「アトリエに、鳥がいるんです」 鳥が。そう返しながら、輝利哉はなるべく穏やかに笑ってみせた。正面に座する人物は神崎アオイ。胡蝶から別かれた家の娘である。確か、カナヲと同じくらいだったように記憶しているから、高校に上がったばかりだろうか。冬もののセーラー服をまとい、切りそろえられた黒髪が、不安げに揺れている。
「カナエ様のアトリエに、たくさんの羽が、鶴の羽があるのです」
此処は産屋敷の本家。本来であれば、私が足を踏み入れることのできるような場所ではない。文化人を囲う趣味のある産屋敷の一族に、私の本家・胡蝶の家が囲われている。我が家は、そこから分かれて神崎を名乗った。この屋敷の近所に邸宅を構え、普通の人間として暮らしている。
目の前の老人を、じっと見つめて呼吸をひとつ。本家の長兄・胡蝶カナエの奇行を目撃してしまった朝のことを思い出しながら、膝上の手を握った。
「本家の、カナエさまが」
「カナエがどうしたんだい」
「アトリエをお持ちの事は、ご存知ですよね」
■■■
秋晴れの続いた、冬入り前のことである。よく冷えた朝、神崎アオイは早く起きた。元来早起きの性質なので、たいして苦ではない。家族はみな寝静まっているので、アオイは一人で白湯を飲むためキッチンに降りた。
水を半分ほど入れた薬缶を火にかけ、沸くのを待つ。ガスコンロの火で、ほのかに冷えた指先を温めながら、冬の訪れを感じた。と。
(――!?)
そとから、物音がする。物音がすることはたいして珍しくは無いが、どさり、と。まるで、雪でも落ちるかのような音であった。まだ雪の降る季節でもなく、落ち葉が屋根に固まるような場所でもない。驚いて、アオイは窓から音のした方をこっそりと覗いた。
(あれは……?)
神崎家の裏庭には、ガレージ兼物置がある。神崎の家族は誰も使っていないそこに、胡蝶本家の長兄・カナエが何かを置いているらしい。何を置いているかは、誰も知らない。
その胡蝶カナエが、白い塊を引きずりながら、ガレージへと向かっている。その跡には、シミのようなものが点々と続いていた。
ぱたり。胡蝶カナエと白い塊を吸収して、ガレージ……アトリエの扉は閉まった。どくりどくりと心臓が鳴る。なんだ、あれは。白いおおきな、羽のようなかたまりは、雪のように白く、ところどころが黒と、あとは。
(血の、いろ)
赤く染まっていると、記憶が告げていた。