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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。ヘブラの若大将リーバルがビタロックファンサで大勝利する話。
    「見せつけるために振り向いてやるし、見てやるために振り返ってあげるんだ」
    ※捏造200%※やくもく発売前の幻覚

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    ##リ

    ビタロック寸話 1.ヘブラの疾風

     ───疾風が戦場を駆ける。

     ヘブラ山脈とハイラル平原とをつなぐタバンタ渓谷で起こった、魔物の一斉蜂起。此度は平原西の農耕集落に火を放たれたことによって始まった戦争は、すぐさまヘブラの勇猛なる戦士たちに伝えられ、半刻の内に入り組んだ渓谷とそこを通るこれまた入り組んだ街道が戦場となった。
     深いタバンタの渓谷に轟々と戦の喊声が響いては谷底へ落ちる。
     濁声を上げながら占拠した集落からじわじわ街道を登って攻め入る魔物の大群と、道を封鎖して陣を組み敵を待ち構えて防衛する人間の大軍。
     両軍が隘路にて衝突し敵味方が入り乱れて煩雑としたその戦場に、疾風が駆けていた。
     通りすぎた道上の全てを切り裂くような鋭い風が、凄まじい速度でタバンタの渓谷に吹き荒れる。
     否、「ような」ではなく、まさしくその風は会した敵の悉く肉を裂き骨を穿って突き進んでいた。
     そよ風が首をすり抜けたと思えば次の瞬間には胸の中心を一本の矢が丸く貫いており、向かい風に目を瞑れば再び目蓋が開くことは無く額に鏃が突き刺さる。

     ───疾風は風でありながら必中の弓矢そのものだった。

     風が吹き去ると、後には疾風に射抜かれた魔物が噴水のように血が吹き出して倒れ伏す。いくつかはその一撃で命尽き、紫煙に還ってしまっていた。
     山道に続く土地柄、傾斜のきついタバンタ辺境で風に押されて谷底に落ちやしないか、と腰が引けているのは魔物も人も変わりはなかった。しかし風に怯んで隙が生まれたが最後、豪速の矢に刺し貫かれて倒れ伏すのは、魔物だけ。

     ───人の大軍には背を押す追い風となりながら、対峙する魔物の軍には命奪う死の風と吹き荒れる、疾風があった。

    「ほら、まだまだ楽しませてくれよ! 頭から爪先まで順番に矢を撃ち込んであげようか! 」

     敵を蹴散らした疾風は、ますますその苛烈さを増して吹き荒れる。
     疾風の中心には青い影が見えた。
     風に煽られてよろめきもつれ合う人と魔物の集団の、頭一つ二つは上の空中を縦横無尽に暴れまわる青い影は、よくよく見れば鳥のかたちをしていた。 
     青い影が鳥の翼で羽ばたく。
     空気が唸りを上げる。
     そして駆ける。
     駆ける。
     風が突撃する青い影に恭順する。
     へっぴり腰の味方や魔物が射った矢は矢自らが青い影を避けるかのように風に押し流されて、青い影が射った矢は矢自ら標的に向かうかのように風に乗って速度を増して飛んでいく。

    「っはははは! 」

     疾風が笑い声を上げる。
     戦場に似つかわしくない軽やかな笑声はしかし、ひたすらに自らの強さを示すため戦い続ける戦士の純粋さそのもの。恐ろしいほど透明な闘志は、殺戮の残虐さを清廉な美しさに見紛うほどの靱やかさがあった。
     遠くは槍で突くよりも遥か先の魔物たちの脳天をまとめて撃ち抜き、近くは剣で応戦する隙もない間近に迫ったリザルフォスの顎を縫い止める。
     常人には目にも止まらぬ速業で弓を引き敵を屠る疾風が戦場を蹂躙する様を、もしも此処に吟遊詩人が見ていたならば、ハイラルの伝承に新しく一つの詩が加わったことだろう。
     風圧に踊らされてボロ切れのごとくきりきり舞う魔物の滑稽なこと。笑う疾風は、ただ吹き抜けていく。

     ───矢の雨に渦ねる暴風の嵐を纏いたる戦士。

     ───射る矢は細を穿ち、天駆ける疾風のごとき英雄。

    「君達じゃ僕には勝てっこないぜ。この僕、リーバルにはね! 」

     ───その名をリーバル。ハイラル王家より厄災討伐の任を与えられた英傑の一人。冴え渡る弓の腕と飛行技術によって空中戦で彼に並ぶものは無いという、孤高なりし疾風のリトの英傑。世界救済の大義によってこの北ハイラル - ヘブラ戦線を預かる一騎当千の戦士である。

     ハイラル北西部の陣を守護する役目を担ったリーバルは、王家直轄軍のハイリア兵とリト族の戦士の混成部隊を率いる将として戦場に参じた。嵐のごとく敵を蹴散らす活躍ぶりは将として申し分ない働きだ。
     その一方で、リーバルに着いてやってきたヘブラ戦線の兵士たちは専ら戦うことよりも再制圧した拠点を復旧し組み直す作業に従事していた。魔物から取り戻した土地に物資を運び、柵を起こし、旗や支柱を建てる兵士たちの背では折角の槍や剣が泣いている。
     なにせ“嵐”の過ぎ去った後にはわずか残った虫の息の魔物が転がっているばかりの戦場では、剣を奮う甲斐もない。“一騎当千”とはよく言ったもので、たとえ視界を埋め尽くすほどのボコブリンが群れている戦場でも、疾風の将がひとたび戦場に追い付いたのならそこで勝敗が着いてしまう。兵士たちが数人がかりで一体の敵を倒す間に、周囲は疾風の将によって既に殲滅が終わっている有り様だ。千を殺す将に対して、兵士たちの戦果は死に損ないの魔物の喉笛に屠殺のごとく刃を突き立てるのがほとんど。
     時たま暴風から隠れのびたらしい魔物が耳障りな濁声を上げて飛びかかってくるが、兵士たちが二三切り結ぶ間にどこからか魔物の後ろ頭に矢が飛んできて仕舞いになる。矢を放った射手はずいぶん先に行った筈なのに、撃ち漏らしはプライドが許さないとでも言うのか、背中に目でもついているようにこうして戦果を一人占めしていくのだ。

     ───別にそれは構いやしないけどなァ。

     ざくり、と手慣れた様子で槍を刺して、足元に転がるリザルフォスの息の根を止めながら、鶸茶色の羽根のリトの兵士はごちた。
     故郷を護るための戦線であって、武功を競ってるわけじゃない。平和が維持されるなら、誰が倒したって変わりはしない。自らはしたっぱの一兵卒とはいえ、将の一騎当千の活躍に対して引け目や羨望はある。だが、これは戦争だ。勝つのが正義、そして敵を殺し尽くして生き残りさえすれば勝ちだ。

     ───にしたって、みんな派手にやるもんだぜ。

     どおん、と空を響かす轟音に目をやれば、谷を挟んで東西に別れた山道の反対側で、白く煙が上がっている。ヘブラ戦線の各隊長に配備され、我らが疾風の英傑もご愛用のバクダン矢の豪砲である。鏃に弾薬を込めて、魔物を倒すために作られた特別製の矢は、威力に見合った爆音と爆風を撒き散らす。
     さっくりさっくりと槍で魔物に止めを刺して進むこのリトの兵士はとんと使ったことの無い代物だが、豪気な疾風の将に感化されて隊全体での使用率は上がっているとか。

     ───それにしても、谷向こうはバクダン矢を使うくらい敵が多いのかねエ。

     リトの兵士のいる丘陵に近い東側の戦場は嵐過ぎ去り切れ切れになった魔物が転がっているだけで、掃討任務はもはや拠点復旧の荷運びの“ついで”と化している。有り体に言って人手が余っている状態だった。
     援護に向かうべきか。
     これまでに槍を奮って止めを刺してきた魔物の少なさと、ぐるりと見渡して辺りの戦場に見える敵勢力のまばらさを確認して、兵士は思案した。この戦争は兵役の基礎報酬300ルピーに加えて、倒した魔物の数によっては追加報酬が出る。荷運びや拠点の整備をするより、まだ騒々しい戦場に向かう方が絶対的に”得”だ。加えてリトの戦士が一人としてのプライドがまだ暴れ足りない、と訴えていた。結局は兵も同じリトの戦士。疾風の英傑と変わらず血の気が多いのだ。

    「……まあ、行ってみますか」

     おうい!と兵士は近くで資材を運んでいた同族の戦士に声をかけた。

    「どうした。暇なのか?」荷は余ってるぞ、と顎で示しながらリトの戦士は寄ってきた。鶏冠の上にさらに長く飾りが伸びた冠兜をつけている様子からして、ヘブラ戦線でも隊長格の男だった。

    「いや、西の方の動きが変なんで。様子を見てこようってワケです」
    「西? 」ぐっと首を伸ばして、隊長が谷向こうを見やる。相変わらず爆発音と白煙が騒々しい。
    「たしかに派手にやってるな」
    「でしょう? 折角の戦だ、どうせならコイツに出番をくれてやらなきゃ戦士の名折れですよ。……ま、本音は暇なだけですけど。」
    「やっぱ暇なんじゃねえか。……だがまあ、気持ちは分かるぜ」くくく、と喉の奥で笑いながら隊長は自分の槍をしみじみ撫でた。ぴかぴかの槍は、手入れの完璧さを差し引いても綺麗すぎる。指揮する立場上、今回は兵士よりも槍を奮う機会が少なかった様子だ。
    「そういうわけで、ちょっくら見てきます。なあに、向こうもホントにやばそうなら伝令を出してるでしょうし、様子見程度なら一人で十分です」
    「とか言って、稼ぎを一人占めしたいだけなんじゃないのか? 」
    「援護が要りそうならすぐ報告に戻りますよ。まあ、おれァ飛ぶのが遅いんで、途中で何十匹かボコブリンに絡まれちまったら、倒さない訳にはいかねえですよねエ? 」
    「こいつ」

     冗談めかして言った兵士をあきれたように小突いてから、隊長は許可を出した。 

    「欲張って死ぬんじゃねえぞ」
    「へいへい勿論」

     短く言ってひらりと手を振り踵を返す隊長を尻目に、兵士も谷へ向き直る。高低差のある道が入り組んだ街道を行けば、谷向こうに渡るには数刻を要する。だが己はリトの兵士。両の翼があれば、谷を渡るのもひとっ飛びで済む。

    「よっ……と! 」

     槍を背に収め、兵士は大きく翼を広げて大地を蹴る。
     疾風の将ほどでなくとも、リト族の翼の機動力がどれほど戦いに有利かは、推して知るべし。ヘブラ戦線の堅固不落を維持している要因は、渓谷が作る自然の要塞と、空の支配者と名高きリトの戦士たちが持つ飛翔の力の戦闘的優位さに尽きる。ハイリア兵の武器の届きにくい宙空を跳ねて移動しながら暴れるウィズローブの厄介さは、ひっくり返して言えばリト族たち空中戦闘の専門家の強さと同じだ。
     敵の攻撃の届かない空中から、一方的に遠隔攻撃をして圧倒する。崖や段差、地形の不利有利もなんのその。軍略家としても名を馳せる今代のハイラル王さえもそのアドバンテージに一目を置いて、厄災戦争の要にあたる英傑たちにも空中の移動を助けるパラセールなる道具を与えたそうだ。無論、その道具を上納したのは空の支配者リト族である。
     そんなことを思い出しながら飛んでいれば、すぐに対岸の戦場の喧騒が目に入る距離まで近づく。雹吐きリザルフォスの群れが幾つかに、エレキウィズローブと黒肌のモリブリンが率いるボコブリンの集団が砦を越えて雪崩れ込んできているようだ。

     ───しめた。雹吐きなら火矢で簡単に数が稼げる、ぞ……ッ?!

