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    pearscoke

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    書きかけのままだったアソ龍をお焚き上げ(プロット部分がかなり残ってますが一応終わってはいます)。十周年おめでとー!!

    【アソ龍】新派 ──まったく煩わしい。
     自慢気に吹聴したわけでも見せびらかしたわけでもないのに、一体どこから情報が漏れたのか。強いて言えば友人に一度話したことがあるくらいだが、伝えたのは「家に代々伝わる名刀である」ということくらいである。そして友人はべらべらと触れ回る性質ではない。

    「演劇部の存続が掛かっているのだ!」
    「下手な演技をするわけには……っ」
    「頼む亜双義!」

     長机ごと囲まれているこの状況に、亜双義はただ眉根を寄せていた。


     講義が終わりしな近付いてきたのは、見知らぬ先輩一人、大して仲良くもない同級生二人の計三名であった。
     聞けば彼らは演劇部員であるらしく、亜双義家の家宝──《狩魔》を貸して欲しいということであった。
    「なぜこれが狩魔だと知っている。誰かに話した覚えはないが」
     ぎくり、と音がしそうな勢いで、彼らが固まる。
    「いや、その、先週、話していただろう。図書館で」
     ぎこちなく切り出してきたのは、演劇部部長の江藤という男──らしかった。らしい、というのは他の二名がひそひそと「江藤会長」と呼んでいたためである。なぜ部長ではなく会長なのかは不明だ。演劇部の割には──と言っては失礼かも知れないが、どちらかというと柔道部やら剣道部やらに居そうな厳つい風体であった。
     因みに背後の二人はそれぞれ加藤、佐藤というらしい。ふざけているのか、と思わず問うところであった。
    「図書館……、ああ」
     言われてから思い出す。先述の「友人に一度話した」というのがまさに先週のことであったのだ。
    「成る程。それを盗み聞きしたと」
    「ひ、人聞きの悪い! 聞こえてしまったのだ!」
     加藤が半ば叫ぶように言った。こちらは部長とは違いかなり細身である。
    「銘についてはどこで?」
    「……御琴羽教授に……」
     消え入るような声で呟いたのは佐藤。小柄で声が甲高い。
    「教授か」
     まったく、と嘆息する。確かに彼なら父に聞いて知っているかも知れない。人が良いので学生の好奇心を満たせれば、と気安く答えてしまったのだろう。後で口止めをせねばならない。
    「後生だ亜双義! この際、全日程とは言わん!」
    「一日……いや、数時間でも良いから!」
    「本物の刀が持つ重みが必要なのだ!」
     三兄弟かこいつらは、と呆れたその時。

    「──亜双義?」

     頼んでもいない土下座をしようとした彼らの背後から、見知った顔が現れた。
    「成歩堂」
     友人、成歩堂龍ノ介であった。
    「一体どうしたんだ。お前、何かされたのか?」
     彼が心配そうに近付いてくる。確かに先輩含め三人に囲まれたこの状況は、まるで詰め寄られていたように見えただろう。
    「いいや、何も。──すまん、もうこんな時間か」
     講義室にある時計を見上げると、三時を回っていた。この後寄席にでも行こうと約束していたのだ。腰を上げようとするが阻まれる。
    「待ってくれ亜双義!」
    「成歩堂、どうか貴様からも頼んでくれないか」
     急に話を振られ、成歩堂がきょとんとした。こういう顔をすると実に幼いな、と亜双義は場違いなことを考えてしまった。
    「何を?」
    「奴の持つ刀を、我が演劇部に貸して欲しいのだ」
    「刀……ってまさか」
    「そう、こいつだ」
     刀を示してみせる。
    「はあ……そういうことか」
     驚いたことに、成歩堂は演劇部員らと顔見知りであった。以前、講堂で行われた劇を観たというのだ。どうしてもと頼まれたので仕方なく、だそうだが。
    「まあ確かに、その辺の玩具よりは余程見栄えがするだろうけどなあ」
    「その程度の理由で家宝を貸すわけにはいかん」
     ええええ、と周囲から悲痛な声が上がる。
    「そもそもなぜ本物でなければならんのだ」
    「え、単に真実味リアリティを追求するためじゃないのか?」
     成歩堂が言うと、江藤がくりと項垂れた。
    「実はな……」

