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    さけけ

    ルツォンル

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    さけけ

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    甘党(内容できた)

    TR(R)「カプチーノと、ええとグランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノでお間違えないでしょうか?」
    「ええ。持ち帰り用の紙袋もお願いします」
     なんだそれは。注文を伝えるツォンの隣にはきょとんとしたルーファウスが立ち尽くしていた。ルーファウスは、目の前のやり取りにその脳内を疑問符で溢れさせていた。頭のキレに関しては自負している。しかし、畑違いも甚だしい。目の前で繰り広げられた光景はルーファウスにとって未知の領域であった。視覚から取り込まれていく処理し切れない情報量を前に、ルーファウスはただ目を丸くした。
     ある平日の昼下がり。二人が気まぐれに足を踏みいれたコーヒーショップ。落ち着いたトーンのインテリアの空間演出。ルーファウスはここに留まりツォンと談笑したい衝動に駆られる。焙煎されているコーヒー豆からただよう香ばしいアロマが鼻腔を擽る。カウンターに並びメニューをのぞき込むのっぽの三十代男性二人。一方の真面目そうな男が珍妙な呪文を唱えている。
     奇妙な二人のそばのウィンドーからはうららかな三月の陽光が差し込んでいた。

     ルーファウスがコーヒーショップでぽかんと目を丸くする数時間前のこと。
     神羅ビル最上階フロア。ルーファウスは社長室にて眼下のプレートの街を見下ろしていた。ルーファウスは本日午後過ぎまで予定していた交渉が早々にまとまり、予定よりだいぶ早く先程本社に戻った。思わぬ予定変更のおかげで一時間と少しの猶予が生じた。そのことにルーファウスは人知れず口角を上げる。そして、密かににやけつつ携帯端末に手を伸ばした。こんな僥倖を得たらやることは決まっている。向けられた発信は今頃デスクトップとにらめっこをしているであろう部下の為のものだった。

     一方、地下三階オフィス。総務部調査課主任は日々業務に追われている。時計の短針が一にほど近い。春が近づくこの頃に、今の時間に外出すれば心地よい陽気につつまれるのだろう。しかし、この地下空間に昼夜の兆しは感じられない。その機械的な無味乾燥さがかえってツォンを落ち着かせる。無機質なオフィスと没個性的なお仕着せがその心に馴染むほどに、彼は暗部の世界に長く染まっていた。
     その日はデスクから離れる予定はなかった。朝八時にここに座り、仕事が終わる頃までここに留まるつもりであった。ツォンは随分前に冷めたコーヒーを啜りながら細々とした雑務を片づける。ちらほらタークスは出入りして、ツォンに任務内容や武器や火器使用の確認を求めたり、報告書を提出するなどした。
     唐突だが、一般的に人の集中力は九十分という。しかし九十分間集中して片づけられる仕事であれば九十分も集中しないだろう。そもそも九十分で終わる仕事なぞあるまい。ツォンはのろのろとメールを確認しつつ、明後日の方向に思考を巡らせていた。睡眠不足であった。その朦朧とし始めたしまりのない顔を晒していたが周囲の目を気にする必要は今はなかった。この時間は内勤のタークスたちもランチに出かけている様子で、いつも騒がしいオフィスもツォンがキーボードを叩く音しか響いていなかったのである。
     その静寂を破ったのは端末の着信音であった。ツォンはすぐに番号を確認し、ワンコールで応対する。

     着信の相手が「私だ」という落ち着きはらった声で話始めなかったことで、ツォンはこの連絡が私用であることを感じ取った。ツォンは咄嗟に神経を張りつめたがそれは杞憂であり、ふうと一息ついた小さなためいきはわざと隠さなかった。電話先で「天気がいいな」なんて言っている上司に気のない相槌を打って、ツォンは電話を取る前に作業していたメールのチェックを続行する。ツォンがどうでもいい連絡に目を通している間に電話先の上司は、午前中の取引がうまくいったことをひとしきり自慢していた。ツォンは引き続き適当に相槌をとりつつ、返信が必要な連絡に対応する。そうこうしているうちに、ルーファウスはかの有名なコーヒーショップに一度入ってみたいと言った。
     そのようなチェーン店に何故、という議論は十年前に私たちの間で解決した。結局あの男は私とただ時間を過ごしたいという確信をツォンはとうに得たのである。わざわざここにきて問いただすのも野暮な話であり且つ面倒である。
     一方、ルーファウスは電話の先で唐突な自分の提案にまごついているツォンを想像してそっと笑った。あの男が実はデスクワークが苦手なのを私の他に知っている者はいるのだろうか。すっかり固くなった表情に隠されている、かつての表情豊かな若いツォンをルーファウスは知っていた。午前中の会議にて、ふとしたきっかけでかつての部下のかんばせを反芻し、本社で事務を捌いているであろう男に会いたくなったことは伝えるつもりはない。
     電話先の男は今日の書類仕事は多いだの何だの、歯切れが悪いことを言って断ろうとしてくる。その声に確かな疲労が滲むことをルーファウスは感じ取った。随分と働かせている様子だな、などとうっかり自覚したがその意識はもう手が届かない所に置いてきたつもりだった。けど今ふと思い立った提案をこの自分は許すだろうか。ルーファウスは交渉がうまくまとまったご褒美がほしいなどとごねてみる。きっとあいつも私との時間をとりたいのだろう。しばらくねばってみるとツォンが折れ、一時半にツォンが社長室に迎えに来る段取りとなった。

