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    39_tsukinoura

    みちたる殿とはるあきら殿に狂わされました。

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    39_tsukinoura

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    新シリーズの1話目です。支部には追々上げますが、一先ずテスト運転でアップします😊

    法師陰陽師・蘆屋道満の事情 1チュン、チュンチュン……

    「ン…ンン……」

    カーテンの隙間から、日の光が差す。窓の外から雀が囀り、朝を知らせてくれる。

    男が、ムクリとベッドから起き上がった。体からずり落ちたシーツから、均整の取れた肉体が露になる。

    ベッドから降りると、畳んである着替えを持って浴室に移動し、シャワーを浴びる。
    浴室から出ると、バスタオルで体を拭き上げ、下着を身に付け、パキッと皺を伸ばしたワイシャツに袖を通す。
    部屋に戻ると、ハンガーに掛けてあるスーツに着替え、スマホで時間を確認する。

     「ンン。確か今日の午前は本社との合同会議でしたな。……はぁ……。まさか、夜中の3時に帰ることになるとは思いませんでしたな……」

    男は腕時計を身に付けると、ケーブルからスマホを外し、鞄を引っ付かんでそれを中に放り込む。

    ピカピカに磨かれた革靴を履くと、アパートの玄関を開けて外に出た。鍵を閉めて戸締まりをし、駐車場に向かって歩き出す。

    鞄の中で、スマホのバイブ音が鳴る。ロック画面には、『午前 本社との合同会議』『午後 ○○氏と打ち合わせ』『0:00 依頼人の所に向かい、悪霊退治』と書かれている。
    そのすぐそばに、顔写真付きの社員証。そこに書かれていた名前は、


    『カルデア商事株式会社 京都営業所 営業企画部 蘆屋道満』


    この男の名は、蘆屋道満。
    昼はカルデア商事でサラリーマンとして働き、夜は法師陰陽師として悪霊退治を行っている。
    そして、今日。波瀾万丈な一日が、幕を開ける。





    カルデア商事株式会社、京都営業所。
    道満はカードリーダーに社員証をかざす。「ピピッ」と音を立てて、セキュリティロックが解除された。
    自動ドアを抜け、道満はエレベーターに乗り、営業企画部がある6階のボタンを押す。

    「6階でございます」

    とアナウンスが流れ、エレベーターの扉が開いた。オフィスの扉を開ける。時刻は朝7:00。当然、まだ誰も出社していない。

    道満は自分のデスクに向かい、パソコンの電源を入れて立ち上げる。その間に、コンビニで買った缶コーヒーとパンを出し、それにかぶり付いた。

    カタカタカタカタ……

    静かなオフィスに、キーボードを叩く音が響く。タン、とエンターキーを叩くと、プリンターが音を立てて起動した。道満は立ち上がり、プリントアウトした資料に目を通す。入力ミス、数字のミスはなさそうだ。

    「これで、宜しいでしょう。あとは、会議の準備と、昨日作ったパワポの見直しと……」
    「お前、いつも早いなぁ」
    「ンン!?」

    背後から声を掛けられた。振り返ると、銀髪の髪をシニョンで緩く纏めた女性が立っていた。

    「かんら、からから!おはよう、道満」
    「これは鬼一殿。おはようござ……。って、ここは営業部ではございませぬぞ!?何故、貴方がここにいるのです!?」
    「あぁ。今日の合同会議、僕も参加することになってな。少し時間があるなら、始業前に打ち合わせも兼ねてそこのカフェで朝食でも食べないか?」
    「ンンン。お誘いは嬉しいですが、拙僧、もう朝食を済ませておりまして……」
    「コンビニのパンだけでは足りないだろ、お前。僕が奢ってやる」
    「ご相伴に預かりまする」
    「かんら、からから!素直で宜しい!なら、行くぞ」

    鬼一に連れられ、道満はオフィスを出た。
    会社から歩いてすぐの所に、お洒落なカフェがある。ベーカリーと併設しているので、朝は近所の人達がパンを買いにお店に訪れる。ランチタイムはOLで賑わい、夜はバーとしても営業している。

