▶鶴の後についていく「実弥さま!」
「ンだよォ」
鶴翼をはためかせて飛べば早いだろうに、この鶴は律義に足で歩いていた。一本下駄が溶けのこった霜を踏み、くしゃり、とも、ざくり、とも言えない鈍い音がつま先を汚す。くしゃくしゃと歩いていく実弥の傍に駆け寄って、アオイはその隣に並ぶ。歩幅が緩んだのは、気のせいではないだろう。
「おはぎ、余っているので。戻ったら食べましょう」
抱きかかえたおはぎを、実弥の目に入るよう持ち上げる。色素の薄い三白眼をぎょろりと動かし、おはぎの包みを一瞥して鶴は是の返事をした。この鶴は、芯からおはぎが好きなようだ。顔なじみになった雑貨店の老婆が脳裏でにこにことほほ笑む。北海道のいい小豆をどこから仕入れているのだろうと考え、北海道だなと思考が着地する。
「神崎、」
何でしょう。息を切らして歩を進めながら、不意をついて降りた声に応えた。陽が高くなっている。寒さが緩んだとはいえ、まだまだ気の置けない気温だ。息の白さはなくなっている。瞳を少しだけ上に向ければ、視線がかちあった。
「オメーのおはぎ、美味ェんだけどよォ」
下駄の音が石を踏みしめる音になる。神社の境内に入った。玉砂利の上を歩く実弥を器用だなと思いつつ、アオイは相槌を打つ。アオイのローファーには、玉砂利のまるまるとした感覚が伝わっている。
「どこで習ったァ」
あれは大正の味だ、と鶴はつづけた。どうやら、現代人の私が大正の味を生み出したことに驚いているらしい。
「……秘密の素材を使っていますので。実弥さまには教えませんけど」
にやりと笑みを浮かべて言えば、鶴が舌打ちをする。
「ったく。素直に褒めてやろーと思ったのによォ」
「あ、その言葉は頂きたいですね。珍しいので」
風柱の神社には、ちいさな社務所がある。手入れこそされているが、だれも使っていないその小さなビジネスエリアの鍵を開け、アオイは石油のストーブを灯した。懐かしい対流型のストーブの上に、まずは水を入れた薬缶を置く。
「実弥さま、そこに座っていてください」
回転型のラウンドスツールを持ち出して、ストーブの傍に置く。上衣を脱いで、いつもの、山伏のような格好になった実弥は、ちょこんとそのスツールに座った。
じ、っ。
じりじりと燃えあかるストーブの火が、室内を温めていく。それをよそに、アオイは給湯室へと引っ込んだ。おはぎの包みを解いて、陶器の皿に盛る。移動式のテーブルに、網とお箸とおはぎと、余った餅をのせて、社務所の土間へと向かった。
このちいさな社務所は、神社に付随する施設としての社務所ではなく、神社の境内に偶然建っていた平屋の建物といった風情である。神社自体がそう広くないので、掃除用具やら何やらを収納する倉庫が必要で、そのために建てられたらしい。
がらがらとテーブルを押して、ストーブの傍に寄る。
「何すんだァ」
「焼きます。これらを」
おはぎ、お餅、小腹が空いたときに食べる予定だったおにぎり、小さなパン。皿にのった食べ物を見渡しながら、実弥に聞いた。
「何から焼きますか?」