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    あまはな

    @tenka15a

    現在は晴道(えふご)に狂乱中。書けた時に書けただけ投稿する予定

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    あまはな

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    前に呟いてたお狐様なお菓子屋の晴と、そこで菓子職人する羽目になった道な現パロファンタジー。
    取り敢えず導入部分のみ書けたので投稿します。
    書き終わったらpixivにまとめて投稿予定。

    #晴道
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    おきつねさまの菓子司 ~はじまり 『それ』は突然現れた 大晦日。この頃になれば、夕べと言えども日はすっかりと落ちて薄暗い。店の立ち並ぶ通りでは、あと数時間後に訪れる年明けを待ちわびてさざめく人々の声。そんな喧騒に己のトレードマークともいえる白黒二色の頭を振り、身長2mの立派な体躯にふさわしい広い背を向けて、道満は暗い路地へと歩を進める。マフラーの隙間から冷たい空気が剥き出しのうなじを撫で上げて、思わずぶるりと身震いした。
     病院からの帰り道。住まいから少し離れたそこは通院に時間がかかる為、下手をすれば一日がかりになる事もある。今日のリハビリの成果を思い起こすと共に、その胸中にはいつかの絶望が去来した。


    『膝の靭帯断裂です。手術をすれば日常生活に支障ないレベルまで回復しますが、サッカーのように脚を酷使するスポーツを続けられるかどうかは、現段階では断言できません』


     練習中の事だった。ボールをジャンプして受け取り損ね、更に着地ミスが重なった結果の怪我だった。明らかに事故であり、しかし もたらされた結果は道満本人にとって死刑宣告でしかなかった。それでも、と一縷の希望を胸に手術を受けた。けれどその後のリハビリが上手くいかなくて、一、二年を経過した今でも脚は故障前までのコンディションに戻っていない。
     リハビリ中は当然チームの本練習にも参加できず、せめてもと出来る範囲で自主的にトレーニングをしていたが、筋肉もスタミナも保持できず。今や全盛期よりも衰えてしまったという自覚がある。
     サッカー選手が現役でプレイできる期間はとても短い。年齢的にも後どれぐらい試合に出られるか怪しいのに、このままではまたもその数少ないチャンスを逃してしまうかもしれない。次にスターティングメンバー入り確実、とささやかれているのは後進ばかりで、端的に言えば彼の心はすさんでいた。

