新宗教さぁ、始まりました。これは簡易的なタルパと積んだカルマをごちゃ混ぜにしたような物語です。
まぁ…感覚ですか?「三位一体」みたいなスローガンを掲げたお話でありましょうよ。
ねぇ、マスターは信じていますか?「愛」や「感情」や「心」的なやつは。
ンン、いかがなさった?そのような怪訝な顔をなされて。ははぁ。マスターは「愛」だとかそういったものをご理解なされていると。左様で。
拙僧ですか?拙僧は愛知らぬ獣にて!えぇ、それに似たようなものならば幾ばくか。この裡に燻るそれが「愛」と申されるのであればそうなのでしょうな。
そも「愛」とは何か。「感情」とは?「心」とは。
遥か彼方に瞬く星を掴もうともがいてもがいて、千年先のこの世でもこの有様であればそれはもう「妄信的」なまでの執着です。あぁ、そのようにお堅くならずに。ただの夢物語であると、お聞き流されればよろしい。
えぇ、有りがちな話ですが、初めは憧憬や羨望といったものだったのでしょうや。
しかし伸ばせば届くと。星の距離に比べれば短期的な研磨でありました。
達磨大師をご存知ですか?大師はこの世を伽藍洞だと評したそうで、俗世で功徳を積んだところでないもありはしない、と。拙僧も僧侶の端くれでありましたから、達磨を装い、世を嘆きました。まぁ、そのようなことはなかったのですが。何せ拙僧、剃髪もしておらず、法師でありながら陰陽師でありましたし。
あぁ、マスターすみませぬ。そのような顔をなさるな。…真面目に話します。
生前は人を害することもありましたが、守ることもありました。あぁ、衆生に拝まれれば神託まがいのことを下すこともありました。ふふ、神の声が聞こえたのか、ですか。もちろん!そのようなものは聞こえませぬ。あくまで拙僧、法師陰陽師であるからして、巫女や神官のようなものではありません。しかし本当に神の声なのかどうかということ、市井の救われぬ民たちはそんなことはどうでもいいのです。ただ、一言、救いの言葉が欲しいというもの。…ンン、マスターもそのような思いには心当たりがあるようで。人は自身ではどうしようもない現実に直面したとき、超常的な存在より救いの言葉を欲するものです。許されたい、罰せられたい…。あぁ、なんとも哀しき生き物ですね。…えぇ、はい、続けます。月に一回くらいのノリでまぁ、そのようなことも行っていたのですよ。そこに悪辣な考えがあったわけでもなし。ただ、望まれるままに。ふふ、信じておりませんな?今はこのような霊基での現界ゆえ、疑われることも致し方なし。ただ、当時のその施しが衆生への愛おしさでおこなっていたのかと問われると拙僧にもわからぬのです。人の言う「愛」だとかそういったものが理解できないのは別にアルターエゴであるからという理由ではないのです。生前より、蘆屋道満という人となりは多少なりとも歪んでいたのでしょう。それは否定しませぬ。しかしながら、拙僧、これでも法の道を志したものなれば。その行いこそが正義と信じて疑わなかった。あぁ、それ故に。善なる人々の願いを叶えることこそ我が喜びであった。「愛」がわからずともそうであったのです。しかし救えども、救えども、この手から零れ落ちる命の多いこと!…絶望いたしました。己の無力さに。今だ勝てぬあの星ならばこの幼き命を救うこともできたのでありましょう。えぇ、えぇ!皆が言う通り彼奴であれば、一滴の血も流さず丸ごと掬い上げることができたのでありましょう!!…しかし、あの方は澄ました顔をして儂におっしゃった。衆生の民一人ひとりに向き合っていてはどうしようもない。救えないものは救えないのだと。
あな憎らしや!しかし拙僧は手を伸ばし続けました。彼の星に並び立つまで。求める声があるならばと。彼奴が捨て置くものこそ儂が護るべきもの。彼奴が守護するものこそ拙僧が忌避すべきもの。そうして、力及ばず朽ちていく命に泣きました。悪鬼共の牙や爪に斃れました。…それでも、立ち上がらねばならぬのです。そう、思っておりました。あぁ、御優しい我が主!マスタァ。そう、怖がることはありませぬ。
信じるものを救うか否か、救えぬ苦しみから解放するためその頸を吊るか否か。えぇ、まぁ、はい。そうして人々に手をかけることもございました。時に人は死に救いを求めますから。求められるままに。神とは仏とは、あぁどうも無慈悲なものです。はぁ、法師を名乗るのにそれは余りにも不信仰だと仰る?ンンン…まぁ拙僧、仏の道はもとより、何せ仙道にも陰陽道にも通じております。えぇ、それでも人々に道を説き、導くこともしましょう。フフ…信仰なんぞそのようなものですよ。しかし、だからこそ。治らぬ病に命幾ばくもない幼子に、安らかに御仏の元へと至るれるよう呪をかけるたび思うたのです。きっとこの身には神からの、仏からの報いが下るのであろうと。…申したではありませぬか。人が信仰する神なぞ、信じる仏なぞ無慈悲でありまする。と言うよりも。えぇ、拙僧も求めていたのでしょうな。力及ばず、それでも輝く星に執着し、あまつさえ力なき民を言い訳に呪を行使する儂に罰を!天誅を!…そうして救われたかったのでしょう。
