何でもない日カーテンの隙間から漏れる陽が顔を照らす。その温かさとまぶしさが意識を覚醒へと持っていく。今日はオフだから、とまだ寝ていたいと訴えている身体と、そろそろ起きても良いんじゃないかと提案する理性の狭間で揺れる。
腕の中には心地良い温かさと質量がある。すうすうと穏やかな寝息をたてている。のぞき込めば、その顔には昨日の情事の色がまだ少し残る。目元はほんのり赤に色づいていた。掛けていたブランケットを少しめくってみれば、シャツから覗く鎖骨の周りにはいくつも紅い痕が残されている。無理をさせてしまったな、とありありと昨夜のあれこれが浮かび上がる。このままだと、また元気になってしまいそうだ、と思考を無理矢理シャットアウトする。とりあえず、今の時間を確認しようと、片手でスマホを探す。いつもは枕元に置いてあるはずのスマホが、今日はサイドテーブルに2つ。そのうちの1つ、自分の方のスマホを取って、電源ボタンを軽く押す。反応はなし。電源切れを疑った、が昨夜せっかく重なった貴重なオフを急な連絡に邪魔されたくない、と自分とブラッドのスマホの電源を自ら切ったことを思い出す。呼び出しなんて知るものか。ブラッドがいなくても他にも優秀なやつがいる、無理にでも休ませるくらいが丁度良い。結局は疲れさせてしまって元も子もないが。電源を切るほどに昨日の自分がいかに必死だったかが伝わってきてこっぱずかしくなる。電源ボタンを長押しする。手に起動を伝える振動が伝わってきて、鮮やかに画面を彩りながら携帯が起動していく。その様子をぼんやりと眺める。一瞬画面が暗くなって、パッと次に画面が点くと、ウエストセクターの4人が映った待ち受け画面が現れる。この前、酔ったときにジュニアにスマホを取られ、ディノが4人で写真を撮ろうと言い出して、そのままフェイスに待ち受けを変えられた。その写真上部に表示されている時刻は10時を過ぎていた。一瞬迷って、起きることにする。ゆっくりと、腕に収まっていたブラッドを起さないようベッドから抜け出す。
「んん…」
一瞬、ブラッドが身じろいで焦った。元々がショートスリーパーだから、ちょっとしたことで簡単に起きてしまう。やっぱり、疲れさせるぐらいが丁度良い。起きるかと心配したが杞憂に終わる。起きないのを良いことに、ベッドの側にしゃがみ込んで、まだ固められていない、ふわりとした髪の毛を梳いて、頭をなでる。まだ、起きない。やっぱり昨日はやり過ぎだった、と少し反省する。なでて、目元に軽いキスを落とす。朝から温かい気持ちに満ちて満足した。そのまま立って、部屋を出て、階下に行く。おいしいご飯を作ってやろう。
朝ご飯…といっても昼飯に近い、洒落てブランチと考えておく。メニューにさほど関係ないこと、言ってしまえばどうでも良いことを、顔を洗いながら考える。休日でもしゃんとするブラッドは、いつも寝間着のままでいるなと小言を言う。そのおかげで、朝起きたら着替える癖がついた。今日も同様、小言を飛ばされないよう着替える。それからキッチンに向かう。冷蔵庫を確認する。いつもは空っぽ、あっても酒しかない冷蔵庫に、今日は食材がそこそこ詰まってる。オフだから、とオレの手料理を食べたいと言ったわがままを聞いてやるため。冷蔵庫からいくつかの食材を取り出して、早速調理を始める。こういうとき、何を作るか迷って、結局いつも同じメニューになる。前まではレシピを見たりもしていたが、何回も作っているウチに覚えてしまった。ボウルに卵、牛乳、砂糖、サラダ油を記憶にある分量分入れて混ぜていく。それから、別のボウルに小麦粉にベーキングパウダーを入れて、ホイッパーで混ぜる。面倒くさいと思う一方で、おいしそうに食べてくれると思うと丁寧にやろうと思える。それから、ボウルの中身を一つにしてさらに混ぜる。丁度いいくらいの粘度になってきたところで、コンロにフライパンを乗せて火をつける。温まってきたところに油を引いて、生地をながしてやる。高いところから流した方が綺麗な丸になりやすい。パンケーキはひとまずこのまま、サラダにとりかかる。サラダ、と言ってもレタスをちぎって、きゅうりを薄くスライス、それからミニトマトを乗せただけのもの。