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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。あたらよのあけがらす。夜を一緒に飛んでいけたらいいね。という約束の話。
    ※メドーとリーバルに相棒してほしかった夢の跡。やくもく記念の供養そのに。
    ※捏造200%※厄災復活前のいつか

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    ##リ

    可惜夜の明烏【彼に夜を贈った記録】

    「一緒に夜空を飛んで行きたい」と願った。
    「一緒に夜空を飛んで行こう」と交わした。


     くちばしの先端から声がする。すごい!と叫ぶのは夜空に向けた感嘆の声だった。雲の上のそのまた上、呼吸すら薄くなる高空の中を悠々と飛ぶ巨大な機械の鳥は、嘴の先に一人の人間を乗せていた。機械の鳥はほんの少し頭を上に傾けていて、その嘴の先端は今まさに世界で最も高い天辺に位置する唯一の場所だった。
     そんな世界のてっぺんを独占して立っているのは、機械の鳥の爪の先ほども無い小さな人間だ。夜明けの藍色を朱い朝日で少し焼いたような群青ぐんじょうの髪と同じく群青の“つばさ”と、目の縁に紅をさした翡翠ひすいひとみ、それからべっ甲みたいな飴色の“くちばし”をしている。
     機械の鳥が乗せている人間もまた、鳥のようなみためをしていたわけである。
     夜明けの藍色を朱い朝日で少し焼いたような群青の髪を幾つも編んだのと両の鉤爪足には、瞳と揃いの翡翠の飾りがついていて、風に吹かれるとぶつかり合う飾りがからころ鳴った。空の果てにたった一人の人間は、静かな夜空中よぞらじゅうで、見るにも聞くにも一等に鮮やかな存在だった。
     月の光をスポットライトのように照らされた小さな人間が感極まって言うことには、
    「こんなに月が近く見えたのは初めてだ……!」
     と、洒落しゃれた隼のような怜悧な風貌の青年が小さな子供同然にはしゃいでいて、興奮に上ずった声は夜の静寂しじまによく響いた。
    「ぼやけて何がなんだか分からない丸じゃない、月の形がハッキリ分かる!オムレツみたいに半分っきれだ!ああそうか、今日は新月から数えて二十日とちょっとばかし経ってるから……あれが弓張月ゆみはりづき下弦かげんの月っていうヤツなんだろう?!」
     たしかにげんを張った弓みたいにも見えるかなあ! と彼は面白がって叫んだ。鳥人間のみための通りに“鳥目”の彼は、書物に書かれた月の満ち欠けは知っていても、それを実際に見たことはなかったのだ。空を羽ばたくことに関して機械の鳥にさえ張り合う気位の高さを持つ彼が、月がランタンより明るいことも知らないと言ったのを、機械の鳥は惜しく思った。
     機械の鳥は、兵器だった。人の手に従って戦う為だけに作られたものだ。身体中に砲台があり、据えられた思考回路は、ただ戦いを有利に進めるためのもの。星月ほしつきの輝きも、美醜も、知識はあれど判断がつかない。
     だが、青い翼を持つ彼は違う。
     彼は、戦士だった。機械の鳥を従えて、繰り手と呼ばれた。彼もまた戦いに生きるものであるが、時にその翼は風と躍り、時にその声は歌を紡いだ。彼は世界を彩る美しさを言葉にすることが好きで、彼自身が、その美しいものの一つであると知っていた。
     そんな彼が機械の鳥さえ知っている星月ほしつきの輝きを知らないと言うのは、ひどく滑稽でバランスの悪い話だ。
     故にこそ提案したのだ、夜を飛んでみないか、と。それが夕刻の頃の話。