    お店のドアを開け、二人は好みのパンを適当に選び、レジカウンターで飲み物を注文して会計を済ませた。
    店内のテーブル席に移動しようとした時、誰かに声を掛けられた。

    「あれっ?きーち殿にマンボちゃんじゃん。おっはよー!!」

    声を掛けてきたのは、同じ営業企画部の清原諾子だった。向かいの席には、藤原香子の姿もある。

    「清少納言殿、声が大きいですぞ」
    「だーかーらー、平安時代じゃないんだから、今は諾子さんて呼びなよ。てか、二人共、こんな朝早くにどしたの?」
    「今日の合同会議に、営業部の代表として僕が出ることになってな。打ち合わせも兼ねて朝食を食べに来た」
    「なるほどねー。てか、マンボちゃんの皿、めっちゃパンでこんもりしてんじゃん」
    「鬼一殿の奢りですので。余ったらお昼にいただきまする」
    「そうだ。二人が良ければ、僕達も同席していいか?」
    「なっ!?」
    「オッケー。かおるっち、いいかな?」
    「はい。大丈夫です」

    勝手に話が進み、鬼一、道満、諾子、香子でテーブルを囲んだ。

    「そういやさ。今日の合同会議って、ちゃんマスが来るんだっけ?」

    オレンジジュースをストローで啜りながら、諾子が話をする。鬼一が「あぁ」と返事をした。

    「今回の企画、会場を使って結構大がかりなイベントを開催するらしい。我が弟子はそのプロジェクトリーダーを任されている。本来なら、別の者が会議に出る予定だったのを、顔が知れているということで急遽僕が出ることになった訳だ」
    「おや。それは初耳ですな。本社からは確か、マスタァ、マシュ殿、ゴルドルフ社長殿、でしたかな?」
    「あとあと、海外に赴任していた専務が、この会議に参加するよ」

    あぁ。そういえば、数日前にそんな話があったな。
    道満がホットコーヒーを飲みながらぼんやり考えていると、香子がこちらをじっと見ていることに気づいた。

    「香子殿、如何なされたかな?」
    「……法師様、もしかしてご存知ではないのですか?」
    「ンン?」

    香子の問い掛けに、はて?と首を傾げる。横からズイッと鬼一が入り込んでくる。

    「道満、お前…。もしかして、本当に何も聞いてないのか?」
    「ンン!?鬼一殿まで、一体何だと言うのです!?」

    香子が、オロオロしながら口を開いた。

    「その専務というのは……」


    晴明様の事ですよ。


    店内に、道満のクソデカボイスが響き渡った。





    午前10時。
    会議室に、藤丸、マシュ、ゴルドルフ、そして、晴明が入室してきた。

    「よぉ。久しいな、我が弟子」
    「鬼一師匠、お久し振りです。道満も、久し振り」
    「ンン~。お久し振りです、マイマスタァ♡」
    「もうマスターじゃないって」

    藤丸は苦笑いを浮かべた。マシュも二人に挨拶をする。
    しばし雑談していると、ゴルドルフがこほん、と咳払いをした。

    「あー。そろそろ会議を始めても宜しいかな?宜しいね。では、会議を始める」

    ゴルドルフの号令で、合同会議が始まった。
    資料を配り、プロジェクターに映し出されたパワーポイントを使って、道満がプレゼンをしていく。

    「1つ質問が」
    「安倍さん。どうぞ」
    「ここの企画、もう少し詳しく説明をお願いしたいのですが」
    「それは拙僧から説明させていただきます。それは……」


    会議は恙無く進んだ。今回の企画イベントは、『遊園地』をテーマにしたものだ。
    開催する会場の確保、出展ブース、ステージイベント……。スムーズに話し合いで決まっていく。


    「うむ。飲食ブースの出展店舗は、引き続き話し合いで決めるとしよう。今日の会議は、ここまで。お疲れ様」
    「お疲れ様でした」

    ゴルドルフの号令で、会議は終わった。
    時刻は12時前。午後から取引先と打ち合わせがある。今日はお弁当を作る暇がなかったので、外出先でランチを摂ることになりそうだ。