     内容はこうだ。最近、部長の意向で演劇の方向性を変えたため、一気に十名も辞めてしまい、現在の部員はたった三名だけになってしまった。しかし部として成立させるために必要な部員数は四名。来月までに部員を一名以上確保せねば廃部となってしまうが、二週間後には文化祭を控えている。そこで新入部員を引き入れようというわけである。というより、そこにしか契機チャンスがないというのが正しいが。
     正直演劇部の存続など知ったことではないが、亜双義はある意味感心していた。大学とは勉学のために入る場所であるが、こうして部の活動にも熱意を注いでいることは素直に好ましく思える。ただ──
    「方向性を変えたというのは?」
     一度に十名も辞めるというのはさすがに異常である。
     しかし、江藤以下三名は同時ににやりと笑った。
    「よくぞ聞いてくれた、亜双義よ」
    「貴殿らは、新派というものを知っているか?」

     ──新派とは、明治二十一年に興った演劇の一派のことである。歌舞伎と比べかなり写実性の高い演劇で、現代を生きる日本人の情緒や価値観を描く。“旧派”の歌舞伎に対して”新派”というわけである。

    「観たことはまだないが、聞いたことはある。現代を舞台にしたものだと」
     我が意を得たりという顔で江藤が頷いた。
    「その通り! 流石は亜双義だ」
     流石と言われてもこちらは貴様のことなど知らんが、という台詞は呑み込んだ。
    「へええ、現代劇か」
    「辞めてしまった者たちは性に合わんと言っていた。要は歌舞伎派だったのだな」
    「だが我々は新派に大いなる可能性を見た」
    「ほう、まあそれは判った」
     演劇論が始まりそうだったので軌道修正をする。
    「で、その新派でなぜ刀が必要なのだ」
     新派とは現代劇。つまり武士は存在しない時代である。現代劇をやるのにわざわざ刀を使う理由がない。
    「それなのだが」
    「今回、我々は一から脚本を書いたのだ」
    「つまり創作劇だな」
    「ええっ、すごいな!」
     成歩堂がこちらよりも先に反応した。江藤以下三名がえへへと照れている。照れるな気色悪い。
    「まあ色々あって、脚本の中で主人公が野盗に襲われるシーンがあるのだが──武士に助けられるのだ」

    「武士」
    「江戸時代」

    「言いたいことは分かっている! 言ってしまうと、時間旅行で江戸時代に飛ぶ物語なのだ」
    「へえ……時間旅行か。ちょっと面白いな」
    「そうだろう! 物語上、江戸時代と現代日本との比較において非常に重要なシーンなのだ」
    「内容は興味深い。しかしやはり一秒たりとも手放すわけにはいかん」
    「あ、亜双義……」
     加藤がなおも言い募ろうとするが、部長がさっと手を上げる。
    「仕方がない。諦めよう。日本男児たるもの引き際は弁えるべきだな」
    「すまないな。ただ当日は観に行かせてもら──」

     その時、成歩堂が、あ、と間の抜けた声を出した。
    「貸せないならいっそ、お前が出ればいいんじゃないか?」

     かちん、と時が止まった。

    「何だと?」
    「いやその、お前が武士の格好をしたら、さぞかし格好良いだろうなと思ってさ」
     成歩堂はそう言って、へへへと頭を掻いた。

     ──格好良い?