サラダを作りつつ、ぷくぷくとひっくり返す合図を確認してひっくり返す。良い感じの焼き色になれば、フライパンから取って皿に乗せてやる。そして、空いたフライパンに次の生地を流し込む。また、ぷくぷくとしだすのを待ってサラダを盛り付ける。そういえば、とコーン缶があったことを思い出す。サラダにコーンも盛り付けていつもとちょっと違う感じに。味付けは申し訳程度に塩をふる。これでサラダは完成。パンケーキも計4枚、我ながら綺麗に焼けた。空いたフライパンにもう一度油をひいて、今度は卵とベーコンを焼く。じゅうじゅうと音をたてる。それから、背後からも足音が聞こえる。
「おはよう、キース」
「ああ、おはようさん、ブラッド」
背中によりかかかって、顔を肩に乗せながら、そのまま腹に腕を巻き付けてくる。普段のこいつからは想像のつかない甘えっぷり、他のみんなが見たら驚くだろうな。誰にも見せる気はないが。声が少しかすれている。服はオーバーサイズのシャツを着ているだけ、とても目に悪い。
「おいしそうだな」
声の様子からして、起きたばっかり、まだしっかり覚醒していないことが分かる。片手で、頭をなでてやる。
「もうすぐ出来るから、顔洗って着替えてこい」
「うん…」
ぐりぐりと肩に頭を押しつけて、それから名残惜しそうに離れていく。あ~かわいい。オレの恋人が今日もかわいい。オフの日だけの特別な姿、優越感がすごい。頭はそんなことを考えながら、焼けた目玉焼きとベーコンも皿に移していく。フォークやできあがったものたちをテーブルに並べていく。最後に冷蔵庫からヨーグルトを取り出して、テーブルに置く。タイミングを見計らったように着替えたブラッドが部屋に入ってくる。これまた、普段かっちりした服を着るブラッドにしては珍しいパーカー姿。前までは着ていなかったが、オレがブラッドに一度貸してから着るようになったことをオレは知っている。
「飲み物は?」
「後から自分で入れるから大丈夫だ」
言って、ブラッドはイスに座る。大分いつものブラッドに戻ってきた。多分顔を洗ったから気持ちが切り替わったんだろう。ほんの少しもったいないような気持ちはこっそり飲み込む。オレもブラッドに向かい合うようイスに座る。
「いただきます」
律儀に手を合わせて、日本で食前に言うという言葉を口にしてから料理を食べ始めた。オレはその様子を見守る。
「うまいな」
顔をほころばせる。その顔を見れただけで作ったかいがあったと思える。幸せとは多分こういうことを言うんだと思う。オレも自分の目の前に並ぶ料理を食べる。しばらくは無言で、お互いに食事を進める。
「そういえば、今日は何して過ごすんだ?つっても、もう半日終わっちまったけどな」
「そうだな…」
料理を口に運んでいた手を止める。本人としてはもう少し早く起きているつもりだったんだと思う。
「ゆっくり映画でも見よう。面白そうな作品をいくつか教えてもらったんだ」
「はいよ」
また、お互い無言で食べ続ける。ブラッドはおいしそうに、幸せそうに食べる。普段のポーカーフェイスも今みたいにわかりやすければなと思わないこともない。けど、こうやって普段食事をおろそかにしてしまう男が幸せそうに食べるのを知っているのはオレだけでいいとも思う。
「ごちそうさま」
一足先にブラッドが食事を終える。また律儀に手を合わせて、日本で食後にするというあいさつをする。ブラッドが食器をまとめてキッチンに持って行く。オレは残り少ないサラダを急いでかき込んで、まとめた食器を持って行く。ブラッドは、コーヒーを入れる準備をしていた。
さっきの食器はシンクの中に。
「お前もコーヒーを飲むか?」
「ん~、オレは酒でも飲もうかな~」
「…昼間から飲酒か?」
その声にはほんのり怒りの色がにじんでいる。
「ハハッ、冗談だよ。今から飲んでちゃ晩飯にお前の食いたい和食作ってやれねえだろ」
「っ…ありがとうキース…」
何かもっと言ってやりたそうな顔をしている。その顔が愛おしくてあいてる手で頭をなでる。
「おい、やめろっ」
「いいだろ、減るもんじゃねえし」
「そういうことじゃない!」
ブラッドに腕をどかされる。恥ずかしいんだろうな~とにやにやした表情をかえす。ブラッドはキッとこちらをにらみつける。ここら辺でおとなしく撤退する。