     しかし、そうやって突っ込んだ嘴の先で、びり、と空気の重さが変わった。全身に針を突き立てられたような緊張感が身体を震わせる。目に見えない威圧が空間を支配して、生き物としての生存本能が踏み込んではならない領域に踏み込んでしまった、と直感した。動きの止まった身体は当然、谷へ落下していく。

     ───やれやれまたか。

     総毛立つ硬直も一瞬のことで、リトの兵士は慣れたように首を振って体勢をたて直し、対岸に降り立つ。びりびりとした緊張感は肌に刺さり続けたままだが、不思議とそれにリトの兵士への敵意は感じられない。

     ───あーあ、間違いねえ。この先はリトの英傑の戦場だ。

     そう確信して、リトの兵士はため息をついて肩を竦めた。小遣い稼ぎは諦めるしかない。それどころか戦が終わった後の”仕事”が増えかねない予感にずんと肩が重くなった。
     ヘブラ戦線に参加する兵たちにはリト族もハイリア人も区別なく従う、一つの暗黙のルールがある。
     それは「リトの英傑の戦場に近寄らないこと」だ。
     一応の理由は「英傑の規格外の戦技術の邪魔にならないようにするため」である。
     必要もなく大嵐に突っ込んでいく馬鹿はいない。
     それと同じに、ヘブラ戦線に詰める兵たちにリトの英傑が戦っている付近に近づく者はいないのだ。
     少し歩いて岩影から様子を窺えば、先程までとは比にならないほどの疾風の唸り声がして、瞬きひとつの間に魔物が群れごと吹き飛んでいく。姿を確認することはできずとも、間違いなくリトの英傑が暴れまわっている証拠だった。
     しかしリトの兵士が気を重くしているのは、暗黙のルールが暗黙にされている大本の理由の方である。
     それは「リトの英傑リーバルを調子に乗らせないようにするため」だ。
     リトの英傑の名誉のため言っておくと、これは調子に乗らせたらミスをするから、などというヒューマンエラーの予防策ではない。
     完璧主義のきらいがあるリーバルは兵士が一人テリトリーに入り込んだとて邪魔とも意にかけず、変わらない戦果を立てるだろう。兵士がこのままちまちまと討伐数を増やして小遣い稼ぎに没頭したところで戦況に大した影響はしまい。

     ───戦争よりもリーバルの方が厄介だ。あいつの“嘴を閉じさせる”にゃ赤子をあやすより苦労する。

     問題は、英傑リーバルという人は戦が終わった後になって、迂闊な行動をつっつくことから始まり迂闊な戦士に気を遣ってやりながら戦果を挙げた自らの素晴らしい優秀さをこれでもかと語ってくるのだ。

     「リトの英傑を調子に乗らせると自慢話が長い」

     これは、この兵士の私見だけでなくヘブラで英傑リーバルを知る者なら誰もが一度は我が身で経験し得ることだ。 
     疾風の将のあくなき向上心に比例した自己顕示欲は、もはやへブラの名物として親しまれてすらいる。

     ───とはいえ、そう何度も同じ話を聞かされたくはないんでねエ。

     余計な首を突っ込めば、勝利の凱旋後に腕自慢話に飽き飽きするのが目に見えていた。兵士としては、折角あの御仁の腕前を褒めるなら、相槌のおべっかにしてしまいたくはない。

     ───向こうは勇ましい我らが英雄にお任せしますかね。

     そう判断した兵士が、大人しく踵を返そうとしたとき。
     目の端に、赤い光が過る。
     ばっと振り向けば、蜘蛛のような白い八つ足と黒いバケツ頭。そして、爛々と青く光る目玉。
     ピピピ、と規則正し“すぎる”機械音を伴って、目玉から赤い光線が伸びる。
     赤線の先が空に向かっているのを見た兵士は、即座に喉を大きく開いて“音”を叫んだ。

     ◇

     ビィイイイイ!! と猛禽の威嚇にも似た、耳鳴りのように甲高い“音”が渓谷に響き渡った。

    「っ、何だ? 」

     タバンタ辺境からハイラル丘陵へ通じる街道を下りながら機嫌良く魔物の群れを掃討していたリーバルは、突然の不快な音にぴたりと追撃の手を止め、近くの樹に身を寄せた。
     樹上から様子を伺っている間にも、ビィイイイイ、ビィイイイイ、と思わず顔をしかめたくなる高音が3度続けざまに鳴った。

    「これは…… “警告音”? 」

     高く鳴り響いた音は、リト族たちが使う緊急の信号音の筈だ、とリーバルは思い出す。鳥類とハイリア人との身体特徴を合わせ持つリト族たちは、ハイリア語の他にも獣の鳴声と似た簡易な音声コミュニケーションを持つ。鳥と似た喉から出せる特殊な発声の内でも、耳に痛いほどの最高音の声で放つ“音”は、仲間に危険を知らせる合図だった。
     リーバルは騒音の正体には納得した。だが理由が分からない。

    「いったい何に対しての警告音だ? 魔物はあらかた倒したし、後は追い込んで拠点を潰すくらい───……! 」

     言葉の途中で、ぞくりと背筋に這い上がるものがあった。一抹の悪寒にリーバルは咄嗟に身を翻し、樹を離れて空へと飛び出す。
     刹那、光線が樹を裂いた。
     掠っただけでガレキが消し飛ぶ殺人的な熱量を持った光線。
     どおんと轟音が光に追い付いたときには、光線の着弾点の地面一体が丸く抉れていた。
     バクダン矢とは比にならない轟音に、魔物の巣の食い散らかしをついばんでいた野鳥がバサバサと飛び立つ。
     先程まで留まっていた樹木は根本からバッキリと折れて燃え盛り、折れて吹き飛んだ部分は既に真っ黒に焦げ落ちていた。もし咄嗟に避けていなければこうなっていたのはリーバル自身だったろう。
     リーバルは臆することなく羽ばたいて上昇し、高みから周囲を見渡して、ようやく警告音の原因を見つけ出す。

    「……へえ! あれがウワサの“暴走ガーディアン”ってヤツかい! 」

     傾斜と岩肌の迷路を挟んだ道向こう、無機質な暴威を前にするも、しかしリーバルは至極弾んだ声で呟いた。彼の口が嘴の形でなかったら口笛でも吹いていそうな、好戦的な高揚に興味をそそられている様子がうかがい知れる。

    「なかなか遠くから撃ち込んできたな。目は良いらしい。でも撃った後に獲物を見失うようじゃ、勘は鈍いようだね」

     光線を撃った後の歩行ガーディアンの反動の首振りとリーバルの急上昇が丁度タイミングが合い、歩行ガーディアンは攻撃対象を見失って白い八足をもつれさせるようにうろついていた。
     よく見ると足に欠けがあるようで、その欠損が幾らかの死角を作っている。死角から出ないように慎重に羽ばたいて、リーバルは戦場の動きを観察する。
     後方で拠点整備をしていたヘブラの隊が赤線を避けて蜘蛛の子を散らすように逃げていく一方で、魔物たちが逃げ惑う様子がない。むしろ邪魔な“嵐”が鳴りを潜めたことで勢い付き、侵攻が深くなっているようだ。

    「あのガーディアンは護る対象と殲滅対象とが完全にひっくり返ってるみたいだな」

     飛び回り周囲を警戒しながらも、リーバルは見て取った情報から冷静に分析を進める。兵たちの値が幾らもしない槍や剣でガーディアンの相手をさせるのは酷だろう。どこの場所で加勢をすれば効率よく掃討が終わるか、味方を巻き込まないように戦うには……。
     敵は空までは来られないという油断から、意識が思考に集中する。
     しかし今回は、空中のリーバルの“さらに上”から忍び寄る影があった。
     ブン、という虫の羽音のような駆動音。その一瞬の後。
     リーバルの頭上からサッと赤い影が差し込んだ。
     瞬間、示し合わせたかのように戦場の魔物たち、歩行ガーディアン、全ての敵の注目がリーバル一点に集まった。
     無数の矢で刺し貫かれるような膨大な敵意に、思わずリーバルも身体がこわばる。
     されど戦士の銘は伊達ではない。頭上から落ちた赤い影が標的を補足するためのサーチライトだと気づくが早いか、すぐさま羽ばたき、上ではなく、下へ。
     硬直していたとは思えない機敏さで自身の身体を矢のようにしてすっ飛んで、隼が地上の獲物に組み付くがごとく急降下した。

    「ノックもできない侵入者には、とびきりのおもてなし・・・・・をしてやらなきゃな。バクダン矢の大盤振る舞いでさ! 」

     降下を始める寸前にするどい鉤爪で頭上の光源を後ろ蹴りに蹴りつけて、リーバルは弦を引き絞る。
     着陸地点に群がっていた魔物はバクダン矢で吹き飛ばし、派手な衝撃波を伴って着地。降りてからもそのまま手当たり次第にバクダン矢を連射して周囲を爆煙で埋める。
     上空からの赤光と岩壁向こうからの赤線が煙幕の中を闇雲に照らして標的を探しているが、とうにリーバルは煙る戦場を抜けて空にいた。
     地上で一度、空中で二度目、得意の垂直上昇リーバルトルネードを連続で行い、稲妻のごとき鋭さで一気に戦場の最上層を取りもどす。

