1.ガレージに行く 50% 時計を確認する。早朝の四時。まだ薄暗い朝明けに、何をしているのだろう。引きずっていったものは、なんだったのだろう。かたかたと震える指先を握りしめ、しゅんしゅんと鳴く薬缶に気づき、ガスを止める。すると、とたんに耳鳴りのような静寂が襲ってくる。
よく冷えた朝、耳鳴りが肌を切るような空気に変わった。普段は二つに結っている髪も、寝起きのまま解いてある。リネンのパジャマの上から、裏起毛の防寒着を羽織って、アオイはガレージのカギをとった。息を呑む。大丈夫、何も怖い事は無い。よくわからないカタマリだって、アート用の綿に違いない。中からこぼれた液体だって、赤かったような気がするだけで、きっと気のせい。それを全て確かめに行くのだ。
玄関から外に出て、裏庭のガレージの前に立つ。吐いた息が白く漂い、強い風にかき消されていく。横開きの扉にに手をかけて、ぐ、と力をこめる。鍵がかかっていた。
鍵が、かかっていた。
(きっと、気のせいだったのよ。そうに違いない。カナエ様も、こんな時間にウチに来るわけがないもの)
カシャン。開錠音。
耳の先が冷えていく。耳鳴りが戻ってくる。きいいいい。金属のこすれるような、音叉を叩いたときのような、高い耳鳴りの音。なんだろう、段々近づいている気がする。
引き戸に手をかけて、
鉄製の扉に触れた指先から、どんどん熱が奪われていく。右手の中指と薬指から熱を吸い取られて、金属と同じような温度になった。
力を、こめ
「止めとけェ」
脳に、声が響いた。
背に、冬の寒さとは違う悪寒が走る。
驚きで、目が開いたままになる。
肩胛骨の中腹あたりを、羽根でぞわりとなぞられた感覚。
息を、吸った。
「ひ、」
怖い。こわい、こわいこわいこわいこわい。
ドアノブを握ったまま、恐怖を感じてアオイは固まった。扉にかけた右手が、全くうごかない。開いた目を閉じることもできない。足も、手も、何もかもが動かない。呼吸、呼吸はできているだろうか。いや、無理。こきゅうって……?
いち、に、さん、し。
――、とん。
背後から背を叩かれる。ひ、と小さな声をあげて、アオイはほどけた呪縛の拍子に振り向いた。