駆け込み乗車はおやめください 走る。並んで走る。日差しはまぶしい。荒い呼吸の合間で街路樹が風に揺れる音が微かに聞こえる。昼間で道を歩く人が少ないことが幸い。走って走って全力疾走。
「っ、急げキース!電車に遅れる!」
「っは、わかってるっての!」
どうしてこうなったんだ。バス代ケチって歩いって行こうって言ったからか?
「どうしてもこうしても、貴様が忘れ物したからと一度戻ったことが悪い!」
どうやら心の声は口から出ていたらしい。
「お前だって途中で喉が渇いたってコンビニ寄っただろ!」
言われた文句に負けずに反論を返す。正直自分が99%悪いとは思ってる。でも残り1%はブラッドが悪い。
「うるさい!いいから足を動かせ!」
本来、長距離を走るならばペース配分が大事になる。けれどオレたちはバカみたいにずっと全力疾走している。ヒーローになるための訓練の成果がこんなところで発揮されることになろうとは思ってもみなかった。
2人分の荒い呼吸を聞きながら走る。心臓はさっきからずっとうるさい。太陽は容赦なく照りつけて汗が止まらない。風さえ涼しさをくれるどころか生暖かい。チラリと横を見る。いつもの澄ました顔が必死に塗り替えられている。暑さで染まった頬とそこをつたう汗。ああ暑い。
「急げっ、もう少しで発車する!」
ブラッドは腕時計を確認しながら声をかけてくる。駅はもう目前。ずっと走ってきたペースのまま駅の構内に入る。さすがに少なくない人をかき分け改札を通る。多分発車まで1分もなかった。オレとブラッドはそのまま乗る予定の電車に駆け込んだ。駆け込んだホントに直後、背後で扉が閉まる。電車に乗っていた乗客は驚いたように視線をこちらに向けて、すぐに戻した。
『駆け込み乗車はご遠慮ください』
まるでオレたちを咎めるようにアナウンスが流れて、電車が発車する。
走ったことと、太陽にずっと照りつけられたおかげですっかり火照った体に電車内の冷房がしみる。思わず膝に手をついて腰を曲げる。
「はぁはぁ、っあ~~~~~~」
電車に乗っていることもお構いなしに声が出る。間に合った安心感とドッときた疲労。声がでるのも仕方ない。
「すぅ…はあ…」
すぐ隣でブラッドもなんとか呼吸を整えようとしている。ブラッドを見上げれば、その顎を汗が一筋つたう。それから、
「ふ…ふは…ははっ…」
耐えられないというように笑い出した。なんとか抑えようとしているのか手を口元に持っていっているが意味をなしていない。ここは電車の中なのを忘れているのか。
「っくく」
「おいブラッド、電車の中だぞ」
乗車時に負けないくらい視線を集める。何事かと視線が語っている。
「わ…悪い、ふふ…」
それでも、ずっと笑っている。何がそんなに面白いんだ。何がこいつのツボに入ったんだ。
「間に合ったな」
「へ?」
「だから、間に合ったなと言ったんだ」
何が面白いのか、それが率直な感想。
「こんなに暑いなか、無理せずにバスを使えば良かった上に、ここまでずっと走ってきたことが馬鹿馬鹿しく思えてきてな」
くくっ、と笑う。こんな風に笑うんだな。いつも見ない笑い方に素直な感想を覚える。これも全部走ったおかげか、夏のせいか。
オレのこの高い心拍数も、顔が熱いのも、全部全部夏のせいで、走ったせいで、ブラッドのせいだ。