アシュヨダが仲直りする話 戦場でアシュヴァッターマンとドゥリーヨダナははぐれていた。
機械人形の群れなど、普段の彼らなら気心が知れた連携でそれほど手こずらずに片付けられただろう。
しかし、今のアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナに避けられていた。
原因は前回の戦闘で深手を負ったドゥリーヨダナをアシュヴァッターマンがマスターの前で怒鳴りつけてしまった事にある。
──今のあんたは脆いんだぞ!
バーサーカーが打たれ弱いのは事実だが、アシュヴァッターマンだってそこまで言うつもりはなかった。ドゥリーヨダナの負傷が左足でさえなければ。
当然。弱い! とマスターの前で言われたドゥリーヨダナは怒り、感情的な言い合いの末こう叫んだ。
──おまえの顔など見たくもない! わし様の前に顔を出すな!!
そうして今に至る。
アシュヴァッターマンは謝罪したかったが、ドゥリーヨダナの言葉に逆らう事にためらいがあり。
ドゥリーヨダナといえばアシュヴァッターマンを避けて、何故か武道派のアサシン達と一緒にシミュレーターに籠もっていた。
カルナがいれば仲裁出来たかもしれないが、このカルデアにはカウラヴァはドゥリーヨダナとアシュヴァッターマンしかいない。何人かいるパーンダヴァの兄弟は介入の気配を見せてはいたがタイミングを測りかねているようだった。
──無限に湧いてくるような機械人形達をスダルシャンチャクラで轢き潰しながらアシュヴァッターマンはなんとかドゥリーヨダナに近づこうとする。
機械人形はアサシンが多い。アーチャーであるアシュヴァッターマンには等倍のダメージだが、バーサーカーであるドゥリーヨダナには2倍のダメージが与えられる。
しかも、大勢の敵を相手に出来る巨大なチャクラムと違い、ドゥリーヨダナの持つ棍棒は神秘も何も無いただの棒だ。不利なことこの上なかった。
アシュヴァッターマンが向かう先、ドゥリーヨダナの振るう棍棒に機械人形が組み付いた。即座にドゥリーヨダナは蹴り剥がそうとするが、砂糖を見つけた蟻のように機械人形達に群がられ。──その姿が見えなくなる。
「旦那ぁ!!!」
アシュヴァッターマンの叫びに応えるように機械人形の山が吹き飛んだ。
「我が八極に二の打ち要らず!!」
どこかで聞いたセリフを言いながら機械人形を打ち抜いたドゥリーヨダナが嗤う。
「わし様の拳は痛ったいぞぉ!! 喰らえ!! 最強王子拳!!!」
ふざけた事を言いながらも大地を踏みしめ腰を落とした構えにブレはなく、打ち込む拳は一撃で数体の機械人形を砕く。
一瞬、スダルシャンチャクラを取り落としかけたアシュヴァッターマンだが、すぐに立ち直り、慌てて崩れた機械人形の殲滅に入った。
そして。しばらく後、累々と散らばる機械人形達を手放した棍棒を探してかき分けながら、ドゥリーヨダナが口を開いた。
「おまえ、対軍宝具だろう? この程度の敵はこうガァーっと片付けられんのか?」
普通に話しかけてきたドゥリーヨダナに同じく棍棒を探していたアシュヴァッターマンは振り返った。
「旦那…」
「ん? ああアレか。隠し玉というヤツだ」
シュッシュッと虚空に拳を打ち込む真似をするドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは眉尻を下げた。
「それは、貴人の戦い方じゃねぇよ」
「おまえもやっているではないか?」
そう言われると分かっていたアシュヴァッターマンの表情にドゥリーヨダナはからからと笑う。
「血を直接浴びるのは貴人の戦い方ではないとか、そんな事で煩く騒ぐほどわし様は狭量ではなぁい!! 第一、ビーマの奴に比べれば華麗ですらあるだろう?」
アシュヴァッターマンの脳裏を力任せに引っこ抜いた大木を振り回すパーンダヴァの王子の姿が過った。
確かにあれに比べたら八極拳は華麗に見える。
だが、問題はそんなことではなく。
何故、見栄っ張りのドゥリーヨダナがわざわざ李書文に教えを請うてまで、こんな戦い方を覚えたのか、だ。
ただ隠し玉を作るなら、このカルデアでは無限と言っていい程の選択肢がある。
その中で徒手空拳の武道を選んだのは。
──アシュヴァッターマンと同じだから、だろう。
つまり、これは世継ぎの王子として誤りを認める事が無かったドゥリーヨダナの不器用な歩み寄り、なのだ。
「…悪かった。言い過ぎた」
「何の事か分からんなぁ?」
ひときわ大きい機械人形の残骸の山から棍棒を取り上げてドゥリーヨダナはにやりと笑った。
「なぁんにも関係ないが。わし様、食堂のプレミアムディナーが食べたい気分」
「分かった。奢る」
プレミアムディナーは予約してもシェフ達が納得する食材が手に入るまで提供されないというこだわりを極めたメニューだ。
正直痛い出費になるがアシュヴァッターマンにここで断るという選択肢はない。
即座に頷いたアシュヴァッターマンの顔を、ドゥリーヨダナが覗き込む。
「2人分だぞ」
「あぁ゙!!??」
意味を理解して叫ぶアシュヴァッターマンを置いて、ドゥリーヨダナは歩き出した。
その足取りが弾む。
機嫌の良さを隠そうともしないドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは眩しそうに目を細めた。
プレミアムディナーではなく、アシュヴァッターマンと食事をする事を楽しみにしているのだと分かったから。