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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。迷える勇者にカッシーワが宮廷詩人の師匠について語る話。
    「青い鳥は詠うだろう。紅い月夜にも輝き続け、ただ一人の行く道を照らす星に」
    ※捏造200%※メドーは解放された後~厄災を倒す前のどこか。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #カッシーワ
    cassiwa

    ある詩人の事情


     彼は詩を紡ぐ。
     届かぬことを知っていても。足りないことを知っていても。必要さえないことを知っていても。
     想いを刻み付ける術をそれしか知らない。思いを捧げる術をそれしか知らない。
     伸ばした手を、途中で止めてしまった心の裏側を理解する術を、それしか知らない。
     彼は詩を詠う。
     きっと、それこそに意味があると知っていた。
     きっと、それが愛だったと知っていた。


     ──1枚の絵を見つけた。それが私の命の末路を決めた。
     いつも美しくも悲壮な覚悟を背負っていたあの人が、まるで少女らしく朋友たちと過ごしている様子が描かれた、唯一無二の絵だ。何もかもが戦禍の灰と消えてしまった王宮で、唯一その炎を逃れ残った亡国の姫君の絵姿。在りし日の日常の絵画。
     それを一人きりの秘密にしてしまうことが、私の浅ましく愛しい炎の終わりだった。
     悔しいが、燃えかすと共に在るよりも額に飾られている方が美しいのだろう。
     情けないが、私はあの人が写った唯一つのこの絵を手放すことができないのだろう。
     彼は、この絵を見つけるだろうか。
     彼は、この絵を持っていってしまうのだろうか。
     それが正しいことなのだろう。それこそが正しく物語のあるべき形。舞台は彼らのものであり、そこに私の演じる隙は道化の役すらも無い。
     そうと分かるからこそ、悔しく、情けなく、この手は握りしめられている。
     だからつまらぬ意地を張った──せめて彼が青い鳥を捕まえられたなら、そのときは彼にこの絵を返そうと。
     日常の絵画に刻まれた彼の記憶。彼の思い出。悲劇を辿った彼らが彼らだけで密やかに親しむべき、あたたかな記憶。ただの少女として在るあのお人との記憶を。
     それまではどうか、私があなたたちの記憶を懐かしむことを許してほしい。日々、滑り落ち溢れ落ちていく命は、私の中からあの人の夢姿さえ奪ってしまう。あの人を思い出せなくなった私の作る詩など、一握りの価値さえなくなってしまうのだ。私から、あの人への想いだけは、奪わないでくれないか。
     彼が青い鳥の詩を聞くのならば。私の詩が、あの人に届くのならば。
     あの人の記憶に一時でも私の想いが刻まれるならば。
     その時は、きっと──……


     ──外からも内からも、密々と音に閉じ込められている森は、世界に自分一人しかいない、そんな錯覚を覚えてしまう。
     大気がひりつき、閃光が地響きを呼ぶ。頭上からはしとどに降り注ぐ雨粒が枝葉を絶え間なく叩いている。馬車の幌ほどの大きさの葉に、雨粒が弾かれ、跳ねて、しなった葉の窪みに溜まる。重さを支える葉柄がぐぐっと垂れ下がり、スライムのように大きな水の塊が地に落ちる。バケツの水をひっくり返したように。またぴんと伸びた葉に雨粒が弾かれ、跳ねて……雷鳴が轟き、静かな雨粒のリズムがもどってくる。
     “ふいご”がたわみ、空気が震えて、音が細くたなびく。かき消されるはずの音は雨粒との隙間を縫い、木々に寄り添い、音の糸を森じゅうにゆるりと巡らせる。
     男の両肩が波を描いて揺れる度に、肩から伸びて、包み込む手のように丸まった大きな“翼”の内側からきぃきぃと“ふいご”がたわみ、縮み、音が鳴る。音色に乗せて低く伸びやかな詩を紡ぐのは、漆のようにつややかな黒い嘴。
