リセットボタン もしも、この世にリセットボタンがあったら、僕は迷いなく押しただろう。
母が死んだ時、姉が死んだ時、みんなが死んだ時、僕は迷いなく押していた。大切なものを失う度に全てをやり直したかった。目の前にリセットボタンがあれば即座に押していただろう。
人生を最初からやり直せる————リセットボタン。
なぜこの世界に存在してくれないのだろうか?
奴隷になった時何度押したいと思ったことか。いっそのこと自分でリセットボタンを作ってしまおうかとすら考えていた。
そのくらい酷く汚い人生だった。やり直したくって仕方なかった。
そこから僕は運よくのし上がり、カンパニーの幹部となった。だが、ストレスは増え、嫌な記憶も消えない。ほぼ毎日悪夢にうなされていた。
罪悪感にも苛まれた。家族を殺した相手に復讐もできていない、自分だけのうのうと生きている。
こんなに裕福になって、安全な場所にいていいはずがない………何度かナイフを持った。
それでも僕は家族のところに行けなかった。
ギャンブルはリセットボタンがない世界で生きるための麻薬。感情を誤魔化さないと生きていけなかった。
————彼女に会うまでは。
「また会うなんて、本当に奇遇だね」
ホテルの手続きがうまくいかなかったのか、ラウンジでごたついていたナナシビトたち。その中にいた1人の少女とホテル個室で再会した。
率直に話そう————彼女は美しかった。
歩く度揺れる艶やかな銀髪、清水のように透き通った白い肌、自分を見つめる冷酷な琥珀の瞳。こんな可愛い子が目の前にいて惚れないはずがなく———。
「さぁ、僕と取引をしよう」
気づけば、そんなことを口にしていた。
★★★★★★★★
彼女の名前は星————僕の敵となる子だった。
彼女とはきっと仲良くなれない。計画通りに行って最後に失敗すれば、彼女とは永遠に会うことはない。
リセットボタンがあったとしても、この運命は変えられない————。
★★★★★★★★
僕は幸運だった。
星を裏切り、計画を実行、無事成功させた。最期に失敗することなく、赤髪の青年に助けられ生き残れた。
そうして、ピノコニーの一件が落ち着き、なぜか僕と星は頻繁に会うようになった。
最初はメールでのやりとりだけだったものが、予定が合えば会うようになった。
黄金の刻で遊んだり、ドリームボーダーで景色を眺めながら団らんしたり、まるでデートをしているよう。
天然な彼女のことだ。デートだなんて一かけらも思っていないのだろう。
裏切るような酷いマネをして、てっきり嫌われていると思っていたのだが、星は妙に距離を詰めてくる。懐いてくれているようだった。
嬉しい……一目ぼれした子から距離を詰めてくれるなんて。
彼女と過ごす時間は、仕事も嫌なことも全て忘れられる。ギャンブルの回数もぐっと減った。いや、星と遊びに行く以外行かなくなった。
悪夢も見なくなり、夜もぐっすりと眠れられる。星に頼まれ、創造物と呼ばれる生き物を預かるようになってからは一層寝れるようになった。
そうして、星とのデート日。その日も星はドリームボーダーに行きたいとねだってきて、僕らはスラーダとサンドウィッチを買い、目的地へと向かった。
星のお気に入りの場所。そこは星核ハンターの少女からこっそり教えてもらった秘密基地らしい。
それは僕に教えてもいいものなのかと疑問に思いつつ、星のお気に入り場所を自分に教えてもらえることに嬉しさを感じていた。
僕らは並んで座り、昇っていく朝日を眺める。星との距離はゼロ。肩と肩が触れ合う。
星はこてんと、自分の肩に頭を乗せる。その仕草すら可愛い。というか近い近い。
「ねぇ、アベンチュリン。もしも目の前にリセットボタンがあったらどうする? 押す?」
「えっ」
ずっと願っていたリセットボタン。彼女からそんなことを聞かれるとは思っていたなかった。
「うーん。僕には必要ないかな」
「なんで? やり直したいことないの?」
「うーん。やり直したいことだらけではあるけどさ……」
今、押せば星と過ごした日々が消えてしまう。この偶然の出会いをなかったことになってしまう。そんなことは絶対にしたくはない。
「今の時間をなかったことにしたくないんだ」
「へぇー、そっか」
隣に座る彼女はそれ以上何も話さなかった。だが、顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。僕も自然と口角が上がっていた。
目の前に広がるグラデーションの空。懐かしさのある故郷の空と同じ色。
「例外はあってさ、僕の好きな人がいなくなった時は押すよ」
「………」
そっと星の手を握る。自分より細く小さな手。その手は温かく柔らかい。
この手のぬくもりがなくなった時、僕は迷いなくリセットボタンを押す。自分の命を代償にしても、僕は押す。星には最期まで幸せに生きて欲しい。
「でも、その日は永遠に来ないから。だから、いらないんだ」
「………そっか」
星が誰かに殺される———そんなことは一生起きさせない。星は僕が守り続ける。たとえ、自分が先に逝ったとしても。
もしもリセットボタンがあったのなら。
————僕はきっと押さないだろう。