if捏造未来ドラ武の11BD武道には、物凄く気になっていることがある。
九井一の現在の所在だ。
武道が知る限り、未来のというか現在の九井は、常に反社会的組織の幹部になっていた。
組織の名前が変わり、メンバーが変わっても、九井は100%の参加率で悪の幹部をやっていたのだ。
金を生み出すという能力が悪いのかも知れないが、武道にとって危険人物ナンバー・ワンは佐野万次郎が不動としても、第二位に稀咲、そして堂々の第三位にランクインしているのが九井一だった。
現在の九井が元東卍の皆と交流を持っているのは、イザナのLINEグループにいる「ココ」が証明している。
ココはどんな話題にも常にレスポンスが早く、言葉足らずなのにスタンプを使用しないせいで意味の伝わり難い乾の発言に、いつも細かく補足を入れていた。
ココがコメントする度に、気になって仕方ないのだが、龍宮寺にいきなり九井のことを聞くのも不自然だろうし、他の誰にも聞けないので、武道は一応いつもの手段として、一回ググってみることにした。
下の名前がどうしても思い出せないので、「九井」で検索してみる。
あまり期待もせずに検索したのだが、思いがけないことに、九井の顔写真はネット上に散らばっていた。
そこそこ珍しい名前なので名字だけでも検索に引っ掛かったらしい。
ジャケットにノーネクタイ。
見覚えのある奇抜な髪型。
胡散臭いさわやかな笑顔で腕組みポーズ。
絵に描いたようなIT長者の社長である。
「人材こそ宝」とかいう陳腐なタイトルとともにインタビューを受けている記事が山のようにヒットした。
武道の記憶にある過去の九井は、唇をぺろりと舐める癖のある、斜に構えた言動のシニカルな男だった。
そんな男でもIT社長になったら、テンプレ通りの腕組み写真でインタビューに応えるものなのだ。
大人になるってこういうことなのかも知れない。
武道は、勝手に感慨深さを感じた。
九井の会社は医療関係の寄附を多額に行っているらしく、感謝状や賞を受賞している写真も数多く出て来る。
一応、多分、犯罪者ではなく、表向きはまともな会社の社長をやっているようだし、社会貢献にも勤しんでいる。
しかし、大金持ちは必ず悪いことをしているという偏見が武道にはあった。
九井が今、どんな風に生きているのか、ますます知りたくなる。
そのチャンスは思っていたより、早く訪れた。
非番で家にいた武道に、龍宮寺が書類を忘れたから職場に持ってきて欲しいと電話して来たのだ。
武道の中で勝手に伝説の舞台となっている真一郎のバイク店のことは、常々気にはなっていたので、二つ返事で引き受けた。
武道が書類の入った封筒を持って店に顔を出すと、髪を肩まで伸ばした乾が出迎えてくれる。
「ドラケンは客の所に行ってる」
留守番しているのは乾だけらしく、店内には真一郎の姿もない。
武道にとっては、久しぶりに乾の顔を見れたのは嬉しかった。
書類だけ預けて帰ろうとすると、乾に呼び止められ、来客スペースの丸テーブルに連れて行かれる。
遠慮する武道に、コーヒーまで出してくれた。
龍宮寺に待たせるように頼まれていると、無口だが押しの強い態度で椅子に座らされる。
乾は変わっていない。
相変わらず、マイペースで強引だ。
丸いテーブルを挟んで向かい側に自分も腰を下ろして、黙ってコーヒーを飲み始めた。
無言で向かい合ってコーヒーを飲んでいることに、武道は不思議な安心感を覚える。
乾の端麗な容姿は威圧感が強いが、悪意がないことを武道は知っている。
黙っていると何か深淵な憂慮に沈んでいるように見える美しい眼差しにも、特に深い意味はない。
乾はいつも何も考えていない。
彼の本質は動物的で直情的なのだ。
乾と一緒にいる沈黙は、武道にとって苦にはならなかったが、ここで聞かないともう二度とチャンスはないと思って、声をかけた。
「LINEのグループの……ココって誰なんですか?いぬぴ…乾君、仲良さそうですよね。東卍にいた人なんですか?」
「……ココは、オレの幼馴染みだ。チームには入ってない。オレも東卍じゃなくて、黒龍だった」
九井は、どこのチームにも入らなかったのだ。
もしかしたら、不良ですらなかったのかも知れない。
それで、今はまともな会社の社長になっているのだろう。
「黒龍は、真一郎君のチームですよね」
「ああ…オレはイザナが総長の世代だ」
イザナはちゃんと真一郎と和解して、順当に黒龍の総長を継いでいたというとこだろうか。
それなら、天竺は存在しないのかも知れない。
関東事変は起こったのだろうか。
鶴蝶はどうしているんだろう。
武道にとって、色々と気になることはあったが、今目の前にいる乾に聞きたいことは一つだけだった。
「あの……楽しかったですか?」
「……ああ……楽しかったな」
答える乾は口許にほんのりと笑みを浮かべた。
表情に乏しい乾には珍しい顔だ。
「良かった!」
武道は心底そう思った。
九井は黒龍にも入っていなかった。
金を作る能力を誰にも利用されず、正当に金持ちになったのが、今の九井の姿なのかも知れない。
最初から斜に構えることもなく、爽やかに笑って腕組みするような人柄なのだろうか。
それはさすがに、武道には想像できない。
それでも、乾と九井は大人になる今でも親しい友人関係を続けているのだ。
武道はふと、自分の幼馴染みのことを思い出した。
子供の頃から、いつも一緒にいてくれたタクヤは、今どうしているんだろう。
まだ、地元にいるのだろうか。
他の溝中の仲間達も元気にしているのか気にかかる。
「幼馴染みとずっと仲良いんですねぇ……」
「一緒に住んでる」
「!…いいですね!」
きらきら光を宿す大きな目が、じっと乾を見上げている。
乾は、その目に見覚えがある気がした。
優しい目だった。
誰かを思い出す。
乾のことを、そんな風に見てくれる人は、誰だったろう。
真一郎か?
いや、もっと前だ。
大事なものを見るような目。
可愛くて仕方がないという目だ。
……赤音だ。
武道の瞳は、赤音に似てる。
もちろん、姿形は全く似ていない。
鏡の中にいる乾自身の方が、ずっと似ている。
だけど、武道のその目は赤音の優しさを思い出させる。
思えば、赤音は優しい姉だったのだ。
弟や、その友達の面倒を嫌がらずに見てくれた。
気難しい子供だった乾と、いつも一緒にいてくれた。あの頃は、九井だって、姉と一緒にいたいから乾の側にいたのかも知れなかったのに。
そんなことを、すっかり忘れてしまっていた気がする。
姉の美しいと言われていた容姿や、それが焼けてしまった可哀相な姿が、優しかった姉の本当の姿を霞ませていた。
可愛がってくれた優しい姉の姿を久しぶりに思い出した。
乾はその日家に帰って、龍宮寺の恋人が赤音に似ていたと九井に説明した。
そしてガチ切れされた。
LINEのグループでイザナが送った写真を見ているので、九井は武道が美少女だった赤音とは似ても似つかない冴えない男だと知っていたからだ。
美化された想い出の中の初恋の美少女は、目の前にいつもそっくりな面影を持つ繊細な美貌の弟がいるせいで色褪せることがない。
口下手な乾は、容姿じゃなくて自分を見る優しい目が似ていると上手く説明できなかったので、仕方がないことだった。