     スマートで軽やかなピアノの音色に包まれながら、二人は注文したドリンクを待っていた。
     ルーファウスはツォンが実は甘党ということを知っていた。だが、何故か彼はそれをどうやら恥じているらしく、私の前では進んで甘味を口にしなかった。
    「いま何と言ったんだ?」
    「グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノ」
    「ふっははは!お前!そんな真面目な恰好でなんでそんなに滑稽なことを言うんだ!ミスマッチすぎて本当に面白いふははははは」
    「楽しそうでなによりです。会計は経費に入れときますね」
     ドリンクを待っている間も私の主人はずっと笑い転げていた。見目が麗しい分余計に目立つからやめてほしい。普段の白い上着ではなく、丈が長い黒いコートを着ているため、一見したところでは彼がルーファウス神羅とは見えない。だが今の笑い転げているやわらかい主人の方が本当の彼なのだろうななどと、ぼんやりした回らない頭でツォンは考える。
    「お前が甘党なのは知っているが、おい!見てみろ!あの抹茶っぽいのはもしかしてお前のなんじゃないか? すごく沢山のホイップがのっているぞ!うわさらにチョコチップも入れるのか。甘すぎる!絶対に口の中がめちゃくちゃに甘くなりそうだな!ツォンお前あれ持って歩くのか?」
    「ちょっと大きな声出さないでくださいよ。恥ずかしい。ちゃんと紙袋頼んだので多くの人の目には触れませんよ」
     適当に断らなくて正解だったとツォンは思う。ツォンはルーファウスを邪険に扱ってはいるものの、楽しそうな恋人の姿に擦り切れたその心は段々と癒されていった。カプチーノなんて社長室の一流コーヒーメーカーでここよりいくぶんか上等なものを用意できるのに。この人は私とただ歩きたかったんだ。わかりきったことがルーファウスの行動で示されることで甘い照れくささがツォンの胸にこみあげた。

     コーヒーショップから出て本社に戻る道すがら。案の定、主人は「いま飲みたい!」と仰る。ツォンがはいはいと紙袋からあつあつのカプチーノを出すと、当たり前といった様子で「お前もだ」などと仰られた。
     ツォンはふと思う。私をからかうときの彼の表情は変わらない。たのしそうに、おもしろそうに、きらきらと輝く目にずっと前から抗えない。
     そして、嫌だと抵抗するのもなんだか癪であったため、内心仕方なくしかし恥じていない様子を得意のポーカーフェイスで取り繕う。そして紙袋から帰ってこっそり飲み干すつもりだった散々カスタマイズしたフラペチーノを取り出す。
    「さっきこれ持つのは恥ずかしいとか仰ってませんでした?」
    「そこいらのカップルみたいで楽しいなあツォン!」
    「ちょっと人の話を聞いてくださいよ」
     どこ吹く風で楽しそうに手を絡めてきたルーファウスに、ツォンは何も言えなくなる。私は彼のように素直になる勇気とは縁遠く、渋々といった表情でフラペチーノを片手に紙袋を畳んだ。ツォンが一気に吸い込むと一気にかさが経った。これが私の逃避行動であることは彼には明らかであるようで、そのくすくすと笑う声が間近に聞こえた。
    「ひとくち」
    「はい」
     ツォンがルーファウスの口元にストローのささったフラペチーノを差し出すと、少しその細い首を突き出してちゅうと吸い上げた。
    「あっま。まじかお前」
    「疲れた脳みそに痺れるでしょう」
     確かに。あまりの破滅的な甘露のハーモニーにルーファウスは、思わずツォンが以前口にしていたスラングが漏れる。小言を弄する気分でなかったツォンは半分ぐらい氷が混じっていたフラペチーノを一気に吸い込んで飲みほした。
     さわやかな春の日和。ツォンとルーファウスは昼下がりのミッドガルをゆっくりと歩く。二人がこの前まで巻いていた襟巻は取り去られ、その首筋を柔らかい南風が撫でていった。
     のどかな時間であった。ツォンは、片手に感じるルーファウスの存在によって、先程までくすんでいた時間が鮮やかに彩られていく心地であった。気温の上昇によって頭のたがが緩んでしまったのか。降り注ぐ陽射しは二人の上着をあたためる。ツォンとルーファウスは、ゆったりとした進みで、俄かに春めくミッドガルを漫歩した。