     ──リトの民。男は弓に秀で、女は唄に秀で。弓を引く両腕は空を翔ける翼。響かせる唄が紡ぎ出されるは嘴。鳥が人の形に焦がれて恋しがって地に脚を伸ばしたような身体を持つ少数民族。
     声など、楽の音など、簡単にかき消してしまう雷雨が訪れる森林の一角に、リトの民にして唯一、楽器を以て詩を奏でる吟遊詩人が立っていた。



     ──落ちる雷は龍の怒り、注ぐ雨は女神の涙、そう記したのは我が師だったろうか。
     フィローネ地方、潤い豊かな大森林。何かを守るように、空の厚雲が特に雨と雷を降らし続けるコーラル台地にて。リトの吟遊詩人カッシーワは今日も詩作にふけっていた。
     熱帯に似つかわしい大きな葉を生やした木々は旅人をいくらか雨粒から守ってくれるとは言え、濡れることは避けられない。リト族であるカッシーワ自身は雨を弾く羽毛が備わっているために、気に留める必要はないが、抱えている楽器はそうもいかない──普通なら。雷雨の中で演奏を続けるカッシーワの持つ楽器は、カッシーワの羽毛同様に水を弾き、常と変わらない音を奏でている。
     そして、この台地のもう一つの脅威、雷の音はここよりも遠くで合いの手を入れるように鳴り響いている。──ハイラルの雷は金属に引かれる。荒れ狂う空が影を落とすこの台地で、金物など持てば瞬く間に黒焦げの焼死体が出来上がっている。
     そして自分の手元には、本来ならば内部に収められた金属のリードが、風を音へと変える仕組みを持つ筈の楽器。手入れをするために何度か中を開けたことはあるが、リードらしい部品は見受けられても、それが金属でないかどうかまでは、カッシーワには判別ができなかった。
     雨にさらされても、火の気を間近に浴びても、決して壊れることのない楽器。広大なハイラルの地でも、特に過酷な環境を旅をするために作られたかのように頑丈な楽器。
     カッシーワの師匠はよく言っていた、「よい詩を作るには旅をしなさい」と。
     師匠はカッシーワの行動を見越して、この楽器を残していったのだろうか。彼はシーカー族。古の技術の神秘を継ぐ種族だった。だとすれば、この楽器を形作っているのもまた──……
    「──古の魔法……のような技術、なのだろうか」
    「やっぱり?」
    「おや……?」
     聞こえてきた声に振り返れば、フードの下から丸い目が覗いている。澄んだ湖のような青い瞳。白い肌。金の髪。そして何より尖った耳。
     尖った耳を持つのはゲルド族とハイリア人の特徴だが、白い肌を持つ彼は間違いなくハイリア人だろう。
     よく見れば、フードマントの下に着こんでいる衣服のめずらしい蒼色には見覚えがある。声をかけてきたのは、旅をしていながらも縁あって世界のあちこちで顔を合わせるハイリア人の青年だった。
    「これは失礼いたしました。豪雨と雷の協奏に少し浸っていまして、」
     ああ、と納得した風に頷いて青年は空を見る。
    「凄まじい音だものな、貴方の音楽が聞こえるのが不思議なくらい」
    「ふふ、旅人を引き寄せるほどには、私の詩人としての腕も板についてきたということでしょうか」
     カタチに見合った音は出せているようだ、と胸の内で安堵の息をつく。かつて、己の声だけでは全身を唄に震わせていた彼の人の思いを伝えるには足りない、と抱え込んだ楽器が、少しだけ軽く感じた。
    「期待をさせてしまったなら申し訳ありません。この楽器は木と、革の組み合わされた素朴なものです。ハイリア人の手には合わぬ大きさですが、私にはちょうどいい」
    「なんだ、本当に古代技術の一部なのかと思った。この天気でも平気なようだし」
    「雨も風も雷も気にせず動き続けるカラクリ、ですか。人の手に収まっているのであれば便利でしょうが……やはり、アレは脅威です」
    「ガーディアンのことか」
     ガーディアン。1万年もの時を経ても精密さを失わず稼働する、シーカー族の持つ古代技術によって作られた機械仕掛けの兵。元々は伝承に伝わる人々の敵、厄災ガノンを封じるために作られたものだったが、100年前の“大厄災”と呼ばれる事件以降は、生きるもの全てを殺戮する悪鬼と化している。今なおガーディアンのはびこる平原地帯は、どんな旅人も避けて通る不毛の地となっている。