     そうして機械の鳥は今、そんな彼の目にも月の形が判別できるように、月に近付いて空を飛んでいる。
    メドー、、、。お前、こんな景色を僕に黙っていたのかい?ずるいじゃないか。こんないい夜をいままで何度見逃したんだい、僕は。ああいや、僕が日が暮れてすぐ帰ってしまうせいか?……いや、いい、無粋な話をしたね。今、僕らが同じ夜を見ていることに変わりはないんだ」
     メドー、と足元の機械の鳥の名を責めるように呼んだかと思えば自分勝手に納得した彼は夜空の鑑賞にいそしむ。
     それからしばらく両の指先でがくをつくった中の月を覗いて、あれは弓か、いや鏃の形か、と口にしながら、彼は月の形の名付けを検討していた。弓を引く戦士である彼にとって、弓の名前を冠する月の形は大いに興味をそそられるものだったらしい。
     やがて結論が出たのか、彼は機械のくちばしの先からメドーのアイカメラの横に降りてきて座ろうとする。巨大な機械の鳥は目玉も巨大で、洞のように部品が組み合わされたアイカメラの近くには人が座り込めるくらいの窪みがあった。そこは嘴の先端に次ぐ彼の気に入りの場所のひとつで、なんでも他の“翼の無い人間”では降りるのに躊躇する危なっかしさが、特別魅力に感じるのだと以前に言っていた。
     足元を気遣うようにアイカメラに通った電子回路が淡い青に光る。硬質な壁面にメドーの触感覚はないにも関わらず彼はそれをさっと撫でてやり、彼自身の黄色い嘴を開いた。
    「あれはやっぱりオムレツだよ。弓と弦はもっとしなりがなくっちゃダメだ。あんな几帳面な図形になるのはゾーラの金弓かなゆみくらいだよ」
     月の形を名付けたのはゾーラの民だったのかい? と彼が聞くので、内部記録を検索して言葉の来歴を探ったが、出てくるのは言の葉の意味とそれが表す形のサンプルデータだけだった。言葉さえ理解すればよい兵器の鳥には不要な情報として元から記録されていなかったのか、数万年の眠りでデータが欠落してしまったのかは定かではないが、彼に望まれた答えを返せないことだけは確かに分かり、メドーは尾翼の滑車が軋んだ。
     他に仕様も無いのでメドーはそのまま、不明、と返した。彼はそこまで答えに執心していたわけではないらしく、そうかい、とだけ言って視線を戻し、また熱心に夜の空を眺め始めた。
     ──変哲もない夜空に飽きる様子が無いのは、彼がリトの村で生きてきたことが大きな要因だろう、とメドーは推論を立てる。
     青空に女神の恩寵おんちょうあふれる一方、夜闇には厄災の怨嗟えんさ渦巻く世界ハイラルで、夜間の静謐さは平穏の証左である。中でもリトの村はハイラルにおいてとりわけ夜が静かな場所だった。それというのもリトの村に住む人間たちは皆、夜になると目が見えなくなってしまうので、日が暮れたら眠る以外に仕様がないせいだった。
     リトの村の人々は一様に鳥と人の合の子のような姿形をしていて、多くリト族と呼ばれた。リト族は両手を翼にして空を駆けることが出来る代わりに、ひどい鳥目を持っている。鳥目は手元にランタンを持っていても星を見上げるどころか腕を伸ばしたときの自分の指先すら見えなくなってしまうくらいのひどい夜盲で、これは「青空を自在に駆ける自分たちに嫉妬した地の底の悪魔の呪いなのだ」というのがプライド高い彼らの常の言い分だった。
     月の形が見えるとはしゃいでいた彼もまた、鳥目のひどいリト族が故の無邪気な喜びようだった。
    「これだけ近いと月の光は随分ずいぶん明るい。“夜風が見える”くらいだ!」
     空を駆けるリト族たちは一様に“風が見えるのだ”と自らを語る。そして彼はリトのなかでもとっておきに風の姿を捕まえて翼の内に慣らしてしまうのが上手だ。空の戦において彼と彼の従える風の、メドーでさえ動きの予測を算出しきれない巧みな舞踏は、人々から芸術品とまで称えられる。