    「な……成歩堂……」
     加藤がぶるぶると震え出す。
    「それだ……」
     続けて佐藤。
    「それだあ──!!」
     最後は江藤であった。
    「喧しいぞ。おい成歩堂、何を巫山戯たことを」
    「だって、帯刀するならやっぱり着物だし、その方が昔を思い出して喜ぶんじゃないかと」
    「誰がだ」
    「狩魔が」
    「か、狩魔だと?」
     成歩堂は分かるような分からないような微妙なことを言った。狩魔は言うまでもなく刀である。まるでこの刀が生き物であるかのような物言いだ。
    「…………」
     一蹴することもできた。しかし──
    「……成る程」
     亜双義はなぜか、頷いていた。
    「え、良いのか?」
    「あああ……ありがたい……」
     江藤以下三名は続けざまに手を握ってきた。仕方がないので振り払わないでおいたが、汗まみれだったのでこっそりと服で拭った。
    「だが成歩堂、こうなったら貴様も出ろ」
    「えええ!? なんで僕まで」
    「先週の課題、手伝ってやったのは誰だ」
    「そ、それとこれとは」
    「ほう、恩を返さんつもりか」
    「ううう……分かったよ」
     おおおお、と歓声が上がった。
    「恩に着る成歩堂ー!」
     成歩堂は苦笑している。
     それにしても、と後藤だか加藤だかが言った。
    「亜双義は成歩堂の言うことなら聞くのだな。良いことを知ったぞ」
     もう片方がうんうんと頷いている。
    「いや、そんなことはないだろう。むしろ逆だと思うぞ」
     成歩堂が笑って否定した。
     しかし、と亜双義は思う。加藤だか佐藤だかの言う通り、自分はやけに成歩堂の言うことを聞き入れている。今回も全くその気はなかったと言うのに、そういう気になってしまったのだから仕方がない。
     成歩堂と友になってからというもの、このように理屈に合わない行動が格段に増えた。ここまで時間と心を割いた友人は存在しなかったので、それほどに得難い親友なのだと思っている。

    《しかし隙をついて盗まれてしまうシーン》

    「申し訳ない……」
    「何を言う。目を離した俺が迂闊だっただけだ」
    「お前が迂闊だったと言うなら、言い出した僕の方だって責任がある。この場合、責任は半分こにすべきだ!」
     亜双義は快活に笑った。
    「な、何かおかしいか?」
    「ふふふ、菓子を分け合うような物言いだと思ってな」
     言い方が幼かったのだ。成歩堂が赤面する。
    「しかしその気持ちは有り難い。そこまで言うなら、手伝ってもらおう」
    「ああ!」

    《犯人探しをする》

     部員三人の中に犯人がいるかと思いきや、話を聞いたらしい別の人間の犯行だった。質屋に売り飛ばして学費にするつもりだったという。
     事がバレたら退学するしかない、どうか見逃してくれと言われたが、そうは問屋が卸さなかった。
    「恨んでやるからな……」
    「恨むべきは己の愚かさではないのか? 他人のものを盗んで利を得ようなどと。罪を自覚しろ」
     ぐ、と相手は喉を鳴らした。

    「知っているぞ亜双義。教授に融資を受けているらしいじゃないか。どう言って誑かしたんだ?」

     ちゃき、と刀をちらつかせる。
    「よく回る舌だ。斬り落としても良かろう」
     さすがに本気ではないが、負けじと反撃する犯人。
    「ふ──ふん、根拠のない誹謗中傷だと思うのか」
    「……なんだと?」
    「愛玩しているのではないのか。成歩堂が腰巾着のようで哀れだな。開放してやったらどうだ」

    「貴様……!」

     そこに教員らがやってくる。龍ノ介が呼んだらしい。

    「そこまで。亜双義くん、君らしくもない」
    「……申し訳、ありません」
     報告を受けた大学の教員らが、犯人を連行していった。


    「亜双義」
     肩が下がった。困ったような顔で龍ノ介を見た。
    「俺も未熟だな。久々に頭に血が上ってしまった」
    「無理もないさ。大事なものを盗まれて、冷静でいる方が難しい」
    「ああ……だが」

     ──貴様の前では冷静でありたい。

     そう言おうとして思い止まった。
     なぜそう思うのだろう? 親友に情けない姿は見られたくないからか?
    「成歩堂、知っていたのか。噂を」
    「ああ……揶揄されることはあったけど、噂とまでは」
    「揶揄? 何だそれは」
    「お前に女っ気がないのは、僕のせいじゃないかとさ。全く、何をしに大学まで来たのだか分かりゃしないよ」
     自分は言われたことがない。ということは、代わりに龍ノ介が受けている誹謗があるのだろう。彼の言う通り、最高学府でもこの手の話が湧くものなのだと残念に思う。
    「……すまない。気付かなかった」
     いやいや、と手を振る。
    「まあ実際、ときめくことはあるからなぁ」
    「とき──何?」
    「それほどお前が、男前だということだよ」
     にっこりと笑い返される。容姿について色々と言われることは多かったが、こうも真っ直ぐに誉められるとさすがに面映い。
     どくん、と強く心音が響いた気がして──
     自身でも気付かぬ深淵を覗いたような気がしたが、気のせいだと思い直した。
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