    「でも、結構ああいうのは燃えたり感電したりはするんだよ」
    「なんと、アレと戦ったことがお有りなのですか!」
    「必要に迫られて、すこし」
    「やはり……あなたには何か底知れないモノを感じますね」
    「そうだろうか……そうかもしれないな」
     青年はカッシーワが立っているのと同じ木の葉の影に入って、フードを脱いだ。ボタボタと水の滴る布をさして気にする風もなく両手で絞り、枝に引っかけると、腰元のポーチからリンゴを取り出して、隣に腰かける。大自然のオーケストラにしゃくりしゃくりとリンゴが欠けていく音が加わった。光と言えば雷と旅人の儚いカンテラ、分厚い雲に遮られてか細くなった陽光、夜と勘違いしそうな程には暗い森林の中で、呑気な咀嚼音は、良く、異質に響いた。
    「少し休むつもりでいるんだけど……。ここで、聞いていってもいいかな」
    「構いませんが……」
    「よし。豪華な休憩だ」
     小さく歓声を上げて笑った青年はありがとう、と礼を言って、食べ終えたリンゴの芯を放り捨てる。続いて水筒と、幾何学的な模様の装飾が施された板きれを取り出した。青年の手元でぼうっと青い光を放った板切れには地図のようなものが映し出される。
     そこまでをぼうっと見つめて、カッシーワは青年のリクエスト通りに演奏を再開した。助け合うことは人情であっても、旅人に詮索は不要なものだ。楽の音を求められたなら、楽士として本懐を果たすが努々。
    「……そういえば。この辺りにも勇者にまつわる詩が伝わっているのですが」
    「また、あの謎かけのような詩のことか?」
    「ええ、また。あの謎かけのような詩です」
    「貴方も飽きないなぁ」
    「それが私の旅の目的ですから」
    「旅の目的か。目指す先が分かっているのは、安心だ。迷わない。躊躇いも捨てられる」
     感慨深げにつぶやいて、青年はしばらく黙り込んだ。
    「……今日は、遠慮しておくよ」
     青年は、うすく笑って膝を抱えた。
    「ねえ、やっぱり演奏はいいや。少し話に付き合ってくれないか?」
    「話、ですか」
     演奏の手を止めたカッシーワは青年の次の言葉を待っていたが、話につきあってくれ、と言ったにもかかわらず、彼が口火を切る様子がない。
    「……旅のかた。あなたの旅の行く先は決まっているのですか?」
    「雨が上がったら湖の方へ行くよ。探し物を頼まれているんだ……っと、そういうことを聞いてるんじゃないか」
     ううん、と唸って青年は考え込む。
    「……きっと旅をすること自体が目的の一つだ。今は」
    「今は?」
    「本当は、旅をする必要なんてない。時間だってないだろう。あの城にさえ辿り着くことができて自分の役目が果たせるならば、それだけが許されていたなら。けれど、きっと……人を探さなければいけないから」
    「ひと、ですか」
    「誰よりも自分に近くて遠い、自分の内側からぽっかりと消えてしまった自分自身を。知らなくちゃいけない筈なんだ」
    「自分探しの旅。それもまた、一つの在り方です」
     話しながら、雨で湿気た土の臭いに、鉄の臭いが混ざっていることに、カッシーワは気付いた。雷は遠いまま。青年が金属製の武器を携えているならば、もうとっくに大きな鳥の丸焼きと哀れな旅人の身体が転がっている。
     カッシーワはひとつ、立ち位置をずらした。静かに動いたつもりだが、鋭利な脚爪が地面を引っかく音は、彼の注意を引いてしまった。
    「どうかした?」
    「ああ、いえ……わたしも、ひとを探して旅をしています。自らの命のすべてを注いで詩を紡ごうとしていた、あの人を、この世界に探している」
    「あなたは詩の研究のために世界を巡っているのではなかったか?」
