毎週読まされる俺の身にもなれ『夕餉のカレーが美味しくできた。』
『ぎゅうぎゅう詰めでかなわないから炬燵を増やしてほしい』
『みんなで茄子を収穫しました。』
『洗濯物がせっかく乾いたのに雨に降られて落ち込みました。』
これだけの大所帯だと、どんなに頑張っても小さな声を取りこぼしてしまう。どうしたものかと審神者は考えて、そういえば昔こういうのやってたなと思い出した案を採用した。
【週に一度、日記を提出すること】
面倒だと一部からは文句も出たが、何だかんだで刀たちはみな律儀に守ってくれている。
一週間のうちに起こった印象深い出来事のほか、気付いたことなども書いてもらうようにした。目安箱の役割も果たすというわけだ。そして何より、個々を理解するのに役に立つ。
——はずなのだが。
「三日月、アイツはまた……」
日記の一番新しいページに目を通すなり審神者は嘆息した。
腹の底を知りたい刀ナンバーワンの座を譲らないあの天下五剣の日記ときたら。
『加州の作った加賀の料理が美味だった』
『新しい爪紅の色もよく似合っている』
『耳飾りを借りてみたが、あれで耳を挟むと痛いのだな。慣れれば平気なのだろうか』
『野花を摘んで帰ったら加州が喜んでくれた』
清光の情報しか入ってこない。
鶯丸だってこれほどまでには大包平の話は書いてこない。少なくとも提出する日記には。
何週にも渡って、何度言っても直らない。これでは三日月宗近自身について知ることができないではないか。
「清光の爪紅って俺には違いがわからないぞ……?」
どれもこれも赤色である爪紅は、清光が店頭で「どっちにしよう」と悩む程度には違いがあるらしい。だが、審神者には全くピンとこなかった。
それをしっかり理解した上で「似合っている」としたのなら、じじいを自称するあの刀、全く耄碌はしていない。
「……仕方ない。直接言いに行くか」
そうしたところで、変わる気もしないが。
本人をつかまえて「もう少し自分のことを書け」と伝えたら、三日月は少女のようにきょとんとして小首を傾げた。
「はて。俺は書いたつもりだったのだが」
「あれのどこがだ? ほぼ清光のことだっただろ」
審神者は日記帳を開き、ここも、ほらこれも、と指摘した。三日月はそれを他人事のように覗き込んでいる。
「……ふむ。やはりこれは、俺のことだぞ、主」
三日月は心底不思議だという風に言った。
「七日のうちの心に残った出来事を書け、ということであったな。かい摘んでいくと、自然とこうなる」
「だからってなぁ」
「まあまあ。どれも俺がこの本丸で暮らして感じたことだ。心配せずとも毎日楽しく過ごしているぞ。主のおかげだな」
ははは、と鷹揚に笑う。最後に持ち上げられて丸め込まれた気がする。満更でもないといえばないが。
「……わかった、私生活の日記は百歩譲る。ただし戦のことで何かあったら報告、連絡、相談は必ずすること。——いや、何も無くてもしろ。もしも独断で行動したら清光に言いつける」
「あなや。加州にか」
「グーだぞ、あいつ容赦ないからな」
「それは怖いな」
言葉とは裏腹に、三日月はまた機嫌よさげに笑った。
さて、翌日。
いつものように日記帳のチェックをしていた審神者は、思わず吹き出した。
『三日月が遠征先で摘んだっていう赤い花をくれた。こないだは爪紅の色に気付いてくれたし、意外と赤が好きなのかもしれない』
いや、違うぞ清光。あいつは赤が好きというか。
「……あいつらは、ああなんだな、もう」
ぱらぱらとページを遡り、審神者はそこそこの頻度で登場する三日月の記述を追った。