もどかしい『……たしか、前にもこんなこと喋った気がするが、モブは日頃からコツコツと勉強しているし、書き間違えがないか見直し確認が大事だぞ。一問だけわからなくて後回しにした結果、気がついたら解答欄が一つズレていたなんて本当に笑えない話だからな。それに……』
「霊幻さんって意外と物静かなのね」
「……えっ」
母校である塩中学校へ遊びに来たトメは受験生の茂夫に応援動画と称した霊幻の話を録画した動画を観せていた。
わざわざ中学校へ赴いてまで直接見せることにしたのはトメのスマートフォンで録画したものの、容量の関係で動画を送れなかったためである。
茂夫が小学生の頃に持たされた当初は新機種だったが、今ではかなり型が古い二つ折り携帯電話。
メールと電話だけならこれだけで十分に事足りるのだが、トメや犬川たちにクラスの友達からのやりとりの中で画像や動画が入ると容量の関係で見れなくなってしまう。
その際にどんな画像や動画だったのかを直接見せてもらうのも板についていた。
以前は犬川に再送信してもらった動画を見ていたが、今回は脳感電波部兼肉体改造部の部室で勉強していると聞いたトメが軽食の差し入れと一緒に最新の動画を持参したのだった。
勉強の休憩で軽食にありつく犬川や竹中、肉体改造部の佐川はプロテインを飲んでいたが茂夫は軽食よりもトメのスマートフォンに目が釘付けになっていた。
「……ほら、動画の中でたまにしてる顔つきしてるでしょ」
「はい」
「芹沢さんとエクボちゃんに聞いたら、モブ君と居ない時の霊幻さんっていつもこんな感じなんだって」
「そうなんですか……」
初めは珍しい程度だった表情は、接客とも茂夫の前とでも違う霊幻の一面のようだ。
それをこのような形で観ても良いのだろうかと軽い背徳的な物を感じる。
その話が本当ならば、トメや芹沢にエクボだけが知りうる霊幻がここに収められていることになる。
動画内の霊幻を観れて嬉しいはずなのにそれを上回るのは、茂夫は知らない一面を日常的に霊幻を知っている相談所の面々だ。
霊幻と出会ってから数年、誰よりも共に居たと自負できる茂夫は初めて知った事実に言葉に言い表せない気持ちで何だか騒がしかった。
「あ、そうだ。モブ君、前の動画も観る?」
「……はい」
「せっかくだから二つの動画をループさせるわね」
動画を観入っている茂夫の心の変化を知ってか知らずかトメが話しかける。そこでやっと茂夫は現実へ引き戻された。
問いかけもそぞろな気持ちのままに頷くとスマートフォンを一旦トメに返却した。
トメによる操作で二つの動画を繰り返すように設定してから茂夫へ渡した。
「うっかり私のスマホを壊さないようにしてね」
「……気をつけます」
再び受け取ったスマートフォンを机上の筆箱に傾けて置いた茂夫は目に焼き付けるように何度も再生していた。
動画内の霊幻は時折、茂夫の知らない表情を浮かべる。それを観る度に言葉にできない燻る気持ちは何なのかはわからないが、もう知らなかった頃には戻れなかった。
「……」
相手の心を読める超能力者である竹中は平静を装いながら、容赦なく頭の中に流れ込んでくる茂夫の思考に押し潰さそうになっていた。
超能力の能力に違えはあれど、圧倒的に力が強い方が有利になる。
確実に顔色が悪くなっている竹中にトメが話しかけた。
「竹中、アンタ大丈夫?」
「これが大丈夫に見えますか」
「あんまり見えないわね」
「口出しさせてもらうと、あれは勉強に集中したい受験生が観ていい動画じゃないですよ」
「言われてみれば、そうね……応援にどうかなって思ったんだけど逆効果だったかしら」
動画を観ている茂夫についてトメと竹中の会話に佐川と犬川も参戦する。
「影山君が今と勉強を切り替えできるなら大丈夫じゃないかな?」
「うーん、モブならあのままほっとくと充電切れるまで観てますよ」
「それはちょっと困るわね」
困るわりにはのほほんとしているトメは茂夫に声をかけた。
「モブ君、動画も良いけど霊幻さんからお菓子ももらってるから早く食べないとなくなっちゃうわよ」
「……もらいます」
トメへの返事と共に野生動物のような仕草でささっといくつかのお菓子を持って行った茂夫は再び動画を観ていた。
その素早さに驚きながらも、彼が手にしたお菓子が霊幻がよく茂夫に食べせていた値段の高いチョコレート菓子だと知っているトメはスマートフォンの充電切れを諦めることにしたのだった。