     そんな彼を以てしても、夜の闇の中では風を見失ってしまうものだ。さすれば“夜風が見える”と叫んだ彼の興奮はうかがい知れよう。初めて流れ星を見た子供のような興奮だ。きっと彼は流れ星も見たことがないのかもしれないが。
     しばらくの間、すごい、すごい、と繰り返して叫んでいた彼だったが、そのうち高空たかそらの寒気にさらされ続けていた身体がとうとうくしゃみをした。機械の鳥のメドーだからこそたどり着ける限界の高空は、全身を羽毛に覆われたリト族の彼でも凍えてしまうほどの寒さだった。
     身体の冷えに興奮も冷えたのか、彼は嘴をつぐんで大人しくなり、身を縮めて暖を求めるようにメドーの青く光熱を放つアイカメラにすり寄った。
     それでも目だけはずっと夜空に向いたままで、熱っぽい視線はまだまだ見飽きぬ夜空に焦がれているようだった。閉じた嘴からは白い息がふうふう立ち上っては消えていく。
     メドーは、その焦がれる視線そのままに彼が飛び出してしまうのではないか、と危うさを覚えて、彼の気を引き留めるべく今度はメドーの方から尋ねかけた。
    「なんだいメドー?ああ……星は見えるかって?星か、うーん……やっぱり流石に星は見えないね。あれは月よりも遠いみたいだ」
     目を細くして空を睨んだ彼は、平坦な口調で答えた。はたして彼の気を引くことはできたが、代わりにメドーの問いは彼の上機嫌に水を差してしまったようだった。引き続いた自分の失態にメドーはとうとう詠嘆の鳴声をこぼす。草木も眠る夜であるので、それはもう本当にひっそりと、息にしても綿毛も飛んで行かない程度の細い音の震動だったが、彼はきっちりと聞き拾って、おいおいどうして落ち込むんだい、こんな素敵な夜だってのに、と慰めるように言う。
    「そりゃあね、星が見えないのは残念だよ。お前をつくったらしい、確か星見の一族だったかい? シーカー族、彼らの言う星座っていうのは、ま、僕の鳥目じゃ分からないけど……」
     彼は肩を竦めて決まり悪そうに言葉を切った。そしてすぐにきらきらとした翡翠の目をいっぱいに見開いて自慢気に笑う。
    「メドー、お前の背の上でなら、夜が見える。星がなくとも、これだけ明るい月があれば、僕とお前なら迷いなく飛んでいけるだろう。僕はお前と一緒なら夜さえも飛べるんだ!ああ、夜を自由に飛んだリトなんて、一万年の歴史にだってそうそういないぜ、きっとそうだ、僕が初めてかもしれないぞ!」
     どうなんだい?と彼が視線で訴えかけたので、メドーはまた、不明、とだけ答えた。そうかい!と彼は機嫌良くその返事を受け取った。
    「お前の記録にだって無いんだね? それじゃ僕が最初だ。僕とお前が、初めて夜を見たリトだ!」
     彼が空の星を掴むように手を振りかざして胸を張る。記録が無いのではなく記録が確認できないのだ、という事実を指摘するには、彼の弾んだ声が心地よかった。
     メドーは、彼が生まれるよりも何万年と前に造られうまれた兵器であり、メドー自身も知らない長い年月の間、地の底に眠り続けていた。壊れたのか、捨てられたのか、役目を終えたのか、理由は分からない。ただ長い長い間を眠り続けて、人々にも忘れ去られ、メドー自身も自分のメモリーを忘れた。
     世界が再び戦いの世になったことでメドーは発掘され、繰り手の彼と出会ったが、消えた記録は戻らなかった。
     メドーの記録回路は、日々のことも、戦いの事さえも欠落ばかりだ。繰り手の彼は会話や戦いの中で少しずつその隙間を埋めて、息を吹き込むようにメドーを呼び起こし、一人と一基が一つの生き物のように新しく“記憶”をつくっていった。