「まあ、飲み物はいいよ、別の飲むから。食器洗うから、ブラッドはコーヒー入れたら映画見る準備してくれよ」
「ああ、わかったありがとうキース」
「はいはい」
蛇口を回して水を出して、汚れを簡単に落とす。それからスポンジに泡をつけて1つ1つ洗っていく。横にあるコーヒーメーカーはコーヒーを少しずつ抽出している。ブラッドはできあがったコーヒーをカップに淹れて、その場を離れていった。一通り洗い終わったオレは、泡を流して、洗い終わった食器を拭いて、しまう。冷蔵庫からジンジャーエールを取り出しつつ、改めて冷蔵庫の中を確認する。普段よりも食材のそろっている中から晩ご飯のメニューを考える。大体の目星を決めてから冷蔵庫を閉める。
ブラッドはソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。テレビの画面には、映画選択画面が映し出されている。
「おつかれ、キース」
「おう、ありがと」
オレが近づいてきたのに気づいたブラッドに労いの言葉をかけられる。ブラッドの隣に座って、それからこちらに視線を投げかけてきていたブラッドにそのままキスをする。口の中にほんのりコーヒーの苦みが広がる。一瞬の触れるだけのキスをして離れると、ブラッドは驚いていた顔をしていたが、すぐに怒ったような顔をする。
「いきなり何をする!」
「別に、キスをするのに理由なんていらないだろ」
ホントはキスするの好きなくせに。それでも、不意打ちのようなキスには慣れないようで、ほんのり頬が色づいている。
「で?映画は何を見るんだよブラッド」
ブラッドは諦めたようにため息をはいて、テーブルに置いてあるタブレットに手を伸ばす。いい加減、不意打ちのキスになれて欲しいけど、初々しい反応が見れないのは、それはそれで悲しい。
「ディノやアキラたちがおすすめの映画をいくつか教えてくれてな」
言いながら渡してきたタブレットにはテレビと同様の選択画面が移されている。改めて画面の映画タイトルを見れば、名前を聞いたことがあるものからないものまで、ジャンルも幅広い。
「これ全部見るのか?」
「そんなわけないだろう、この中から気になるものを1つか2つ見るだけだ、キース、お前は見たい物はあるか?」
そう言われましても、映画にはさほど興味がないもので、名前を聞いたことがあっても、たいして内容は知らない。だから、
「ブラッドが見たいやつでいいよ」
そう言って、タブレットを返す。オレが何でも良いって言うのを知って毎回聞いてくれるんだから、他人思いの律儀なやつだ。
「そうか、では、日本の映画で気になっていたものがあったんだ、グレイが教えてくれたラブコメディなんだが」
「おお、これはまた珍しい名前だな」
「前に、ディノにおすすめの映画を聞いているときに、グレイがそこを通りかかってな。その時にグレイからもおすすめの映画を教えてもらったんだ」
「へえ~、そうかよ」
嬉しそうな顔をして、よっぽどその映画が楽しみだったらしい。ブラッドがグレイから聞いた話によれば、もとは日本の映画が原作で、それを実写映画にしたものらしい。1つの高校を舞台に、生徒会の会長と副会長が恋のかけひきをしていくという話。
「まあ、それでいいんじゃねえの、おもしろそうだし」
「じゃあ、早速再生するぞ」
言うが早いか、押すが早いか、テレビは一瞬暗くなって、次の瞬間には制作会社の示す映像が流れる。それから本編になったと思えば、早速主人公となるであろう2人が映し出される。普通そうだなと一瞬思った自分の考えをすぐさま否定する。お互い自分を譲らないといった感じで、面白い脳内劇を繰り広げている。実際にいたら、めんどくさそうなやつだなとは正直思う。ちらりとブラッドを見れば、面白いと言うよりも興味深いといった感じの表情で、悪い影響を受けなければいいんだけど、と少し不安になる。告ったら負け、告らせれば勝ちという独特なルールで繰り広げられる勝負。その勝負を繰り広げるヒロインに既視感を感じた。成績優秀、スポーツも出来て、いわゆる美人。しっかりしているのに恋愛になるとてんでダメ、どころかアホっぽいところまである。なんだろうこの既視感は、身近に似たやつがいる気がする。既視感の答えは、すぐそこで、ヒロイン役の女性というかキャラというかがブラッドに似ている。というか、今画面の中で繰り広げられている状況に覚えがある。
