いつかの未来【東堂+御堂筋】 ジロ・デ・イタリア第八ステージ。惜しくも東堂のチームは山頂フィニッシュを逃した。制したのは、常から東堂をライバル視していると公言するクライマーだった。
「山神の名も大したことはないな」
レースの後、そう口にしたのは誰だったのか。同じく勝利を逃した他チームの、おそらく誰か。数年前、鳴り物入りで強豪チームと契約を結び、数々のレースに参戦する東堂をライバル視する者も少なくない。ライバル視といえど、中にはそこに負の感情を持ち込む者もいるのだ。
だが東堂は顔色一つ変えないまま、何も言葉を返さない。黙っている東堂へ気を大きくしたのか、なおも背後の誰かが言い募る。おそらくは東堂を貶め、嘲り、軽んじる言葉であった筈だ。
東堂は動かない。振り向きもしない。だが、あと一つでも背後の雑音が増えるならば当たり障りのない対応をしようかと思っていた矢先、聞き覚えのある声が割って入った。
「キミ、東堂くんを挑発したいんやったら、登りで負かすより気張らんと無理やで? あの男、多分キミのこと空気中の埃くらいにしか認識してへんよ」
一瞬の静寂の後、始めに野次を飛ばしたであろう誰かの捨て台詞が風に乗って届く。間近に迫った気配に振り向けば、同じく今日のゴールを競った御堂筋翔がそこにいた。
「やぁ御堂筋くん、助け舟をありがとう! いや、火に油を注いだだけのような気もするが、オレの気のせいに違いない。そうだろう御堂筋君」
「ぶぇっつに~。無駄な努力してんのが見苦しかっただけや」
「相手を煽るには、そいつの過去からの戦歴、経歴、走りのクセ、特徴、その他様々な情報を駆使して相手の弱点たりうる一点を突かねば効果がない。そして、それをするには相応の準備や努力が必要だからな。手持ちのカードを最も効果的な場面で切るにも策がいる。細かくレース展開を読み、それが相手にどう影響するのかを先読むことが出来なければ、そのカードは無意味だ。この山神東堂尽八、世界に羽ばたき受ける煽りも数多だが、まだ御堂筋くんの煽りの胸糞悪さを更新した者はおらんよ! わっはっは」
朗々と高笑う東堂に、御堂筋は心底嫌そうに顔を背ける。
「相変わらず、石垣クゥンとは違う意味でうっとうしい男やな」
「まだレースは続く。今日は勝ちを逃したが、最後まで負けんよオレは。もちろん君にもだ、御堂筋くん!」
ではまた、次のレースで。そう言い置いて手を振り去って行く後ろ姿は、一度の負けなどものともしないと言わんばかりに真っ直ぐに伸びている。
「まったく侮れん男やわ」
遠ざかる背を見据え、御堂筋は呟いた。