    道満は書類とパソコンを片付けようとした。

    「久しいな、道満」
    「せ、晴明……殿。お、お久しゅう、ございます」

    晴明に呼び止められた。道満の背に、嫌な汗が流れ落ちる。

    「そんなに畏まられると照れます。いや、照れませんが。この後、時間は空いているか?一緒にお昼でも」
    「生憎、午後から取引先との打ち合わせが……」

    すると、会議室に諾子が入ってきた。

    「おーぅ、ちゃんマス!久し振りっ!!あ、マンボちゃん。午後から取引先の○○さんと打ち合わせ入ってたよね?」
    「はい、そうですが……」
    「さっき連絡が来て、今日はキャンセルしたいって。後日、メールで日程を連絡しますってさ」
    「………」
    「じゃ、あたしちゃん、ランチ食べに行ってくるから」

    諾子は「バイバイ」と手を振り、会議室から出ていった。藤丸達も退室していき、会議室は道満と晴明の二人きりになった。


    「で、この後、予定は?」
    「……たった今、なくなりました」
    「お昼、食べに行きます?お店は予約済みです。私が奢るんで、好きなものを頼んでください」
    「貴様。さては、こうなる事が分かってましたな?」
    「さぁ。何の事やら」

    道満がギロリと睨むと、晴明は含みのある笑みを浮かべていた。道満は観念したかのように深い溜め息をつき、

    「ご、御馳走になりまする」

    と小さな声で返事をしたのであった。





    晴明が予約していたのは、敷居の高い和食屋だった。有名雑誌によく載る、高級店だ。
    ランチは和フレンチというジャンルでやっているらしく、金額を見て道満は目を見開いた。

    (いくら奢りとはいえ、拙僧には高過ぎるのだが!?)

    こんなことなら、鬼一に奢ってもらったパンを少し残しておくべきだったと、道満は後悔した。

    「道満。何をしてるんです。入りますよ」
    「ひゃ、ひゃい……」

    晴明と共に扉を潜ると、店内は落ち着いた照明で照らされ、黒を基調としたモダンな造り。席は個室で区切られてて、かなり賑わっている。
    道満はほぅ、と店内を見回す。晴明は店員らしき女性と話をし、彼女の後に付いていく。道満も慌ててその後に続いた。

    通された席は、一般向けのではなく、VIPが使う様な御座敷だった。真ん中にテーブルと椅子が置かれ、並べられている調度品は、どれも高価な物だ。

    (忘れておった。彼奴はかなり良い家の生まれでしたな)

    そう。
    道満も忘れていたが、晴明は京都府内の格式高い神社の生まれだ。先代、つまり、晴明の父から引き継ぎ、いずれは神社の神主となる。
    一方の道満も、名の知れた寺の生まれ。一通りの事は引き継ぎを済ませてあるが、もう少しこの生活を楽しみたいと思っているので、今のところ実家に戻る気はない。


    「何をボーッとしているんです。席に着きなさい」
    「はぁ…。それでは、失礼致します」

    道満は引かれた椅子に遠慮がちに腰を掛けた。
    女性スタッフからランチのコース料理の説明を受け、追加で何か注文するか訊かれた。
    お店の前の看板で金額を見てしまったので、流石に追加で頼む気にはなれなかった。

    「本当に、何も頼まなくて良かったのですか?」
    「あ、朝、鬼一殿にパンを馳走になりました。沢山食べてしまったので、お腹が一杯なのです」

    無論、虚偽である。
    ぶっちゃけて言うと、まだまだ食べれる。
    ここは、ゆっくり料理を食べて、高級店の味を噛み締めようと誓った道満なのであった。



    二人は、料理に舌鼓を打った。
    運ばれてくる料理は、頬が落ちるくらいどれも美味だった。
    カチャカチャとフォークとナイフを鳴らしながら、二人は会話をする。