     鬱々と、薄暗がりを進む。新年への期待に満ちた空気は遠くなり、しんとした静寂と暗闇に包まれている。

     ふと気づくと、どこから道を間違えたのだろうか──いつの間にか見知らぬ場所に出ていた。この街に住んで短くないが、このような地域が近くにあったかと訝しむ。とりあえず、覚えのある場所まで引き返そうと振り向いた時だ。
    「────え っう、ぁ!? 」
     『それ』は唐突に現れた。薄暗がりの向こうから、何かが弾丸のような速さでこちらに向かってきた。そしてそれは何故か道満の足元にまとわりつくように回り始める。暗がりでも輪郭が判別できるほどの立派な白い毛並み。大きさからして犬のようだと思うのだが、それにしては尾が長くて太い。その犬らしき動物はなおも道満をぐるぐる囲い込むように回っている。逃げるにも逃げ出せず、棒立ちを余儀なくされた道満はそれに『早くどこぞに去ね』と心の中で悪態をついた。
     しかし白い犬(?)は離れる事なく、永遠にそれは続くかと思われた。が、次の瞬間。それはおもむろに道満のショルダーバッグに飛びつくと、肩掛け紐に括りつけられていたお守りを引きちぎって奪ったのだ。
     角度によっては銀にも見える白の布地に、鮮やかな紫の糸で星型の花を縫い取りされたお守り。花の刺繡と同じ色の紐がぶちりと切れるのを目の当たりにして『あ、』と思わず声を上げてしまう。
     そのお守りは幼少の頃から持っていたもので、受験からプロ入りの為のテストまで、これまでの人生の折々に心の支えとなってくれていたものだ。本来なら一年お世話になったら神社へ納め、お焚き上げしてもらうのが正しい扱い方だが、何故だか手放すのが惜しくて今の今まで持ってたものでもある。
     (このっ……今でもどん底なのに、これ以上大事なものを失って堪るか! )
     その一念で道満はすぐさまそれを追い始めた。……が、今の脚では走る動物に追い付くどころか、離されないようにするので精いっぱいで。改めて自分の脚の現状を思い知らされて奥歯を噛み締めながらも、白い影を追いかける。
     幸い、暗闇の中を駆ける白い後ろ姿を見失う事はなかった。距離は縮まらないながらも追跡を続けていると、まっすぐに駆けていた白い影が、やがてどこかの人家に入っていくのが見えた。
    「うーん、よそ様の家に勝手に入るなんて……いやしかし、四の五の言ってられないか」
     一度は躊躇したものの、家の者に見つかったらその時はその時。きちんと事情を説明すれば、もしかしたら協力を仰げるかもしれない。そう意を決して、道満は門をくぐる。
    「……このような立派な屋敷が、近くにあったとは」
     入ってみて分かったのだが、そこは古びた日本家屋だった。しかも結構大きい。そしてぐるりと、それなりの距離を歩いて回り込んでみると、裏に面した庭に張り出す形で、庵のようなこぢんまりとした別棟が建っているのを認めた。と、そこへ折良く庵の入口に白い影がちらと見えた気がして、急いで追いかける。入口の前に立った時には白い影はなかったものの、庵の戸が少し空いているのに気付いた。そう、犬一匹くらいが通れそうなくらいに。
     一瞬『不法侵入』の四文字が頭を巡る。けれど敷地に入った時点で同じことだ。どうにでもなれと、やぶれかぶれで勢いよく戸を開いた。

    「…………何です、この部屋」

     滑らかに仕上げられた三和土と、飴色に艶めく木材で出来た上がり框。その向こう側には道満の眼からしても上等と分かる調度品が設えられた、和室の一間。まるで高級旅館の部屋のような内装が出てきた事に呆気にとられるが、今は呆けている場合じゃないと気を引き締める。改めて部屋中へと目を走らせるが、あの白い姿は見当たらない。絶対ここのどこかにいると直感していた道満は勢い勇んで和室へと踏み入り、黒く艶を放つ座卓の横を通り過ぎて、別室につながってるだろう引き戸を開けた。見つけてやると吊り上げていた眼が、点になる。

    「……一体何なんです、ここ?? 」

     道満の困惑は当然だった。何故なら、そこには業務用の調理設備が所狭しと並んでいたからだ。何故、厨房? こんなところで? そんな疑問が頭の中を占めていた。思いがけない事の連続に、周囲に意識が回っていなかったのだ。だから。


