永遠を名乗る一秒 今日は恋人である七海くんの誕生日だ。盛大に祝ってあげたいところだが、短くない付き合いで彼について理解したことがある。
どうやら誕生日を祝ってもらうことに忌避感があるようなのだ。忌避感というと語弊があるかもしれない。苦手というか、祝われることに疑問を感じているというか。
彼自身、無自覚なのだと思う。言語化できるほど明確な気持ちではないのかもしれない。もちろん私からのプレゼントを拒絶したり、不機嫌だったりするわけではない。ただ、お祝いを受け入れ難くする戸惑いのようなものが七海君の心の中に存在しているみたいなのだ。
その原因はきっと学生時代にある。七海くんは高専時代に、ただ一人の同期である灰原くんを任務で亡くしている。素直で快活な灰原くんは、気難しいところのある七海くんの数少ない心安らげる相手だった。
今の七海くんが灰原くんの死をどのように受け止めているかまではわからない。
けれど、深い失意から呪術界を去り、こうして再び呪術師として活動している七海くんの胸中に消えない傷となって残っているのは想像に難くない。
責任感の強い七海くんのことだから、全てを投げ出して自ら命を投げ出すような素振りを見せたことはない。
ただ、灰原くんを置き去りにして自分だけが年を重ねることに罪悪感のような気持ちがあるのだと思う。
それは私には決して取り除くことのできないものだ。
では、私には何ができるだろう。七海くんの誕生日が近づくたびに、そんなことばかり考えていた。
そうして迎えた七海くんの誕生日当日。任務を終えて帰宅した七海くんを玄関で出迎える。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい! 疲れてるでしょ? もう出来てるからご飯にしよ? 今日はご馳走なんだから」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
予想していた通り七海くんの返事は一拍遅れた。足取りも微かに鈍ったようだ。
それでも何気ない風を装い、手洗いと着替えを済ませてリビングにやってきた。その頃にはもう普段の冷静さを取り戻していた。
「これは本当にご馳走ですね」
「うん、腕によりをかけたからね。……感謝の気持ちを伝えたくて」
私の言葉に七海くんは怪訝な顔をした。
「感謝? 私の誕生日祝いなのかと思ってましたが」
「……七海くんさ、誕生日祝われるの嫌いだよね」
七海くんの表情が強張った。
「別に嫌いというわけでは……」
「嫌いというよりは苦手かな?」
「……確かに苦手ではありますが、別にあなたから祝われるのは嫌ではありませんよ……?」
「うん、それはわかってる。けどどうせだったら、もっと七海くんに寄り添いたいなって思ったの。だから今日はおめでとうじゃなくて、こう言いたい」
そこで私は一呼吸置いた。私の全身から感情が溢れ出るのをイメージして言葉にする。
「生きててくれてありがとう」
その瞬間、七海くんの両目が見開かれた。身構えていた体から力が抜け、眦に涙が浮かび上がったのを隠そうとするように片手で抑えた。
「……全く、どうしてあなたは」
その声は掠れていたけれど柔らかく、けれど最後まで言葉にならないようだった。
「私たちってこんな仕事じゃない? 2人とも無事に誕生日を迎えられるのって奇跡的なことだと思ったんだよね。だから、ありがとう」
「それはこちらのセリフでもありますね」
そういうと七海くんは私の背中に両手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「こうして生きて、私の側にいてくださって、ありがとうございます」
出来ることなら来年もこうして過ごせますように。
七海くんの腕のなかで私は強く願っていた。