そろそろノーベル平和賞とれそう 日が伸びたミッドガルは爽やかな朝日にすでに染まっていた。その中心地にある某高級マンションの一室にも透明な陽射しは届く。時刻は六時数分前。シーツに身を沈めた二人の男は共に新しい日を迎える。
先に目覚めたのは黒髪の男だった。端末を操作して鳴るはずだったアラームを解除する。欠伸をもらし、ベッドサイドの水差しからグラスに水を注ぎ飲み干した。
身に何も纏っておらずとも、肌寒さは気にならない季節が巡ってきた。黒髪の男、ツォンは隣で眠る恋人にブランケットを肩まで引き上げ、その金糸を彼が目覚めないように撫でていた。
しばらくその寝顔をみつめた後、そっと声をかける。
「ルーファウス」
その名前をツォンが数回呼びかけると、呼ばれた男はうっすらと目を開けた。
「もう起きなきゃ」
「......まだだ」
そう言って金髪の男、ルーファウスはツォンに身をすりよせた。
窓に下ろされたブラインドから漏れる穏やかな陽射しがベッドシーツに差し込む。白く照らされた裸体が、ツォンに昨晩の記憶を思い出させた。
激しく絡み合い、気絶するように眠りについた。逃げようとする腰を離さなかったのは私のほうだった。眼前に晒された白い裸体に、無自覚に抱えていた飢えが引き出された。
ツォンが猫を愛でるようにかりかりとやわく顎の下をかいていると、白い人は薄く口を開く。もっと、とかさついた声で請う姿。素直な様も好ましく、私は彼の望む通りに。触れていた顎から耳輪に手を滑らせて、覚醒を促すとゆっくりと瞼を開けた。きもちよさそうに安らいだ表情に抱える曇りを感じ、ツォンは思わず尋ねた。
「夢見が悪かったんですか?」
「......いいや」
この黒い男は私を注視し観察せずとも、その頭脳は持ち主も知らないうちに正解を導く。かかる事象は彼と私が深く築いた仲の証拠であると、ささやかな歓喜に浸るべきか。そんな事象は私に関連する事項に限定されるものだとなおよいと願うべきか。いいや。ルーファウスはその無意識で差し出された正解に、正答をもって応える気概は今朝湧かなかった。
この季節は苦手だ。切り捨てた可能性の気配が感じられるこの季節は、まるで成し得なかったあり得なかったたどり着けなかった正解を突きつけられているようで。私は無視できない。胸がどうしようもなく詰まり、正答の澱が巡りそれらは浄化されることはない。してはならない。何もかもは失敗でどんな時間も総て後悔に還るのに。彼がおしみなく手向ける愛をたった今胸で感じる。今流れるこの瞬間は、平穏そのものでささやかな歓びにみちみちているのに、
「そんなことはいい。きのうはよくも」
白いシーツに裸で横たわる、声が枯れた恋人。自分に誂えられた光景にツォンはひっそりと浮かれた気分になる。ルーファウスが朦朧としてうめく様。いつもよく通る凛としたその声が、起きぬけの今はしゃがれていた。
その理由は私が声をあげさせたから。その声を聞かせてほしいと頼むと、やや抵抗しつつも狭い腔内は私の人指し指と中指を迎えた。その人は私の指を噛まないように、上手に咥えてみせた。時折甘く食まれた感覚の記憶は、まだ鮮明に残っている。更なる性感をねだるとき、愛撫するように吸い上げる様は淫靡そのものだった。
胸にこみあげる愛おしさのままに、柔らかい金を手で梳く。眼前に下りた前髪を耳にかけてやると、一束の祝福がはらはらと頬に舞う。
「かわいらしかったですよ」
ふんと弱く鼻を鳴らしてルーファウスは再度目を閉じ、微睡みの余韻に身をまかせる。ツォンは上体を起こし、ベッドサイドに置いておいた水を口に少し含む。そのままツォンはルーファウスに覆いかぶさり、その口を近づけた。
「いやいや」
ツォンの意図を察したルーファウスの覚醒は加速する。恋人の驚愕をよそに、ツォンは頬を水で膨らませ、少し濡れた唇を困惑する人の頬に落とす。
