桜本日の霊とか相談所はここの所、客が少ない。常連客も春ということで花見やレジャーで予定が埋まっているようだった。
そんな客が居ないソファーには霊幻の弟子である茂夫が勉学に勤しんでいた。
なかなかの茶菓子の減り具合から勉強は膠着しているようにも見える。
「師匠」
「なんだ、モブ」
「明日ありと思う心の仇桜って言葉なんですけど」
「……、うん」
弟子の口から出てきた言葉に思わず霊幻は一拍程度思考を停止させた。
「どうしました?」
「いや、モブがしっかりと勉強しているんだなと感心しただけだ」
「そうですか」
一見失礼にかと思われる霊幻の発言だが、茂夫は特に気にも留めずに話を続けた。
「それでですね、これってようするに善は急げと同じ意味だと思うんですよ」
「モブ、それは違うぞ」
霊幻はいつもの所長席から立ち上がると茂夫の真向かいのソファーに座った。
「いいか、善は急げは良いと思うことはためらわずに行えという意味だ。一方で、明日あり…」
「明日ありと思う心の仇桜です」
「そう、それな。仇桜……これは桜が散る意味だ。したがって、桜を見るのは明日でも良いだろうと先延ばしにしたことによって夜に嵐が来て桜が散ってしまい明日には桜を見ることができないという後悔だ」
桜が見頃の時期は春一番って強風や嵐がつきものだからなと霊幻は話を続ける。
「今とは違う昔の言葉だから治安も安定しておらず明日でさえ生きるか死ぬかわからない。万が一、明日が来るとしても想定していた通りの明日かはわからない。今を大事にしろってことだな……どうだ? 善は急げとは似ているところもあるが違う意味合いだろう?」
「そうですね、こうして師匠から話を聞くと確かに違います。勉強になりました、ありがとうございます」
「まぁ、ちょっとかじった程度だけどな」
そう話す霊幻はどこかの記事か何かで目についた言葉が頭に残っていたくらいだったが茂夫からの尊敬の念的なものを感じていた。
「それで一つ思ったことがあってですね」
「ほう、なんだ?」
霊幻はまた勉強のことかと所長席に置いてきた湯呑みを取りに立ち上がる。
そのためか、話している茂夫の表情の変化には気がついていなかった。
「……僕は師匠が好きだって、今伝えたいと思いました!」
「……っ!」
驚いたはずみで湯呑みを落としそうになるのを茂夫の超能力が咄嗟に受け止めた。
寝耳に水な告白を前に湯呑みを超能力で浮かしているのは、いつかみたいだなと霊幻は他人事ながら思ったがそれは現実逃避している証拠だ。
しかし、次第に茂夫からの言葉が頭の中で分解から再構築、徐々に理解されていく。
「今の治安の良さに関係なく僕も師匠も明日にはどうなるかわからないので、僕は明日に先延ばししたくないです」
「あー……その、だな……」
超能力でテーブルに置かれた湯呑みの茶はすっかり冷めてしまったが、真剣な眼差しの茂夫と裏腹にじわじわと顔が桜色に染まる霊幻はしどろもどろに話すことしかできなかった。