もしかして:××「きみと仲良くなるにはどうしたらいいだろうか」
斜め上から降ってきたまさかの質問に加州は絶句した。
初めて見るものでも飲み込みが早く、戦闘に前向き。倫理観が常識的で人当たりも良い。
「落とし穴? ははっ、何だそりゃ。驚かすにしても芸がなさすぎだろう」
新しく顕現した太刀、鶴丸国永。
審神者は拝み倒した。
性格ガチャ要素が強いと聞いて怯えていたが、蓋を開けてみたらまったく手がかからなさそうな、それどころか貴重なツッコミ枠の平安刀だなんて。
そんなわけで、お噂はかねがねと疑心暗鬼になりながらお世話係に就任した加州清光もホッと胸を撫で下ろしたのだった。
睡眠でつまづく刀が多いため歴戦の初期刀が新入りに付いて眠ることが恒例になっていたが、布団を運び入れる足取りも軽い。
「主はいつもああなのかい? 俺を見る度に顔が溶けているが」
鶴丸は苦笑しながら言った。
「いつもじゃないけど、嬉しいんだよ。あんたが来てくれて。だいぶ驚いたみたいだし?」
「そういうもんか。そりゃあ光栄だ」
布団を敷く合間にも、あははと和やかな笑いが混じる。
隣り同士の二組の布団にそれぞれ体をうずめ、灯りを部屋の端にだけぼんやりと残して、二振りは審神者のことや本丸のことなどをゆるゆると話した。
「——聞いているだけでもワクワクしてくるな。どんな驚きが待ち受けているんだろう」
「きっといくら驚いても足りないよ。これからいっぱい出会えるといいね」
だんだん会話のペースが落ちていく。返事の鈍った鶴丸が何を言ったのか判別できなくなって、加州がちょっと待ってみたら、穏やかな寝息が聞こえてきた。
手のかからない鶴丸は、人間生活に関しても非常に優秀だった。初日から快眠、食欲も人並みにある。
「これなら俺もすぐお役御免だねー。驚きのスムーズさって感じ?」
加州と審神者、他の刀たちまで感心したり祝ったり。鶴丸自身はあまりピンと来ていないようだったが。
「寝かしつけのプロが出るまでもなかったな」
褒めているのかイジっているのか、からかうように審神者は言う。加州は特に否定もせず、ただ業務改善の一環のつもりで返した。
「俺は新入りさんのこと気になるけどさ、今となっては縁がある奴の方が気楽でよかったかな」
「! いや、」
静かだった鶴丸が被せ気味に遮る。
「俺はきみでよかったと思ってる!」
「そう? よかったー」
「半分言わせたようなもんだろ」
「野暮なこと言わなーい。そーゆうとこだよ主」
加州がわざとらしく眉を顰める。最初はフォローしようとした鶴丸も、終いには「冗談だって」と宥める審神者と加州との砕けたやり取りを輪の外から眺めていた。
さて、昔馴染みならたくさんいるし、長生きゆえの知識もあるし、物覚えもいいし。
巣立ちした鶴丸は特に不自由なく暮らしているようだった。
加州は最初の方こそ気にかけていたが鶴丸はすっかり本丸の仲間と打ち解けているようで、何なら頼られているようで、お世話係はどうやら本当に不要らしい。
太刀なんてほぼ大人だし子どもみたいな扱いをするのはよくなかったかも、と今更ながら自省したりして、あんまり干渉しないように早々に普通の生活に切り替えた。
少々、寂しくはあったけれど。
だから、全くの想定外だったのだ。
ある日、久し振りに鶴丸と鉢合わせた。畑当番はあまり気乗りしないらしいが、話し掛けて表情がパッと明るくなったのを見るに機嫌は悪くなさそうだ。
「もうすっかり馴染んでるねぇ。困ってることとか、だいじょーぶ?」
「お陰様で」鶴丸が微笑む。「だが、きみに——」
しかしその時「加州さーん!」と遠くから呼び声が被さってきた。
駆け寄ってきたのは前田藤四郎。
「主君がお呼びです。お急ぎではないとのことでしたが、なんだか慌てていらっしゃいました」
「主が? りょーかい。ありがとね」
一礼して踵を返す前田を見送り、加州が「ごめん、行ってくるね」と振り向くと、あ、の形に鶴丸の口が動いた。
加州はそれに気付かず、背を向けて走り出そうとしたのだが。
「……えっ?」