    「晴明殿、日本には何時まで滞在なさるおつもりで?」
    「あぁ…。暫くは日本に居ますよ。京都営業所に配属になった」
    「はぁっ!?それ、いつ決まったのです!?」
    「1ヵ月前に、メールで辞令が来た。メッセージを送った筈だが、見てないのか?」

    はて。1ヵ月前……?
    道満は「あっ…」と小さな声を上げた。

    「どうかしましたか?」
    「じ、実はそのぅ……。スマホを落として壊してしまいまして……。代理機で1日過ごしていた時があったので、メッセージに気づきませなんだ」
    「そうだったのか」
    「はい」

    SNSはよく使っているが、仕事や依頼は電話が使えれば何とかなる。1日くらい見れなくても、道満にはさして問題なかった。まさか、その時に晴明から連絡が来ていたとは思わなかったが。

    「晴明殿。さっきからあまり食が進んでおりませぬぞ」

    道満の周りはスッキリしているのに対し、晴明の目の前には、運ばれてきた料理が所畝ましと並んでいた。

    「実は、結構お腹が苦しくなってきてて」
    「それなら、コース料理にしなければ良かったのでは?」
    「残ったら、おまえが食べてくれるのだろう?」
    「拙僧は貴様の残飯処理係ではありませぬぞ。ここのお店は、残った料理の持ち帰りは出来ないのですか?」
    「お店のスタッフに訊いてみます」


    晴明はテーブル近くに置いてある電話で、スタッフに問い合わせた。返ってきた回答は、持ち帰りは出来ないこと、残した場合は、その分の料理の処理代を請求するとの事だった。
    仕方がないので、晴明が食べ残した料理を、道満が全て平らげる羽目になった。




    お会計を済ませ、二人はお店を出た。
    晴明が支払いをしているところをこっそり見ていたが、代金は2人分で9千円。普段自炊している道満からしたら、1週間分の食費が1日で吹っ飛んだことになる。

    「御馳走様でした」
    「どういたしまして。あれだけで本当に足りましたか?」
    「貴方の食べ残しを殆ど頂いてるので、充分足りました。今後は、自分の腹の空き具合を見て、お店を選ぶのですな」
    「あっはっは。棘のある言い方ですが、正論ですね。次からは気を付けます」

    儂と食べに行くときは、絶対にそんなこと考えてないだろう。と口に出しそうだったが、寸での所で止めた。

    「拙僧は会社に戻りますが、晴明殿はこの後、どうなさるおつもりで?」
    「私は家に帰ります。実は、昨日新居に着いたばかりで、まだ荷解きが済んでなくてね。2時間後に家具が届くから、その立ち会いに行かなければならないんです」
    「左様ですか。では、ここでお別れですな」
    「そうですね」

    道満が「それでは」とお辞儀をし、会社へ戻る道を歩き出そうとした。

    「嗚呼。言い忘れるところでした」 

    晴明に呼び止められた。道満は振り返り、晴明を見る。

    「ンン?まだ何か?」
    「道満。今日は一度、家に戻った方がいい」
    「……それは、どういう意味で?」
    「おまえ、夜は法師陰陽師として、今も悪霊退治を行っているのだろう?」
    「えぇ。まぁ。それとどういう関係があるので?」
    「今夜、おまえが住んでるアパートが火事に遭う。結界が僅かに綻びが生じているので、張り直せば火事にはならない筈です」
    「……肝に銘じておきましょう。ご忠告、感謝致します」

    道満は足早にその場を立ち去った。残された晴明は、道満の背中を見送った後、迎えの車に乗り込み、家路に着いた。




    午後の打ち合わせが無くなったので、道満は締め切りが少し先の仕事に取り掛かることにした。
    デスクに置かれたメモに目を通す。引き出しからブルーライトカットの眼鏡を出し、それを掛けてパソコン作業に取り掛かった。

    「蘆屋さん、すみません。ここの箇所、確認をお願いしたいのですが」
    「えぇ。宜しいですよ」
    「蘆屋さん、ここの数字、これであってますか?」
    「どれどれ……。あぁ。ここの数字は……」

