裏山で、梅が揺れている。　梅は百花に魁て花を咲かせる。清楚にして香り高い高潔なその姿は、古来より吉祥の象徴とされてきた。
　時は元旦、都内にある産屋敷邸の裏山に、ひっそりと咲く梅の枝がある。ぽつりぽつりと咲いた花は、ちいさな香りを風に漂わせながら、凛としたかたちを保っていた。元旦梅と呼ばれている樹の一節を、慎重にぱきりと手折る。緩み始めた寒気が、背筋を撫でる。年明けの曙光を背に、手折った梅枝を手のひらで包み込む。
(供えなくては)
　目的を保ちながら、梅と松を手にして神社の境内へと向かった。鳥居をくぐれば、はらりと鶴の羽根が舞っている。
　神社の境内に置いたままの松と南天に、さきほど手折った梅を加える。緑と赤と、赤と白。少しだけいろどりが豊かになった束の中から数本を抜き取って、境内の入り口に飾られたシンプルなしめ縄飾りに、ぷすりと生けた。
「明けましておめでとう御座います」
　しのぶの仕事が始まる。

金魚と鶴、正月を迎える。

「しのぶさま、お早いですね」
「アオイも、朝からご苦労様です」
　吐息が白くなって、すぐに霧散する。笑いあったしのぶとアオイは、産屋敷本家の奥にある階段を下った。地下にあるちいさな部屋には、水辺と住居の混在した部屋がある。普段は何も敷かれていない無機質なコンクリートに、畳と緋毛氈が敷かれて、中央には茶の用意があった。
　しのぶは手際よく花を飾り付け、アオイは持参したおはぎと練りきりを開けた。彩り豊かにさまざまな花の形を拵えた練りきりとおはぎを皿に並べて黒文字を添える。
　ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにんぶん。余ったものには蓋をして、ほこりがかからないようにしておく。
　そうこうしているうちに、奥から当代の産屋敷が、空からは鶴が、水辺からは金魚が現れた。三者三様の装いにて、集っている。アオイとしのぶはなるべく気配を消して、三人の中に交わらないようにした。

「あけましておめでとう」
「おめでとうございます、お館様」
　紋付羽織袴の当主に、鶴天狗と人魚が恭しく礼をする。人魚の髪から水滴が垂れ、天狗の翼から羽根が落ちた。
「二人とも、元気そうだね」
　三人（一人と一羽と一匹というべきだろうか）の会話を小耳に挟みながら、アオイとしのぶはこの新年会の準備を粛々と進めた。お館様には普通のお茶を、鶴には泡の少ないお茶を、人魚には冷たいお茶を。それぞれ立てて、盆にそろえる。
　一通り会話が終わって、ちょうどよいタイミングで目くばせをし、アオイが三名の前に盆を出す。
　黒文字が、和菓子をそっと切り分ける。各々の一口大に切り分けられた茶菓子が、三人の口に入る。アオイの心拍数は上がっていた。鼓動がこちらまで伝わるようだ。
　落ち着きなさい。ちいさく声をかけて、アオイの指を握る。ふるふると小さく震えた指先は、過日の自身を思い出させた。