    「ええ。間違いではありません。私は師匠の残した詩を知るために世界を巡っている。けれど、詩は歌い手と、聞き手がいて、詠われることで初めて成り立つものです。師匠の残した詩の全てを知ることができたなら、私はその詩を詠わなければならないと思うでしょう。そして、詠うためには、師匠が抱えていた思いを、理解しなければならないとも」
    「すごい熱意だ」
     青年は感心した風に息をついた。
    「詩を奏でる者に思いが無ければ、詩は、届かなくなってしまう。私は師匠からそう教わりましたから」
    「ふうん……」
     青年は相変わらず膝を抱えている。カッシーワは目を伏せて、彼の姿が見えないようにしながら声をかけた。
    「その、板きれ。ポーチよりも多くの物が仕舞ってあるのでしょう。傷を治すものも。使って構いませんよ。私は何も、お尋ねいたしません」
    「……どうして」
    「怪我をしている。傷が痛む。……風雪を耐え忍ぶは美徳です。不撓不屈は気高さです。しかし、」
     ようやくカッシーワは青年に視線を向けた。見透かすようにずいっと青年の青い目を覗き込んで。
    「いけませんよ。世には機会を逸すれば二度と消えない傷がある。あなたを必要とする誰かが、あなたの傷を見れば、どう思うかが分からないあなたではないでしょう。傷のついたまま失われるモノへの胸をくりぬく虚しさを、あなたは知っている筈だ」
    「リトは鳥目だと聞いたのに」
    「ええ、実は貴方のかおも、ぼんやりとしか見えないのですよ。……鉄の匂いがするものですから」
     傷が見えていたわけではない、とカッシーワが明かせば、青年はなんだ、と脱力してリンゴの芯が蹴っ飛ばされる。
    「あなたは、迷わないのか?」
    「空には星が。森には風が。海には光が。迷い道の導も読めないようではとても一人旅などできませんから」
    「自分は……迷ってばかりだ。考えることを止めてしまいたくて。全てが夢なのではないかと」
     青年の声に常ならない陰りを感じ取って、少しの間、カッシーワは返す言葉を思案した。
    「……星が見えているのです。暗雲が覆い尽くそうとも、青さに塗りつぶされようとも、決して輝きを失わない星が」
    「星?」
     ええ、とカッシーワは頷いて、空ではなく、青年が治療を始めた傷に視線を向けた。
    「ある夜に、ひとりの詩人が追いかけ、手を伸ばし損ねた星が。ある雨に涙を振り捨てた少女が、祈りを捧げた星が」
    「それは、何かの詩の一節か?」
    「そうでもあり、そうでもないとも言えます」
     青年は首をかしげている。
    「私のこの目に星が見える限り、詠い続けなければならない。約束がありますから。そして私にあの星たちが見える限り、詠い続けたいとも思っています」
    「貴方は朝も昼も歌っているじゃないか」
     カッシーワは曖昧にほほ笑んだ
    「旅の人。あなたは孤独を恐ろしいと思いますか?」
    「たぶん、恐ろしいものだ。孤独に耐えかねて、それでも耐え続けるために泣き続けたヒトを、知っている」
    「では。あなたは、私を孤独だと思いますか?」
    「……わからないよ。自分はあなたのことを知らない。でも、あなたは何時も、一人だ」
    「──では。あなたは、あなた自身を孤独だと思いますか?」
    「……それは」
     青年は目を逸らして、言葉を詰まらせた。それを見たカッシーワは楽器を地に下ろして、青年の隣に座った。
     思い出すように目を閉じて、詠うよりも一層柔らかな声で、語り始める。
    「ある、詩人の話をいたしましょう。氷のなかに灼熱の炎を飼うように、自らの想いに身を溶かしていった詩人の話を。──あなたが、あなたの孤独を見つけられるように」


     ある国の、ある城の王にお抱えの宮廷詩人として市井より見込まれた一人の詩人がいた。
     物覚えがよく、言葉巧みに詩を作り、どんなに客が多い時も少ない時でも朗々と詠い上げる詩人は、人々の間で噂となり、王に側近く仕える者たちの耳にまで届いた。
     ある国に建つ、ある城の王には、それはそれは美しい姫君がいた。