     今、メドーの中に在るものは、開け口を無くした記録よりも、彼との記憶の方が多くなっていた。
    「おや!もう夜明けだ……」
     夜に盲目で、光に敏い彼の目が山際やまぎわの奥に漏れる朝日を見つけた。ぱっと握っていた手を開いて、彼の白い指先が遠く白い月の丸みをなぞる。「月が逃げていってしまうね。」と彼は少し残念そうに呟いた。
    「なあメドー。あの月まではどれほど遠いだろうね。ここから東の果てのラネールの雪山に飛んでって、ぐるりとヘブラの裏側を回って戻ってきたって僕には三刻とかからない、訳無いことだけどね。そんな僕でさえ、あの月にはどうにもたどり着けないらしいんだ」
     少しランタンの油が足りないのだと言うような気軽さで彼は言った。地上の人々にとっては挑むことさえ愚かな大言壮語も、彼にとってはやりよう次第でどうにかなる、諦めることの方が愚かな問題らしかった。
    「目が見えるようになる明け方の日の昇るきわを狙ってあの月を追いかけても、上に飛んでも遠くに飛んでも追い着けたことがないんだよ。いつの間にか月は逃げて姿を隠してしまって、その一瞬だけ僕は空中でしるべを無くした迷子みたいになってしまうんだ」
     おっと内緒だぜ、と言いながら彼はメドーには弱みを見せる。メドーは彼の鳥目も、彼が彼自身に完璧を求める現実的な理想家なところもよく知っているから、彼が本気で月を目指したことがあるのだろうことに疑いは無かった。だからこそメドーは他の疑問をもった。
    「なに?どうしてそんなに月に行きたいのかって?……別に月に行って何かしたいワケじゃない。“矢が届くなら”、追い付けなくたって構わないさ。ただねえ、僕も自分の弓が届く距離っていうのは良く分かってる。あの月に矢を届かせるには、それはもう目と嘴の先ってくらい近付かなきゃダメだ」
     彼の答えにメドーは益々ますます混乱を極めた。月に矢を射掛いかけて何とするのか。行き着く答えが見つからずとうとう固まって沈黙してしまったメドーに、彼は微笑んだ。そして、答えをくれてやるでもなく「僕はね、メドー、お前の青い光が好きだよ」とささやいた。
    「メドー、実を言うとね。今日のこの夜間飛行で僕が一番楽しみにしていたのは、月でも星でもなくって、お前の光を見ることなのさ。僕はずっと夜を飛ぶお前の姿を近くで見てみたかったんだ」
     何故、と尋ねかければ、彼は当たり前のことを問われたように首をかしげる。
    「だってお前、夜になるとこの身体中の回路の青い光がホタルみたいに綺麗に見えるだろう?昼間も光っているけれど、やっぱり夜の方が綺麗に見える」
     珍しい彼の素直な賞賛にもメドーは返す反応を選択できず沈黙を続けた。一方で、メドーの筐体は思考回路の制御の外でちかちかと回路の青を光らせており、それに気付いた彼はいっそう目を細めた。
    「で。今日お前と一緒に月を眺めてみてひとつ分かったんだけど……月の光はやっぱり、“明るすぎる”。他の何よりもあの月は一番明るい」
     遠くの星の光が見えないくらいにね。と彼は茶化したが、月が明るいことの問題がメドーには分からなかった。鳥目の彼を助けて夜を照らす灯りが足りないことはあっても、過ぎることがあるのだろうか。一向に沈黙から帰らないメドーに、彼は言葉では「なんだいメドー、まだ分からないのかい?まったく僕に先まで全部言わせるなんて、なかなかお前も罪つくりだ」ととがめながら、先の月を眺めていたときよりも遥かに上機嫌な声音で言った。
    「だからね、メドー。つまり、あの明るい月を撃> う]]ち[[rb:落としてしまえば、青空みたいな血を燃やしているお前がこの夜で一番に輝く光になるだろ? ってことさ」
