選り好み【選り好み】
「君は食の選り好みが激しいね」
「……え?」
実験の合間を縫ってようやくありつけた食事の席。真向いに座るマユリに指摘された浦原は自身の前に並ぶ定食に視線を落とし、それから「ああ……」と呟き苦く笑った。
浦原が皿の端に避けた苦手な食材、一口食べてつづきをやめた残骸を一瞥したマユリは眉をひそめ呆れたような表情で見つめる。
「いやぁ、わかっちゃいます? ……よねぇ。夜一サンにもよく注意されてました」
バツが悪そうに頭を掻く浦原にマユリが小さくため息を吐く。
「別に君が何を食べようが食べまいが私は構わないのだが、少々気になったものでネ」
「そうですよね、あまり気持ちいいものじゃないでしょう。涅さんはいつも食べ方きれいだし、気をつけますね」
わかりやすく肩を下げ叱られた子犬のようにしょげたおとこを前にして、マユリは自身の小鉢に乗せられていた薬味の小葱を箸で摘まんだ。
「私にだって苦手なものはあるヨ」
箸を自身の領域から外へ出し、小葱を浦原の小鉢へ押し付ける。
「ふふ、知ってますよ。ネギがお嫌いなこと」
珍しいマユリの行動に浦原の目が細く笑う。
「そうかネ」
「はい、他のものはまだわからないですけど。あ、サンマお好きですよね!」
浦原も共に食事をする機会の中でマユリの嗜好を知った。はじめてソレに気づいた時、彼の幼い秘密を得た気分になり嬉しくなったのを覚えている。
「君の食の選り好みは複雑で難解だという話だヨ。特定の食材が苦手なのかと思えば、調理法やスパイスによっては手をつけていることもあるし、ややこしいおとこだと思ってネ」
「あははっ、触感とか臭いがダメだったり気になる時があるんスよ。涅さんって僕のことよく見てるんですね」
嬉しいなぁ、と揶揄いながら自分の苦手な料理を皿ごとマユリに預けようとすれば彼はサッとすばやく盆ごと避けた。
「ひどいなぁ、僕のは食べてくれないんですか!?」
「食べてやる義理がないネ」
「涅さんのネギ食べてあげたのに……」
「それはどうも有難う」
ニッときれいに並ぶ歯を見せて笑うマユリに、浦原も下がり気味の眉をさらに下げて笑った。
それからというもの、ふたりが食事を共にする日があればマユリは浦原にネギを譲り、浦原の苦手な料理をごく稀にマユリが譲り受ける時があったという――。