     見目よりも、その心根が何より気高く民へのやさしさに満ちた姫君は、多くの人に好かれていた。
     城の大広間で、王と姫君が並んで座るその目の前で、詩人は詩を披露してみせた。
     王は詩人の才を称え、宮廷詩人のお役目を与えた。
     姫君はその調べの美しさに惜しみない言葉を贈った。
     詩人は、姫君の美しい心に密やかな忠誠を誓った。
     ──それから、詩人は姫君を慕う者の一人として、在り続けた。
     国を負う重責を与えられた姫君の未熟さを笑うものが現れても。
     責務を果たせぬ姫君を口さがなく罵る者が現れても。
     誰よりも姫君に近いはずの王が、彼女の不足を責め立てようとも。
     姫君の心を癒すために心血を注いで詠い続けた。
     それこそが己の役目であると。己にしかできぬ役目だと。
     気高く立ち続ける姫君と、いつまでも詠い続ける己に夢を見た。
     ──しかし。あるとき、心優しい姫君の心に大きな嵐が訪れた。
     一人の騎士の存在が、姫君の心を揺らした。
     詩人と同じように市井の出であり、詩人と同じように王にその実力を見初められて姫付きの騎士となった男。
     彼は詩人と違って手繰る言葉に愛想が無く、彼は詩人と違っていついつでも職務に忠実だった。そんな完璧な騎士だからこそ、姫
     はじめ、詩人は疎んだ。姫君の美しい心を病ませるその騎士の存在を。
     姫君が騎士を恐れ、疎んじていた心が、信頼し、思慕を寄せる心に変わっていく様を、広間で詠う詩人は見続けた。
     ついで、詩人は惑った。姫君の心を支え、癒していく騎士の存在に。
     姫君が、花開くような美しい笑みを向ける相手が、あの騎士であることを、詠う詩人は気づいていた。
     ──詩人は葛藤した。
     姫君の幸福を願う自分と、姫君の心を占める騎士へ憎悪を向ける自分に。
     苦しみ、悩み、それでも、姫君のために詠い続けた。
     しかし、それも紅い月が昇るまでのこと。
     ついに、詩人は失意した。
     燃え落ちていく城を見つめて。燦然と輝く守護の光を見つめて。
     まがまがしい紅い夜空を見つめて。廃墟となり果てた街を見つめて。
     詩人は果たして逃げ延びた。詩を宮廷をかなぐり捨て、命をつないだ。
     ──だが、それになんの価値があったというのだろう?
     ひとり、魔の手に落ちた城へと歩みを進める気高き姫君の姿を、言葉かけることすらできずに見つめて。

    「──詩人は、そこに至って初めて、己の言の葉の無力さを知ったのです──……」

     ──カッシーワにとってその人物は、旅人だった。
     カッシーワの住む北の山脈手前、僻地の湖に作られた村落を訪れた風変わりな旅人。リトの女たちに劣らぬ楽才を見せて、不似合いな上に振りもしない立派な剣を背負って「自分は研究者だ」と名乗った旅人。
     カッシーワは其の旅人が語る女神の伝承、異邦の詩に熱心に聞き入っていた。もとから、カッシーワには村の外の世界に関心があった。旅人の話を聞いていく内にその好奇心は世界を巡ることへの希求となっていった。その旅人が、他のどの人間よりも詳しく、美しく、まるで一編の物語のように語ることが、熱意を加速させたのだ。
     旅人が「お前が来るせいで寝る間がない」とぼやいた程。話を聞かせてもらう代わりにヘブラの山を案内し、リトに伝わる資料を貸し与え、今思い返せば、あのときから、研究の手伝いをさせてもらっていたのだろう。
     調査を終え、旅人がリトの村を去るとき、彼だけに「自分は過去には宮廷詩人だったのだ」と自嘲するように笑って打ち明けていったほどに、カッシーワは熱心な“弟子”だった。
     琥珀色の目を伏せて、カッシーワは覚えに新しい、紙束だらけの部屋に思いを馳せた。
     人里を離れた林野の奥にぽっかりと空いた空間。虫や動物どころか、キノコや木の実の一つも見当たらない、絵に描いたように整いすぎている草原に、その家はあった。
