人魚への質問：3.人魚と次兄の関係　50%（1/3）　名乗りを終えて、アオイはようやく余裕をもった。誰も来ない大池の茶室、薄茶を点てたしのぶから茶碗を戴いて、ひとまず飲み干す。三回に分けて啜った抹茶は、少し甘かった。コクを感じる力強いうまみと、冴えわたる緑色がのどを滑って落ちる。遺を冠する茶名を思い出し、眉をひそめた。
「しのぶさま、いくらなんでも」
「アオイなら、ちゃんと気づくと思いましたよ」
　遺香。弔事用に誂えられた茶をのみほして、アオイはしのぶに苦言を呈した。いくら気心の知れた仲（というよりも、ほぼ兄妹のように育ってきている）とはいえ、いくらなんでも非常識すぎやしないか。むう、と声に出して、アオイは畳に茶碗を置いた。シンプルな萩焼に、抹茶の跡がついている。
　ちらりと人魚を盗み見る。せりだした縁側に腰（といっていいのだろうか。おそらく人間だったら腰だ）をかけて、先端の尾ひれは水膜のようだった。ふるふると揺れたフレームの中にただよう膜は、カナエのディップアートを思わせた。
「それで」
　人魚が言葉を発する。穏やかな緊張が走った。しのぶは笑みを崩さず、人魚は怜悧な表情をしている。
「神崎の娘が、私に何の用だ」
　アオイは人魚に向き直った。現実を受け止めるしかない。まじまじと正面から人魚を見て、その艶めかしさに心を打たれた。
　この世のものではない、静かな青い瞳。
　真っ黒なまつげがぱしぱしと動いている。美人、セレブ、女優。美しい女性を示す表現をいくつか探してみたが、全く当てはまらない。
　すべてをそぎ落として、そこに魚を付け加えて、絶妙なバランスの上に成り立った琴線をぽん、とはじいたような美しさがそこにあった。ひとつでも欠ければ成り立たなくなってしまう。下肢の曲線、腰のヒレ、肋骨にきざまれたエラのようなくぼみ、右腕はヒトのなめらかさ、左手はウロコにまみれた魚、無造作に伸びた髪は、水分を含んでしんなりとしている。
　黒髪の境目から除く、耳のエラと、ヒトの顔。くっきりと瞳を縁どるまつげのまわりに、頬骨、眼窩、首元、あらゆるところに、ウロコが散らばっている。
　ヒトの皮膚がせりだして、ウロコになったような無数の皮は、人魚の肌と同じ、青白い色をしていた。
「アオイ、」
「ッ、はい、失礼しました」
　しのぶの声で、アオイは人魚の前に座りなおす。ふと目くばせをすれば、しのぶと目がかちあった。そういえば、次兄と彼女はどういった関係なのだろう。沸いた疑問が口をついて出る。すると、しのぶが堪えきれずに笑った。