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    wave_sumi

    いろいろなげすてる。最近の推しはなんかそういったかんじ
    性癖が特殊。性転換が性癖

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    wave_sumi

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    僕と人魚と鶴と桃(1/3) 彼女が来ると言ったら、本当に何かが来る。到来するものの内容は、本人が知っているはずだが。それを決して口にしないので、言葉の端と、行動から推察するしかない。
    (何かが来る、果物を持っている、空を見上げている、月夜……空、そら)
    「来た」
     低い人魚の声が、水面を揺らす。ふるふると小さくさざなみが立つ。それがおさまれば、凪いだ水面が現れる。きれいな鏡面の大池に、月を背にして鳥が映る。
     鳥の影にしては、いささかおおきく。身体が、どうも人間のように見える。あれは。
    「よォ……っと、胡蝶も一緒かァ」
    「不死川」「不死川さん」
     ばさり。白い、雪のような、絹のような、真っ白な鶴の翼が、月明かりに照らされる。
     羽衣のような鶴翼を乱雑にはためかせ、不死川は茶室の縁に降り立った。
    「寒河江土産だァ」
     ぽろりと伝えて、不死川と呼ばれた怪異は、胡蝶に桃をいくつか手渡した。月明りにもみてとれる、果皮がやさしい赤色をした、やわらかな桃である。胡蝶はそれをひとつづつ両手にとり、傍にあった真白いタオルの上に並べた。
    「何つったかァ……袋をかぶせねェ栽培だから、ようくお日さまを浴びてるんだとォ」
     そんなことを言いながら、不死川は桃を撫でた。独特のやわらかな甘い香りが、撫でた指先から薫り立つ。くゆるような甘い香りにつられて、人魚が茶室の縁に手をかけた。
    「食べられるのか」「貰ってから二日だからなァ、丁度食いどきだァ」
     冷やしてこい。わかった。人魚が鶴から桃を二つ受け取り、いそいそと池の底へ向かっていった。
     この池は、狭霧山の湧水を引いている。雪解け水が地底を伝って、この池に湧き出しているという。直接見たことは無いが、彼らと、先代のお館様がそう仰るのだから、そうなのだろう。雪解け水は常に冷たい。そこで冷やしてこい、という指示だったのだ。
    「胡蝶ォ」「何ですか?」「玄弥が栗花落に・・・・世話んなったなァ」
     つゆり。カナヲか。そういえば、玄弥くんと銀座でかき氷を食べたとか何とか。盆の使いのついでだったのだろう。
    「いえ。玄弥くんに荷物を持っていただいたようで。おあいこですよ」
     そうか、と言った不死川が、旅支度を解き始める。胡蝶はあきれた溜息を吐いて、不死川に奥の水屋で着替えるようにと指示をした。
    「いくら屋敷の中とはいえ、油断し過ぎです。不死川さん。水屋にあなたの着物を用意してありますので、着替えてください」
     てきぱきとした行動と指示。不死川が「おォ……」とたじろいだすきに「ナイフと皿を持ってきますね」と言って、胡蝶はキッチンへ消えた。大池の茶室は、一般的な茶室の機能を備えている。主となる茶室の広間とサブになる茶室の小間が並び、母屋側に水屋と厨房がある。池にせり出すような広縁で、旅支度を解き始めた不死川に「羞恥心ってもんがないんですか」などと。ぶちぶち文句を言ってしまえば「あるわけ無ェだろォ」と。水底に潜った、常に全裸の人魚を指して言った。
    「それじゃあ仕方がないですね」
     諦めたように言葉をこぼして、胡蝶は広縁にまな板とペティナイフ、ガラスの器をみっつ、並べた。あとはタオルが必要だろうか。奥からタオルを二枚ほど取り出すと、底に沈んだ人魚が戻ってくる。
     ムフフ、と得意げに笑った人魚が、胡蝶にひんやりとした水浸しの桃を渡す。胡蝶はそれを素手で受け取り、タオルで優しく水気をふき取った。
    「美味しそうですね」
     果実のくぼみに沿って、ナイフを入れる。すう、と刃を入れれば、すんなりとシルバーが飲み込まれる。そのままぐるりと実をまわせば、割れ目に沿ってきれいな切れ込みが入った。ナイフを抜いて、両手でまるみを柔らかく持ち、逆回転にする。じりじりと力を籠めれば、くぽり、と不思議な音がして、実がふたつに割れた。
     左手側の果実に、種がついている。放射状についたままの繊維が、まるで花火のようだ。
     果実と種のはざまを探るように、ナイフをいれて種を取り除く。実は白く、中心は赤い桃である。
     ぽろりと種子を取り除き、実を少しうすめのくし形に切る。
    「まだか」
     言葉通り、瞳をきらきらさせながら人魚が急かす。着替えを済ませた鶴が、奥座敷から戻ってきた。
    「よく冷やしてくれましたよ」「そうかィ」
     くあ、とあくびをかみ殺す。傷だらけの鶴人間は、首をごきごきと鳴らして、茶室を辞した。どうやら、輝利哉様のところへ報告に行くらしい。
     つるりと桃の薄皮をむいて、胡蝶は、鱗だらけの冨岡の手に。真白な実を手渡した。
    「どうぞ」「……ありがとう」
     素直にそれを受け取って、白い実を唇に寄せた。
     桃特有の、ねばるような、しつこく、あまい香り。それを嗅覚で味わってから、おそるおそる舌を伸ばす。口づけをするように、口先をすぼめて、裸の実が唇に触れる。とろけるような実と、とろけるような果汁を少し吸って、歯をたてて実をやわく噛む。あまく、粘ついた味。冷やされて、匂い立つような甘みが、さらに強調されている。とろけたような実は緻密で、やさしい歯ざわりがあった。
    「零れますよ」
     果汁が、てろりと冨岡の指を伝っている。ウロコだらけの、ほとんど魚になっている右の手をとって、胡蝶は躊躇もなにもなく、吸った。
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