     住人を閉じ込めるようにひっそりと建っていた家。リトの詩人へ、と旅人たちの手を転々としながら届いた手紙に添えられていた地図だけが場所を知る、ある宮廷詩人の隠居先。──カッシーワの旅の始まりとなった場所。
     家、と言いながらも、あのとき実際にカッシーワが訪れた家の中には、机と椅子、古の詩の研究を綴った紙の束しか無かった。
     壁中に張られた資料。床を埋め尽くす文献の数々。寝台もなければ、炉もない。食料を保存する棚もなく。部屋の隅に転がっていた楽器だけは手入れが施され、まるで自分が家主かのように生き生きと輝いていたが、それがもう随分と音を奏でていないことは明らかだった。家の中に居たものは、それがすべてだった。
     ──手紙を寄越した筈の人物は、金の装飾が眩い剣を抱え込み、家屋から少し離れた木の根元で、倒れていた。
     聖三角を象った金の装飾。王に功績を認められた者に贈られる、王家の剣。彼の詩の才を称えた王から賜ったものなのだ、と嬉しそうに笑って抜きもしない剣を背負い続けていた。彼を姫君と出会わせた縁の証。詩を捧げることしか叶わない彼が、その詩の結実として手に入れた、姫君と自分を繋ぐ縁の証。
     ──その剣を宝物のように抱え込んで、彼は息をやめていた。
    「大丈夫か?」
     青年の気づかわし気な声に、はっと詩人は意識を取り戻す。
    「ええ、すみません。思い出していたら、過去に浸りすぎてしまったようです」
    「ああ……自分もよくやってしまう」
    「そうなのですか」
     大して驚く様子もなく、詩人は頷き、青年もまた頷いた。
    「姫の笑みを、姫の心を守るのは己だと傲った宮廷詩人。城に招かれ御前に跪き、熱に浮かされた詩人に叶うのは詠うことだけ。ともすれば身の内からはちきれそうな情動を、言葉の型に均し、旋律という包装紙で綺麗にくるんで送り届けることだけだったというのに、あの人は」
     呆れたような口調に対して、カッシーワの笑みはいとおしげだった。
    「その人は、どうなったんだ?」
    「厄災によって世界が混乱に陥る少し前に、叛意を疑われて、処断されぬように姿を消しました。幸いにもそのおかげで彼は宮廷に居た多くの人々と異なり、滅びに呑まれず故郷まで逃げ延びることできたのです」
    「叛意?姫を愛していた人が、いったいどうして」
    「その詩人が、姫君を愛してしまったからです」
    「……それだけで?」
    「ええ。彼は流れ居着いただけの吟遊詩人。城に住まう姫君にはつり合わない。周囲の人間と他ならぬ彼自身が、そう定めた」
    「そう、か……」
     眉根を寄せて複雑そうな表情を浮かべる青年に、カッシーワは少し、安堵した。ある詩人の半生を誰かに語り聞かせたことは、これで二度目だった。
    「悲しむことはありません。彼の本当の心を知る人がいなかった訳ではないのですから」
     遠く、木々の奥を見つめて、カッシーワは深く息を吐いた。
    「あの人の思いを、他の誰が過ちと糾しようとも、不敬と断じようとも、劣情と蔑もうとも。私が彼の眼差しを愛と肯定しましょう。私が彼の歌声を恋と信じましょう。私が彼の言葉を献身と断じましょう」
     私は彼の瞳に炎を見た、とカッシーワは言う。その声にはたしかな陶酔が宿っていた。
    「彼の瞳には、かつて私が抱えたものと同じ、とけるような炎熱が確かに宿っていた。ぼろぼろの譜面をなぞる指先に、未だ詩の乗らない旋律を口ずさむ唇に、遠く平原の末を輝く星を見つめる瞳に。だから、最初に彼の瞳を覗いた私は確かに怖じ気付いてしまった。だから、私は憧れたのです。それほどの思いを詩に託して世界を映しだしてみせる“詩人”に」
    「それって……」
    「古い話です。まだ、私が当たり前にあの村にいた頃の。彼はリトの村を訪れて、しばらくの間、詩の研究に勤しみました。各地同様、へブラにも古代の遺跡は多いですから。と言っても彼はリトの民と違って、この地にもこの地の寒さにも不慣れだった。私は彼の研究を手伝い、彼は私に旅の話を、彼の過去を、語ってみせた」
