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    39_tsukinoura

    みちたる殿とはるあきら殿に狂わされました。

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    39_tsukinoura

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    2話目の冒頭を少しだけ。『まだ』、全年齢です。

    法師陰陽師・蘆屋道満の事情 2アパート近くの駐車場に向かうと、見知らぬ高級車が停まっていた。晴明がジーパンのポケットから鍵を出し、ロックを解除する。この車は、晴明のものだった。

    「乗ってください」
    「お、おぉう…。失礼いたしまする」

    高級車にビクビクしながら、道満は助手席に乗り込んだ。運転席に晴明が乗り、エンジンをかけた。
    シートベルトを装着し、晴明は右手につけているスマートウォッチで時間を確認している。

    「もう2時半ですか。家に着いたら、風呂に入ります?」
    「いえ。現実を忘れたいので、もう寝ます」
    「分かりました。あぁ、それと。一週間おまえの有給を申請しておきました」
    「はぁ!?何を勝手に…っ」
    「引っ越しの作業、必要なものの買い出し、役所に転居届を出したりと、一日では終わりませんよ」
    「うぐっ」

    晴明の言葉に、ぐうの音も出ない。

    「一週間、お休みを頂戴致しまする……」
    「宜しい。じゃあ、出発しますね。すぐ着きますが、寝てていいですよ」

    そう言うと、晴明は車を発進させた。車が走り出してすぐ、道満はうつらうつらと寝始めた。


    20分後。車がマンションの駐車場に停まった。晴明が道満を揺すって起こす。

    「道満、道満。着きました。降りますよ」
    「ふぁ……。ンン。失礼」

    シートベルトを外し、二人は車を降りた。晴明は車にロックをかけ、マンションの玄関に向かって歩いていく。
    道満もその後に続いた。着いた場所は、

    (ここって、かなりの高級マンションでは!?)

    京都府内有数の高級マンションだった。入口で晴明が端末にカードキーを差すと、自動ドアが開いて二人を出迎えた。
    広い玄関エントランスを通り抜け、エレベーターに乗る。晴明がボタンを押したのは、47階。最上階だ。
    エレベーターが上へ向かって動き出す。

    「せ、晴明殿…?ここのマンション、入居が難しいと聞きました。一体、どうやって…?」
    「あぁ。不動産関係で働いてる知り合いがいるんです。色々と紹介してもらったが、営業所から近いここに決めました」

    いくらいい家の生まれの晴明と言えど、このような高級マンションに住むのは、誰かのコネが無いと難しいだろう。一体、家賃はいくらくらいするのだろうか。道満の思考を察したのか、晴明がこう答えた。

    「コンシェルジュ付きのマンションですからね。内見で部屋を見てかなり気に入ったので、買いました」
    「ンン!?」
    「因みに、月だと26万円です」
    「貴様、どんだけ良いとこに住んどるんです!?」
    「あっはっは。他の所は月30万円とかありましたよ。コネで値切ってもらいましたが、それでもここがまだ安い方です」
    「安くない。全然、安くありませぬぞ」

    道満は首をぶんぶんと振った。やはり、裕福な家の人間は、金銭感覚が違う。道満は頭が痛くなった。
    そうこうしている内に、47階に着いた。

    エレベーターを降りると、正面にドアが一つある。他に部屋はないので、この階に住んでいるのは晴明1人だけのようだ。
    カチャカチャと玄関の鍵を開け、扉を開けた。

    「一応、寝室とリビングはある程度片付けてあります。電気つけますね」

    晴明が扉横のスイッチを押すと、玄関の電気がついた。玄関ホールは広々としている。
    廊下は長く、突き当たりのドアの先は、リビングだろうか。

    「さぁ、どうぞ」
    「はぁ。それでは、お邪魔致しまする」

    道満はブーツを脱ぎ、用意されたスリッパに履き替えた。二人並んでも余裕を持って歩ける廊下を抜け、ドアを開けると、だだっ広いリビングが二人を迎えた。晴明が電気を付けると、左側にはダイニングキッチン、右側には他の部屋へ続くドアがいくつもある。

    「ひぇ……」
    「一先ず、部屋を案内しますね」

    晴明に連れられ、部屋を案内される。
    トイレとバスルームの場所だけ教えてもらい、寝室へ通された。

    「ここが寝室です」
    「デッッッッッ」

    寝室には、晴明1人で寝るには広すぎる、キングサイズのベッドが置かれていた。色々突っ込みたいが、眠気がピークに達していて、そうする元気がなかった。

    「今日はここで寝てください。私はリビングのソファで寝ます」
    「で、ですが」
    「ソファだと体を痛めてしまうからね。そのベッドなら、おまえも足を伸ばして寝れるだろう?」
    「ンンン。確かに。では、お言葉に甘えて」
    「着替えですが、私のだとサイズが合いませんよね…?」
    「あ……」

