名前(或いは過去の話)高校の頃まで、母親がつけてくれたこの名前が私は嫌いだった。外国人と結婚しても違和感がないようにとつけられた柚莉愛という名前とは裏腹に私は日本をこよなく愛する文学好きの地味な女に育った。おしゃれには興味がなく、1500円のファンデーションを買うなら1500円のハードカバーを買いたいと思っていたような女だ。眼鏡をかけた、前髪の長い、本当に目立たない女に、ユリアなんて不釣り合いすぎて恥ずかしくて、私はいつだって苗字で井丸です、と名乗った。
高校で出会った佳子ちゃんはみんなにはカコちゃんと呼ばれているけれど、私は正しくヨシコちゃんと呼んでいる。私はカコちゃんなんて呼ぶ柄ではないし、烏滸がましいとさえ思って今でも一度もカコちゃんと呼んだことはない。それでも最初は芳村さんと呼んでいたのだから、ヨシコちゃん呼びになったことは褒めてほしくすら感じる。佳子ちゃんこそ柚莉愛を名乗るべき女の子で、モデルさんみたいに(尤も、モデルさんなど知らなかったけれど、佳子ちゃんに宿題として渡された雑誌のモデルさんの女の子たちがとても佳子ちゃんに似ていた)綺麗で、肌が白くて、頬はピンク色で、いい香りがして、外国人とかお人形さんみたいなのだ。佳子ちゃんがどうしてカコちゃんと呼ばれているかというのも、佳子ちゃんがヨシコっぽくないからだ。佳子ちゃんのお母さんとかお父さんには失礼だと思うけれど、佳子ちゃんは本当にヨシコって感じではなく、専らユリアなのだ。しかも、ヨシムラさんという苗字なのにヨシコと名前をつけたセンスも疑ってしまう。ヨシムラヨシコ。野比のび太じゃないんだから、と思うし、佳子ちゃん本人もそれを少し気にしていて、カコちゃんと呼ばせていたようだ。交換してあげたい。佳子ちゃんをどうにか柚莉愛にして、私が佳子ちゃんになりたい。いつも思っていた。
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