    「詩人は、あなたの師匠のことなのか」
    「ええ。正解です」
     カッシーワは、表情を変えることなく、穏やかに話をつづけた。
    「同じ目をしていたからでしょうか。師匠は、縁深い同胞でもなく、ただ、旅の途中で少し言葉を交わしただけのリトの私に詩を託していきました。途方に暮れてしまう程、途方もない喜びでした。あれほど甘美でありながら辛苦を刻む幸福を私は他に知りません」
     カッシーワはその時の喜びを思い返すように笑みを深める。
    「──ああ!私の翼はこのためにあったのだ!あの人とは似ても似つかぬこの異形こそは、あの人の愛を果たすために応えてくれる!」
     感極まったその声に驚いた青年がびくりと肩を揺らしたのもお構いなしに詩人は語る。
     雪の山脈に囲まれた湖面の上に吊り下がる木の籠を飛び出して幾星霜。けぶる砂漠を見下ろして。大海にあさいだ風を浴びて。青く茂る草原を歩み、燃え盛る山を越え、途切れなくせせらぐ大河を見つめ。愛する妻も子供も置き去りにして、遺された詩の真実を求めて一人飛び回るこの詩人を突き動かす、この衝動こそは。
    「あの人の詩は麗しき姫君への愛と献身、そのものでした。私の詩は何になるだろうか。師匠の旅路をなぞり、燻る炎の欠片を集めて、最後に、私が詠う詩は彼の愛のように美しいもの足り得るのか。私は、怯えずにはいられない。──同時に、追い求めずにはいられないのです。他の何を置いても、その答えを」
    「……それがあなたの孤独?」
     詩人は微笑んだ。
    「これ以上のことは、ただではお聞かせできません」
    「“ただ”では?」
     聴かれることが報酬とばかりに無償で艶やかな楽の音を提供するこの詩人にしては珍しい、一枚看板を張り付けたような口ぶりに、青年は目を瞬いた。
    「世界を救う。そのくらいの対価でいかがでしょう」
    「そのくらいって」
     青年は怪訝そうな顔をして、ひょんな声を上げた。
    「そんなの、普通の人じゃ無理じゃないか」
    「ふふ」
    「笑いたいのはこっちだよ」
    「だって、その言い方ではまるで世界を救うような“普通じゃない人”がいると知っているみたいでしょう」
    「え、」
     青年はぴたりと動きを止めた。
     蹴っ飛ばされたりんごの芯は、とうに草むらの影に隠れてしまって見えない。
    「……ええ、ですからあなたに申し上げるのです」
    「………」
     黙り込んだ青年をそのままに、詩人は詠うようによどみなく話し続ける。
    「いつか、ある人に受け取ってほしい詩が、あるのです。きっと、その詩はある人に勇気の光を充たすでしょう。きっと、その詩は、ある人に呪いをかけてしまうのでしょう。世界を救わなければならない、という、呪いを。勇者という運命を背負わせる呪いを」
     固く信念に裏付けられた詩人の声は、強い雨音と落雷のなかでも朗々と響いた。
    「それでも私はその人に願わずにはいられない。この詩を、我が師の祈りを、どうか聞き届けてほしいと。それでも私はその人を信じずにはいられない──だって“彼”の生涯をかけた想いを受け取るのであれば、それくらい・・・・・果たしてもらわねば、困るのです」
    「世界を救うのが“それくらい”、か」
    「“それくらい”ですとも。私は、私の師を誇りに思っています。その師が信じた希望に、その師が破れた愛に、確かな強さを見出だせなければ。私はとてもではありませんが、納得がいきません。私の師が、みじめな敗者などと。師の献身が、酬いるものの無い切なる悲劇などと。私は認めるわけにはいかない。師の意志を継ぐとは別の、ただ私の矜持にかけて」
     いつになく堅い声で、詩人は話を締めくくった。
     青年はうつむいて、長い前髪に顔を隠して、言い淀みながらも文句を言った。
    「そんな、そんなことを語られてしまったら、その人に選べる道は一つしかないじゃないか。……あなたの願いは、独りよがりだと責めることだって出来やしない。ずるいじゃないか」