    しまった。着替えの事をすっかり忘れておった。
    財布、スマホ、アパートと車の鍵は持ってきたが、ほぼ着の身着のままでここに来たことを、道満は思い出した。
    身長も体格も全く違うのだ。晴明の服を着た途端、シャツのボタンは吹っ飛び、弾丸の様に弾けるのがオチだ。ズボンも履いた途端に破れてしまうだろう。

    仕方がない、ここは。

    「裸で寝ます」
    「裸……」
    「普段、寝る時は全裸なので。あぁ、肌着は身に付けて寝ます故、ご心配なく。朝はこの直綴を着ます」
    「………」
    「晴明殿?」
    「あ、いえ。それじゃあ、おやすみなさい」

    晴明が素っ気ない態度で、部屋を出ていった。ドアの隙間から見た晴明の表情は、顔を赤く染めて照れているようだった。

    はて。何故、彼奴は照れておったのだ?
    家では全裸で過ごす人も居る。裸で寝ても何ら不思議ではないだろう。

    「とりあえず、寝ますか……」

    道満は袈裟、直綴、ズボンを脱ぎ、ハンガーに掛ける。パンツ一枚になると、布団に潜り込んだ。柔軟剤と、沈香と、桔梗の香りが仄かに香る。道満は瞼を閉じると、スヤスヤと寝息を立てて眠りに落ちた。




    一方、その頃。
    晴明は両手で顔を覆って、ソファで悶えていた。幻だろうか。獣の耳と尻尾が忙しなく動いているように見える。

    「私の莫迦…。全裸と聞いて、道満の裸体を想像して勃ったりするんです……。道満とは、健全なお付き合いをしたいのに……。こやぁ……」




    ピピピ、ピピピ。
    スマホのアラームが鳴った。道満はベッドをゴソゴソと探るが、見つからない。
    ムクリ、と起き上がる。知らない部屋、自分のものではないベッド……。

    「そうでした。ここ、晴明の家でしたな」

    道満はサイドテーブルに置いてあるスマホを手に取り、アラームを止めた。パスワードを入力し、連絡アプリのグループを開く。

    『香子殿、清少納言殿へ。本日から1週間、お休みを頂戴いたします。拙僧が住んでたアパートが火事に遭いました。新居の引っ越しや役所への手続きを行ってきます。何かありましたら連絡ください。蘆屋』

    「これでよし、と」

    グループにメッセージを送った。早い時間なので、まだ二人共寝ているだろう。後は、会社に電話するだけだ。
    道満は掛けてあった直綴を羽織ると、バスルームに向かった。


    風呂から上がり、リビングに向かうと、晴明はまだソファで眠っていた。下ろした髪から覗く顔は、この世のものとは思えないほど美しい。絵になる、おとはこの男の事を言い表しているのだろう。
    道満は起こさないよう、ゆっくり晴明に近づいた。そっと髪を撫でると、美しい黒髪が、さらさらと指から流れる。

    「……ん……」

    晴明が小さく唸った。道満は慌てて手を引っ込めようとするが、手首を掴まれてしまう。

    「もう、撫でてくれないのか?」
    「えっ……」

    ぐいっと体を引っ張られ、道満はバランスを崩す。晴明の顔が近づき、

    「!?」

    二人の唇が触れた。
    道満は何が起こっているのか分からず、目をぱちくりとさせている。
    晴明の唇が、触れている。口吸い、している。
    少し遅れてから、状況を理解した。

    「ン…ン~~ッ!……ぷはっ。晴明、寝ぼけるのも大概になされよ」
    「………」

    道満は晴明の体を無理矢理引き剥がした。晴明はボーッとした顔をしていたが、徐々に意識が覚醒するにつれ、目を大きく見開いた。

    「ど、道満…。これは、その……」

    自分が何をしたかを自覚したのか、アタフタと狼狽えている。目の前の男から、獣の耳と尻尾がパタパタと動いているように見える。道満は目を擦ったが、そんなものは男から生えていなかった。

    二人は顔を真っ赤にし、無言で立ち尽くしている。
    最初に口を開いたのは、道満だった。

    「とりあえず……朝餉にしますか?」
    「あ、あぁ…。まだ買い出しに行けてないので、外で食べましょう」
    「ならば、今回は拙僧が……」
    「いえ、私が払います」
    「ですが…」
    「合意ではない口吸いをしてしまったんです。払わせてくださいお願いします」

    捲し立てるように早口で言われ、道満は「はぁ…」としか言えなかった。

    「近くのファミレスでも良いですか?」
    「拙僧はどこでも構いませぬ。そのまま、拙僧のアパートに寄っていただいても宜しいか?」
    「ついでに役所にも向かいましょう」
    「そう、ですね」
    「なら、行きますよ」

    晴明はテーブルに置いてある車のキーを掴むと、リビングから出ていった。
    残された道満は、自分の唇にそっと触れる。晴明の唇の感触が、まだ残っていた。

    「……あんなの、狡いではありませぬか……」

    道満はボソッと呟いた。
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