オレは昔からブラッドが好きだった。具体的にいつからとかは覚えてないけど、気づいたら好きだった。それに気づけなかった、気づこうとしなかったオレは、ブラッドの代換品みたいな感じで何人かの女と付き合った。ディノ曰く、毎回ブラッドみたいな女だったらしい。多分、本能的にブラッドみたいな人間を選んでいた。その頃のオレは、周りからすればブラッドを好きなのが明白らしく、それなのになぜ他の女と付き合うのか、とブラッドと付き合った後ディノ言われた。その頃、ブラッドからしてもオレはブラッドの事が好きだと気づいていて、ブラッドの方もオレのことが好きだったらしい。オレが言えた義理ではないが、どうして言ってくれなかったと聞けば、自分の代わりの女と付き合うやつに告白するのが癪だと言われた。返す言葉もない。ブラッドは、いつになるかも分からない告白を待って、自分から気持ちを絶対に伝えないつもりでいた。理由は違えど画面の中と状況は似ている。まあ、なんだかんだあったが、結局は晴れてお付き合いさせてもらっている。
そんなことを思いだして思わず笑いがもれる。ブラッドに似ているななんて思いながら見ていたらテレビに映るヒロインがブラッドに見えてきた。自分でも単純だなと思う。最初と映画を見る目が変わってしまったが、これはこれで楽しめている。ラブコメディの物語、男と女がやりとりする場面が多い。あくまで、自分が勝手にヒロインがブラッドみたいだと思っているだけなのに、男の方と仲良くしている様子に、もやっとした感情を持つ。自分の想像力はなんともたくましいことで、もはやあきれてしまう。映画はあっという間にエンドロール。自分なりには、人には言えないが十分に楽しめた。ブラッドの方を見れば、予想外に不満そうな顔。
「どうした?面白くなかったか?」
「いや、映画は面白かった」
ブラッドはこちらを向いてもくれない。どうやらオレが気づかぬ間にブラッドの機嫌を損ねてしまったらしい。しかし、自分の頭の中のことは置いておいて、ただ映画を見ていただけでどうやって機嫌を損ねたんだろうか。残念ながら思い当たる節はない。
「どうしたんだよ、ブラッド」
返事はない。拗ねたような態度。
「言ってくれねえとわかんねえよブラッド」
ほんの少しの間があいて、ブラッドは口を開いた。
「…だから…」
その声は小さく聞き取りにくい。
「ん?もうちょっと大きい声で言ってくれ」
「…だから!お前が、映画の女性に釘付けになっていたから…!やっぱり、女性の方が良いんじゃないかと、思って、」
こっちを向いて、最初大きく出した声は尻すぼみになっていた。映画を見て笑みをこぼしているのを、女優が気になると勘違いして嫉妬して、かわいいなんて言えば多分怒られる。ホントはずっとブラッドのことを考えていたなんて知らないんだろう。どこまでいっても、どんなに好きと言っても、ブラッドはオレに愛されているという自信を持ってくれない。元凶は自分だけど。だから、行動で自分の愛を示す。
こっちを向いたブラッドの身体を抱き寄せる。少し強めに抱きしめる。
「んっ」
ブラッドは、強く抱きしめられた苦しさに息をもらす。
「おい、キース、はなせ」
「嫌だね」
力を込めていた腕を緩める。けれど、離してやらない。
「ったく、オレがブラッドを好きだって、お前が一番よく知ってるだろ」
ブラッドの返事はない。
「…映画の中の女の方の設定が、アカデミーの頃のお前に似ているなってちょっと思ってただけだよ」
「…そうか…」
「ずっとお前のこと考えてたんだよ」
「……そ…うか…」
耳が赤にほんのり色づいている。照れている。かわいい。
「ブラッド、顔見せろ」
胸に顔をうずめる形になっていたブラッドは、ふるふると顔を左右に振る。
「ブラッド」
もう一度、優しい声音で声をかければ、今度はゆっくり顔を上げてくれた。頬も朱に色づいている。視線はどこに向ければいいかわからないって感じでさ迷わせる。
「ブラッド」