    「そう。いやはやまったく、その通りです。……私はまだまだ未熟なのですよ。ある人のために、と作られた詩を、私はどうしても“彼”のために詠ってしまう。“彼”のために、ある人はこの歌を聞いてくれるものだと信じずにはいられない。これではあまりに不公平です。“彼”が傷つき苦しんだ不条理そのものです」
     詩人は、青年の言葉に気を悪くするどころか深く頷いて、彼の言葉を肯定した。
     青年が何か言葉を続ける前に詩人は立ち上がり、青年の前に向き直る。
    「ですから……この世界が真に救われるが先か、私が詩人として真に詩に込められた思いを詠えるようになるのが先か。───それとも、この世界が終わるのが先なのか」
     詩人は、悪戯っぽく青年の顔を覗き込んだ。
    「“勝負”と、参りましょうか?」
     青年は目を丸くして、それから、震える声でまくし立てた。
    「あなたは。あなたはそれでいいのか?──その人は決して来ないかもしれない。逃げ出してしまうかもしれない」
    「ええ、そうかもしれません。ですが、貴方が私の詩を聞いてこの地に腰を下ろしたように、詩を聞くヒトがいる限り、可能性は消えません」
    「──そいつは、世界を救えるような立派な奴じゃないかもしれない」
    「ええ。そういうことも、あるかもしれませんね。ですが、それは我が師の悲願とはまた、別の話です」
    「別?」
    「私とて、足掻いているのですよ。厄災の真実を知り得るものが一人として。愛するもの、愛したもの、私が守りたいものを守るために選んだのが、弓を引くよりも詩を詠い紡ぐことであっただけの話」
    「だったら、なおさら……!」
    「……それでもなお、彼の想いをあの高貴なる方に届けられないのであれば。私の詩がただのさえずりに堕してしまうならば。世界が終わることも──已むを得ません。それは誰が悪いわけでもない。ただ落胆があるだけ。私の力が及ばなかっただけ。私の信じた光が幻であっただけ。私の、私と私の師の生涯をかけた挑戦が、世界を救うに能わなかっただけです」
    「あなたは、信じている全てが自身の選択だと、あなただけが背負った選択だと言うのか?」
    「言ったでしょう?私はずっと、私だけの星を見ているのです」
     詩人はきっぱりと言い切った。青年は口を少し開いては閉じ、言葉に迷いながら声を絞り出した。
    「───あなたは。意外と、傲慢だ」
    「おや、心外ですね」
     詩人は軽やかに応えて、音が付くように笑った。
    「私はリトの男。このハイラルを誰よりも高い場所から見下ろす空の支配者。誇り高き翼を連ねるもの。──もとより、地に脚つけて目の合うような気位は、持ち合わせておりません」
     青年はしばらく俯いたまま、肩を震わせた。喉から溢れ出す息が止むまで。
    「そう……そっ、かぁ……」
     笑い声ともため息とも判別の付かない脱力しきった声をあげた青年は、勢いをつけて立ち上がった。フードを引っ付かんで、剣を背負い直して、詩人に背を向ける。
     詩人が青年の背中を呼び止めた。
    「旅のかた。あなたの孤独は見つかりそうですか?」
     じり、と靴底が地面を踏みしめる感触がして、青年は拳を硬く握りしめた。首だけを動かして、詩人の方に振り返る。
    「あのさ」
     問いかけに答えようとして、青年は空に日が昇っているのを見つけた。灰色の雲の向こうに、白い影が出来ていた。青年は返す言葉を変えた。
    「──やっぱり、あなたもあいつに似ているよ」
    「それはそれは。リトの男にとって、最上の誉め言葉です」
     目を細めて優雅に一礼した詩人の肩に木洩れ日が差し込む。厚い雲の切れ間に薄青い空が覗く。雨粒が跳ねることをやめた。雷は猛りを潜めた。川がせせらぎを取り戻した。日差しにきらきらと静寂が積もる森に、一人分の足音が駆け抜けていく。
     きい、と“ふいご”が伸び、縮み。森の中に、再び音楽が満たされていく。
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