    「二基目か、メドー以外にも飛ぶヤツがいるなんてね! 話には聞いてたけど、見てみると余計に無粋だな。翼も無いじゃないか。───それで僕についてこられるとでも? 」

     剣呑そうに眉を潜めたリーバルは、見下ろした飛行型ガーディアンの姿形を皮肉って弓を取り直す。

    「やっぱりこういうのは……狙うのは“目玉”! 」

     矢筒から五本の矢を抜き出し、飛行型ガーディアンの正面に躍り出る。手始めに三本を青く光る目玉に連続で撃ち込んだ。
     きぃんと小気味よい金属音が鳴り、飛行型ガーディアンは面食らったように機体を揺らして、赤光が途絶えた。
     隙を見逃すことなく、残りの二本を五月蝿い羽音を立てるプロペラに射し込むように放つ。先とは違い美しく二枝に開いて飛んでいった矢は見事に核を捉え、プロペラが止まる。
     推力を失いがくりと落下する飛行型ガーディアンを鉤爪で掴まえて、もう一度、稲妻のごとき急降下。 
     今度は地に着く寸前に、鉤爪で掴んだ機体を思い切り地面に叩きつける。

    「そら、終わりだ! 」

     トドメにバクダン矢を撃ち込み、敵性ガーディアンの大破の閃光と爆風の勢いを借りて上空へ後退する。その間にも、四散する魔物と標的を認識して移動してくる歩行ガーディアンとを目で追いながら、戦士の手は次の射を構え始めている。片翼で高度と位置を取り、もう片方の手では弓に矢を取って。
     その数、十一条。 
     風が猛ると同時に、先の五矢は放射状に放たれ、荒波のごとく敵を押し戻し、ひっくり返す。
     後の五矢は縦横無尽に飛び回りながら一矢ずつ放たれ、先の矢で浮いた敵を撃ち抜く。矢それぞれが五、六体の魔物をまとめて団子のように貫いた。
     戦場が一時しん、と静まり返り、辺りは魔物の消滅の紫煙にくゆる。
     そこに、赤線が一閃ゆらめいた。

    「───ッ! 」

     淀んだ一瞬の静寂をけたたましい機械音と共に歩行型ガーディアンの放った青い閃光が切り裂く。熱光線の先に居るのは矢を放った直後、翼を腕にして弓を構えたままのリーバル。差し迫る高熱は、一度目のように飛んで逃げることは叶わない。
     しかし、疾風は笑った。
     避けるでなく、防御するでなく、自ら光に向かった。

    「だからっ…… “目玉を狙う”って言っただろ! 」

     リーバルは光に真っ向から向き合い、矢を放った。
     目前まで迫った青いエネルギーの中心を鏃の先が真っ二つに引き裂いて飛んでいく。矢が一直線に青い光を撃ち削り、突き進み、そして食い破る。空を裂き、的に近づけば近づくほどに速さを増していく矢は、それ自体が刃のように鋭い風を纏って、空を、光を、戦場を裂き進む。二つに裂いた光の尾を引いて飛び抜ける矢はまるで龍の駆けるがごとく。
     そして、十一条の最後の一矢は、熱光線を突き抜けてまっすぐに青い目玉を貫き通し、地面に突き刺さった。
     射抜かれた歩行型ガーディアンは、何が起こったか分からない様子でよたよたと動き、抉り開けられた穴からとうとう自壊し始める。
     魔物の頭でもたった一人の人間に眼前の惨劇が築かれた事態の異常さは理解でき、戦場は瞬く間に狂乱で満たされた。
     惑い、ざわめき、そして怒り狂う。
     恐れ、おののき、そして暴れ狂う。
     沸騰する暴力衝動の根源を理解せぬまま、ただ、あの人間を殺せ、とサーチライト無しにもぴたりと一点に敵意が収束する。
     悠然と空を駆けて、己の放った矢、起こした風嵐が敵を打ち砕いていく様を見ている戦士。空に君臨する絶対的な暴嵐の化身。

     ───空の支配者、と言ったのは彼が先か民が先か。

    「───ま、この程度で満足する僕じゃないけどね? 」

     リーバルは向けられた敵意に対して一際大きく羽ばたき───滑空して突っ込んだ。吠えたてる魔物たちの頭上ぎりぎりを駆け抜け、時折その頭を蹴りつけて、飛んで、飛んで、吹き飛ばす。風で切り裂き、竜巻に巻き込み、魔物の群れを散り散りにしては寄せ集めて、思うがままに“的”に揃えていく。
     “的”が一際高く打ち上がると、自らも風に乗って上昇し、弓を構える。  
     矢筈に弦をかけ、ぐっと左手を引けば特別製の大弓の両端に据えられた滑車がぐるんと回って、“会”が維持される。もう振り向くだけで狙いがつく。
     翼を両手に変えて矢をつがえた瞬間、落下するはずの身体が、ふわりと風を足場に空に浮いた。落ちてこない敵に戸惑って地団駄を踏む魔物を見下ろして、風が唸る。
     矢から指が離されると同時に、嘴の端がつり上がった。
     渦巻く風の蹂躙が再開する。
     
    「さあて───手加減ナシだ! 」



     2.リトの若大将

     昼間でもランプが無ければ薄暗い天幕に、かりかりと文字を綴る音が響く。
     数十人は集まって会合が開ける大きな天幕のはずだが、ずらり並んだ木箱に詰まったままの物資と机をはみ出して床に置かれた空箱にもうずたかく積み上がる書類が圧迫感を与える空間になっていた。そんな息の詰まる空間に、椅子に座って書き物をするリトが一人と、その後ろで荷物の整理をするリトが一人いた。
     時折インク壺の中で液体が跳ねる音が混じる以外はいたって静かな天幕で、書き物をしていた方のリト、リーバルは億劫そうに息を吐いた。

    「ねえこれ、あと何枚あるんだい? 」
    「リーバル様が持ち帰った魔物素材が二百を超えてましたから、まあ低く見積もって八百枚くらいはありますねえ」木箱の中身を改めていた方のリトがのんびりとした声で返した。
    「はっぴゃく! 」

     鸚鵡オウム返しに叫んだリーバルはくらりとめまいがした心地で天を仰いだ。

    「どうしてハイラル王家は『魔物一体につき討伐章一枚』なんてしち面倒くさい戦功管理をしてるんだい?! 」
    「さあ? 自分に当たられても困ります。他所の種族のことなんて分かりゃしませんよ」

     事務仕事の補助役として荷の整理をしているリトは返事を返しながらも、リーバルには目もくれずに作業を続けている。

    「八百って言ってもそれだって少ない方でしょう? さっきまで『大物にかかりきりで群れに幾つか逃げられた』って自分で文句言ってたじゃないですか」
    「それとこれとは別の問題だよ。僕は業務体制の非効率さにもの申してるんだ」 
    「そんなめんどくさがるなら、律儀に回収せずに報告書なんて適当に書いときゃいーでしょう」
    「それじゃ僕の戦果と素晴らしい実力が向こうに正しく伝わらないじゃないか、それは嫌だ」
    「じゃ、諦めてくださいよ」

     リーバルの文句をバッサリと切って捨てた事務補佐のリトは、それきり黙ってしまった。リーバルも、ち、と舌打ちをして目の前の書類に意識を戻す。しかしめくってもめくっても同じような文面ばかりが並ぶ紙束にすぐさまやる気を削がれて顔を背けた。
     そこに、「失礼します」と新たに天幕に入ってくる者がいた。身の丈半分ほどはあろう長い羽冠のついた兜を外し小脇に抱えて入り口をくぐってきたのは隊長格のリトの戦士だ。書類を持っている様子はない。
     書き物に飽き飽きしていたリーバルはこれ幸いとペンを放りだして、腕を組み背筋を伸ばし威厳ありそうに椅子に座りなおしてから、入ってきた戦士に向き合った。

    「ご苦労様。報告かい? 被害は? 」
    「大きな損害はありません。人員の欠落もナシです。何ヵ所か旗が落ちたようですが、それだけです。どこの部隊も魔物を追い払って、今は残党を追い立てながら拠点を探っています」
    「ま、僕がいるんだから、リトの村には魔物一匹近付かせはしない。当然だね」
    「はい。討伐された魔物の大半はリーバル様の手柄と聞いております」 

     素直にうなずく戦士に機嫌をよくしたリーバルは、そのまま報告の続きを促した。後ろからチクチクと刺すような視線が向けられている気がしたが、それよりも書き物から逃れる時間を長くする方がリーバルにとって重要だった。

    「土地の様子はどうだい? かなり派手にバクダン矢を使ったんだけど」
    「少々地形が変わったところもありますが、崩落や落盤の危険があるほどの影響は出てませんね。大丈夫そうです。なんなら後で確認作業に小隊を出しますか? 」
    「そうしてくれ。他の隊は? 」
    「ざっと見てきた様子ではどこもウチと似たような感じでしたよ。さっき食事が終わったところですから、そろそろ皆あがってくる頃合いですね」
    「じゃあ場所を空けないと。……ねえ、進んでるかい」くるり、と後ろを振り向いてリーバルが尋ねると、
    「やってますよ、さっきから」と事務補佐のリトが間延びした声で答えた。
    「おや本当だ。いつの間にか片付いてる」
    「英傑様がペンを放りだしてる間もこっちは作業してましたからね」
    「ペンも握られっぱなしじゃ傷むから、休みをくれてやらなきゃ。……そうだ、交代してあげようか。荷運びより座ってる方が楽だろ」

     書き物から逃げたいリーバルがここぞとばかりに提案したが、事務補佐のリトは変わらずのんびりとした口調で、「そっちの仕事は英傑のアンタにしかできないものなんだから大人しくやってください」と切りすてる。
     リーバルがそうして姑息な手段を講じている間にも、天幕にはぞろぞろとリトの戦士が集まってきた。それぞれが兵を率いていた隊長やその代理の者達で、先の戦争の損害や戦功の報告をし合っている。静かだった天幕はあっという間にがやがやとした喧噪で埋まった。
     リーバルもとうとう諦めて話半分にそれらを聞きながら書き物を再開した。ペンを執り、机に詰み上がった書類にサインをしていく。後ろで見ていた事務補佐のリトは、やれやれようやく進みそうだと胸をなでおろした。

     ───ここはヘブラ地方と中央平原のちょうど境となる地域に位置するベースキャンプ。

     厄災復活の予兆か、あちこちで活性化し集団となって人里を襲う魔物たちを討伐するためにハイリア人とリト族の間で一時的に組まれた共同戦線の拠点の一つとなっている。そして魔物との戦争後の報告会は、リトの英傑の居る一際大きな天幕で行うことが通例だった。
     寒さ厳しいヘブラ地方では、ハイリア人の兵の動きが鈍るため、ヘブラをホームグラウンドとするリト族の戦士たちが中心となって出来合いの軍をなしている。
     ハイラル王家から英傑の任を受けたリーバルは、その「役目」の一環としてへブラの防衛線の軍指揮と管理を預かっている。実態としては体のいい連絡役だ。対厄災戦力の傍ら、王家とリト族の間を取り持つパイプ役として、ちょうど縁あって任命したリトの英傑が都合がよかったから、「ついで」の仕事を回されている。
     将としての立場から一応リーバルも各部隊からの報告に耳を傾けてはいるが、王家に提出する書類仕事の類いは大抵年嵩の隊長たちがそれぞれ勝手に済ませてしまっている。リーバルは頷いてサインをするだけだ。
     若い盛りで訓練もあれもこれもやりたい事ばかりのリーバルを案じて、面倒を減らしてくれていることは分かっている。
     だが、自分をのけ者にする領域がある、というのは、弓や飛行技術の面で無くとも、もやもやとした苦い思いがリーバルの胸に広がるのだった。

