外に出れば冷たい風が頬をなでる。今日はいつもより寒くて、空気がとても澄んでいる。空気が澄んでいるおかげで上を見れば月がいつにもまして綺麗に見えた。
「う~…さみ~…なんで、こんなくそさみい夜にわざわざパトロールに出なきゃなんだよ」
「いつサブスタンスが出るか分からない上に、最近は物騒な話もよく聞く。夜だろうと寒かろうとパトロールをしない理由にはならない」
「へ~へ~わかりましたよっと」
横にいる愚痴を吐いた主に注意する。そう言いたい気持ちが分からないでもない、それほどまでに今日は寒い。しかし、だからと言ってパトロールをやらなくても言いわけではない、怠ろうとするならば見逃せない。とはいえ、本人も頭では分かっていることだ。さらに、俺の前ならばそうそうサボろうとは思わないだろう。寒さにかじかみそうに手に息を吐きかける。吐く息が白い。横では白い息を吐く代わりに白い煙を吐いて月を見上げている。隣でたばこを吸っているやつにつられて月を見る。今日の月は本当に綺麗だ。
「月が綺麗だな」
まるで俺の心の声を読んだかのように隣で、普段ならば言わないようなことを口にする。その言葉にふと日本での「好き」を伝える言い回しを思い出す。日本には、ある文豪が自身の教え子に「I love you.」を日本人の言い方にするならば「月が綺麗ですね」と訳すように指摘したという逸話があるらしい。日本人らしい奥ゆかしい表現だと思う。この時の返しは何だったか、複数あった気がすると考えを巡らす。確か、
「死んでもいい」
思いついた言葉が口をついて出た。視界の端に映っていた澄ました顔が途端に驚いた顔に変わる、手に持っていたたばこを落としかけている。
「は?いや、何言ってんだよブラッド」
その声に隣を向く。その声からも表情からも焦っている様子が伝わる。突拍子もないことを突然言われて、その内容も死んでもいいなんて言われたら誰だって焦るだろう。自分のことに焦っている様子にほんの少し嬉しくなる。その焦りのまま、何かを感じたのか手を捕まれる。
「まだ、死ぬなよ…ブラッド…」
ぼそりとつぶやかれた思いもしない言葉に思わずドキリとする。月にあてられたのか普段よりも気分が高まっている中では、その言葉にも喜ばずにはいられない。いつならなんでもない、気づかないふりをしていたはずの隠れていた恋心が顔を出してくる。ふるふると首をふる。
「いや、何でもない。気にするな」
ふっと笑いながら返事をする。キースは本当に何がなんだかわからないといった様子だ。ただ一言なんだよともらす。それから、たばこをくわえてまた月を見上げる。今日の月はいつまでも見たくなるような魅力をもっているようだ。何を考えているのか、その表情からはうかがうことはできない。頭の片隅に自分の事を考えていたらとらしくないことを思う。きっと今日の自分は月に当てられているんだ。
しかし、キースが戸惑うのも仕方がないだろう。自分の知らないうちに告白をして、知らないうちにその告白にYesの返事を返しているのだから。まあ、全て自分勝手に言葉の意味を取っているわけだが。そのうち、この言葉の意味を教えてもいいかもしれない。だが、お前はこの事なんてその頃には忘れているんだろうな。それでもいい。ただの自己満足だが、この告白と返事に思い上がっているんだ。いつの日かこの気持ちを伝えられたらいいんだがな。
微かな恋心と考えを白い息にして吐き出す。吐き出した息は、綺麗な月と澄んだ空に溶けていった。