    「おや、どなたです? こんな時間に勝手に上がり込んで」


     ──突然後ろから声をかけられるまで、自分以外の存在が近づいていたことに気づかなかった。瞬間、胃と心臓が縮こまる。理由はどうあれ、今の自分は紛れもない不法侵入者。言い逃れは出来ないがせめて事情を話して謝罪しなければと、冷や汗だらだら心臓バクバクの状態でバッと振り返ると、そこには一人の青年が立ってこちらを見ていた。
     白地に青紫の縁取りがなされた……確かコックコート、と言うのだったか。汚れ一つなく糊のきいたそれをビシッと身にまとい、細身のジーンズの上から膝下丈の黒いギャルソンエプロンを締めている。そして何より……とんでもなく顔がよかった。
     道満も自分が顔でも売り込めるくらいに整った容姿をしている自覚がある。が、目の前の男にはどこか浮世離れした美しさがあった。思わず目を奪われ、何も言えないまま立ち尽くす。そんな道満に首を傾げ、そこはかとなく狐っぽい印象の、涼しげな切れ長の眼を不思議そうに細めて青年は呟いた。
    「……おかしいな。只の人間が来られる筈がないのに、どうやって入ってきたのやら」
     ん? と青年の言葉に引っ掛かりを覚える。が、こう思い直す。今まで見てきたものから鑑みれば、この家の住人はかなりの金持ちなのだろう。だったら当然警備は雇っているだろうし、その目を潜り抜けて道満が入り込んだが故の発言だろうか。いやしかし、警備がいるとは思えなかったけれど。
     なんて事を考えていたが、自分の置かれている状況を思い出す。取り敢えずは事情を説明しなければと考えた道満は、これまでのいきさつを手短に説明した。
    「と、いう訳でして。……勝手に入り込んで申し訳ない。ですが、あれを取り戻したい一心だったのです。お守りが戻り次第お暇しますので、どうか……」
    「あー……成程、そういう事か」
     と、青年は急に何かに思い当たったのか、こんなことを言い出した。
    「どうして人間がここまで入り込んだかと思えば……因果応報、という奴でしたか」
     突然、物々しい言葉が出てきた困惑に道満の眉根が寄る。
    「因果応報? 一体何を仰ってるのか、何が言いたいのか分かりかねます」
    「ええ、そうでしょうね。迷い込んだことにさえ気づいてない人間が、急に言われても理解できる筈がない。……ええとですね。分かりやすく言うと、おまえは今『異世界』に迷い込んでいるのです」
    「……は? 」
     異世界、とおうむ返しに口にすれば、はいと青年が返す。あっけらかんとした返答に、却って道満は混乱した。
    「は、い、いせか、……異世界? あの、最近マンガや小説でよく舞台にされる、アレ? 」
    「うーん、それとはまた異なる物だけど。幽世、と言うのが一番近いのかな。まぁ、おまえが今まで生きてきた場所とは隔絶した世界、という点では同じだろうが」
    「…………いつから、というか、何故……? 」
     突然『異世界に迷い込んでますよ』、なんて言われても実感がわかない。その上いきなりの『おまえ』呼びや、敬語をやめてタメ口をきき始めたのもあり、正直に言って眼の前の男による質の悪い冗談じゃないかとさえ思ってしまう。けれども、道満は根拠なくも頭の片隅で確信していた。────この男は、嘘をついていない。
     信じられない思いに頭を抱える。こんなファンタジー展開、実際に起こるとかありえないだろうという思いから、心に浮かんだ疑問が口をついて出る。すると、急に青年が小さく笑いを零した。
    「っ、何がおかしいと?! 」
     余りにもな態度に声を荒げても、青年は平然として答えを返した。


