アベンチュリン・タクティックス ルート1 第11話:娘さんをください 前編 時は過ぎ、3年生となった星とアベンチュリン。大学受験のシーズンがやってきた。
「うっ……さむっ………」
冷たい風が吹き、星はぶるりと体を震わせる。もう3月だというのに、まだ冬のように空気が冷えていた。
見上げれば、雲一つない快晴の空。空の青が琥珀の瞳に映っていた。
「大丈夫? 寒かったら、僕に寄ってもいいよ」
「ありがとう」
「コートの中に入ってもいいからね」
「それはやめておく」
そんなことをすれば、変に目立ってしまう。大学の先生だって見ているかもしれないのだ。触れたい気持ちは分かるが、ここはぐっと堪える。
家に帰ったら、アベンチュリンの髪がわしゃわしゃになるぐらい触ってあげよう。
アベンチュリンとともに大学へと来ていた星。今日は待ちに待った合格発表の日だった。
校舎前には星と同じ受験者とその家族らしい人だかりで、その先には大きな看板には番号が張り出されていた。星たちは人の間を縫い、看板の近くへと出る。
「アベンチュリンの番号3232だったよね……どこだろう」
指を看板へ伸ばし、アベンチュリンの番号を探す。自分の番号を探すのは怖かった。探す勇気がまだ出なかった。
だから、先にアベンチュリンの番号を見つけて、一安心した後に見つけたい。
アベンチュリンの番号がなくては自分が合格しても意味がない。だいたい彼の番号がなければ、自分の番号があるはずがない。
星とアベンチュリンは経済学部を受験している。経済学部の欄を下から上へ右から左へと隅々まで確認していく。
すると————。
「アベンチュリン! 見て! あそこに番号が!」
「星の番号もあったよ」
「本当!?」
アベンチュリンが指さした方向。そこに星の番号が確かにあった。また、星が指した方向にもアベンチュリンの番号があった。
「合格できたんだ……」
安堵し小さく笑みを零すと、星はアベンチュリンの手をぎゅっと握った。
「おめでとう、星。これからも一緒でいれるなんて嬉しい」
これからも一緒————その言葉は自分を安堵させる。アベンチュリンだけが合格していれば、後期での勝負となる。後期は合格率がぐっと下がってしまう。
ランクを落とし、確実に合格ができる他の学校を選んでしまえば、アベンチュリンとは別の大学に通うことになる未来だってあった。だが、星は見事合格。
彼女は人一倍頑張った。星は元々勉強はできる方だったが、勉学に励まず課題も手につかずにいたためか成績は下の中。
それがアベンチュリンと付き合うようになって、同じ大学を目指すようになってからはガラリと変わった。
授業中は寝ない。先生への質問には無視をせず答える。まぁ、その返答もだるそうに答えてはいたが、彼女にしては大きく成長していた。
放課後は図書館に行ったり、教室で残って勉強したり、人が変わったように勉強し、テストの度に点数を上げていく。
たまに息抜きをしつつ、アベンチュリンに教えてもらいながら、家に帰っても姫子にも見てもらいながら頑張った。
朝はしっかり起きて、夜は早めに寝る。受験に備えて生活リズムも整えていった。
その努力の結果が今日出た。
白の看板に黒で書かれた星の受験番号「2220」。そこに確かにあった。じんわりと視界がゆがむ。
「星? 大丈夫?」
「…………え?」
ぽたぽたっと涙が地面に落ち、はじける。白い頬を涙が伝っていた。
「あれ………?」
拭っても拭っても涙が溢れてくる。アベンチュリンは星を隠すようにコートで覆い抱きしめた。
「これ、嬉し泣きだ」
「そっか」
ベンチで休むと、涙も落ち着き、アベンチュリンから離れる。泣き過ぎたせいか、目が若干腫れていた。
「落ち着いた?」
「うん。もう大丈夫」
ぽんぽんと星の頭を撫でるアベンチュリンの手は、不思議と安らぐ。もう少し撫でてほしい。
アベンチュリンの手が離れていくと、「あ」と星は名残惜しそうにこぼしていた。
「星が落ち着いたところで……これからどうしようか?」
「先生たちに報告しよう。きっと気になってるだろうし」
「だね。親にも言いに行かないとな。その後はどうする? 合格祝いにご飯でも食べに行く?」
「うん、行きたい。夜はみんなで合格祝いだって言って宴になるだろうから……お昼は静かに2人で食べたいかも。アベンチュリンは食べたい物とかある?」
「そうだな………ハンバーグとかどうだろう? パフェもいいな」
「それ私が好きな物だよ。今日はアベンチュリンの好きなものにしよう」
手続きや学校への報告を済ませると、星たちはカフェに寄って息をついていた。
コーヒーの香りが漂う店内には穏やかなクラシック音楽が流れている。お昼の時間も過ぎていたためか、客は少なかった。
合否が分かるまで緊張し肩が上がっていたが、店内は人目が少ないからゆっくりできる。今ではすっかりだらけて、星はパフェを貪っていた。
そんなリラックスしきっている彼女を、アベンチュリンは顎に手を当て細めた目で見つめている。
好物の1つであるビーフシチューを食べ終えてた彼は、珈琲を楽しんでいた。
「ねぇ、星」
「ん? なぁに?」
「一緒に家を借りようか」
「えっ」
一緒に暮らす?
アベンチュリンと……自分が?
突然の提案に星はパチパチと目を瞬かせる。困惑で何も言葉が出ず、黙々とパフェを食べながら、アベンチュリンの言葉を待った。
「僕らの家ってさ、大学から距離があるだろう? 星と一緒に通学できるっていうのは嬉しいけれど、毎日長時間の通学となると大変だと思うんだ」
「確かにそうだけど………」
大学から今の家からは距離があり、通学に最短でも1時間はかかってしまう。星は受験前から1人暮らしを検討していた。していたが………。
「それに星と暮らしてみたいんだ。おはようからおやすみまでずっと一緒にいたい」
目覚めた瞬間、見えるアベンチュリンの寝顔。1日のスケジュールを共有しながら、ご飯を一緒に食べる朝。
帰りが遅くなった時にはアベンチュリンがご飯を作ってくれてて……お風呂も一緒に入って、一緒のベッドで寝る……たまに深く繋がり合って、またおはようと挨拶を交わし、目覚めのキスをする。
「………っ」
アベンチュリンとの一日を想像した瞬間、口が綻び、最後の妄想で頬に熱が集まっていく。
てっきり、そういうのは結婚してからだと思っていた。
————でも、先に同棲するのもありだよね?
星の答えは自然と決まっていた。
「うん………いいよ」
「えっ、ほんと!?」
「? なんでアベンチュリンが驚くの?」
「いや、こんなに早く返事がもらえるとは思ってなくって」
星は俯き一生懸命赤くなった顔を隠す。残念ながら、真っ赤な耳は隠せていない。それすらも可愛いとアベンチュリンは口角を上げた。
「その……前々から、いつかアベンチュリンと一緒に住めたらいいなって思ってたんだ」
覚悟を決めたアンバーの目。頬はほんのり赤く染まっているが、揺るぎない瞳がアベンチュリンを捕える。口角を上げてニコッと笑っていた。
「だから、頑張ろうね。アベンチュリン」
「———え?」