ルーファウスはツォンの唐突な行動にそっぽを向き抵抗していた。昨日に引き続き、これ以上ツォンのいいようにされるのは癪だ。けれど、かわいらしく頬を膨らませたツォンが、珍しくいたずらっぽい表情でキスをねだる。いつだって整えられた黒髪は、今は無造作に流され乱れてねぐせがついていた。そのような無邪気な様に抗えようか。
ルーファウスは観念しその顔を正面に向け、そっと口を薄く開く。
ツォンが口角を上げて嬉しそうに唇が合わさるとゆっくりと少しずつぬるい水がルーファウスの咥内に入り込んでくる。ツォンはほんの少ししか唇を開かず、ゆるゆると流れ込む水がルーファウスの喉を次第に潤した。
親鳥と小鳥のように、口を通して咥内になまぬるい温度の水が移される。惜しむように渡される水分は喉を鳴らして少しずつ体に運ばれた。
ツォンは触れていたシーツをぎゅうと握りしめる。
私から渡される水を体に取り込むために、健気に揺れているだろう喉仏がきっとかわいらしくて、見えないそれに触れて確かめたい衝動に襲われた。しかし、噎せてしまうと可哀そうなので、ツォンはそれを想像に留める。
咥内の水を渡し終えたツォンが口を離すと、透明の糸が渡った。ツォンは仰向けのルーファウスをのぞき込み、その唇の端からこぼれる水滴を拭きとる。すっかりめざめたルーファウスは、恨みがましそうな声をあげた。
「おまえ......」
「もう起きましたか?」
「どうだか」
ツォンが笑みを深めたまま再度水を含もうとサイドテーブルに手を遣るが、ルーファウスはそれを制止する。むくりと起き上がったルーファウスはツォンに馬乗りになり、やや驚く彼を見下ろした。
「口開けてみろ」
言われた通りにツォンは口を開ける。ルーファウスも口を開け、その舌を伸ばした。桃色を伝って、垂れそうな澄んだ甘露。ツォンはルーファウスの意図を理解する。ツォンはわずかな距離を保ったまま、輝きを受け取るために舌をめいいっぱい伸ばした。
ぽたりぽたりと垂らされるその唾液をツォンは舌で感じた。自分の舌先の痙攣にツォンは気付かない。もたらされるその透明が全てであった。一滴一滴、舌に落とされ流れゆく液体を取り込むことができるのは私しかいない。自分の体内に溶けゆく甘美が惜しい。この人の存在を自分のものと重ね合わせその輪郭をぼかすような遊戯に、ツォンの鼓動は早まった。
浮世から隔絶された一瞬は永遠。伸ばした舌がそっと触れあったら、すりあわせて重ねあわせた。
距離を詰め密着する唇は、数時間前の彼よりも冷えていた。ツォンは貪られるままにゆるゆると自分を蹂躙する舌を味わう。私が知りえない幻覚に責め立てられたこの人を慰めて癒すように撫で上げ、互いの味蕾をさざめかせた。
あなたは相手の望む自分を鏡像する。その体の精神の奥深くまで触れても、鏡に映るのは結局自分であってそこにあなたはいない。
その鏡を取り去ってみせるに、私は及ばないのだろうか。あなたの全てを知りたいと願うことを、私は許されるのか。
堂々巡りの迷路はきっと出口を知らない。いつまでたっても底の知れないこの人から分け与えられる熱に、どうしようもなく浮かれ酔いしれている感覚。いつまでたっても離してくれないこの人の腕に、手絡めにされてその体温から逃れられない感覚。そんな心地をあなた以外の誰かによって感じる自分はとても想像できなくて。
そんなキスの最中に、ルーファウスはツォンの既に芯を持っている陰茎をぎゅうと握った。思わぬ刺激にツォンはびくんと体を震わせる。
「ちょっと」
そうツォンが抗議してもお構いなしにルーファウスは続ける。ふん、いい気味だ。陰茎を握るルーファウスはスライドするように手を動かし始める。
「昨日あんなにしたのに」
「生理現象ですから」
決して照れ隠しなどではなく、男性の朝に付随するただの生理現象だった。ツォンはルーファウスの手を退かそうとする。時間の限られた朝に中途半端に体に熱を籠らせるのは得策ではない。