    「ああいえ、だっておまえ──何でって、私の『一番大事なもの』を損ねてしまったからですよ」


     今度こそ開いた口が塞がらなかった。言うに事欠いて、笑顔で濡れ衣を被せようだなんてとんでもない男だと目を眇め、低い声で言い返す。
    「は? ……失礼ですが、本日が初対面ですよね? 確かに勝手に入ってきてしまったのはこちらの手落ち。ですが、それでも中に入ってから何かを壊してしまったとか、そういう心当たりはありません」
    「いいえ、それこそ間違いなく。誰ならぬおまえが、私の一等大事なものを損ねてしまったのです」
     こちらが毅然と否定しても、譲ることなく道満のした事だと言い募る青年に、道満は思わず怒鳴りつけた。
    「言いがかりはよしていただけるか!? 大体、貴方こそ何者ですか!!」
     すると、青年は驚いたように目を瞠り、ぱちぱちと瞬きすると くすり、と笑みを見せた。
    「おや、まだ気づいていないと? ……仕方ないですねぇ、ではこれなら流石に一目で理解できるだろう」
     刹那、ぼふんという音と共に白煙が昇り、青年の姿がその中へ隠れてしまう。急な事に思わず煙を吸い込んでしまい、道満は涙目になりながら咳き込んだ。そうしている内に徐々に煙が晴れて来て、一発殴ってやろうと息苦しさで涙を滲ませながら青年の方をみると、そこには。
     先程のコックコート姿とは打って変わって、平安貴族のような白い着物に青紫の括袴を青年は身にまとっていた。しかし、変化したのは服装だけではなく。
    「……耳、と、しっぽ……? 」
    先程は決してなかったはずの白い獣耳と尻尾を出して、青年は立っていた。目の前の非現実的な光景に絶句していると、その反応を見た青年は愉快そうに笑いを零す。
    「あっはっは、流石に驚きで声も出ないと見える。……さて、一応言葉でも申し上げておきましょう。私は安倍晴明。この店、『菓子司 ききょう』を営む狐のカミです」
    「かしつかさ……? 」
    「要はお菓子屋さん、それをちょっと恰好よく和風に言い表しただけです」
     そういうと ぱん、と檜扇を広げて口元にかざし、扇越しに愉快そうな視線を投げてよこす。
    「そして、カミの営む店が人界にある筈もなし。ここは人ならざるモノ、『カミ』の世界。そんな場所に、おまえは迷い込んでしまったのです。……因果応報によって、ね」
     青年の──晴明の口から放たれるおとぎ話じみた単語のオンパレード。それに対して道満はもしや夢かと疑いかけるが、先んじて晴明が「夢でも何でもないですよ」と言った事により現実逃避という退路を断たれる。また頭を抱え始めた道満に気を払うでもなく、晴明はマイペースに説明を続けた。
    「そして古来より、理由がどうあれ人ならざる領域に足を踏み入れた人間は、対価や代償を払う事で人の世に戻ってきた。その習いに従えば、おまえも先達と同様に対価や代償を支払わねばならない。わかりますね? 」
    「そんな、一方的すぎる!! 」
    「そりゃそうです、カミだもの」
     道満の怒りを当たり前でしょう、といなして ころころ笑う晴明。『カミだから』を理由にされては、人である道満には反論が出来なかった。そして改めて、道満は晴明の言った言葉──『対価』や『代償』の単語を反芻して悪い想像を巡らせる。
    (……何を取られるというのだろう。腕か、脚か。もしや、魂とか……?! )
     恐ろしい想像が頭の中を際限なく駆け巡る。自分の想像でいよいよ青褪めていると、その様を見ていた晴明が噴き出した。
    「っ、ははは! そんな怖がらなくても腕だの脚だの魂だの、取って食いやしませんよ」
    「えっ?! 」
     知らない内に口から出てたのか、と慌てるも『ああ、心を読んだので』なんてしれっと返してきた晴明に、道満は口の端を引きつらせた。好き勝手が過ぎるだろう、と苦々しい顔を隠さない道満に対し、晴明が宥めるような声音で続ける。
    「……確かにここは人ならざるモノの世界。ですが、人に害成すソレではなく。この世界は人に寄り添うモノどもの場所です。一言で言うと──四季、もしくは季節。そういったものに関わる存在をここでは『カミ』と呼び習わしている」
     だから人を食べたり魂を取ったりとかないですよ、ナイナイと顔の前で手を横に振ってまで晴明は否定する。自分の嫌な想像が否定されて気が抜けたのか、道満はその場にへたり込んでしまった。しかし、晴明は俄かに真面目な表情になると、道満に追って告げた。
    「だが、おまえが人である以上。そして人の世に戻りたいと願う以上は、私はカミとして対価を要求せねばならない。それが古来よりの『しきたり』なれば」
     そしてへたり込んだ道満に視線を合わせるように自分もしゃがみこみ、その眼を覗き込んで晴明は言う。