    自分の仕事をこなしつつ、社員の質問に答えていく。京都営業所内では、道満はかなり有望な人材。来年には、営業企画部の部長になることが決まっている。

    パソコンと向き合っていると、不意に誰かの気配を感じる。振り返ると、そこに居たのは諾子だった。

    「マンボちゃん。今ちょっといい?」
    「せいしょ……ではなく。ンン。如何なされた、諾子殿」
    「何も聞かず、ミーティングルームに来てくれない?」

    じっと諾子を見つめる。彼女にしては珍しく、神妙な面持ちだ。
    これは何かあるな、と道満は勘づいた。

    「分かりました。直ぐに参りますので、先に行っててください」
    「うん。それじゃ、先行ってるね」

    諾子はお手洗いに行く振りをして、オフィスを出ていった。少し置いて、道満もオフィスから出て、ミーティングルームに向かった。

    部屋に入ると、諾子が焦った様子で道満に縋り付いてくる。

    「マンボちゃん、どうしよう〜」
    「清少納言殿。い、一体どうしたと言うんです?」
    「実は。明日までに提出するデータ、保存したつもりが保存できてなかったみたいで…。続きを入力しようとしたら、真っ更で……」
    「それは気の毒に。がんばってくだされ」
    「マンボちゃんの薄情者〜」
    「……で、提出するデータの内容は?」
    「えっと。1か月分の、取引先との取引実績と、プロジェクトのデータや進捗状況、その他諸々」
    「それ、本気で言ってます?」
    「んもー!マジで言ってるから、マンボちゃんに相談してるんじゃん!かおるっちに頼むのも悪いし、頼めるのマンボちゃんしかいないんだよぅ」

    道満は頭を抱えた。
    何しとんねん、このパリピギャルは。
    今から1か月分のデータを一人で入力するのは、かなり骨が折れる作業だ。道満ははぁ、とため息をつき、「分かりました」と答えた。

    「その代わり、対価は払っていただきますぞ」
    「ほんと?手伝ってくれる?ならなら、今度オープンするエモーショナルなカフェのフルーツパフェ奢っちゃう」
    「なら拙僧は、そのお店で一番高いフルーツパフェを所望いたします」
    「うぅ、足元見やがって」
    「なら、手伝う話は無し、ということで」
    「わかったよぅ。一番たっかいパフェ奢るよぅ」
    「交渉成立、ですな」

    オフィスに戻り、諾子から手書きで纏めたデータを受け取った。

    「じゃあ、あたしちゃんは取引実績を入力してくから、マンボちゃんはプロジェクトの進捗状況をお願い」
    「分かりました。急いで取り掛かりますぞ」


    時刻は4時を過ぎていた。道満は自分の仕事のデータを保存し、諾子の仕事に取り掛かった。
    5時の終業後も、二人はパソコンに向き合っていた。香子も手伝いを申し出たが、巻き込むのは悪いと思ったのだろう。諾子が断っている会話を聞いていた。

    カタカタカタカタ…

    二人きりの静かなオフィスに、パソコンの音が響く。

    「あの、さ」

    諾子が不意に口を開いた。道満はパソコンから目を離し、彼女を見る。今にも泣きそうな顔をしてこちらを見ているので、道満はギョッとした。

    「あたしちゃんのドジのせいで、巻き込んでごめんね?」
    「…過ぎたことを言っても、時間は戻るわけではありませぬぞ。あと、データの数値が違うところが多々ありましたぞ」
    「えっ、マジ?」
    「はい。マジです」
    「気づかなかった。さすがマンボちゃん!提出前に気づけてラッキー」

