ったおはぎを頬張り、舌の上にざらりと流れた小豆の皮を感じる。次は、もう少し薄い皮の小豆を試してみよう。考えを巡らせながら、ふわふわした泡の抹茶を飲み下す。上品な甘さと、ほんの少し溶け残った粉が、アオイの喉を流れていく。静かに流れる抹茶の香りが鼻に抜ける。芽吹きの早春を思わせるい草のような、新しい草原の香り。すん、とすべてを飲み下し、アオイは静かに息を吐いた。零れた吐息が白くまとまって、すぐに消える。少しばかり温まった室内で、ようやく指先が動くようになった。
     きちきちと動くアオイを見ながら、しのぶは過日の自信を思い出した。此処にはじめて呼ばれた時、しのぶもアオイと同じように緊張していた。何せ、屋敷の主とそれを守るふたつの怪異に茶を振舞わなければならないのである。人魚と鶴には何度か振舞っていたが、当主に振舞うのは初めてだった。粗相のないように、かつ、当主の好みに合うように。リサーチを怠らなかった。その結果が今に至る。
     奇妙な新年会だ。盆には必ず誰かが死んでいるというのに、喪中の気配を欠片も感じさせない。正直、どうかと思う。呆れたような息を吐くことには慣れてしまった。何もかもをあきらめて、しのぶはへたり込んだアオイを気遣いながら、ヒトと怪異の新年会を回した。

    「では、そろそろお昼になるから、私はこのへんで」
    「はい」
     お館様が席を立つ。アオイとしのぶに感謝の言葉を述べて、あとはよろしくね、と。ふわりとした言葉を放った。当主の姿が消える。アオイが座を崩す。じんじんとしびれているのだろう膝を抱き込み、額を膝にこすりつけて、すんすんと鼻を啜っている。
    「落ち着きなさい、アオイ」
    「だってぇ」
     ぐずぐずと泣き出したアオイに、乾いた茶巾を数枚渡す。何も言わずに受け取った少女は、ごわついた布巾で涙を拭った。ざらざらとした、荒い目の布巾に涙をしみこませ、意を決して立ち上がる。じんじんとしびれた脚をなんとかたたき起こし、余分に作ったおはぎと練り切りを大皿に盛った。
    「冨岡様、不死川様。余った素材で作ったものですが」
     ようやく盆を怪異の前に出し、普段から使っている大ぶりのフォークを添える。怪異の二人は遠慮なくフォークを手にして、シンプルな形のおはぎにその先端を突き刺した。人魚の怪異は口の周りにあんこをつけ、鶴の怪異は思ったより上品にあんともちの塊を食べる。この二人(というべきだろうか)は、美味しいものを食べていると無言になる。アオイは年の瀬にそれを知った。
     無言の食事が流れている。
    「しのぶ様もどうぞ」
     す、と。梅をかたどった練りきりを兄の前に出す。兄のしのぶは、ちいさな菓子切りでそれをとりわけ、上品にひとひらづつ口に運んだ。梅の花は五枚。それをすべて口にして、美味しいですねと微笑んだ。
    「年の瀬にあれだけ訓練したんですから、美味しくないはずがないんですよ、アオイ」
     ゆっくりとアオイをたしなめるように、しのぶが言葉をつなげる。おはぎの上に象られた牡丹を切り分け、器用にひとひらづつ食べながら、しのぶは人魚を盗み見た。ぴしゃぴしゃと水面が揺れている。ぱちりと合った視線が、何かを訴えていた。
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