    「東の丘陵方面は見える範囲の敵は全部片付けたとよ。間違いはない。だが、それにしちゃ妙に討伐数が少なかった。何割か逃げられたかもしれん。魔物の湧き方からしてもう二、三波が来る。戦線を上げるかどうするか……」
    「東は平原地下の穴蔵に残党がいそうだと。西はなかなか派手にやったろ。ほぼ出尽くしたと見ていいんじゃねえか。それより近いうちに台地から雷雲が流れてきそうって話だ。俺らはともかくハイリアの兵に雷雲はまずい。陣形の配置を変えねえと」
    「西沿いも第二と第七部隊は特に武器の損耗が激しい。交戦も多かった様子だ。まだ油断はできん。拠点の物資の在庫状況はどうなってる? 」
    「襲撃にあった集落からの避難民の誘導が詰まってる。火を使われたせいで負傷者が多いし、荷を取ってこられなかった奴らがほとんどだ。生活物資や武器はまだいいが、薬の在庫が……」 

     自分そっちのけで進む共有会議に少し眉根を寄せながら報告に集まってくる部隊長たちの顔ぶれを眺めていたリーバルだったが、すいません、と酷く細い声で挨拶をしながら遅れて輪に入ってきた一人の戦士の顔を見て、あ、と思い出したように嘴を開く。

    「そうだ、例の『暴走ガーディアンを見た』って、報告書に書いといてよ。飛んでる小さいヤツが一基と、脚の欠けた歩くヤツが一基だ。それでリトの英傑リーバルが見事機能停止させた、ともね」

     リーバルの言葉に、入ってきたばかりの鶸茶色の羽根の戦士が驚いたように反応した。

    「ああ、“アレ”、やっぱり相手にしなさったんですか。ハイラル王家の方からはあまり正面から戦うな、と”触れ”が出てましたけど」
    「別に、頑丈なだけで大した敵じゃなかったよ。慣れたら動きは単調だし、僕一人で十分だったくらいだ。君のおかげで気付かれる前に先制も取れたしね」
    「そいつは良かった、さすがはリトの英傑様ですねェ」

     へらりと笑いながら、鶸色の羽根の戦士はごほ、と咳き込んだ。それを見た他の戦士が怪訝そうに尋ねる。

    「なんだなんだ、お前、妙に声が枯れてると思ったら、あン時の警戒音はお前だったのか? 」
    「どうりで五月蝿いばっかりのへったくそな号令だと思ったら、案の定に喉もいかれちまったか? 」
    「普段使わねえ筋肉使うから、久々にやったら感覚が分かんなかったんですよ。練習するわけにもいかねえし」
     もう懲り懲りですよ。やんなきゃ良かった。と掠れた声で泣き言を言う鶸色羽根の戦士に、どっと笑いが起こった。そんじゃ褒賞金の代わりに飴玉でも貰ってったらどうだ、と野次が飛び、勘弁してくださいよ、とますます情けない声が上がる。リーバルも声を上げて笑って、ポーチから支給品の余りのリンゴを投げてやった。

    「サテ。まあ、英傑様もあんまり一人で突っ込んでいくもんじゃねエぜ」ひとしきり笑った後で、戦士たちの中でもいくらか年配のリトの男がそう言ってリーバルを窘めた。
    「なんだよ、僕にはお説教かい? 」
    「あのカラクリ共は味方でも敵でも未知の相手だ。“戦争”で勝つには強いだけじゃままならねエってもんでサァ」
    「別に変わらないよ。頭を矢で撃ち抜いて死ぬんなら、魔物もカラクリもみんな一緒さ」
    「そういう問題じゃねエっての」
    「僕がいれば負けやしないんだから、“そういう問題”だろ? 」

     ふん、と自信満々に鼻を鳴らした若い将に、リトの戦士たちは顔を見合わせてやれやれ、と肩を竦めた。リトの大将の鼻っ柱の強さは、今さら言って直るものではないと皆が知っている。
     リトの誰もが弓と翼のどちらかでもこの若将に勝てない限り、この話はいつまでも平行線だ。

    「そういや雪原の方はどうなったんです? 丘陵方面に大分人員を割いてたみたいですけど、向こうにも魔物が湧いてたって」

     しゃがれ声で話題を変えた鶸色羽根の戦士に対して、他の戦士たちが顔を見合わせて首を横に振る中、リーバルが、ああ、と何か知った風な声を上げた。

    「雪原の方は、メドーに任せたから大丈夫だよ。ほら、」

     言ってリーバルが天を指す。
     怪訝そうに戦士たちが天幕の天井を見上げると、まだ昼間の筈だというのに急に陽射しが消えて夜になってしまったように天井が一段と暗くなる。
     そしてざわめいた屋内に、鋭い鳴声が降り注いだ。
     高く空をつんざき、タバンタの谷中の空気を震わして響き渡る猛禽の声は、それがからくり仕掛けの機械から出ているとは思えないほどの生々しい威圧感を持っていた。
     先の戦場での警戒音に勝るとも劣らない嘶き声に天幕どころかベースキャンプ中の人々が目を丸くして空を見上げる。

    「ね。どうやら皆が勝手に言い始めるもんだから、メドーも一番手柄は自分だ、って抗議してるみたいだ」

     地を割らんばかりの獣の咆哮をまるで金糸雀の歌でも聞いたか仔猫のじゃれついてきたかの扱いをしてくすくすと笑うリーバルに対して、戦士たちは驚きと畏怖に縮み上がっていた。
     叫びを上げたは空飛ぶ絡繰の古代兵器、神獣ヴァ・メドー。
     かつて古代シーカー族が来る厄災との戦いの切り札として造りだしたと言うが、あまりの力の強大さの制限措置として己の繰り手に相応しい人間を選別する意志を持つという超常兵器。
     リーバルという青年が若くしてハイラル王家から英傑の任に抜擢された一番の理由が、この神獣ヴァ・メドーの繰り手に足る強い聖なる力を持っていたことだ。初めは少し悶着があったものの、今では神獣の繰り手自体はリーバルも気に入って務めている。
     巨大な鳥の姿をした兵器はその影だけですっぽりリトの村を覆って夜にしてしまうほどで、普段は邪魔にならない雲の上の空を回遊している。そのため、リトの仲間たちでも神獣を詳細に見た者は少ない。

    「いつもの村上空に影が見えないと思ったら、シンジューまで出撃してたんですか? 」
    「そりゃ惜しいことしたぜ! 噂のリトの守り神様の活躍を見損ねたとはなあ」
    「本当だよ。折角機会が来て見せてあげようと思ったら、皆出払ってるんだからさ」

     リーバルが答えると同時に、上空のメドーが計ったようなタイミングでまた鋭く鳴声を上げた。2回目ともなって戦士たちも肩を揺らしただけで落ち着いたが、目線は未だ泳いでいた。

    「メドーも不満みたいだね。まあ、人の手で届かないことを補うのがメドーの役目だから、こればっかりは仕方ない」
    「人の手が届かないことってねえ。そりゃ神サマの領域じゃないのかね」
    「だから“神獣”なんだろ」

     なぁるほど。と戦士たちが頷き合うなか、ひとりの戦士が首を傾げる。

    「そういやさっき『任せた』ってぇ言ってたが……ありゃ人が動かす兵器なんでしょう? 」
    「そうだよ。メドーが動くには繰り手が必要だ」
    「するとアンタ、あのカラクリにアレコレ指示を出しては、すっ飛んできてこっちでも戦ってたって言うんですかい? 」

     信じられない、といった様子で尋ねるリトの戦士に対して、リーバルはこともなげに頷いた。

    「僕も、僕のメドーも優秀だからねえ。メドーはある程度は自動照準でも掃討してくれるし。魔物だって雪の中で神獣とやり合うより、此方の戦いやすい場所に流れて来るだろ? 」
    「一石二鳥ってわけですか。まったく無茶なんだか豪胆なんだか」
    「今回の大勝は間違いなく僕と、僕のメドーのおかげに決まってる」

     胸を張って自身と、自身の操る愛機の活躍を強張するリーバルを「はいはい、そうですねえ」と戦士たちは笑って流した。笑いでもしなければ到底受け入れがたい規模の話だった。
     そうとは知らないリーバルがあしらうような言い方にむっとして嘴を開こうとした時、別の戦士がおもむろに嘴を開く。

    「ああそうだ、リーバル。ハイリアの軍人さんらが、何か物資を届けに来てたぞ。王家の御印を立ててたそうだし、お前が確認した方がいいんじゃないのか」
    「物資? なんだろう。矢の補充なら助かるけど」
    「武器の類いにゃ見えなかったがな」

     二人して首を傾げるリーバルたちに対して、リトの集団の中から黒茶の羽根の戦士がずいと身を乗り出して口をはさんだ。

    「なに、矢ならいざとなりゃ村から持ってこようじゃねえか。余所が作ったのよりよっぽど手に馴染むしよく飛ぶ。職人の技が違えってもんでさ」

    「それならいっそ軍備を全部ウチの矢に切り替えるってのはどうだ? 戦の雰囲気にあてられた職人どもがどいつもこいつも張りきり過ぎて、矢倉がいっぱいだって話だぞ」此方もずずいと前に出てきた薄灰の羽根の戦士が同調して、勝手にああだこうだと予算の話を始める。

    「おっ、そいつはいいじゃねえか! 正真正銘リトの力がヘブラを護るって話でさァ! 」言い出しっぺの黒茶の羽根の戦士が大笑して、周囲の戦士達ものっかるように騒ぎ始めた。
     戦士たちはもうヘブラの将としてのリーバルへの遠慮も忘れて、村に居た頃と変わらない気安い口調に戻っている。懐かしさを感じる空気にリーバルも子供の頃を思い出して少し気が緩んだ。

    「おいおい……そんな急に在庫をはけさせて、職人たちから特別代金せびられても僕は知らないよ」

     呆れて皮肉ったリーバルに対し、目をぱちくりさせた黒茶の戦士が直後、にやっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。顔を見合わせた薄灰の方も何だかにやにやとしている。リーバルが何か嫌な予感を感じとり片眉を上げると、さっと黒茶の嘴が開く。