もう一度呼ぶ、今度は視線を合わせてくれる。その目に吸い込まれるようにキスをする。長く、浅く。つらくなる前に、そっと離れる。ブラッドは恥ずかしい感情が勝ったのか、もう一度顔を胸にうずめて、ぐりぐりと頭をこすりつけてくる。オレはその頭を優しくなでる。少しの間そのまま。数分経って、お互いに離れる。
「お前はいい加減、オレに愛されてる自信を持て」
「元はと言えば、お前のせいだ」
そう言われてはなにも返せない。
「…悪かったよ、お詫びにうまいもん作るからさ」
「…今日だけか?」
「これからもお前が望むときに?」
「いいだろう」
お許しをもらえた。さらりとプロポーズみたいになってしまっているような気がするが、この際気づかなかったことにする。
時間を見ればちょうごいいくらい。今日のメニューは少々時間がかかる。
「今日は何を作るんだ?」
「今日は唐揚げを作るよ、前に上手いって言ってだろ?」
「唐揚げ…」
嬉しそうな様子がにじんでいる。ブラッドの好みに合わせて味をつけた唐揚げは前回大評判で、また食べたいと言っていた。
「俺も何か手伝おう」
「じゃあ、米炊く準備してくれ」
「わかった」
2人でキッチンに並ぶ。ブラッドはわくわく、なんて効果音が似合いそうな様子だ。よほど唐揚げが嬉しいとみた。こんなに喜んでもらえるなら嬉しい限りだ。ブラッドに米とぎなどなどを任せ、俺は鶏肉を切っていく。切った鶏肉を袋に入れ、醤油、酒、おろししょうがなどと調味料を入れていく。よく揉み込んで、しばらく置いておく、スマホでタイマーをセットしておく。その間に、スープの準備をする。
「キース、他にできることはあるか?」
炊飯器の前からブラッドが寄ってくる。米の方は、もう炊けるのを待つだけ。
「ん~、じゃあ鍋に適当に水入れて、火にかけてくれ」
「わかった」
オレは冷蔵庫から卵を出して割って、溶く。ブラッドが水をくんだ鍋を確認する。
「ふはっ、水多いじゃねえか」
「適当と言ったのは貴様だろ」
「そうだけど、2人分のスープを作る量じゃないだろ、これは」
「…確かにそうだな…」
水の量を減らして、改めて鍋を火に掛ける。
「次はどうしたらいい」
「冷蔵庫にある、カニカマだっけか?それを割いて何かに入れといて」
「わかった」
誰かに料理を作ってやる喜びも、誰かと料理をする楽しみもブラッドに教えてもらった。ブラッドは器用そうに見えて、案外料理が出来なかったりする。
「飲み物はどうする?」
「明日は出かけるんだろう?」
「そうだけど、一杯ぐらいならいいだろ」
「じゃあ、サングリアをもらおう、新しく作ったと言ってただろう」
「はいよ」
鍋に入れてた水が湧いた。そこに春雨とカニカマとかいうやつを入れる。
「ブラッド鍋の火加減見といて」
「わかった」
鍋をブラッドに任せ、唐揚げに取りかかる。片栗粉と小麦粉を混ぜて衣の準備をする。タイマーを確認すれば残り時間は少ない。ブラッドの隣に唐揚げを揚げるための鍋を用意する。火にかけて、油が温まるのを待つ。コンロが、準備が出来たと伝えるのとほぼ同時にタイマーも鳴る。鶏肉を袋から出して、衣を纏わせて油にドンドン入れていく。ジュウジュウと音をたてる。
「ブラッド」
「なんだ?」
「唐揚げ、あげてくれ」
「俺に出来るのか?」
「油はねに気をつければ大丈夫だよ、そこの衣につけてから油に入れて、茶色くなったら取り出して、そこのバットに入れて」
「やってみる」
持っていた箸と袋を渡す。ブラッドと入れ替わって、スープの仕上げをする。鶏ガラスープの素という調味料と塩を入れて、味を調える。それから、溶いておいた卵を流し入れる。箸でゆるく混ぜれば完成。ブラッドに任せた唐揚げもあと少しで、いったん全部揚げ終わりそうだ。その間につけ合わせのキャベツを切って、皿に盛る。そこにミニトマトも添える。
「キース、一通り揚げたぞ」
「おう、ありがとブラッド」
ピーッと炊飯器が米を炊き終えた合図がなる。
「ブラッド、ご飯を茶碗によそってくれ」
「ああ」
その間に、唐揚げをもう一度揚げる。そうするとよりサクサクになるらしい。前に作るときに参考にしたサイトに書いてあった。油の温度を上げ、今度はきつね色になるまで揚げる。
