メールだろうか。 制服のスラックス。右ポケットに入ったままのスマートフォンは、三回の振動で止まった。夏用の薄い生地が、振動を正確に太腿へ伝えた。
「死者や祖先の霊を祀る場所……お墓や、氏神様などを祀っている土地は相続税の対象から外れるんだ」
お墓、神様。そういえば、森の中には何か、合同墓地のようなものがある。聞けば、前当主の前の当主が身寄りのない子供を引き取って育て、奉公先で亡くなったら個別に供養していたらしい。十代半ばから二十代前半ごろの子供が多かったそうだ。そういう時代だったのだろうとカナヲは理解していた。彼らの遺骨が納められた本当の墓は、多摩の山奥にあるという。
「ああ、この話はタゴンムヨーだよ。それで節税しているなんて、バチあたりだからね」
ふふ、と笑えば、老爺の目じりにしわが刻まれる。細いままの瞳が伏せられ、これ以上の会話は無意味であるとカナヲは悟った。
ありがとうございました。またいつでもおいで。
「失礼します」
退室したカナヲが、跪座の姿勢で、三度にわけて襖を静かに閉めた。20cm、10cm、数センチ。襖の枠がぴたりとあって、すりあしの音が静かに去ってゆく。
輝利哉は、ふうと息を吐いて、神棚を見上げた。
「カナヲ。あの子を見ていると、昔の義勇を思い出すね」
真榊にかけられた五色の幟が、風もないのに静かに揺れた。
しっかりと未来を見据える目。何者をも視逃さないあの眼差しは、輝利哉の知るカナヲと同じものであった。
◆◆◆
奥座敷を辞してから、カナヲはスマートフォンを取り出した。タップ、ロック解除。メールアプリが着信している。
【不死川玄弥】
同級生の見知った名前。夏休みの真っ盛り、仲の良い男子からのメッセージである。昼食を共にする程度。それなりに付き合いがある玄弥のアイコンをタップすれば、続きのメッセージが表示された。
【栗花落、買い物行かねえか】
かいもの。そこでカナヲは、はたと思い出した。
「そうだ、盆のお使い」
ちいさく呟いて、カナヲは自らに課された使命を克明に思い出す。盆の買い物。いつもの店で、来客用とお供え用のお菓子。線香とロウソクは、鳩の名がついた指定の店で買う。
違うことを考えた脳を切り替えて、カナヲは玄弥へ返事を打った。
【僕も買い物がある。どこに行く】
【xx屋。兄貴からおはぎ買ってこいって言われた】
【わかった。明後日の昼に行こう】
互いに同意を得て、カナヲはスマートフォンをスリープにする。時として、歩きスマホは視界を狭くする。それは、視力の良いカナヲも例外ではなかった。
屋敷内を歩いていると、人に当たった。