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    #じゅじゅプラス 伊地知
    伊さんにバースデーソングを歌ってもらう話

    #じゅじゅプラス
    longevityBonus
    #伊夢
    iDream

    伊さんにバースデーソングを歌ってもらう話 PCのスクリーンだけが辺りを照らす事務室で、時刻を確認すると日付の変わる数分前。
     私は慌ててメッセージアプリを立ち上げ、とっくに帰宅しているはずの彼女へ誕生日を祝福するメッセージと、直接お祝いできない謝罪を打ち込んだ。
     再び時計を確認し、日付が変わった瞬間に送信ボタンを押す。
     本当なら直接出向いてケーキとプレゼントを渡し、盛大にお祝いしたかったのだが山積した業務がそれを許してくれなかった。
     ため息ひとつついて業務に戻ろうとPCに視線を移したところで、スマホがメッセージの着信を伝えた。
     スマホをタップすると『絶対に許さない』というメッセージが表示されて息を飲む。
     彼女は術師、私は補助監督。互いに慌ただしい日々だ。
     ここしばらくデートどころか会話すらまともに交わせていない。
     しかも誕生日もスルーとなれば愛想をつかされても仕方ない。
     とはいえ、このまま終わってしまうのだけは嫌だ。
     私が彼女に電話をかけようとした瞬間を、狙いすましたかのように次のメッセージが表示された。
    『バースデーソングを歌ってくれたら許してあげる』
    「え?」
     予想外の内容に脳が情報を処理できなくなった。
     何の話?
     別れ話ではない?
     バースデーソング?
     私が困惑しているとスマホが通話を知らせて震えた。
     相手に隙を作り出し、次々と攻撃を繰り出す彼女の戦法さながらに畳み掛けるような連絡だ。
     慌てふためきながら通話ボタンをタップする。
    「も、もしもし」
    『お疲れー!』という彼女の声は脳天気そのもので、どうやら深刻な話ではないと安堵した。
     会えないことを口頭でも謝罪してバースデーソングの件を確認すると『だから言葉の通りだよ』とあっけらかんとした彼女の声。
    『今歌ってくれたらいいから』
    「今ですか?!」
     思わず辺りを見回した。いや、この時間だから誰もいないのだが、それでも電話口で歌うのには抵抗がある。
    『そう今』
     彼女の声は完全に面白がっているそれだ。
     私は逡巡した。2人きりで対面していたとしても歌うというのは恥ずかしい。
     だというのに電話口でなんて!
     とはいえここしばらく会えていないのは事実だし、我慢もさせてしまっているだろう。
     別れ話を切り出されるよりは遥かにマシだとも思う。
     年上の彼女のささやかな我儘だと思えば可愛らしいものだし、叶えてやりたい気持ちもある。
     だがひとつ問題が。
    「……まさかとは思いますが、そちらに五条さんはいませんよね?」
    『あっはは! いないいない! 大丈夫!』
     こんな時間に彼女と五条さんが会っていたら大問題なのだが、確認せずにはいられない我が身が悲しい。
    「解りました。で、では」
     最後の確認も終え、私は意を決して息を吸い込んだ。
    「……ハ、ハッピーバースデートゥーユー、……ハッピーバースデー、トゥ、トゥーユー」
     正直、顔から火が出るほど恥ずかしい。声だって震える。手汗もすごい。
     ただ彼女が喜んでくれるという気持ち一心で歌い続けた。
    「ハッピーバースデーディアー、ご、ごご五条さん!?!??!?!」
    『ちょっと! なんでそこで五条を祝うのよ!』
    「すみませんごめんなさい一旦切ります!!!」
     抗議の声をあげる彼女の言葉を遮り、私は無理やり終話した。
     というのも、歌いながら視線を感じて振り向けば、扉の前に五条さんがニヤニヤしながら立っていたからだ。
     彼女の元に五条さんがいるのかもしれないなんて疑ってしまった罰かもしれない。あんまりです神様……。
    「なんだ電話切っちゃったの? 最後まで歌ってやりゃあ良かったのに」
     誰のせいだと……! 舌先まで出かかった言葉を私は必死で飲み込んだ。
    「いえ、あのその、五条さんはどうしてこちらに……?」
    「んーー? 彼女の誕生日を祝えない可哀想な後輩のためにプレゼント?」
     そう言って背中に回されていた手がこちらに差し出されたかと思うと、そこには取手のついた紙箱が提げられていた。
     どうやらケーキのようだ。
     意図を飲み込めずに呆けていると、反対の手でデコピンされた。痛い。
    「しばらく彼女に会えてないらしいじゃん。だからこれ持って会いに行ってやんな。残った仕事も僕が片しておくから」
     そう言いながら五条さんは私の手を取ると強引に紙箱を掴ませた。
    「五条さん……!」
     残った業務は、ほぼほぼ五条さんに押し付けられたものである。
     そのため感激しきれないのが正直なところだが、そのまま伝えるとどうなるかは火を見るより明らかだ。
     ここは素直に五条さんの気まぐれな優しさに甘えるとしよう。
    「ありがとうございます……!」
     引き継ぎを済ませ、そそくさと席を立つ。
    「あー、僕ってなんて後輩思いなんだろ!」
     五条さんの声に見送られて高専を飛び出した。
     はやる気持ちを抑えて、ケーキを片手にスマホで彼女を呼び出して、今から向かいますと伝えると彼女は「今から!?」と驚いた。
     先ほどの電話でのささやかな意趣返しが出来たので私はほくそ笑んだ。
     このあと、彼女に面と向かってバースデーソングを歌う羽目になるのだが、それはまた別の話。
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