「キース、スープも取り分けるか?」
「ああ、頼む」
出来たやつを再びバットに置く。あともう少し。
「キース、米とスープは先にテーブルに置いておいた」
「あいよ、ブラッド出来た唐揚げ先に1個食うか?」
「いいのか?」
ブラッドの瞳が、欲しいものを与えられた子どものように輝く。
「ダメなら、言わねーだろ、ほら口開けろ、あーんだあーん」
「あ…あーん」
最初のほうに揚げた唐揚げを口に入れてやる。まだ少し熱いと思うが、当のブラッドは大丈夫そう。行儀良く口に者を入れた状態ではしゃべらない。もぐもぐとよく噛んでいる。
「うまい…やっぱりキースの料理はうまいな」
「お褒めに預かり光栄です」
丁寧ぶって返事をする。そんなに嬉しそうに食ってくれるからいろんな料理を作ってやりたくなる。
「ブラッド、あと少しだから先にあっちで待ってろよ」
「わかった」
ブラッドは素直にテーブルの方に行く。残り数個の唐揚げを油の中に入れる。できあがった方は、バットから皿に盛り付けていく。そして、できあがった皿をテーブルの方に持って行く。
「はい、できたぞ」
コトッとテーブルに置く。
「はやく食べようキース」
「はいはいちょっと待ってな」
ブラッドとの約束通り作っておいたサングリアとグラスを持ってくる。それをグラスに注いで改めて食べる準備は万端。オレが座るのを待ってブラッドは手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまーす」
ブラッドに倣ってオレも手を合わせる。ブラッドと一緒にいるうちに使い慣れた箸を使って唐揚げを食べる。ビールが恋しくなる味。つまりうまい。ブラッドの好みの味付け、と言っても結局はレシピを少しアレンジしただけだから、結局はレシピ様様だ。
「スープもうまいな」
「そりゃよかった」
言われて、オレもスープを飲む。あまり使ったことのない調味料だが上手く出来ている。コンソメを使うが迷ったがこれでよかったかもしれない。卵あったし。
「サングリアもうまい」
「うまいばっかだな」
「…俺は素直に思ったことを言っているだけだ」
「わかってるよ、ありがと」
会話もそこそこに箸が進む。うまい飯、うまい酒、側にはブラッド。もうこれ以上言うことなし。あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさま」
「ごちそーさん」
しっかり手を合わせて食後のあいさつ。ブラッドの真似をする。
「片付けも手伝おう」
「えっ、いーよ別にいつもやってないだろ」
「いつもは仕事を優先していただけだ」
「じゃー、洗ったやつ拭いてってくれ」
キッチンに並んで立つ。この感じ、どこかで見たことがある。記憶を探れば出てきたのは、ディノがいつものテレビショッピングを見ようとしていたときのこと。テレビショッピングはまだ始まっていなくて、代わりにドラマが流れていた。新婚らしい2人がキッチンに並んで、ちょうど今のオレたちみたいに分担をして片付けをしているという場面。「まるで新婚さんだね」「新婚さんだろ」って何が面白いのか、そんなやりとりをしていた。それを思えば、今のオレたちもまるで新婚さんってことになるのかとぼんやりと思う。
「おい、手が止まっているぞ、それになぜそんなにだらしない顔をしている…何を考えている…?」
知らぬ間に顔がにやけていたらしい。というか思考まで読み取られていそうだ。
「いや~、まるで新婚さんみてーだなって」
「…何を言っているんだ…?」
「冗談だよじょーだん」
「俺たちは結婚していないだろ?」
「え?そこ?」
雑談をしながら、食器を全て洗い終える。後片付け、というかそもそも片付けがめんどくさいが、一緒にやるやつがいると苦じゃなくなる。不思議なことで、これからはたまにブラッドに手伝ってもらおう。
「キース、風呂に入るぞ」
いつの間に準備していたのか、すでに入れる状態らしい。
「どーぞ、先に入ってくれ」
「?なんでだ?」
「へ?」
予想外の返事にまぬけな声が出る。今変なことを言ったか?どちらかというとブラッドの返事の方が変だ。
「一緒に入ろうと思ったんだが」
いっしょにはいろうとおもったんだが…?