    「で、だ。私の要求する対価はこうです。──今日から向こう一年間。私の代わりに、この店の職人として菓子を作っておくれ」

     提示された内容に、現実逃避だろうか晴明の瞳の輝きの方に目を奪われる。直後、『勿論住み込みで』と付け加えられて道満は慌て出した。
    「──住み込み!? 一年も?! そんな、人ひとりがそんなに長い間 行方知れずだったら、事件として騒ぎになってしまうでしょう!!」
    「でも現状、おまえはここから出られませんからね。だったら住み込みなんて必然では? 」
     言われてみれば正論この上ないが、けど警察沙汰は……と顔をしかめる道満に、店主はあっけらかんと告げる。
    「大丈夫。言っただろう? 此処は『カミ』の世界、人ならざるモノの世界であると。ここでいくら時間を過ごしても、迷い込む直前の時間軸に戻る事は可能です。こう……ちょちょい、とね」
     …………もう嫌だ。道満は内心で愚痴る。そういう事は早く言ってくれと喚きたいのをぐっとこらえ、頭の痛みを覚えながら尋ねる。
    「──帰る時のあれこれについて心配は不要と理解しました。……では、ここでの『一年』をどうやって計ればよろしいので? それこそ、そちらの良いように決めてしまえるのでは? 」
    「あれ、不正を疑われてます? ……はは、そんな怖い顔しないで」
     冗談はさておき、と仕切り直し、狐のカミは何でもないように告げる。
    「それについては安心しなさい。何せ、この店に客が訪れるのは月に一度のみ。つまりこの店で十二回菓子が提供されれば、おまえは晴れてお役御免という訳だ」
    「……それは、本当でしょうな」
    「ああ、本当だとも。これでも『カミ』を名乗る以上、口にした約束はきちんと守るさ」
     この短時間で晴明の悪気ない人でなし具合(否、事実 人でなくカミなのだが)を察し、道満は疑いの眼差しを向ける。それでも晴明は対して気にした風でなく にっこりと笑った。その反応に、道満は何度目かの嘆息を吐いた。
     未だ状況についていけてない道満の精神的疲労はピークに達していた。けれど現在明らかなのは──この男の提案を飲まなければ、それ以外に帰れる望みはないという事。もう一度溜め息を吐いて、腹を括る。
    「…………承知しました。それ以外に道がないというのなら、従いましょう」
    「ええ。では契約成立、ですね」
     不承不承と言った感じの道満に対し、晴明は何故か嬉しそうにしている。何を喜んでいるんだコイツ、と顔を歪めたが、狐はそれでも嬉しそうなままだ。
    「──では、早速」
     そう言って檜扇を閉じ、道満へ立ち上がるように促すと、おもむろに晴明は道満に向かって掌をかざした。

    「カミの店で人が働くのであれば、そのままではちと都合が悪い。すまないが、ちょっといじらせてもらうよ」

     いじるってなんだ?!と文句が道満の口から出る前に、掌から放たれた燐光が浮かび道満を取り巻く。燐光は段々と眩しさを増していき、終いには目が潰れそうなほどの強さになった。目を開けていられず、目蓋を固く閉じた上から腕で顔を庇う。やがて光が消えた気配を感じて腕を下ろし、おずおずと眼を開くと。さら、と視界の端から入り込む白と黒の髪。長さはともかく、その色合いに見覚えがあった。……否、ありすぎた。
    「あれ、儂の髪……え、伸びてる?! 」
     走り回るスポーツ故に邪魔だから、と中学生の時分から首にかからないぐらいに短くしていた筈の髪が、掴んで目の前に持ってきても毛先がなお余るくらいに長い。その上黒い方の毛先が何故だか山菜宜しく くるりと巻いていた。自分の髪の変化に放心する道満へ、晴明は親切心からか「あ、鏡見ます? 」と目の前に姿見を出現させて差し出した。呆然としたまま鏡を覗き込めば、そこに映っていたのは腰を通り越してふくらはぎにつきそうなくらいに髪の伸びた自分だった。そして鏡を見た事で、目元と唇へ細く萌黄色が化粧宜しく引かれているのにも気づいたのだが。
    「っ、なんですこの姿は?! 」
     心に浮かんだままに叫びをあげると、何がおかしいのか晴明がまた笑い出す。
    「ははは、そこまで驚きます? なに、私と契約した証と思えばいい。勿論務めを果たした暁には戻りますのでご安心を」
     …………もう嫌だ。二度目の悪態。もういろんなことがこの短時間に起こりすぎて、道満の頭は考える事を放棄している。もう何も考えたくないとぼんやりしていたが、此処で道満は本来の目的を思い出した。
    「そうだ、お守り! あの白い犬に奪られたままの! それを取り戻そうと儂はここに来たのです! 貴方、白のお守りを咥えた白い犬を見かけませんでしたか! 」
     すると晴明は暫し口ごもり、しぶしぶといった感じで答える。
    「……ああ、それなら知ってるよ。何なら私が預かってます」
    「貴方が飼い主でしたか……でしたら、今すぐ返していただきたい! 」
     晴明へと掌を上にして突き出せば、すぐに返してもらえると踏んでいた道満の期待に反して晴明が言葉を濁す。
    「うーん……それが、ちょっと今は返せなくてですね。ああいや、破れたとかそういうのではなく。諸事情で、という事でご容赦を」
    「そんな……」
     ここまで気を張っていたからか、道満の声があからさまに落ち込む。流石の晴明もなけなしの良心が痛んだようで、気づかわしげな眼差しを道満に向けた。
    「……そう悲嘆せずとも宜しい。その他の事柄同様、一年後には必ずおまえの下に戻りますので。カミとして約束しますよ」
    「……分かりました」
     ……本当は不本意である。だけど、カミからの言質という一応の誠意を見せられたら、道満にはそう答えるしか出来ない。返事を聞いて うんうん、と晴明は満足げに頷く。そして パン、と両手を胸の前で叩くと、弾んだ声で言った。