まぁ、そのように善性を気取っていた蘆屋道満という男は亡くなりました。ンン…さてどうしてでしょうな。彼のものが守護する都や人々は官位的なアルタへの執着に濡れておりましたし、護れども守れども泥が膿出るこの世に拙僧のアルマは何時からか闇の深淵へと嫁いで行ったのでありましょう。…まぁ適当な話ですが。戯言ですのでお聞き流されよ。回向発願的な理念を持って、日夜京の都にて施しを行っていたのですが、人の業とは罪深いものでして、救ったそばから聞こえてくるのは侮蔑と差別!…そして嘲笑でした。
それでもあのお方は変わらず相手はしてくれるものの、振り返ってくれることはありませんでした。あぁ、それを見つめ続ける儂の裡に湧くのは憎悪、羨望、敬愛!!それでも、届かぬ星であっても、それが人の姿で我が目の前に立ち続けるならば、いずれ撃ち落としてご覧に入れましょうぞ!…そうして、そうして、拙僧は堕ちていったのでしょうな。
えぇ、感じておりましたとも。拙僧にとって「愛」や「感情」は常に「痛み」的なものを伴っておりました。それはそれは!甘露なものでしたよぅ。はぁ、マスターはそれを「盲目的」だとおっしゃる。そうですね。拙僧もマスターと共に歩んで長い時を過ごしております故。それはもう!白紙化が行われる以前からのお付き合いですから?ふふ…貴方様がおっしゃるならばそうなのでございましょう。今は人理に仕える影法師の身!貴方様に仕える内は、えぇ、意に沿わぬことはいたしませぬとも。ンン、あぁ、そうお堅くならずに。
えぇ、最終的には全ての研鑽、信仰、全てが台無しになりました。まぁ、やめてしまったのです。何故かと?ンンン…飽いたのでしょうか?それとも、絶望してしまったのでしょうか?己自身の無力さに。ただ、それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。所詮は在野のこの身ですが、外道に墜とせば、もしやと、思ってしまったのです。これをマスターは悪癖だとおっしゃる?ふむ。拙僧あくまで道化でございますれば。それが性でございます。え?違う?そういうことではないと。難しいことをおっしゃいますな。
画期的な天魔の囁きでございました。襲ってきたのは禁忌的なまでの淫魔でした。民草の呪いを全て受け入れこの身を焼きました。その痛みたるもの壮絶なものでした!しかしその苦痛の分だけ彼の星に!近づいていると思えば!なんと甘露な味わいか!快楽のあまり身を悶え狂いました!…それに、先ほどもお話いたしました通り、救いを求めておりましたから。この地獄のような痛みこそ、救いのようでありました。であればこそ、痛みこそ、快楽であると。悪徳と交わい、あぁ、印鑰を持って開け放てばそれは破戒でありました。ンフフ…まぁ月に一回くらいのノリですよぉ。ここに召喚されてからは、まぁ、そのあたりは置いておいて。
えぇ、感じておりましたとも。毎夜無力に鳴いておりました儂はおらず、狩って、跨って。はて?どういう意味かと?問いますか。ンン、どのようにとっていただいてもよろしいですよ。我が主ならばお判りでしょう。
ほらもう、怖がることはございませんでした。救えぬ命に震えることも、減らず口を叩く貴人共に抱く憎悪に怯えずとも、振り切ってしまえばもう何も。ただ、彼奴の瞳だけが、鋭く向くこと充足を感じておりました。
…堕ちる前からわかっておりました。きっと、こうなった儂を、あのお方は、晴明は、きっと報いをくれるだろうと。神は無慈悲ですから、きっと望んだ救いをくれはしない。仏は慈悲深いですから、この首を吊ってはくれない。ですが、晴明ならば。きっと天誅を下してくれると確信しておりました。
そうして後は、マスターもご存知の通りでございます。
…最初からこのようになると考えていたのかと?…まぁ、拙僧には彼奴のように明日の先を視る目等持ち合わせておりませんでしたが、これは、それこそ宗教的なものだったのでしょうよ。
いえ、そんな大層なものではありませぬ。
あぁ、もうよいのですか?まだ聞き足りないと申されるなら、また後程ゆっくり致しましょうぞ。今日はこの辺にしておきましょう。
このような話をする為に拙僧を呼んだわけではないでしょうに。…えぇ、勿論貴方様のお望み通りに。
まあ、全て虚偽ですが!!