    泣きそうな顔は影を潜め、諾子は屈託のない笑顔で笑った。道満は呆れつつも、釣られて微笑む。

    「…貴方は泣き顔より、その笑顔のほうが似合いますぞ」
    「ん?何か言った?」
    「いえ、何も。ささっ、早いところ終わらせましょうか」




    夜9時。
    道満はカタカタとパソコンにデータを入力し、保存ボタンを押した。すかさずメールで、諾子にデータを送信した。

    「これで、全部ですな」
    「うんっ!!これで全部!!マンボちゃん、本当にありがとう」

    諾子が道満に抱きつき、ガクガクと揺さぶる。道満は「離しなされ」と諾子の体を引き剥がした。

    「さっさとシステムにデータを提出しなされ」
    「うん!」

    諾子は席に戻ると、システムにアクセスし、

    「これをこーして、と。よしっ、提出完了!!」

    パソコン画面には、「提出が完了しました」と表示されていた。道満もパソコン画面をチェックし、データが「提出済み」になっているのを確認した。

    「はい、お疲れ様でした。退勤を押して、会社を出ますぞ」


    荷物を纏め、電気を消してオフィスを出た。就業時間はとっくに過ぎてたので、会社には道満と諾子以外誰も居なかった。
    下ボタンを押すと、エレベーターはすぐに来た。二人はエレベーターに乗り、1階まで降りた。

    「マンボちゃん、今日はありがとね。本当に助かったよ」
    「今後は、保存されてるかきちんと確認をすることですな。パフェを奢るという約束、忘れてはなりませぬぞ」
    「わかってるーって」
    「……夜遅いですし、女性一人で歩くのは危険です。自宅まで送ります」
    「いいの?」

    きょとん、とした顔で諾子がこちらを見つめた。道満はスラックスのポケットから車のキーを出す。

    「この後、予定がありまして。清少納言殿の自宅近くを通りますので、ついでですぞ」
    「あー、夜のお仕事、的な?今日迷惑かけちゃったし、ホストとして働いていることは内緒にしとく」
    「誰もホストクラブで働いてるとは言っておりませぬぞ。着替えを済ませてから車をこっちに寄せますので、ここで少し待っててくだされ」

    道満は早足で駐車場に向かった。ボタンを押して、車のロックを解除する。
    バックドアを開け、ジャケットとワイシャツを脱ぎ、それをきれいに畳んだ。道満は車に積んでる風呂敷を広げ、きれいに畳まれた直綴を手に取る。慣れた手付きで着付けを済ませ、スラックスを脱いで黒と赤の線が入ったスボンに履き替えた。袈裟を身に付け、靴も革靴から、白の独特なブーツに替え、バックドアを閉めた。

    道満は運転席に乗り込み、車のエンジンを掛ける。ライトを点灯し、車を発進させた。
    会社の入り口前に車を寄せ、助手席の窓を開けて諾子に声を掛けた。

    「お待たせ致しました。どうぞ」

    ドアを開け、助手席に諾子が乗ってきた。シートベルトを着けたのを確認し、道満は車を発信させた。

    「マンボちゃん、ワンボックスカーに乗ってるのかと思ってたら、軽自動車だったんだね。意外」
    「本当は普通車が乗りたいですが、軽の方が維持費がそこまで掛かりませぬので。あ、自宅までのナビゲート、お願い致しますぞ」
    「任されたぜ」

    諾子は慣れた手付きで、カーナビに自分の住所を入力した。カーナビが、

    「目的地まで、ご案内致します。次の信号を左です」

    とアナウンスを始めた。
    車を走らせている間、道満と諾子は他愛ない会話をしていた。

    「それって、お坊さんの格好だよね」
    「はい。この後、法師陰陽師として依頼が入っております」
    「うわぁ。あたしちゃんの仕事に付き合わせちゃって、本当にごめん」
    「良いですよ。依頼の内容、そこまで大変なものではありませぬし。何より、貴女のトラブルに巻き込まれるのはしょっちゅうですし」
    「うぅ、返す言葉もない」
    「はい。なので、この話題はもう終わりにしましょうか。無言は退屈ですので、何か適当に喋ってくだされ」
    「適当にって……。そういえば。マンボちゃんはかおるっちの新刊読んだ?」
    「ンン。香子殿から本はいただいてるのですが、如何せん本を読む時間がなく」
    「マジかー。あたしちゃん、もう読んだんだけど、めっちゃ良かったよ!」
    「はぁ。左様ですか。ならば、次の休みにでも読んでみます」