    「いやあ、さすが『弓術大会前に職人から二百本も矢を搾り取って練習して、あんまり高くて払えなくなった代金を踏み倒した奴』の言葉は重みが違うなァ? 」

    「なっ……ちょっと! 」ガタリとリーバルが立ち上がるも、リトの嘴に戸は立てられない。

    「おまけに訓練で使った矢はことごとく『継矢』してたもんなあ。噂を聞きつけたガキどもが見に来てたからって、気合い入れた結果が無駄な、あいや、贅沢な矢の使い潰し! 」
    「特別料金どころじゃない、恨み深々の賠償金てな勢いだったぜありゃ」
    「そうそう、どの矢も綺麗に”筈”が割れちまって花んなってなあ!使いもんにならなくなってて、職人も戦士も皆怒り心頭でよ。ついたあだ名が『花咲かリーバル』! 」

     あったあったそんなこと、と愉快そうに笑う戦士たちに対して、リーバルはぶるぶると肩を震わせて周囲を睨み付けた。

    「ああ、もう! うるさいな! 弓術大会の優勝賞金で返したんだから別に踏み倒してはいないったら! それにっ、もう何年も前のことだろ! 僕が大会で初優勝したときのことじゃないか!! 」
    「でも、そこ以外は本当のことだろ」

     リーバルが憤慨して声を張り上げるも、静かな指摘にまたどっと笑いが起こる。リーバルが怒れば怒るほど、戦士たちはげらげらと笑いながら次々に思い出話に花を咲かせる。初めてポカポカ草の実を食べさせた時の反応やら、湖に落っこちた時の話やら、リーバルがあまり表に出したくない記憶を好き勝手にしゃべくっている。
     リトの村は狭く小さな集落だ。そこに住まうリト族たちも少数民族で、村の仲間は全員が互いに身内のようなもの。誰がどんなことをしたかなんてことはすぐに噂になるし、子供の世話は村全体で行うものだから、つまりはリーバルが生まれてこの方の出来事は良いも悪いもすべてリトの仲間たちに筒抜けなのだ。

    「もういい加減にしてくれよ! それとも君たちが代わりにこの仕事を片付けてくれるのかい!! 」

     リーバルは眉間にタバンタの渓谷のごとき深いシワを寄せて、くそっ、と悪態を尽きながらどっかり乱暴に椅子に座った。明らかに機嫌を損ねてしまった様子の青年に、大人たちも少しからかいすぎた、と大人しく引き下がった。

    「そうだったそうだった。リトの英傑様はまだお仕事中だったなあ? 」
    「じゃ、俺らもそろそろ仕事に戻りますか」

     そうして、悪い悪い、と嘴では言いながら顔が笑ったままの戦士たちがそそくさと解散していく。
     雑談の内に報告共有会は終わったらしい。

    「まったく……! 」

     軽んじられているとまでは言わないが、リトの仲間たちの無遠慮な近さは、時と場合によってはひどく嫌気がさす。あの姫や英傑の仲間たちが居ない時で良かった、と思いながら、リーバルは深々とため息をついた。まだ頭の中でわんわんと戦士たちの笑い声が響いているかのようだ。

    「……今日はもうやーめた、だ」

     叫んだり憤ったりで疲れきった状態で書き物をする気にもならず、リーバルはペンを放って立ち上がる。先に話題になった荷の確認にでも行って気分転換をしようと考えたのだ。
     事務補佐のリトも今度ばかりは苦笑して、若き将の息抜きを見逃すことにした。

    ◇ 

     リーバルは送られてきた荷の確認のため、街道に面するキャンプの東口にやってきた。関所と言えるほど立派なものでもないが、簡易な門には検問所があり、常に数人の守衛が配備されている。街道を通るのはハイリア人の旅人や伝令兵が多いため、門に配備される兵も自然とリト族よりも王家から派遣されたハイリア兵が多くなる。
     門の脇で待機していたハイリア兵はリーバルの姿を認めると、軽く会釈をしてもう一人の兵士に何か耳打した。耳打ちされた兵はどこかへ走っていき、残った方の兵がリーバルの案内に駆け寄ってきた。

    「ハイラル城からの荷物のご確認ですね? 」
    「うん」
    「近くの馬宿に荷ごと待機させていますので、連れてくるまで少々お待ち頂くことになってしまいますが、よろしいですか? 」
    「どれくらい? 」
    「十分程度かと」
    「わかったよ。それくらいなら此処で待ってる。帳簿もつけなきゃいけないしね」

     それを聞くと兵士は「西の倉庫が近いそうなので、そちらに案内させます」とだけ伝えて走っていった。
     待つ間にリーバルは検問所の小屋に入り、キャンプの人や物の出入りを管理する帳簿に目を通す。件の荷を運んできた人物が提示したのであろう、王家からの信任の書面が預かられていた。上等な羊皮紙には透かしで王家の紋章が描かれており、同じく王家の紋章の赤い蝋印が押されていた。
     そこらの商人の出入りならわざわざリーバルが確認に出向く必要はない。ハイラル城からの荷と言ったって軍部や研究所からの定期的な補給物資の荷ならば報告こそされるが放っておいてもいい。だが、王家の名が立てられた荷は別だ。王家の紋を掲げて荷を運ぶ場合には、必ず英傑への連絡事項がくっついている。戦線に必要な物資を運ぶ商隊に混じってハイリアの連絡兵が尋ねてきて、古代遺物研究の進捗や、姫君の動向、現在の戦況や召集の命その他の情報が交換されるのだ。
     英傑の責務の下でリーバルは書面に確認のサインを付けていく。こういった事務事務しい仕事は面倒だ。世界を救うだのなんだのと持ち上げられても、やはり英傑も雇われの身である。肩書きというのは見目に派手なわりに益体が薄く、窮屈さを呼びよせるのが、リーバルも不服を抱えるところだった。
     そのままペラペラと物資の出納帳や受領確認表などをめくって待っていると、先ほどの兵士が戻ってきて移動を促したので、リーバルは後についていった。
     西の倉庫前には既に荷車から下ろされて地面に積み上がっており、赤ではなく青い羽飾りがついた兜と甲冑姿の男性が一人立っている。戦の指揮ではなく斥候の役を担う連絡兵の礼典用の正装だ。一見すると普通のハイリア人の兵士隊長のようだが、リーバルの足音を聞いて振り返った際の鍛えられて無駄の少ない動作が、普段は戦の要の情報を担って東奔西走する斥候としての確かな実力を感じさせる男だった。

    「待たせたね。それで、荷は?」
    「いえ、お気になさらず。……こちらです」
    「すぐに開けてもいいよね?」
    「構いません」

     了解を得て開けていった物資の中身は清潔な新品の布地や外傷治療用の薬がいくつかと、食料品の箱、それから少し厳重な封をされた箱に、辺境のヘブラで手に入れるにはなかなか値の張る流行りの娯楽品たちが入っていた。
     あの姫の気配りだろうか。物資の補給には珍しい品の混じった箱を見て、リーバルの頭には生真面目そうなハイラルの姫巫女の顔が浮かんだ。そういえば以前に会ったとき、へブラのベースキャンプは比較的安全だから、女子供も多いのだと話したような気もする。父親の戦士たちが戦闘に出向いているときは子供らが退屈そうにしていて、相手をしきれないのが悩みの種だ、と。
     ヘブラの大地の厳しさは人だけでなく、魔物にとっても例外なく脅威だ。入り組んだ渓谷が為す自然の要塞と凍てつく吹雪が道を守護するへブラは、他の地域に比べて安全とされている。そのため、このキャンプにも家族を呼んで一緒に暮らしている戦士たちが多くいる。キャンプの居住区で子どもたちが走り回り、女たちが煮炊きをする様子はリトの村とさほど変わらない。その辺りがリーバルの気が緩む所以の一つだった。
     そんなことを思いながらじっと視線を向ければ、ああ、と頷いて連絡兵は補足した。

    「今回の補給物資は姫巫女様の差配のものとなっております」
    「ふうん。やっぱりか」

     リトの男は皆、戦いとあれば揃いも揃って武器を取り武功を立てたがる血の気の多い連中だが、女子供もそうかと言うと、話は別だ。ヘブラのベースキャンプは自然の厳しさが砦になっている一方で、一瞬の油断が命取りになる。寒気で凍った足場に気が付かず滑って転んだり、谷底に落ちたり、吹雪の向こうの影を味方と勘違いして、目と鼻の先の魔物に気づかなかったり。負傷者こそ少ないが、死亡する兵は確かに数がいる。今朝は笑って送り出した夫や父親が夜には仲間に担がれた死体で帰ってくるなど良い方で、ヘブラで死んだ人間はろくに死体が見つからない、なんてぞっとしない話もある。
     今は活気に溢れていても、危険が間近に迫る場所には違いない。だからこそ傍にいたがってこんなベースキャンプにやってくるのだ。ヘブラの活気は明日への恐怖と表裏一体の光であることを皆が理解している。話好きで陽気な者が多いリト族の人柄は、皆が努めて明るい日々を過ごそうとしてできていったものだ。
     そんな場所で生活をしていては、人々の気が滅入るのは当然のこと。拠点の気運が下がれば戦士たちの士気にも影響する。人々の不安を低減しまぎらわしてくれる娯楽品は、まず間違いなくこの戦線に必要なものだった。

    「あの姫も何かと気を回すものだね。何だかんだ世話になってるし、何かお返しでもあげようか」
    「贈り物でしたら我々がお運びしましょうか? 」
    「いや。此方で都合をつけるよ。同盟相手に礼を尽くされたら、同等の礼を返さなきゃ気高きリトの名がすたる」

     そんな会話をしながら、最後の箱の蓋を閉じる。
     一通り中身を確認し終えて、リーバルは箱を元に戻していった。人を呼んで荷の仕分けを頼みながら、荷の受け取りを終わらせようとしたところで、連絡兵がリーバルを引き留め、倉庫の奥に視線をやった。連絡役として本題の仕事をしようというところだろう。リーバルも承知で、荷運びをする人々には奥には近づかないよう言いつけて、話し合いの場を設けた。
     姫巫女が研究を離れ泉での修行を再開したこと、今はちょうど城に戻り休んでいること、お伴の退魔の剣の騎士の八面六臂の活躍や、他所の地方で戦線を維持する英傑たちの戦況。シーカー族の密偵や卜占の者たちが予測する今後の趨勢。などなど。リーバルは半分を聞き流し、半分を面白がるように頷きながら聞いた。

    「また、神獣が投入されたということで、ハイラル城側の軍もこのヘブラ境の戦の動きに気を張っております。いざやというときには城側の戦力も援護に打って出るとのことです」
    「援護ってもね……西平原で挟み撃ちとか? これ以上ハイリア兵が混ざっても部隊が混乱しそうだし、僕達だけで十分だと思うけど。ま、考えておくよ」

