夜の厨「「あ」」
深夜の厨で水心子正秀と源清麿は偶然顔を合わせた。
「新選組刀との飲み会はもうお開きか?」
「うん。ほとんどの刀が酔い潰れちゃったからね。堀川国広と長曽祢虎徹と一緒に酔っ払いたちを寝かせて部屋を片付けてそれがさっき終わったところ。水心子は?」
「わ、私は……」
水心子は目を逸らすもすぐに清麿と向き直った。
「……の、喉が渇いたから水を貰いに来ただけだ!」
「……本当は?」
じっ、と清麿は親友の顔を見つめる。
「……ほ、本当にそれだけだ! 新々刀の祖である私が小腹が空いたからと言って深夜の厨へ何か食べるものを探そうと足を運ぶはずなどないからな!」
強い口調で言っているが腹の虫が鳴く音が僅かに聞こえた気がする。清麿は微笑んだ。
「そっか。じゃあ、拉麺は1人分でいいかな。ついでだから水心子の分も作ろうと思ったけどお腹空いてないなら必要ないよね」
袋麺を1つ破いて清麿は沸騰した湯の中に入れた。
「ま、待て清麿! 必要ないとは言っていない!!」
「え? 食べたいの?」
「いやっ……。決してそのような訳では――」
水心子が狼狽えていると再び腹の虫が鳴いた。
「あ……」
恥ずかしそうに水心子は頬を赤らめた。
「水心子の分も作ろうか」
「め、面目ない……」
気まずそうに水心子は椅子に座った。鍋の前に立ちながら清麿は菜箸で麺を解している。待つだけなのも申し訳なくて何か手伝おうと水心子は椅子から立った。
「清麿。私も手伝おう」
「大丈夫だよ。もうすぐできるから。座って待ってて」
液体スープを入れた器に清麿は鍋の湯を注いで軽く混ぜた。麺を入れて半分に切った煮卵と焼豚を乗せる。
「飲み会で余ったおつまみがここで役立つとはね。深夜に食べる拉麺にしては贅沢になった」
はいどうぞ、と清麿は水心子に器を渡す。
「……」
水心子は器を受け取ろうとしない。
「どうしたの?」
「……これは清麿が食べてくれ。私は自分で作る」
「僕のことは考えないでいいよ」
器を水心子に持たせて清麿は袋麺の封を切った。
「それなら……いただこう」
水心子は再び座った。清麿は自分のラーメンを作り始める。
「清麿も腹が減っていたのか?」
「いや。僕はお酒のシメに食べようと思っただけだよ。飲んだ後の拉麺は格別だと次郎太刀から聞いたことがあってね。試してみたいと思ったんだ」
菜箸で麺をかき混ぜながら清麿は水心子へと顔を向けながら答えた。
「冷めないうちに食べたらどうだい? 麺、伸びちゃうよ?」
「いや。清麿を待つ」
「そう? ありがとう。焼豚、もう1枚あげようか」
箸で焼豚を摘み、水心子の拉麺の上に清麿は乗せた。
「ちょっと待ってね。僕の分もあと少しでできるから」
焜炉の火を止め、清麿はスープが入った器に麺を盛った。煮卵を乗せた拉麺を手に水心子の隣に座る。
「「いただきます」」
2振り並んで拉麺を啜る音が深夜の厨に響いた。