袖が引っかかった感覚があって振り返った。金色の瞳とバッチリ目が合う。視線を落とすと鶴丸の手に袂を掴まれていた。
「分からないことが!」
いつになく切羽詰まった声に加州は顔を上げた。鋭い眼差しに有無を言わさず釘付けになる。鶴丸はぎゅっと袂を握りしめながら続けた。
「きみと仲良くなるにはどうしたらいいだろうか!」
「………へ?」
「きみのことをよく知らないまま離れてしまって……、きみは忙しいようだし、話せる機会すらなかなか無いだろ」
「それはそーだね……?」
まさかのお悩み相談に加州は拍子抜けした。仲良くって、そんな小さい子どもみたいな。だが鶴丸は大真面目な顔で、ふざけているようには到底見えない。
「と、とりあえず、逃げないから離しても大丈夫」
加州が言うと鶴丸はハッとして「すまん!」と袂を掴んでいた手を離した。
審神者の方は少し待っていてもらおうと割り切った加州は、神妙な面持ちで目を伏せる鶴丸をしげしげと眺める。
刃生経験の豊富さからか考え方に落ち着きがあって、人の身でも困ったことはなさそうで、早々に巣立っても問題ないと思っていた。他者に対しての配慮を欠いているという印象もない。
もしかして、己の感情にまつわるところに落とし穴があったのだろうか。
「ごめんね。俺と鶴丸さんってそもそも初対面だったのにさ、お世話係になったかと思ったらすぐ解任されたんじゃ混乱しちゃうよね」
「混乱……」
「同じ本丸にいるんだし、知る機会なんていくらでもあるよ。そんな切実な顔しなくても、ゆっくりでいいんじゃない?」
諭す加州の明るい声色とは裏腹に鶴丸の顔色は晴れない。腑に落ちていないことは火を見るより明らかだ。
「ゆっくり……、じゃ困るんだ」
「えっ?」
「顕現してから毎日驚きが絶えないし、未知のものに出会うのは楽しいんだが、俺の知らないきみの話を他の奴の口から聞くのは——、こう、胸のあたりが苦しくなって困っ」
「ちょ、ちょちょ待って待って!」
加州は慌てて制止した。
「その言い方はちょっと、誤解を招きかねないっていうか……」
「そうか?」
所在を確かめるように胸元を押さえた鶴丸は「ただの事実なんだが」と頭を捻る。
「さっき、きみに話し掛けられた時。驚くくらい嬉しかった」
「……うん」
「きみを遠くから見ていた時にはあんなに痛かったのに、きみを前にしてみたら苦痛なんてどこかに飛んでいってしまった」
「んん……?」
「これはもしかして、人間の言うところの、……いや、」
鶴丸は深呼吸をして言った。
琥珀のような瞳が加州を捉える。
「……もっと、きみの傍にいられたらと」
頭がくらくらした。
こんなのやっぱり、誤解どころか、まるで愛の告白ではないか。
その金色の中に孕んだ熱と痛みに、朱に染まった頬に気付いてしまった加州には、虚言だと切り捨てることなど到底できなかった。けれど、鶴丸が囚われているその感情が一時だけのまやかしでないとも思えず。
正しく導いてやらねば駄目だと、どこかで警鐘が鳴った。
「俺には、よく、……わかんないけど、」
加州は声を絞り出す。
「同じ本丸の仲間として? お互いを知ってた方が絶対いいし、えーとだからその、」
だって、この非の打ち所のない名刀が本当に自分のことを特別に慕うだろうか? 顕現して日が浅いから世話係の自分が何か重大な存在のような気がしているだけ、というオチなのではないか。
——と、ここまで考えていながら、
「友達から始めよ……?」
どうしてこのフレーズが出てしまったのか。
鶴丸の憂い顔が一瞬にして晴れ渡ったのを見てようやくハッとした。
「ああ! よろしく頼む!」
弾んだ声は明らかに未来への期待度★五つ、純真すぎる喜び十割。なんだか騙しているようで後ろめたさがすごい。
けれども旧知の仲間が多いこの本丸で『はじめまして』というマイナスからのスタートなら、こんなヘンテコな宣言をするぐらいでトントンなのかもしれない。
始めるもなにも、たぶん有耶無耶になるだろうけれど。
そんな未来について考えるうちに発症した痛みには気付かないふりをして、まずはよくある握手をしてみた。