     軽く言ってのけるリーバルに、連絡兵はさして気にした様子もなく、そうですか、と頷く。
     最後に月末に城への召集令が出ていることを注意深く告げて、ハイリアの連絡兵は一度言葉を切り、リトの英傑殿、と呼び掛けた。

    「それから、リトの英傑殿宛に王立古代研究所のプルア研究女史からの言伝てがございます」
    「あのひとから……? 」

     リーバルの脳内に、白髪に赤いメッシュをしたシーカー族の女性のどこか含みのある気だるげな笑顔と、彼女が愛用する「チェッキー! 」という独特の挨拶が浮かんだ。特に親しく関わった覚えはないが、なんとなくリーバルはかの研究者の纏う雰囲気が苦手で距離を置いている。そんな相手からの言伝てと聞いて、思わず身構えた。
     知ってか知らずかハイリア兵は神妙な顔でプルアの言伝てを復唱する。

    「『リト族の英傑リーバル殿。先日にそちらにも王立古代研究所開発の古代テクノロジーを利用したサポートアイテムが渡ったと思うが調子はいかがか。つきましては我ら王立古代研究所シーカーストーン研究陣のたゆまぬ努力と才能と叡知の結晶・新機能ビタロックの使用感、不具合等を仔細レポートでまとめて提出頂きたく存じ上げる。あ、ちなみに紙ね! 木の板に彫字で出されるとかもうスッゴい邪魔だから! 保存性脆いし情報量少ないし木簡はもうメディアとして前時代すぎ。時代は活版印刷! ……とまでは要求しないから、手書きで良いので必ず紙に書いて送るように。かしこ。』とのことです」
    「……この『紙』って向こうの経費で落ちてる? 」
    「へブラ防衛戦線の軍資金から既に購入されてますね」
    「また勝手にか……」

     やはり、あの研究者とは相性が悪そうだ、とリーバルは頭が痛くなった。
     リトの記録媒体の主流は一に口伝、二に詩歌、三に木簡である。シーカー族やハイリア人が使っているような植物の繊維を煮込んでうすくすいて作る紙の量産技術は今のところ無く、紙はリトでも決して安い代物ではない。厄災対策の協定を結ぶにあたって少しずつハイリア人たちから普及してきてはいるが、現在はまだまだ浸透途中だ。おまけに風の強いタバンタ地域では紙ペラはばらばら飛んでいって破れてしまいがちで、忌憚する声もある。媒体としての紙の利便性はよく理解しているが、とはいえ辺境の民族集落では自然と馴染みは薄くなる。

    「こんなに大量に買ったって、使う先に困るだけだ。いったいどんな長編大作レポートを書かせようって言うんだい? 」
    「申し訳ありません……」
    「いや、君に言っても仕方のないことだけどさ」

     文句を受けて素直にしょぼくれる兵士に、リーバルは少し決まり悪くなってもごもごと嘴を閉じた。
     紙はまあ、余った分は何かメモにでも使おう。詩人たちにでも配れば喜ぶかもしれない。いや、案外商人たちも帳簿が欲しいと言うだろうか。リーバルが紙の消費先を思案している一方で、ハイリア兵はそわそわしながら、ところで、と身を乗り出した。

    「その、ビタロック、というのは? 」
    「ビタロック? ああ、これ」

     リーバルは腰のポーチから小さな石板のようなカラクリ装置を取り出して見せた。しかし兵士はあまり理解がいっていない顔をしている。

    「姫から聞いてないのかい? 英傑や執政補佐官、各戦線の大将格に配備された古代技術の戦闘サポート機械。ほら。たしか……」

     リーバルは姫君の言葉を思い出して、それをなぞるように説明する。

    「“シーカーストーン”とかいう古代遺物の模造品らしい。この機械一つで様々に応用の利く古代技術を引き出せるとか。だけど、まだ完全にコピーできなくって一部の機能しか使えないそうだよ。それでも流石は古のシーカー族の技術だけあって摩可不思議なことができる」
    「摩訶不思議なこと? 」
    「たとえばビタロックはたしか……時間を止めることができる、って」
    「時間を止める!そんなことが? 」
    「フフ、できるんだよ。僕ら英傑ならね」

     まるで神のごとき力をこの小さな板切れが宿している、という衝撃にハイリア兵は目を見開き、我がことでもないのにかかわらずリーバルは得意気に胸を張った。

    「これを上手く使うのにも、神獣と同じに聖なる力が必要でね。女神の血を引く姫巫女と、……剣に選ばれた剣士と、それから繰り手の試練を制覇した僕ら英傑。それぞれが宿している聖なる力の違いによって、これの出力の結果も変わってくるらしい。たぶんその辺のデータがほしいんだろ」
    「なんと……聖なる力とはそのような……流石は王より選ばれし英傑の方々です」

     興味津々、驚嘆うらうら、重ねて言えば憧憬なみなみといった様子の連絡兵に、リーバルは一気に気分がよくなった。
     これこれ。こういう扱いだ。リトの仲間たちの気安さはしがらみない自由が居心地良いが、やはり少し物足りない。リト最強の戦士、世界を救う英雄の一人とまで担ぎ上げられたならあまねく称賛と尊敬の耳目を集めて必至、と期待してしまうもの。これに限ってはリーバルの気性に関係なく、ただ純粋な青さを責められる者はいない。

    「勿論……僕にはそもそも古代技術のサポートなんて必要ないくらいの高い実力があるわけだけど、優秀な戦士なら使えるものは全て使って合理的に勝ち尽くしてみせるのが一流ってものだからね。アイスメーカー、マグネキャッチ、リモコンバクダンにそれからビタロック……どんな異能も使いこなしてこそ、厄災に打ち克てる戦士と言える」

     なるほどなるほど、と頷くハイリア兵に、ますますリーバルは調子づく。気分転換に荷の確認に来たのは正解だった。ご機嫌ついでに一つ思い付いて、リーバルは常にない対応の柔らかさで兵士に提案をする。

    「そうだ、どうせなら見せてあげようか?」
    「見せる、とは? 」首を傾げる兵士にの目の前にリーバルはシーカーストーンを突き出して言う。
    「このビタロックだよ。明日これを使って東の街道の殲滅を完了させる。そしたらすぐレポートを書いてあげるから、その日のうちにさっさと持ってってくれ」
    「それは大変助かります! ですが……よろしいのですか? 」
    「ああ。今日はこのベースキャンプに泊まっていけばいい。宿は空いてる。ヘブラの気候は変わりやすいから、任務の予定もそれなりに余裕があるだろ?何度も中央とヘブラを往復してやり取りするより一度で済ました方が君だって楽だし、効率がいい」

     リーバルの申し出に、連絡兵はありがとうございます、と飛び上がらんばかりに喜び謝意を述べた。あまりの声の弾みようにリーバルは少し面食らったが、この乱戦の時節、斥候もあちこちひっぱりだこで働き詰めなのだろうと勝手に納得した。
     あとで皆には話を通しておくからもう行っていい、と言ってやれば、連絡兵は居ずまいを正して深く一礼した後にきびきびとした動きで倉庫を離れていった。
     入れ違いに先ほど荷の仕分けを頼んだ兵が顔を出したので、リーバルは会談が終わったことを伝えて、自らも荷の倉入れを手伝うことにした。



     王家の連絡兵と別れてから、仕分けた荷物の内、倉庫には仕舞わずすぐに使う品々の運び込みを手伝って居住区の側を歩いていると、見慣れない箱を抱えたリーバルらに興味をもった子供らが駆け寄って「それはなんだ」「あれはなんだ」と口々に言って荷物をつっつきはじめた。遠くでは子供らの母親とおぼしき女たちが炊事と洗濯を行っていたが、今は手が離せないようで「すみませんねえ」と朗らかに謝る声だけが届く。
     子供らは意にも介さず諦めずに荷を狙っており、このままでは荷を落とすか、子供らに怪我をさせてしまいそうだった。
     やれやれ、とため息をついてリーバルはしゃがみこんだ。ごそごそと箱の中身を整理して、子供らに呼び掛ける。

    「ほら、これと……こっちのやつなら持ってっていいよ」

     壊れやすそうな貴重品を選り分けて、一緒に歩いていた兵士に先に運ばせてから、例の娯楽品の箱から幾つか適当に取り出し、オマケの乾燥果実の袋をつけて小さな箱にまとめたものを子供たちに渡してやる。

    「やったあ! 」
    「やっぱりーばるは話がわかる! 」
    「ダダこねたカイがあったな! 」
    「おい。まるで僕が甘やかしてるみたいな言い方しないでくれよ」

     リーバルは眉をひそめて文句を言ったが、子供たちはきゃいきゃいと我先に箱の中身を覗き込むのに夢中だ。

    「満足したらあとできちんと自分たちで返しに行くって約束だ。いいね? 」

     はあい、と返事はしたものの、早速新しいオモチャを手にした子供らは箱を抱えたまま跳ねるように駆けていった。遠くからはまた「すみませんねえ本当に」と女たちの申し訳なさそうな朗らかな声が響く。

    「分かってるんだかいないんだか……」

     肩を竦めて子供らを見送り、荷を抱え直したリーバルは歩きながら先の連絡兵との話について考える。
     ハイラルの姫巫女から貰ったあのカラクリ。シーカーストーンのビタロック。古代技術とやらで、ほんの少しの間だけ物の動きを止めることができるという。無機物・有機物・生き物を問わず、だ。時が止まっている間に力を受ければ、その力を溜め込み、効果が切れる瞬間に一気に力が解き放たれるとも。
     リーバルの弓の腕と飛行技術があれば、たとえ軍勢が相手だって、魔物など敵ではない。そのような道具に頼らなくても十分だ。それはあの兵にも言った通り。
     けれど。
     リーバルはどさりと荷物を指定の棚に置いた。そして復路を行く道すがら、腰のポーチから件のシーカーストーンを取り出す。

    (でも、僕の力を見せつけるための“舞台装置”にはぴったりだ)

     戦士が華々しく空を舞い、血を流して踊る戦場を一層輝かせて、独擅場に仕立て上げるのに“これ”は丁度いい。
     フム、とリーバルは手元で装置を弄んで考え込む。
     この舞台装置で、いかに演出をきめてみせるか。
     時が止まったような世界。
     蓄積され唐突に動き出す力。
     自由を奪った隙に華麗に攻撃を叩き込み、計算し尽くされた美しい勝利を。

    (そのためには───……)