…今のは何だったのだろうか。マスターは目の前の空になった椅子を眺め続ける。あの道化が朗々と語っていた物語。最後は全て嘘なのだと、カラリと良い笑顔を浮かべて去っていってしまった。しかし。果たしてそうなのだろうか。むむむ、と唸る眉間が険しくなっていく。言葉にしずらい感覚だ。確かに、道満はカルデアに来てからはずっとこんな調子であったし、蘆屋道満という人物については、マスター自身詳しくないところがある。
だが、一つ確かなことがあるとすれば。マスターは彼を、信用できるサーヴァントの一人だと認識している。色々ありはしたが、召喚に応じてくれた彼にはかなり信頼を置いている。だからこそ、今の話も真実味があったのだが……本当にただの道化なのか。それともまた別の何かが隠れているのだろうか。
「おや、何をそんなに唸っているのかな」
マスターとかけられた声の方を見上げるといつの間にか机の向こう側に白い狩衣が揺れていた。少し迷ったが、先ほどの戯言を一通り晴明に話してみる。
話に入る前に椅子に座るように促せば、晴明は先ほどまで道満が座っていた椅子に座り興味があるのかないのかよくわからない態度で話を聞いていた。
「それで、マスターは今の話を戯言だと思っているのかな」
いつもの調子でそう問いかける晴明の表情は微笑が浮かんでいる。
問いにああでもない、こうでもないとまた唸り始めていると、目の前の狐顔からフフっと控えめな笑い声がこぼれた。
「まぁ、そうだろうね。すべてが嘘という訳でもなし、真という訳でもなし。主がそうだと信じれば全て真のことだよ。そういう話だよ、これは」
つまり、どういうことなのだろうか。二コリと笑い席を立とうとする最優を称する陰陽師に問うてみる。貴方はどう思うのかと。
「さて、どうだろう。私の知る蘆屋道満は、今の語りに真実もあるだろうし詐称もあるのだろうよ。…なにせ、彼奴は流石の私も予想の外を行くからね。まぁ、あれにマスターが信頼を向ける限りは広義の意味で”味方”でいてくれるだろう。そこは安心したまえ。…ただ、個人に執着するのは彼奴の悪癖だと忠告したのは私自身だが、ふむ。それがなければ蘆屋道満は蘆屋道満足り得ないし、私も私足り得なかったのだろうね。何より私以外に執着する彼なんて…ねぇ」
どこかに思考を巡らせて、独り納得したらしい彼はにやりと嗤い瞳に剣呑な光を宿した。よっこいしょと爺臭い声と共に立ち上がり、晴明は狐の様相を見せる目をこちらに向けて云った。
「此度の現界で私は守護する機構としての役割を失ったただの英霊だが、さて、彼へのこの感情を失うことはなかったようだ。そうあるべきとされる、お互いにそう願っている…それはもう”信仰”だろうね」
そう言い残し、狐は去った。後に残ったのは、結局道満について何もわからなかったという無力感と、それでも味方であるという最優の告げる言葉への安堵だけだった。