     月よりも、星よりも、空の支配者が空で一番美しくあるべきなのだ、と彼は語った。メドーには、自分の姿の美醜は分からず、彼の言う青空のような血の光も理解に及ばなかったが、それでも、彼が言葉を尽くして自分を称賛していることは確かに伝わった。メドーはやはり返事の代わりに機体を駆け巡る青い炎の熱を上げた。
    「お前は僕に“夜”をくれたんだ。こんなに美しくってやさしい“夜”だよ。なかなかこれだけの思い出を越える贈り物ってないものさ。だから僕は、メドー、お前を夜で一番に輝くものにしてやりたいのさ」
     それが彼の考えるメドーへの返礼らしい。メドーにとってこの夜間飛行は彼への贈り物である認識は無かった。けれど彼が喜び、受け取ったのだと言うのならば、メドーにとっては否定すべくもない。
    「でも……今日はもうおしまいだ。日が昇ってきてしまったよ。お前の青色もしばらく見納めだね」
     山際から滲む朝日の光を、彼は複雑そうに迎える。夜に浮き足立っていた勢いは鳴りを潜め、静けさをつつくような微かな呟きだけが風に流れていく。
    「夜は昼間よりもずっと短くて、足りないな」
     呟く彼は、夜の終わりを惜しむというより遊び足りない空しさを不満に思っているようだった。
     陸の内でも最も北に位置するとされるこのヘブラ地方は日が昇るのが早く、また同時に最も西の地方でもあるために日暮れが遅い。ヘブラの午後八時の明るさに慣れ切ったリトの民が、旅先で日の暮れる前に宿へ戻ろうと時計を気にしながら買い物をしていざ外に出てみれば、旅先の八時にはもう鳥目には脚のおぼつかぬ夕闇が広がっていて、途方に暮れたリトの旅人が翼を畳んで明りを片手に歩く。その姿はまるで親とはぐれた雛鳥のようだ、とからかう話は意外と多い。
     今宵も自分から逃げていく月を見て、彼もまた夜にはぐれた雛鳥の心地を思い出しているのだろうか。 
     メドーの推量を余所に、黙っていた彼は突然言った。
    「──明けない夜が欲しい」
     彼の言葉はメドーに少なからず驚きをもたらした。彼が、己が努力でも才能でも克服できない生来の弱点に対する苛立ちとやるせなさを吐露したのは、つい先日のことだった。
     明けない夜、などというものが鳥目の彼にどのような苦痛を強いるかは、メドーにも予測し得る単純な計算だ。
    「酔狂と思うかい」
     それが冗談を言うような口ぶりではないことをメドーはよく知っていた。彼は皮肉を言うが、冗談を口にすることは少ない。彼の言葉は気障に飾り付けたそのどれもが、本気のものだった。
     明けない夜が欲しいのは、夜闇への恐れを知らぬからではない。
     ただ挑み続けるための時間が欲しいからだ。
     ──届かぬ月に挑み続けるために明けない夜が欲しい、と彼は言うのだ。
     伸ばした手で届くための奇跡ではなく、ただ挑むための時間が欲しいと言う。もしそれが手に入ったならば、諦めを知らぬ彼は夜が続く限り羽ばたき、月を目指すのだろう。果ての無い努力と疲弊の積み重なりよりも何よりも、諦めて投げ出すことを苦痛と言うのだろう。
     終わりのない理想。尽きることない希求。果てしない夢物語。
     彼の翼はいつも眩い願いを乗せている。
     彼自身のものだけでない、彼を知る人、彼を追う人、彼を愛する人のすべては、彼の翼の先に希望の光を見る。
     つばさあるたみみな、不可能と項垂うなだれた夜空の果てにさえも空の天蓋てんがいを打ち砕く彼は、一身に憧憬を背負っている。
     ──そうした彼の在り方こそは輝き続ける星のようだ、とメドーは定義したかった。
     だからメドーは今宵、彼を連れ出した。