     考え事をしていると───どんっ、と脚の後ろに衝撃があった。
     思考を中断し振り向いて見下ろせば、ぴょこぴょこ跳ねる小さな鶏冠。ぶつかってきたのは先ほどおもちゃを持ち出していった筈のリトの子供の一人だった。
     どうやら自分は真剣に考え込んで立ち止まってしまっていたらしい、とリーバルは己の失態に内心で舌打ちしながら、大丈夫かいと声をかける。
     尻餅を着いたリトの子に手を差し出し引っ張り起こしてやると、転んだ原因は突っ立っていたリーバルにあると言うのにリトの子は喜んだ。
     そうしてにこにこ笑って「お礼」と言って大事そうに抱えていたものを見せてくれた。
     リトの子供が抱えていたのは子供が持つには少し大きな箱で、その中身はガラスの小瓶や少し流行遅れの櫛や簪、細工のきれいな缶箱、鈴のついた根付け、つややかに磨かれた万年筆に飾りの入ったスプーン、などなど。雑然としながらもどれもこれもきらきらしたものばかりが詰まった宝箱だった。
     その中でガラス球の中に小さな家屋の模型が置かれたスノードームが、リーバルの目に止まった。透明のガラス球の中にふわりと浮いた綺羅片がゆっくりゆっくり落ちていく。
     綺羅片が落ちきったガラス球の世界は時が止まったように静かで、リーバルは吸い込まれるように覗き込んだ。

    「きれいでしょう? 」

     顔を寄せたリーバルに宝物をよく見せてくれようとしたのか、リトの子が腕を高く掲げた。その拍子に手中のガラス球が揺れる。
     静謐な箱庭が一転、ぶわりと綺羅片が飛び散る。
     吹雪く綺羅片が家屋の模型を覆い隠してしまって、ガラス球の中は混沌と化した。
     浮いて、揺らいで。

     ───時が、落ちた。

     ふっとそんな感想が胸に浮かんで、リーバルは目を見開いた。

    「りいばる? 」リトの子が首をかしげて顔を覗き込んでくる。 
    「……ああ! いや、なんでもないよ。……素敵な宝物じゃないか。見せてくれてどうもありがとう」

     ぱっと身体を起こして、リーバルは礼を言う。
     どういたちまちて、と舌ったらずな返事と共に、リトの子はまた大事そうに宝物を抱え込んで駆けていった。
     一人立ち尽くすリーバルの心には、先ほどのガラス球の世界の様子が焼き付いて離れない。

     ───時を止める舞台装置。

     ───決して止まない嵐の風。

     そして、あらゆる道具、あらゆる状況を自分の利に使いこなすのが一流の戦士だ。
     思い浮かんだ絵図ににやりと笑みを浮かべたリーバルは、荷運びの手伝いも忘れてすぐさま仕事場の天幕に駆け戻り、ヘブラ戦線の部隊長たちを召集の令を発した。



     夜、急な召集を受けたヘブラ戦線の部隊長達は、がやがやと召集の目的を噂し合いながらリトの英傑の天幕に集まった。
     ハイリア人の部隊の隊長も増えている分、昼よりも狭くなった天幕を見渡して欠員がいないことを確認したリーバルは一言、作戦の変更だ、と言いはなった。しんと場が静まり、続きの言葉を待っている。

    「まずは急な呼び出しに集まってくれてありがとう。集まってもらった理由は、伝令に回したとおり、明日の戦いの作戦内容についてだ」
    「今日始末し損ねた谷の東の残党を殲滅するというお話を聞いておりますが。 何か支障があったのですか? 」尋ねるハイリア隊長にリーバルは軽くうなずいて説明を続ける。
    「ああ、ちょっとね。と言っても、おおよそは今日と同じ待ち伏せと追い込みをするってだけだ。避難民の退路の確保ために谷から平原へと追い立てた東の魔物の群れを、明日は逆に此方側の谷に引き込んで一網打尽にする」
     
     地面を行くしかない魔物が大半の戦争において、翼があるリトの戦士を擁するヘブラ戦線からすれば、平原よりも谷の方が地の利がある。有利な場面に持ち込むことには部隊長たちにも異論はない。しかし一人のリトの部隊長が不思議そうに声を上げた。

    「なんだァ?わざわざ作戦変更って言うから、東で散り散りになった魔物をさらにハイラル城方面に追い立てて、城の戦力と挟み撃ち……みてえな話かと思ったら。違ェのか」
    「おや! 君はハイラル城の兵士たちに頼らなきゃ今度の戦に勝つ自信が無いって? 」
    「そんなわけねえっての。ただ急に人を集めて何を言うかと思えば、いつもの防衛戦と同じだって言うんだから、そりゃ拍子抜けするだろ。一体何を企んでんだ? 」

     煽るリーバルに冷静に否定を返して、戦士は疑問を口にした。

    「別に企んでるというほどのことでもないよ」

     そう答えながらリーバルはからりと笑って、

    「せっかくだし、このヘブラ戦線の皆に僕の技をみせてあげようかと思って」

     と言った。

    「……はあ? 」

     突然おかしなことを言い出したヘブラの将に、その場にいた全員がすっとんきょうな声をあげる。あんまり驚いて、どう嘴を突っ込んだものかと悩みあぐねた沈黙がぷかぷかと浮いた。それを察しているのかいないのか、リーバルは、だって、と理由を続けた。

    「メドーの活躍を見逃したって残念がってたろ?メドーの出撃は緊急だからどうしようもないけど、僕の出撃タイミングはそれなりに融通してあげられるからさ」

     感謝してくれよ? と自信に満ちた表情で言い張るリーバルに、集まったリトの戦士たちから猛然と文句がぶちまけられる。

    「……いや。いやいやいやそういうことを聞きたいんじゃねえって! 」 
    「作戦の目的が、“技のお披露目”ってどういうことだよ! ふざけてんのか? いやお前は正気で本気に言ってるヤツなんだろうけどなあ! 」
    「だいたい戦ってる最中にお前の技なんて見てる暇があるかっての! 」
    「暇がないんじゃなくて、僕の動きが俊敏すぎて目で追いきれないの間違いだろ? 」

     わあわあと怒号飛び交う天幕でも耳敏く聞き付けたリーバルから反論が飛ぶ。一方でハイリアの部隊長たちは目を白黒させて立ち尽くしていた。

    「いやまあそれもあるがな……ってそこじゃねえ! 問題はそこじゃねえんだよああもう……」

     リーバルの傍若無人な振る舞いには慣れているリトの戦士たちもこの度は、頭を抱える者、額を押さえて天を仰ぐ者、肩を竦めて首を振る者、うなだれてため息をつく者、それぞれが皆、匙を投げた。

    「はあ~……も、いい。お前が突拍子も無いことをし出すのはそれこそいつものことだったな……」

     それを言っちゃおしまいだぜ、とリトの戦士たちは互いに嘆いたが、誰一人として否定を掲げる者はいなかった。
     重いため息があちこちで重なってしばらく、とうとう腹を括った戦士がリーバルに確認を取る。

    「おい。きちんと勝てる見込みの範囲内でやるんだろうな? お前のシュミに付き合って勝てる戦を落としたんじゃ、ヘブラに轟く赤っ恥だぜ」
    「もちろん。僕が負けなんて許す筈ないだろ」

     涼しい顔で頷くリーバルに、方々から恨みがましい視線が送られる。何人かのリトの戦士は変に怒鳴ったせいで喉を痛めて咳き込んで、ハイリアの隊長が水を差し出した。そのときの全て諦めて事の静観を決めきったハイリア隊長の表情は、ハイリア人の身でありながら厳しいヘブラの土地で戦い続けた強者の貫禄があったと、後にリトの戦士は語る。
     天幕の空気が作戦への了解に向かっていることを見定めたリーバルは、ぱん、と手を打って皆の注目を集め、場を仕切り直した。

    「とにかく! 谷への引き寄せが済んだら、明日は僕が先頭を突っ切る」
    「明日“も”、の間違いだろうが」

     けっと舌打ちして茶々を入れる戦士にリーバルは嘴の端を少し引き上げて答える。

    「まあね。でも明日はいつもとちょっと違う。そうさ───皆、しっかり着いてきてもらうよ? 」


     3.時すさびし風

     はたして翌日。ヘブラの戦士たちはハイラル平原とタバンタ渓谷の境にて、昨晩の会議通りの殲滅戦を繰り広げていた。前日にさんざんしてやられた怒りからか、魔物たちは朝日と共にねぐらから起き出すと同時にヘブラの人間たちをなぶり殺さんと猛攻撃を始め、人間たちもまた抜かり無くその攻撃を押し留める。
     未明から空を先行して魔物たちの後ろを取ったリーバル率いるリトの戦士の隊が、そのまま空中から矢を射かけて魔物の群れを追い立てる。
     地を行くハイリア兵は平原の境で鶴翼の陣形に広がって、じりじりと後退しながら左右に散じて裏を取り、魔物を谷へと押し込んでいく。
     その他残った隊は入り組んだ谷の中で待ち伏せて、二つの支流の道を塞ぎ、魔物が一ヶ所に雪崩れ込んでくるように仕向ける。
     技を見せてやるため、などという将の頓珍漢な発言に混乱こそすれど、ヘブラの戦士たちは長らく護り続けてきた防衛戦での戦働きに淀みはない。
     そうして追い込んだ谷に魔物たちが溢れかえり、谷の入り口にヘブラの戦士たちが合流し始める頃。谷の中腹で矢を射かけて魔物を奥へと誘導していたリトの戦士は、威嚇射撃の合間に後ろに話しかけた。

    「おい、このままで大丈夫なのか、あれ」

     あれ、と視線が追っている目下の戦場は魔物の姿で地面が見えないほど混雑している。普段なら数百か千、というところの魔物が倍以上の数千という大勢で溢れており、作戦といえどヘブラ戦線の味方と比べて不安を感じさせる物量差があった。

    「ウチの英傑様が『谷に追い込むまではなるべく殺すな』ってえ言いやがるからそのまま追い立ててるが……ちっと数が多いな」

     応えた兵士もまたリトの戦士であったが、此方も険しい顔で戦場を睨んでいる。

    「そんな小細工しなくたって戦果一番はアイツだろうに」
    「他と比べたいってレベルの見栄じゃねえんだろうよ。ウチの英傑様の目立ちたがりは」
    「だが、作戦が失敗しちゃ見栄もクソもない。先にバクダン矢でも撃ち込んで幾らか減らしておくか?」
     作戦の遂行を考えて将の言い付けに背くか、と勘案しかけたところで、上空から鋭い声が落とされる。
    「その必要はないよ」
    「……リーバル! もう戻ったのか」

     うん。と頷いて降り立ったのは件の将、先んじて中央平原方面から魔物を追い立てる部隊を率いていた筈の英傑リーバルその人である。

    「他の隊は皆集まってるかい? 」
    「ハイリアの隊があと二つほど追い付いてくる。それ以外はお前が率いていった先行隊だけだな」
    「それなら丁度いいタイミングで全員集まりそうだ」