ルーファウスはツォンの大腿に体重を預けたまま、陰茎を扱いつづける。ツォンは阻止するように、動き続けるルーファウスの手首を掴む。ルーファウスはつまらなそうに、ツォンの中心をぎゅうとしっかりと握りしめる。
「私のせいではなくて?」
「そうでもあります」
ルーファウスはツォンの回答にやや満足し亀頭をいじると、ツォンの欲は硬さを増す。ツォンの有り余る精力が示唆されて、ルーファウスの胎が疼いた。
ツォンはルーファウスの手首から手を離した。ルーファウスは彼は観念したかと思いきや、突如左胸のかざりに刺激が走った。ツォンの親指と人さし指が突起をすりつぶしていた。想定外の性感に思わずあられもない声がもれる。
「ちょっと」
「じゃあやめてください」
そのままツォンは色素の薄い乳首を弄り続ける。優しく掻いたあとに、乳輪への刺激を焦らすように、その周囲をなでまわされる。胸全体を揉まれたりしていると、ルーファウスの中心に熱が集まる。
ルーファウスは燻る熱を高めるために、細腰を太腿の上でくねらせ陰茎をツォンの腹にこすりつける。
「やめますか?」
ツォンはそう言いつつも、ルーファウスを責める手管を止める兆しはなかった。
部屋の空気が熱をはらみ始め、二人は昨夜の続きを始める。体をめぐり蓄積する熱は、シーツの上で誤魔化せないほどに高みに昇り始める。
ルーファウスが胸で性感を拾えるようにその体を変えたのは、ツォンの度重なる愛撫によるものであった。ルーファウスも最初はただくすぐったいだけであったが、共寝のたびにツォンがしつこく愛撫を施すことにより紛れもない性感帯に変化していったのだ。今のルーファウスはシャツに擦れるだけで甘い痺れが走るほどに淫らに「開発」されてしまった。
自分の太腿の上で細腰は悩まし気に揺れていた。私がいたずらに乳首をひねっただけで腰をくねらせるその人の姿は、まさに淫靡そのものであった。
恍惚とした表情でこちらを見つめるルーファウスに、ツォンは下衆な笑みを隠すのに苦労する。この貴き人が自分の手で乱れている様以上に、私は甘美な光景を知らない。
「胸だけで」
「誰のせいだ」
そう言うルーファウスは胸で拾う性感に苛まれ、ツォンを追い立てる手の動きが疎かになりつつあった。この胸の内側でじんじんと籠る熱を抱えるような感覚より、骨まで溶かすように強烈で忘我の気配を感じられる責め句を私は知っている。
ツォンは飽きずに桃色の飾りを転がし続ける。先程までルーファウスはツォンの手を避けて身をくねらせていたのに、今は徐々に胸を押し付けるように愛撫を請う。自身を支えるためにぎゅうと片手で握られたシーツの皺が彼が感じる性感のもどかしさを表していた。ツォンの腹に押し付けられた陰茎は勃ち上がっていた。
「ツォン、舐めて」
「どこを?」
調子に乗るなと言わんばかりに陰茎を強く握られる。ツォンはいだだだと言って謝りつつ、彼を自分の隣に座るように促し自分はその隣に上体をやや緩く起こして寝そべった。
導かれた体位からツォンの意図を察したルーファウスは、にやりと口角を上げる。どうやら胸を吸いながらペニスをしごかれたいという要望だ。そんな赤ん坊じみたプレイにルーファウスも興味と高揚を隠すことはしなかった。
「ほら」
そう言ってルーファウスが体勢を変えた上で再度胸を差し出すと、ツォンは嬉しそうに吸いついた。ちゅうちゅうと片方の乳首を舌で転がす一方で、舌が届かないもう片方の乳首には触れずに焦らすように乳輪の周囲を撫でまわす。ルーファウスは手を伸ばして、ツォンのすっかり育った陰茎を射精に促すようにしごきあげる。
ツォンが思っていた通り、変態じみた遊びをルーファウスが拒むことはなかった。静かな部屋に、漏れるカウパーと白い手が絡む音と唇で淡い乳首を食む音が響いた。
赤ん坊のように乳をしゃぶっているのに、みだらな行為に耽っている。このひどく倒錯した光景に、熱に浮かされたような心地が、起き抜けのツォンの頭にじわじわと広がる。