「どういう心境の変化?え?もしかして結構酔ってる?」
「…単に一緒に入りたいから誘っただけなんだが、入りたくないなら別にいい、先に1人で入る」
「ま、待てって,オレも一緒に入る」
「着替えを持って来い、先に入ってる」
すでに準備万端なブラッドは風呂場に行ってしまった。オレも後を追うように急いで着替えを持って行く。風呂に入る前に服を脱ぐ。脱いでいるうちにシャワーの音が止まった。風呂場のドアを開ければブラッドはすでに湯船に浸かっている。シャワーで身体とかを洗う。それから、湯船に入ろうと、ブラッドに場所を空けるようジェスチャーで訴える。ブラッドの背中側に空間を作る。おとなしくそこに入れば、ブラッドが寄りかかってきた。髪からは雫が落ちて、オレの身体に落ちる。同じものを使ってるはずなのに、ブラッドからはオレとは違う良い匂いがする。ふれあう肌は柔らかい。ブラッドから感じる1つ1つの要素がオレを虜にする。これは、やばい。
「ブラッド、オレもう上がるわ」
「早くないか?」
「いや、いつもはシャワーだけだからこれくらいでいい」
「そうか、俺はもう少ししたら上がる」
「じゃあ、先にベッドに行ってるわ」
「わかった」
バタンと風呂場からでる。頭の中に残るブラッドの感触や香りをどうにかして消そうとしても消えない。もんもんとした感情を抱えながら、着替えてベッドに向かう。もんもんもんもんと頭の中で、さっき五感で感じたものが残るというか、強く主張する。
「う~~~~~~~~~~ん」
「何をそんなに悩んでいる?」
「おわっ」
いきなり聞こえてきたブラッドの声に驚く。気づけば、風呂をもう上がって部屋に来ていた。
「それより、貴様なぜ髪を乾かさない」
鋭い視線を向けられる。
「うぐっ」
何も言葉を返せずにいると、ブラッドはため息を吐いた。
「仕方がない、髪を乾かしてやる、座れ」
「え、いや」
「座れ」
オレに拒否権はないようだ。おとなしく座る。この状況は想定済みだったのだろう。いつもは洗面所に置いてあるドライヤーをブラッドは持ってきていた。熱風を髪に当てられる。くせっ毛のオレの髪はさぞ扱いづらいだろうに丁寧にやってくれる。世の男どもは、こういう優しい女を彼女にしたいと思うのだろうとぼんやり思う。というか、ブラッドのファンの女なら誰もがうらやむポジションにオレはいることになる。だが、残念だったな、こいつは優しくてかっこいい彼氏じゃなくて、暴君だぞ。小言はうるさくて、何かとめざとくて…
「いででで!」
いきなり頭を強くつかまれる。
「何すんだよブラッド!」
「お前が何かよからぬことを考えている気がしてな」
察しがいい。というよりももはや脳内を見られていると思える。
「髪を乾かし終わったから、寝るぞ」
ドライヤーをサイドテーブルに置きながらブラッドはもう寝ることを提案する。
「早くねえか?」
「明日は出かけるからな、寝坊したらたまらん」
「それもそうか」
ブラッドの提案にのって寝ることにする。ベッドの中に入って、お互いくっつく。腕の中にブラッドがいる安心感。よく眠れそうだ。寝る前に1つおやすみのキスをする。どちらからともなく、小さな笑いがこぼれる。
「ブラッド、おやすみ」
「おやすみ、キース」
心地良い温かさを抱いて、眠りにつく。おやすみ、ブラッド良い夢を。