     リーバルは魔物の方を見もせず、報告を受けるついでに弓を引いて威嚇射撃を手伝った。そのまま矢を射る音と交互に言葉を続ける。

    「このまま出るよ。すぐに一斉攻撃の開始だ。伝令を回して包囲を固めてくれ。僕が陣の先頭に出て合図をしたら、一気に突撃するんだ」
    「そういや合図って結局どんなのか聞いてないぞ。どうすんだ? 」

     戦士が尋ねるも、

    「大丈夫。見てれば分かるから」

     とリーバルは笑って言うだけで答えない。戦士たちは昨日の時点で怒る気力を使い果たしていたので、いつも通りの傍若無人にため息をついただけだった。

    「じゃ、僕は行くから。ちゃんと着いてくるんだぜ? 作戦通りにね! 」

     返事もそこそこにそう言って飛び去ったリーバルの姿は瞬く間に遠くなり、戦場のあちこちで総攻撃の準備を促す怒号が響いている。

    「作戦通りにっても……結局いつもと同じだろ? 」

     リトの戦士は首を傾げた。部隊を分けて谷へと魔物たちを誘導する過程が終わればいつも通り魔物を殺していくだけなので、本日の作戦の大部分は完了していると言える。他にあるのは作戦開始前にやたら念押しされた「先陣をきるリーバルに着いていく」という指示くらいのものだ。
     これ以上にいったい何の作戦行動があるというのか。
     遠退く背中を追って戦場を飛び抜けながら、リトの戦士は胸には疑問と、それをじわじわと覆い始める小さな期待があった。

     ───そしてとうとうリーバルがヘブラの戦士たちすべての先陣に立ち、谷に封じ込められた魔物の群勢と会敵する。

     あちらこちらで怒号と号令の笛が飛び交い、ヘブラ中の戦意が谷の一ヶ所に集中していた。弓矢も槍も剣も、全てが袋小路の谷奥の魔物たちを捉えて構えられ、あとは将の合図を待つのみだ。
     リーバルは空中から谷の様子を見下ろしていた。
     先日のようなガーディアンが混じっていることはなく、リザルフォス中心の群れに大型のモリブリンが数体とエレキウィズローブが徒党を組んでいる。
     動きの素早い雹吐きリザルフォスと電気を扱うエレキウィズローブの妨害攻撃にたたらを踏めば、あっという間に黒モリブリンの重い殴打の餌食になるだろう。残党と言いつつも、かなりの主力が温存されていたようだ。

    「昨日ガーディアンにかまけて逃しちゃった奴らで間違いないみたいだな……ってことは当然、“僕の事を覚えてる”んだよな? 」

     リーバルは呟いて、袋小路の谷の入り口に降り立った。一斉攻撃を始める前の最後の牽制を行っていた部隊を下がらせて、一人ゆっくりと敵陣に歩み寄る。
     近付いてくるリーバルを視認した魔物たちは俄に殺気を増した。しかし警戒心からか踏み込むには躊躇が見られる。
     やはり覚えているらしい。魔物の知能は低いと聞くが、自分の鮮烈な強さは理性無くとも本能に畏怖を叩き込んだようだ。おどろおどろしい唸り声の歓迎を受けたリーバルは、およそ安心などできない敵意の最前線で、凪いだ空のように薄く微笑んだ。
     一歩、一歩と歩みを進める毎に、ぶわりと緊迫の糸が張る。殺気ざわめく戦場の中でリーバルの歩む周囲の空間だけが、凪のように静かにある。
     張り詰めた空気には誰かが息を呑んだ音すら鋭敏に響き。
     そして緊迫の糸は、リーバルが弓の弦を打ち鳴らしたことで弾き切れる。
     一度に五矢、続けざまに五矢、打ち放った矢が前方一帯の敵を蹴散らして、開けた空間にすぐさま飛び上がる。避けようと考える間もない速打ちで跳ね上げられた仲間を見て動揺する魔物が頭上に落ちた影に気づく頃には、また次の五矢が空中から放たれて滑るように敵を貫く。
     呑んだ息が肺に下るまでの間に、合わせて15条の射が数百という魔物の群勢を一度に葬り去った。
     明らかな戦の始まりに、我に返った魔物たちが怨敵を討たんと濁声を上げて飛びかかろうとし、合図を待たずヘブラの戦士たちも身を乗り出して踏み込もうとした、そのとき。

    「動くな」

     鴇の一声。
     リーバルがシーカーストーンを持った左手を掲げると同時に、シャン、と鈴の鳴るような音がして、時が止まった。前方から今にも飛びかかろうと身体を伸び上がらせた魔物たちはぴたりと静止し、その息も行動をも見えない時の鎖に縛られて硬直する。
     そしてリーバルのあとに続いて陣を張って着いてきていたヘブラの軍もまた、静かに響いた一声にぴたりと動きを止める。
     しん、とした静謐な威圧感が場を支配した。
     これが例のビタロックの力かと感嘆する者、これが駄々こねてたお披露目かと得心する者も一様にほう、と息をつき、戦場の静寂を揺らした。
     古代シーカー族の技術といえど、時が止まっている時間はそう長くない。この奇跡が終わればそろそろ攻撃開始の頃だろうか、とヘブラの戦士たちがリーバルの背を見上げたとき。
     風が音を切り裂いた。
     瞬きの間。身の丈ほどもある弓では一度二度引くのが限界であろう───常人の射手であれば。
     戦士たちがぱっと視認できたのは矢の一本をつがえた後ろ姿。鋭い風切り音の連続と、そして指を離したその左手が、此方側をゆび差すように反動で美しく反り返った光景。

    「───どうだい? 」

     声に気付かされて見れば、刃のような風嵐の渦が敵を四方八方から切り刻み、止まった魔物たちの皮膚には無数の矢が突き立てられ、そして疾風の猛攻に耐えきれなくなったように、時の鎖が砕け散る瞬間だった。
     時が止まっていた間に蓄積されたダメージが一度に押し寄せ、跳ね上がった魔物たちが錐もみとなって落ちる、それで終わる筈だった。
     しかし時が動きだす一瞬の浮遊感の直後、戦場には矢の雨が降り注いだ。
     空に浮き上がることなど許さぬとばかりに串刺し、地に縫い付け、そして“撃ち落とす”。
     撃ち抜くのではない、獲物を撃ち落とす矢であった。
     時と共に解放された力を撃ち落とす。
     空中はおろか、“地上にあるものすらも撃ち落とす”。
     百、二百と雨のように降り注ぐ大量の矢が、動き出した時ごと魔物を撃ち落としていく。
     ヘブラの戦士たちが一本二本の矢を放つが限界のたったの一瞬の隙にどれだけの矢を放ったのか、空にあるでもない地に足付けた敵を撃ち落とすとはいったいどんな手妻の芸当か。
     しかしその矛盾めいた大立ち回りよりも兵たちが驚愕に目を見張ったのは、自分たちのすぐ目の前に青い疾風が在り続けたことだ。
     背後で時の動き出し、己の放った風と矢が暴虐を尽くしているのに興味も無い様子で、ただ振り返ったリーバルは笑って問いかけた。「どうだい? 」と一言。
     この戦場をどうしたい?
     この将に着いてきた君達はどうするか?

     ───この僕を見た、君達は?

     一言に詰め込まれた含意は数知れず、戦士たちは呆然と事実を噛み締める。
     “合図”だ。
     あの疾風が目の前に。
     常ならば一人孤高に先駆けていくばかりの疾風が、またぞろ歩く兵どもを率いて、利用して、───頼って! この戦場を「共に進もう」と示して見せたことが。
     劇薬のような衝撃だった。
     背後を振り向き余裕綽々笑って見せる疾風の、小憎たらしい顔と言ったら! 
     ヘブラの戦士たちはカッと理性の止め金が焼ききれる音を聞いた。止まった時の中でさんざ打ち付けられた熱が膨れ上がって、今にも爆発するような、ずしりと重たい、からからの。
     戦場で敵に背を向ける慢心であり、一匹たりとも敵を撃ち漏らさない自信であり、誰よりも速く先陣を切って道を開いてみせる英雄の所業。
     自分の後を付いてくる者たちがいるのだと確信して疑いもしない傲慢な信頼。
     自分は憧憬に背を追われる者だと一部の隙も見せない大胆で強烈な自負。

     ───その青青と燃える理想の姿が、戦士たちを惹き付ける。

     たった一人、人間が振り向いて笑っただけだ。ぞろぞろ着いて歩く人の群れを小高い空から見下ろして、試すような笑みを向ける。
     それだけで、戦場は瞬く間に熱狂で満たされた。
     震え、沸き立ち、そして咆哮する。
     畏れ、おののき、そして切望する。
     沸騰する高揚感の根源を理解せぬまま、ただ、あの人こそが唯一信ずるべき導なのだと、心が叫んでいる。
     翼の先まで沸え滾る血がめぐり、加速し破裂しそうな熱量が、ぴたりと一点に収束する。
     誰が叫んだか、「リーバルにつづけ! 」と声が音を為したときには既に、戦場に戦士たちの鬨の声が氾濫していた。
     扇動に浮かされ雄叫びを上げて武器を振るう者も、先導に従い共に先の戦場へとひた走る者も、皆が青き疾風の姿が目に焼き付いていた。
     悠然と空を駆けて、己の放った矢、起こした風嵐が敵を打ち砕いていく様を見ている戦士。空に君臨する絶対的な暴嵐の化身。───空の支配者、と言ったのは彼が先か民が先か。
     リーバルは自身を貫き通り越して戦場に染み渡っていく灼熱の闘志に、満足そうに嘴の端を吊り上げた。
     一際大きく羽ばたき───あとは屠るべき敵を求めて滑空するだけだ。もう振り向くことはない。

     ああ! 気分がいい。笑い出しそうになるくらい。
     悪くない。どころか大成功だ。
     リーバルは計画していた舞台が、渾身の演出が、完璧に収まったことに快哉を叫んだ。
     一度だ。一度きりだ。
     飛び去る前にほんの少し、熱を煽る。
     空を見上げさせてやる。───それで十分。

    「僕が君達を先導してやるのも、君達が扇動に乗せられて熱に浮くのも! ああ。この一時だけだ。今だけ、僕らは同じ永遠の中にいるのさ! 」

     ───疾風が戦場を駆ける。

     ヘブラの疾風は誰よりも早く舞台の幕を上げる。
     止まった時を嵐が切り裂き、風が渦練り、矢の雨が打ち上がり、意のままに並べ上げられた的が囲む中心に射手が佇む。
     そうして、ヘブラの疾風は“止めた時を撃ち落とす”のだという。


    了.
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