「特大の穢れを召し上がれ」 香ばしい匂いにごくんと喉が鳴った。
王宮の宴は華やかで料理を持った侍女達が静かに行き来している。俺と父の前に並べられたバラモン用の食事も贅を凝らした物で細やかな装飾がされている。
こんな場でしか食べられないような豪勢な食事だ。
だというのに俺は思わず口元を押さえた。
「アシュヴァッターマン!!」
ドゥリーヨダナの声が響く。
目ざとく俺の様子がおかしいのに気づいたのだろう。
俺は心配そうな父の眼差しを振り切って立ち上がった。上座に向かう。食事を楽しんでいる人々の合間を抜ける度に、香ばしい匂いに顔をしかめそうになる。
──旦那のせいだ。
俺が近づいてくるのをにやにやと待っている旦那は絶対に俺の状態が分かっている。
「ドゥリーヨダナ様、お呼びでしょうか?」
たどり着いた旦那の前で頭を下げると旦那は愉快そうに声を上げた。
「なに、おまえに見せたいものがあったのだ。──ふたりきりでな」
付け加えられた一言に場の空気が揺らぐ。ここは公式の場だ。ふたりきりになるなど特別扱い以外の何物でもない。
顔を上げる。
旦那は悪巧みをする顔で笑っていた。その手が軽く上がる。静まり返った背後で父が息を吐いたのが聞こえた。
「なにすぐに戻る」
言葉通りにさっさと歩き出した旦那の後を追う。旦那に何か命じられた侍女が俺とすれ違った。
連れて行かれたのは宴の会場からほど近い部屋だった。旦那と俺が入ると侍従が扉を閉ざして去っていく。
「旦那?」
「まあ、座れ。すぐに持ってくる」
どかりと小さなテーブルの前の椅子に旦那は腰を下ろす。俺はその向かいに座った。
──何を持ってくるかなんて、聞かなくても分かっていた。
俺が言葉を発するより早く、扉の向こうから声が掛けられる。旦那が応じると扉が開き香ばしい匂いがした。
俺と旦那の間のテーブルに、よく焼かれた肉料理が置かれる。
こんがりとした皮はぱりぱりと輝き、垣間見える肉は噛みしめれば肉汁が滴り落ちそうだった。
侍女が頭を下げて去っていく。
ふたりきりになった途端、旦那が料理を指した。
「どうした?食わんのか?」
「──旦那、」
バラモンは肉食を禁じられている。それは穢れを取り込む行為だ。
だけど。
「おまえ、好きだろう?」
「旦那の、せいだ」
呻くように責めると、旦那は満足そうに笑った。
旦那が分けてくれた食べた事もないような高価な菓子の中に、見慣れない茶色の欠片が混じっていたのはいつからだった?
無防備にそれを口にしてしまって、初めての味に夢中になったのは?
欠片の大きさがだんだん大きくなり、その正体に気づいたのは?
バラモンは肉を食べない。食べたことが無いから肉の焼ける香ばしい匂いに食欲をそそられることがあるはずがないのだ。
「旦那、どうして?」
理由を尋ねると、旦那は花のように微笑んだ。
「なに、口を慣らしておこうと思ってな」
旦那の手が俺の顎をすくい取る。
唇が割られ生暖かいものが口の中を這い回る。熱が吹き上がった。
冷たい空気が入り、至近距離で旦那の目が細められる。
「肉が食べられたのだ、わし様も食べられるだろう?」
生まれて初めて感じる衝動に押し流される俺を、香ばしい匂いではなく旦那の花の香りが包んでいた。