    カーナビが、「間もなく、目的地周辺です」とアナウンスする。

    「あ、そこを右に曲がって」

    諾子の指示通り、右に曲がる。左手に少し大きな一軒家が建っており、表札には、「清原」と書かれている。

    「とうちゃーく!ありがと、マンボちゃん。おやすみ!」
    「はい。おやすみなさいませ」

    車を降りた諾子を見送ると、道満は車を発進させた。



    車を走らせること10分。
    住宅街から少し離れた所にある一軒家の前に、道満は車を停めた。
    ベルを鳴らすと、「お待ちしておりました。どうぞお入りください」と、家の主らしき声がインターホンから聞こえてきた。

    門扉を開け、母屋へ続く道を歩く。そこそこ広い敷地に、手入れの行き届いた木々が並んでいる。右を見ると、小さな蔵が建っていた。月の僅かな光に照らされ、少し不気味に感じる。
    玄関の引戸が開き、中から中年の男性が出てきた。ここの家の主だろう。

    「蘆屋さん。こんな時間に済まないね」
    「いえいえ。こちらこそ、拙僧の都合に合わせていただき、感謝しております。あれから、何か変わりは御座いませぬかな?」
    「えぇ。お蔭様で。ささ、どうぞ中へ」

    家の主に促され、道満は家に上がった。
    以前、悪霊が悪さをして困っていたところ、道満の存在を知り、退治を依頼してきた家だった。
    今回は、悪霊がまた寄り付いてないかの調査と、お祓いを頼まれた。

    一室を借りてお祓いの準備を済ませると、家の中を見て回る。鬼門に当たる方角には、御札を貼り、お経を唱えていった。
    念のため、離れと蔵も見せてもらい、鬼門に当たる方角に札を貼っていく。
    一通り、巡回は終わった。道満と家の主は母屋へ戻り、部屋でお祓いの儀式を行った。

    「これにて終いにございまする。お疲れ様でございました」

    無事、今回の依頼は終わった。最後にお守りと護符を渡し、使い方を簡単に説明した。道具を片付け、家の主から今回の依頼料を受け取り、玄関に向かう。家の主が見送りに来てくれた。

    「では、拙僧はこれでお暇させていただきます」
    「蘆屋さん、ありがとうございました。どうぞお気をつけて」

    道満が玄関のドアを開けると、遠くからサイレンの音が聞こえた。カンカンカン、と音が鳴り響いている。救急車と消防車だろう。

    「どこかで火事でもあったんですかね。それにしても、ここから結構近い気がしますね…。火の不始末か、放火か…。どちらにしても恐ろしい」
    「!?」
    「蘆屋さん、どうしたんですか?」
    「急用を思い出しました。失礼します!」

    玄関をピシャリと閉め、道満は停車してある車に駆け込む。

    「すっかり忘れておりましたぞ。急いで戻らねば」

    昼間に晴明と会話していたことを思い出したのだ。
    晴明の話が本当なら、火事が起きているのは恐らく、道満が住んでいるアパートだろう。
    道満は懐から札を出す。札は独特の人形に、目が描かれている。
    それを空に向かって投げると、白鷺の姿に変わり、アパートの方角へ飛んでいった。それを見送ると、道満も車を急発進させ、アパートへと急いだ。




    アパートまで、後少しのところまできた。黒い煙がもくもくと上がっている。
    式神が道満の車に向かって飛んでくる。下の階は殆ど焼けてしまっているが、道満の部屋は無事だと知らせてくれた。
    その知らせを受け、道満は胸を撫で下ろした。

