赤を羨むアシュくんの話 ハベトロット「これって、何かあったらすぐに分かるって事だよね」
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嫉妬は明らかに異なる相手には発生しねぇ。共通項がありつつも自分が持っていないものを持っている相手に人は嫉妬してしまう。
それは俺にとって揺れる赤色だった。
視界に揺れる見慣れた俺の赤い髪よりも色褪せているが、鮮やかで深みのある赤は確かに旦那に似合っている。
旦那がどれほど再臨で姿を変えようとも消えることなく、その耳元で揺れている赤いタッセル。
今も、レイシフトから帰ってきた旦那の耳にそれは当たり前のように揺れている。
適正がなくて同行出来なかった俺は何も出来ずにただ待っていただけだったというのに。
休みたい、と訴える旦那の部屋にふたりで向かう途中。俺はつい口に出してしまった。
「旦那、それ外さねぇのか?」
指摘すると旦那は目を丸くした。
驚くのも当然だ。タッセルとはいえ霊衣の一部。そうそう変えるなんて出来るはずがない。
旦那は考え込むようにくるくると指先でタッセルを弄ぶ。
「欲しいのか?」
「いらねぇ」
即答して、いつでも誰よりも旦那の傍にいるソレを見つめていると旦那はにんまりと笑った。
「来い、アシュヴァッターマン」
歩き出した旦那についていく。しばらくストームボーダーの中を歩くと、ひとつの部屋の前についた。霊衣縫製室。
「旦那?」
「ーー邪魔するぞ!」
俺の質問に答えず旦那はドアを開ける。そこには白い服を来た女と、小さな妖精がいた。
テーブルの上に布を広げていた女の手が止まる。
「はわわわ、噂の魔性と神性の主従!タイプの違う筋肉が並んで……これは対照的な方が映えるのでは、いやいっそお揃い。一部分だけ共通にしてもいい!!ともかく!!!……ご注文をお伺いしますぅ!!!」
早口で叫んだ女の言葉のほとんどは聞き取れなかったが、旦那は構わず耳飾りを指で弾いた。
「これを新調したい」
「だったらボクの仕事だね」
作業台から降りた妖精がとことこと旦那に近づいた。
小さな妖精に聞こえるようにか旦那がしゃがみこむ。
「ーーーー、って、ーーーー」
耳打ちに妖精が頷いた。
「それだったらすぐ出来るよ」
妖精は頷いて何故か俺の前に来た。
「一応確認なんだけど、同意だよね?」
「同意だ」
なんだか分からないが俺が旦那に同意しない事はない。
そう言うと妖精はどこからともなくハサミを取り出した。
「じゃあかがんで」
妖精が手を伸ばす高さに合わせてしゃがみこむと、妖精は俺の髪に触れた。
「目立たないところから持っていくから心配しないで」
なにを?と聞く前にジャキンとハサミが鳴る。根本から髪を一房切り取った妖精は俺の周りを移動しながら、少しずつ髪を切り取っていく。
「英霊は髪が伸びないから安心だよね」
髪を切ったところで霊基を編み直せば意味がない。髪型も元に戻るし、切られた髪も消えるだろう。
わけが分からないが旦那の意思で行われているだろうこれに大人しく従っていると、妖精の手が止まった。
「うん、これくらいあればいいかな」
俺の髪を握っている妖精に、旦那がタッセルがついた耳飾りを渡す。
「ちょっと待ってね」
妖精は作業台に戻ると赤い糸とペンチのような工具を取り出した。
まずは俺の髪をきれいに束ねて半分に折る。曲がった部分に赤い糸を巻き付けて縛ると、端を切りそろえた。
何をしようとしているか思いついた俺の目の前で、妖精は旦那の耳飾りを取り上げる。工具で金色のリングを緩めると赤いタッセルを取り外した。
ーーそれの代わりに形を整えられた俺の髪が取り付けられる。
何度か軽く引っ張って強度を確かめると、妖精は満足そうに笑った。
「出来上がりー!」
「見事な出来栄えだ。しかも早い。お代はこのくらいでいいか?」
作業台の上に置かれたQPに妖精が目を丸くする。
「え?多いよ」
「わし様はわし様を満足させたものには金を惜しまないことにしておるのだ」
「いい仕事したってこと?」
「もちろんだ」
旦那の返答に妖精は嬉しそうに顔をほころばせた。そして旦那を手招きする。口元に耳を寄せた旦那は何を言われたのか楽しそうに頷いた。
「そういうことだ」
「ふうん、大切なんだね」
「決まっておる」
旦那の断言に、妖精は何故か俺を見た。
「つけてあげなよ」
「なっ…!!」
突然の提案に驚愕する俺に新しくなった耳飾りが差し出される。
思わず旦那を見た。何もついていない左の耳を向けられる。
まわりを見渡した。女が何故か机の上に倒れ込んで痙攣していた。
旦那を見た。
「ん?」
促されて俺は妖精から耳飾りを受け取る。震えそうになる手で旦那の耳につけた。俺の髪が旦那の傍で揺れる。
旦那の指がそれを弄ぶ。
「似合っておるか?」
答えが分かっている問いかけに俺は込み上げそうな感情を飲み込んで口を開いた。
「ーーすごく、似合ってる」
旦那が満足そうに笑った。