花火は好きじゃなかったが、 花火は好きじゃねぇ。
そう心のなかで呟いて、俺ははしゃいでいる旦那から視線を離した。
シミュレーターで再現した夏の夜は生暖かい風が時折吹くぐらいで過ごしやすい。
この島はカルデアの関係者しかおらず、みんな遠慮なく騒いでいて鼓膜が休む暇もないくらいだ。
浜辺で小さな花火を散らしているマスター達。離れたところで花火を打ち上げているサーヴァント達。バーベキューをする者、酒をあおる者、誰もが笑い色鮮やかな火花を楽しんでいる。
ドーン、ドーンと打ち上がる音が重なり。パチパチと火の粉が降る音が散らばる。
夜空には彩り豊かな花が咲き、時折妙な形の花火が上がるとどっと笑い声があがる。
どれもが輝いて、あっという間に去ってしまう。生前別れた愛しい人々のように。
そのひとりが大きな筒を抱えて夜の向こうから現れた。
「旦那?どうしたんだ?」
初めて見る打ち上げ花火に喜んで、その真下で眺めていたはずの旦那に尋ねると。旦那は一抱えはある大筒を持ち直した。
「バーサーカー仲間から譲ってもらったのだ。おまえ、こういうの好きだろう?」
嫌な予感がして旦那の持っているものを聖杯知識で検索する。
出てきたのは『手筒花火』という単語だった。
マスターの故郷の祭りにある、抱えたまま大筒に火を付けると火花が吹き上げる派手な花火だ。
「旦那が好きなだけじゃねぇか」
言いつつも大筒を受け取る。生前の手に負えないわがままに比べれば、このくらいの願いならたしなめる必要はない。
旦那がわざとらしくこてんと首を傾げた。
「火花の下のアシュヴァッターマンもカッコいいかなーってわし様思うわけ。──別に火傷が怖いわけではないぞ」
「俺だって火傷耐性なんかねぇぞ」
「なんか炎っぽいマスコットをつけておるではないか?」
「…マスコットって、あんたなぁ」
俺の肩についているアレはマスコットなんていうシロモノではない。
呆れながら俺は旦那から離れる。万が一でも旦那を火傷させるわけにはいかないからだ。
ふと気づく。
「カルナに頼んだ方が良くないか?」
太陽神関係への耐性があるカルナなら、火傷のひとつやふたつ問題にならないだろう。
俺の質問に今度は旦那が呆れた顔をした。
「わし様はその答えをすでに言っておるぞ」
顔が熱くなった俺は無言で大筒に火を付けた。
すぐに大筒から火花が吹き上がる。視界が白飛びする。ゴォゴォと鼓膜が震え、火の粉がパチパチと褐色の肌の上に踊った。
こそばゆい痛みに笑うと、そんな俺を見て旦那も笑う。
「ああ、おまえは。炎を背負っている時も美しい」
吹き上がる火花でも打ち消せなかった紛れもない感嘆の響きに俺は熱さを忘れた。
思わずそちらを見ると、聞かれたと分かったのか旦那が顔をそらす。
俺が吹き上げている火花の照り返しだけでなく頰を赤く染めたドゥリーヨダナを。俺はこの召喚が終わっても決して忘れはしないだろう。