    「これはデートだったのでしょうか」
    「じゃあデートだったんだろうな」
     穏やかな時は長く続かない。コーヒーショップから本社までの距離はそう遠くなかった。腕を組んだりしてとりとめのない話をしていたら、いつのまにか二人は重役用の社のエレベーターの前にいた。ツォンが呼び出しボタンを押すと、ほどなくエレベーターは来た。彼は最上階に着くまでに、コートもグラスも取って「ルーファウス神羅」に戻るのだろう。エレベーターのドアが開く。ツォンは扉を押さえて、ルーファウスはかごの中に進んだ。
    「時間作ってくれてありがとう」
    「良い気分転換になりました」
     ツォンもルーファウスに続いてエレベーターに乗った。少し驚いてルーファウスは聞く。
    「オフィスに戻らないのか?」
    「デートですので。社長室までお見送りさせてください」
     エレベーターが閉まる。最上階までの時間は限られている。

    「ふふ」
    「何ですか」
    「なんでもないよ」
     意味ありげに目を細めつつ私の主人は私の首に手をかけた。私も彼の細い腰に手を回す。繊細で壊れそうな美術品じみたその顔が私のものに間近に近づく。彼の金のまつ毛を、深淵なる青をじっと見た。カプチーノのコーヒーのにおいが感じられた。彼はその表情を美しくほころばせて、その目を閉じた。
     唇がどちらともなく重なる。軽く触れ合って、その舌を味わう。
     ルーファウスはすこしきつくツォンを抱きしめる。匂いから、感触から、ツォンそのものを感じさせた。ツォンがヘアセットを崩さないようにそっと優しく頭を撫でる感覚。こんな顔は今はとても見せられない。
     そう、私たちはつまらない大人になっても、これだけは昔から変わらない。この気持ちはいつまでも変わることない。互いの慕情に執着に情欲に、胸がこれ以上なく甘くときめく。どんなに長い間肌を合わせても、きっと満ち足りることはない。そんな気がする。
    「ふふあまかったよ。とても」
    「ルーファウス様、お慕いしております」
    「うん。俺もツォンを愛している」
     残酷なほど早いエレベーターは昇っていき、すぐに社長室の階まで着いてしまった。ツォンはルーファウスを解放し上着を脱がせる。次に会えるのは、そのあたたかな体温を感じてその唇に口付けるのは、いつになるのだろうか。ツォンはそう考える。
    「近々、長期任務が入っていたな」
    「ええ。もう現段階から長引きそうな予感がします」
     ルーファウスはツォンから上着を受け取る。ふと、先程脳裏をよぎった痛みを再び感じる。いくら傲慢でも、どれほど深く覚悟しても、私は考えてしまう。これがツォンの幸せかと。心から愛しているのなら、私はその手を放すべきだと。
    「うん。いつも通りここで待っていよう。だから、帰ってきたらどんな任務だったか、聞かせてくれ」
    「はい。必ず」
     ツォンは再びルーファウスを抱きしめる。私は彼のように甘える勇気は持ち合わせていない。だが、どんな任務からも必ず帰還するという覚悟は堅く自分に刻んでいる。ツォンはそれを確かめるかのように、ルーファウスをきつく抱きしめてその匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。

    「じゃあな」
    「ええ。またお誘い待っています」
     ツォンからルーファウスは離れ、社長室に向かっていった。最後にこちらに振り向く。名残惜しさを隠さずに美しく微笑む彼は大きな扉の向こうへ。バタンという重い社長室の扉の音が空間に響いた。
     残された私には、かすかなカプチーノの風味しか感じられなかった。
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