    道満は駐車場に車を停めて降りると、アパートの前に駆けていく。
    建物の前には、人だかりができていた。規制線が張られ、消防士が懸命に消火活動をしている。

    「あぁ、蘆屋さん!良かった、無事だったのねぇ」

    声を掛けてきたのは、近所に住むアパートの大家だった。

    「大家殿。この火事は一体…?」
    「あぁ…。下の階の人が、煙草の火を消し忘れたみたいで…。1階部分は燃えちゃったけど、怪我人や死者が居なかったのは幸いね」
    「そう、でしたか……。あの、アパートは……」
    「残念だけど、この状態じゃあ人を住まわせることは出来ないわ。皆さんには大変申し訳無いけど、引っ越してもらうしか……」

    道満はその言葉を聞いて絶望した。このアパートは、大学卒業後、カルデア商事に入社したのを機に、地元を離れて一人暮らしを始めた場所。家賃が安かったというのもあるが、会社まで車で15分と好立地で、近所にはスーパーもある。とても住みやすい場所だったのだ。

    「蘆屋さん、私は住人の方に説明に回ってくるわね。じゃあ、また」

    大家は会釈をすると、他の住人元へ向かった。道満が呆然と立ち尽くしていると、後ろから誰かが声を掛けてきた。

    「莫迦者。だから家に戻れと忠告したではありませんか」

    振り向くと、そこには晴明が立っていた。髪を下ろし、ワイシャツにジーパンとラフな服装なのに、この場に似つかわしくない気品さが彼から漂っている。

    「せ、せいめ……。なぜ、ここに……」
    「弟子のことが心配だったから…では、ここにいる理由になりませんか?」
    「なんですか、それは……」
    「それよりも……。火事とはいえ、アパートを追い出されるのでしょう?住むところはどうするんです?」
    「………」

    道満はふいっと目を逸らす。今から探すにしても、審査に通らないと入居できないため、時間がかかる。
    かと言って、車中泊だと、道満の図体では軽自動車で寝泊まりするのは狭すぎる。
    自分と同じく一人暮らしをしている鬼一の所にでも身を寄せようかとぼんやり考えていると、晴明がこほん、と咳払いした。

    「うちに来なさい」
    「…………今、何と?」

    道満は訊き返した。晴明は道満の手を取ると、

    「おまえ、鬼一殿の所に転がり込もうかと考えていたのだろう?なら、うちに来なさい」
    「なんで………。ですが、」
    「私も一人暮らしですが、空き部屋はいくらでもあります。会社から車で10分。家賃、光熱費、生活に必要な物などは全部、私が払います。条件は悪くないでしょう?」

    言葉を遮るように、晴明が早口で喋った。道満がぽかんと呆気にとられる。
    一体、何を言ってるんだ、こいつは。破格すぎる条件で悪くはないが、何か罠があるのでは?
    疑いの目を晴明に向ける。

    「その目は信じてなさそうですね。実は私、家事が全くできなくて」
    「知っておりまする」
    「もし、おまえがうちに来るなら、家事をお願いしたいのだが」
    「それは、条件を吹っ掛けて、儂を家政婦として雇いたい、と?」
    「そうじゃない。私は、おまえと恋人として一緒に暮らしたいと…………あっ」
    「ンン!?」

    晴明の衝撃的な一言に、道満は耳を疑った。晴明は「しまった」という顔で口を手で覆っている。
    ちょっと待て。今、『恋人』って……?
    握っている手に、力が込もった。道満の心臓が、ドクン、と跳ね上がる。

    「道満……道満……」
    「……今は、無理れす……」
    「そうではなく。ここでは何ですので、一先ず私の家に行きましょう。近くに車を停めてますので、乗ってください」
    「あ、ハイ」

    てっきり告白されると思いきや、違った。道満は恥ずかしくなり顔を真っ赤にした。
    晴明は手を握ったまま、道満と一緒に駐車場へ向かう。ちらりと後ろ姿を見ると、晴明の耳は真っ赤に染まっていた。





    まさか、一つ屋根の下、宿敵の男と一緒に暮らすことになるとは。
    そしてこの後、色んな意味で修羅場になるとは、この時の道満は知る由もなかった。
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     故に、己が生前殺した相手を師匠と呼び慕い付きまとう事に一切の遠慮がなかった。
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