後光のように朝日につつまれた神々しい裸体を惜しみなく晒しつつ、快楽に歪む表情と熱を求めてけぶる青がひどくアンバランスであった。聖母のような慈愛を放つのに、娼婦のように淫蕩に悦楽を求める私の恋人。ツォンは到底この時間に見合わない情念に支配される。<>ような、濃密で重い酔いのような感覚。目が、離せない。
ツォンは形容しがたい情動に篭絡されるままにルーファウスの胸にすがりつき、夢中で乳房にむしゃぶりついた。
ルーファウスは愛する男が自分の胸に吸いついている様を潤む目で見ていた。昨晩も胸は散々弄られたが、朝日の中が差し込む部屋の中ではっきりとした視界をもって眺めるツォンが己の胸に執着する姿は、格別であった。目に見える形で差し出されるツォンの執着がルーファウスの胸を満たす。
彼は私を依存させ従属させたがるくせに、傅いて従属したがる。セックスの序盤はやたら脚にまとわりついて、時には足の甲にキスを落とし指の間さえも舐めとる。そんな姿に心が掴まれている私も手遅れなほど、相当この男にまいってしまってる
徐々にエスカレートしていく性感は、より直接的な刺激を渇望させる。ルーファウスの腰はその意思に反し、再度くねり始める。すっかり硬く張りつめたペニスからこぼれるカウパーがツォンの腹を伝った。
「ツォン、もう」
ツォンは先程から主張するルーファウスの陰茎にそっと触れる。張りつめた亀頭を刺激して、昨晩のように色めいた声を、もう一度聞きたい。
ツォンが育った陰茎を軽くスライドすると熱に浮かされたようにその頬が紅潮し始める。ツォンがその亀頭を指頭でなぞると、ルーファウスの背がしなり、ツォンの口から乳首がこぼれた。そのままツォンは上体を起こし、ルーファウスを組み敷く。
ルーファウスの後孔に手を遣ると、昨晩散々抽送したためそこは既に緩かった。ツォンはローションとともに指を差し込み、広げる。
くちくちと、指でかき混ぜる音。更なる性感を期待して高まる二人の体温。互いの意思を伝えるように、絡め重ねる視線。この時間にあまりに不釣り合い。しかし、数分後あるいは十数分後に待ち受ける快感をいつ来るかわからない夜まで先延ばしにするという選択肢を、二人は持ち合わせていなかった。
ルーファウスはツォンの首に手を回し、催促する。
「もういいから」
ツォンは自身に手を遣り、ゆっくりと挿入する。ぬぷぬぷとツォンの陰茎はルーファウスのアヌスに難なく飲み込まれていった。
「っつう...イイ...」
ツォンが腰を艶めかしくこねるように揺らすと、ルーファウスから声が漏れる。
やはり明るい中で間近で感じるこのひとの色香は、毒のように濃密であった。ツォンは数時間前には散々放出したのに、猛る下半身を抑えることは難しかった。弱いところをかすめただけでもっとと舌足らずに自分を求める様にツォンの情欲が一気に掻き立てられる。
ツォンはストロークを中断して、自身を奥にぐいと押しこむ。眼前の白く細い首に顔を埋め、匂いを吸い込む。寝汗を探るように息を深くすると、本当に変態のようで興奮を招く。ツォンは渦巻く熱のまま舌で皮膚を食んで内出血を残した。あの襟が立ち上がったジャケットを着れば、その痕はあまり目立たないであろう。
「ツォン、もうそろそろ」
「もうちょっと」
そう言ってツォンは抽送を再開した。
ルーファウスはがくがくと揺らされながら考える。ツォンを責め立て、その性感をもたらしているのはまぎれもなく自分であるという事実に、ルーファウスのは高揚し充足する。
ありもしない幻想を振り向くなんて、私らしくない逡巡だった。起きている時に見る夢ほど、この両目が灼けてしまうほど眩く、際限なく胸躍らされるものはないのに。そう思わせてくれる私の男はこの夢は、きっと
「うん?何かおっしゃいました?」
「......いいや」
ミッドガルがあわただしく目覚め始めるまであと少し。二人の男の朝寝はまだ始まったばかり。