    「さぁて。────それでは、さっそく働いてもらいましょうか」

     そろそろ始めないと間に合わないので、と晴明が指を鳴らせば、道満が今まで来ていた外出着が先程晴明が着ていたような、『これぞ菓子職人』と言ったいでたちに瞬時に変わる。
     晴明の物とは色違いの、ダークグレーに赤の縁取りがなされたコックコート。一方エプロンは同じ膝下丈の真っ黒なものが黒いジーンズと共に脚を覆い、さっき長くなったばかりの髪はポニーテールに結わえられていた。
     まるで手品か魔法かのような見目の変化に、道満は言葉も出ないまま瞠目する。それだけでも驚きなのに、更に今度は晴明が、その場でぴょんと跳ねたかと思えば、着地したのは小さく細長い白狐だった。
    「名付けて、安倍晴明・管狐モード!」
     なんてね、と茶目っ気のつもりなのかおどけて言う白狐……もとい管狐となった晴明に、道満は何の衒いもない疑問の声をぶつける。
    「なっ、何故そのような姿に?! 」
    「あー、それはですね。まず前提として、この店の厨房は一人で作業することを踏まえて設計されてまして」
     と、つぶらな瞳で道満を見上げ、管狐は説明を始めた。
    「自分で言うのもなんですが、人間姿の私ってそれなりに大きいんですよ。そしておまえは言うまでもなく偉丈夫と言って差し支えない巨躯。そんな大の男が二人並ぶには、この厨房じゃちょっと手狭です。ですが流石に菓子作りをした事なさそうな人間に、独りで商品を作らせるなんて出来ませんし。なので、部屋のスペースと指南のしやすさを考慮してこの姿になったのです」
     そして晴明は とっ、と足音を立てて道満に向かっていくと、道満の腕を伝って肩に乗り、首に巻きつくように体を添わせた。そして上体を起こし、道満の頭のてっぺんに自分の小さな顎を乗せる。
    「ほら、こうすれば作業の様子を見ながら指示が出来る。名案でしょう? 」
    「……好きになされば宜しいかと」
     首元をふさふさの毛皮で擽られながら、道満は遠い目をして返事をする。どうでもいいが、今の晴明は毛皮の襟巻みたいな状態だよなと現実逃避の真っ最中である。しかし、その毛皮越しでも感じ取れる、生き物しか持ちえない肉の温もりが現実であると突きつけてくる。……今の自分は言うなれば従業員、店の主に逆らえる立場でない。そう思って諦めなければ、到底受け入れられる精神状態ではなかった。一方晴明はというと、道満からの同意を得られたからか、うきうきした声で話しかけてくる。
    「はい、好きにします。──では改めまして、今から仕込みに入りますよ。何せ今回のお客は、日の出と共に来店しますので」
     早くしないと時間が無くなってしまう、と頭上で騒がれ急かされては、行動しない訳にはいかない。そうして道満は、はしゃぐ管狐を首に巻き付けたまま厨房に立った。




    「そうだ、おまえの名を聞いてませんでしたね。教えておくれ」
    「……蘆屋道満、と申します」
    「そう。それでは道満。これより一年間、宜しく頼むよ」
    「…………はい」
     早く、帰りたい。道満の心はその想いで占められていた。
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