     思い立ったのは彼とメドーが何度か戦場を共にして後のことだった。きっかけというきっかけはなく、ただ帰投の時になって夕闇茜ゆうやみあかねを飛んでいたとき、一番に空へ姿を表した星を観測して、メドーはその星を彼と同じだと認識したのだ。
     メドーは帰投してすぐさま新しい定義を記録するために、繰り手である彼の意見をサンプルとして尋ねた。しかし彼は星どころか月の形さえ知らないから分からないと言ったので、メドーは今宵、彼を乗せて夜空を飛んだのだ。 
     星が見えるか? と尋ねたメドーに、彼は「星は見えない」と言った。夜を飛ぼうとも彼が星を理解することは出来ない様子だった。
     けれどメドーはそれこそが彼が星である証左として記録を改めた。──星が星自身の輝きを知る筈はない、と。
     故に、酔狂と思うかと尋ねる彼の問いかけにメドーは否、と返した。星が夜を求めるのに酔狂な筈があるものか。自ら輝くものが星なれば、それが一層に輝き続ける場所を求めるのは当然だと先ほども彼は言ったのだから。
     自分も月の向こうを見てみたいのだ、と告げれば彼は不意をつかれたように目を瞬いた。
    「なんだ、お前もあの月の向こうを知らないのかい? 一万年も昔からこの世界に居て、お前は一人でだって夜空を飛べてしまうのに? そんなら尚更手に入れたくなるな」
     彼を止める言葉は幾つもあった。彼を諫める言葉も幾つも知っていた。メドーは言葉を音にすることを選ばなかった。彼の声だけが夜空に響く。
    「ならメドー、約束をしよう。いつか、僕ら一緒にあの月へ飛んで行くんだ。山も谷も、海さえ超えて、夜の空を追いかけて。兵器の役目が終わったらまた雪の中に逆戻り、なんて、ハイリア人達もケチなことは言わないさ。──僕が言わせないとも。その頃には名実ともに世界を救った英雄なんだぜ!」
     まるで子供が夢を語るように彼は輝かしい自分の未来を疑いもしない。
    「ただの肩書だって、利用できるなら存分に使ってやろう」
     彼はいつかの話をする。いつ来るかは分からない、けれど必ずやって来るいつかの話だ。メドーは常から彼の語る未来の話を好んで記録に残した。なぜなら彼はいつも、彼の語る未来の彼のその傍に、メドーの存在を語ってくれる。
     空に彼の翼とよく似た淡く霞んだ青色が広がる。
     白い月は小さく遠のきながらも、未だ空に影を残している。
     彼は遠のく月を指して、逃げてしまうと言った。
     しかし朝の向こうにも昼空にも月は変わらずそこにある。朝が来るたびに月が消えるのではなく、我々のいるこの大地が回っているせいでそう見えるのだと、古代の研究者たちが書き込んだプログラムが知っている。
     けれど、メドーはその知識を否定する。
     メドーにとっての月は、彼の夜空を照らすもの。果てない空を夢みせる光。
    「そうやって──そうやって、全てが終わったら。僕とお前でこの夜空を飛んで行こう」
     それで、あの月を撃ち落としてやろうじゃないか!と悪戯の計画を打ち明けるようにささやいて、彼はくすぐったそうに笑った。
     きらきらと軽やかに跳ねる彼の笑声で夜が明けていく。
     代わりに、朝日を浴びる彼の翼は藍の滲んだ夜の色に深まっていく。
     
     “「夜」。以前、彼が一つだけ素直に明かした苦手なもの”
     “記録から項目を削除する”
     “記録の更新。彼が日に一つ明かす、彼の好むもの。日毎に拡充される「私」自身の意思を形作る人格データ”
     “──美醜を測る為の蓄積データは少ない。けれど彼が喜ぶならば、夜に照らされた機械の翼は、彼の翼と同じにきっと美しいのだ”
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